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一首を切り裂く(099:戻)

(西中眞二郎)
    久々に帰り来し娘(こ)が若き日に戻りて一人オルガンを弾く

 「オルガンを弾く」が宜しい。
 「弾く」のが「オルガン」であるから、「若き日に」を「稚き日に」としても面白いかとも思われますが、「稚き」を「わかき」と読ませるような小細工はしたくないのでしょう。
 それが節度というものでありましょうから。
     〔答〕 連休で帰省した子が大阪の土産だと言い<たこ焼き>呉れた  鳥羽省三


(梅田啓子)
    棕櫚の木を凌霄花の登りゆく戻れぬことを知るよしもなく

 いがいがの「棕櫚の木を凌霄花の登りゆく」風景は、何かの諭しかとも思われます。
 「蟷螂の斧」ともう一つ、<無謀な試み・はかない抵抗>を意味する格言が在りましたが、そちらの方は、差別語を含んでいるので死語扱いとなっています。
     〔答〕 冬富士に挑める右京とその徒党帰れぬことは知るよしもなく  鳥羽省三
 あれもまた、チーム全体の能力を考えれば、<無謀な試み>であった、としか言えませんね。
 

(じゅじゅ。)
    沈丁花香る一条戻り橋 夕陽とともにあなたを待って

 わたしは「あなたを待って」いるのだが、「夕陽」は何を待っているのでしょうか?
   ① わたしと「ともにあなたを待って」いる?
   ② 自らが落ちて行くのを待っている?
 
 「②」の場合は、文脈の上では、落ちて行くのは「夕陽」だけであるが、現実には、<わたし>もまた、「夕陽とともに」堕ちて行くことになるかも知れません。
 「沈丁花」という花の名も、「一条戻り橋」という橋の名も、何か不吉で暗示的です。
     〔答〕 行くもならぬもどるもならぬ戻り橋去るもさらぬも地獄直行  鳥羽省三
 

(minto)
    連休に戻れることを楽しみに励みゐるらむひとり居の子は

 それが<親心>というものでありましょうが、「親のこころ子知らず」という諺もありますから。
     〔答〕 連休に戻ると言ひし一人児に逢って<みんと>ぞ出迎へにけり  鳥羽省三


(佐藤羽美)
    細長いため息をつき拝み屋は本の綴じ目に戻っていった

 本作については、作者の佐藤羽美さんが、自らのブログに、次のようなコメントを寄せて居られました。
 よって、それを引用して、観賞文に替えさせていただきます。
 
 「099:戻」の歌は、京極夏彦著の小説『百鬼夜行(京極堂)シリーズ』の主役と言っていい、京極堂こと中禅寺秋彦をイメージして詠みました。
 この人と一緒に暮らすってどういう感じですか、千鶴子さん。
 と私は尋ねたいです。
 すんごい神経質で皮肉を言われそうだけど、しかったら優しかったで、ちょっといやかもしれない。

 羽美さんの解説文中の「すんごい神経質で」が、とても印象的でした。
     〔答〕 京極堂・中禅寺明彦すんごくて本の綴じ目に戻してやった  鳥羽省三 


(流水)
    終バスの灯が暗闇に溶けてゆく戻らぬものは優しく残る

 この一首を読んで、「溶暗」という舞台用語を思い出しました。
 「溶暗」とは、照明などが次第に「暗闇に溶けてゆく」ことを指す言葉でありましょう。 
 そう、「暗闇に溶けて」行って、永久に「戻らぬ」灯の記憶は「優しく残る」ものです。
     〔答〕 「戻らぬ」の一言だけを書き置きて消えにし兄の記憶が優し  鳥羽省三

一首を切り裂く(098:電気)

(近藤かすみ)
    なよたけのフィラメントもてエジソンは点しそめたり電気のひかり

 「なよたけ」は、<弱弱しい竹>の意。
 「トーマス・エジソンの発明した電灯のフィラメントには、その<なよたけ>が使われているから、我が日本国は、トーマス・エジソンの電灯の発明にも大きく貢献したのだ」と言うのが、私の小学時の担任の芳賀先生の口癖でありました。
 芳賀先生のお話は、それだけで終わらず、「だから君たちも頑張って、エジソンみたいになれ」という落ちがついておりました。
     〔答〕 エジソンになれぬ男がノラになれぬ女くどいて築いた家庭  鳥羽省三

 
(本田鈴雨)
    家出してナースとなりし電気屋のむすめよ帯電しやすき母よ

 たった一人の跡取り娘なら、「帯電しやすき母」の気持ちも理解できます。
     〔答〕 帯電をし易き母の楽しみは夫のアース目指す放電  鳥羽省三


(花夢)
    いつか孵化するだろうにくしみを電気毛布であたためている

 二句目の字足らずは、「するのだろうか」とすれば簡単に解消するのだ。
 些細な努力を惜しんではいけませんよ。
 才能は十分過ぎるくらいあるのですから。
     〔答〕 些細なる努力惜しみて流したる水子短歌の悲しみを知れ  鳥羽省三

一首を切り裂く(097:断)

(西中眞二郎)
    晴れ渡る空真っ二つに断ち割って飛行機雲は西へと走る

 先日、初詣の帰りに、久しぶりに「飛行機雲」を見ました。
 その飛行機雲は、晴天の底のずっとずっと手前に浮き下がっているような感じで、なんだか元気無く、 大空を「真っ二つに断ち割っ」た感じではありませんでした。
 その日のお天気具合とか、空気の澄み具合とかによって、一筋の飛行機雲から感じられるイメージもいろいろと異なるものですね。
 その日、私の見た飛行機雲は、短歌に詠めそうな感じではありませんでした。
     〔答〕 ふらふらと空に下がれる飛行機雲もっとしゃきっとしてはくれぬか  鳥羽省三


(梅田啓子)
    そこだけが騒めき断たれゐるごとし落合監督坐るベンチは

 そこの辺りが中日の不人気の理由なんでしょうか?
 かと言って、監督を立浪和義に替えても、中日は勝てないし、不人気な点も同じことでしょう。
 要するに、中日は名古屋限定の永遠なる不人気球団なんですよ。
 いっそのこと、三重や岐阜などの近隣の地方都市と協力して、自由契約必至のおんぼろ選手やプロ球団入りを狙っている若手選手ばかりを集めた地方リーグを作って、中日はその盟主になればいいと思うのですが。
     〔答〕 其処だけで崇めて居てもつまらない立浪和義賞味期限切れ  鳥羽省三
 
 とは書きましたが、実を申すと、私は落合監督の大ファンで、中日というチームそのものも、口で言うほどには嫌っていないのです。
 巨人は勿論のこと、中日以外のセリーグ各球団は、あの広島も含めて全国区的人気を得ようとしているのです。
 そうした中にあって、唯一、中日だけが地域限定の人気上昇を目指しているのは、今後のプロ野球発展のためには、極めて意義のあることです。
 米大リーグの各球団は、あのヤンキースも含めて、地域チームに徹しております。
 名古屋という土地は、人口からしても経済力からしても、中日ひとチームを支えるのに、十分過ぎるものを備えています。
 東京や大阪は複数チームを抱えている。
 札幌、仙台、千葉、広島、福岡は、人口の面でも経済力の面でも、プロ野球球団を抱えるには不足な面がかなりある。
 横浜は、東京とほとんど変わり無い。
 故に、残るのは名古屋だけ。
 あとは中日経営陣の斬新な企画力と、落合監督の一念発起が待たれるのみです。
     〔答〕 監督の落合博満孤高にて選手・コーチが敬遠してる  鳥羽省三


(羽うさぎ)
    ためらいも憂いも愛も伏せたままメールは縁を一撃で断つ

 ケータイという、先端機器が本質的に備えている、非情さに着目している。
 冒頭を「ためらいも」としたのが大変良かった。
     〔答〕 プッシュ一閃、愛憎を断つケータイのメールに敵う通信は無し  鳥羽省三


(野州)
    堅茹での男はいつも濡れてゆく差しかけられた傘を断る

 もう半世紀近くも前の話です。
 その頃、学生であった私は、ダブルスクールとして、東中野の日本文学学校にも通っていた。
 梅雨酣の頃、授業を終えて帰宅を急いでいた午後九時過ぎに、突然雨が降って来た。
 あまりに急なことなので、傘も差さずに歩いていた私に、後ろから走って来た何方かが傘を差し掛けてくれたのである。
 見ると、その人は同じ日本文学学校の学生で、頭もなかなか切れそうで、メガネを掛けてはいるが容貌も申し分が無くて、私が普段から、「こんな女性とお付き合いが出来たなら、私の貧しい青春にも薔薇の花が咲いたようになるのに」と思っていた女性なのだ。
 思いもしなかった幸運に、私はすっかり舞い上がってしまい、有り難うの一言も言えずに、無言のままの相合傘で駅までの道をうきうきしながら歩いた。
 そして、あろうことか、東中野の駅に着くや否や、その女性にひとことの言葉も掛けずに、改札口への階段をつかつかと駆け上がって行ったのだ。
 改札をくぐった瞬間、私は「しまった」と思ったが、それからでは取り返しのつくことでは無かった
 さだまさしの歌『主人公』の一節に、「<或いは><もしも>だなんてあなたは嫌ったけど/ 時を遡る切符があれば/欲しくなる時がある/あそこの別れ道で選びなおせるならって」と言うのが在る。
 私にとっての「あそこの別れ道」とは、あの東中野駅の、改札口への上り階段のことなのかも知れない。
 その後、良き伴侶を得て、二児の父、二児の祖父となった私ではあるが、時折り、「あそこの別れ道で選びなおせるならって」思わないわけでも無い。
 さだまさしの『主人公』の歌詞は、その後、「勿論/今の私を悲しむつもりはない/確かに自分で/選んだ以上精一杯生きる/そうでなきゃ/ あなたにとても/とても/はずかしいから」と続く。
 誤解の無いように、この際、申し述べて置くが、「そうでなきゃ/あなたにとても/とても/はずかしいから」と、私が思う時の「あなた」とは、東中野駅の階段下に放置して来てしまった、あの女性のことでは無く、私の愛妻のことである。
 と、ここまで書いてきたが、私は突然、腹が立って来た。
 その理由は、本作中の「堅茹での男」とは、私のことでは無いか、と思ったからだ。
 本作の作者の野州氏よ、あなたはCIAか何かに依頼して、私の事績を克明に調査したのではありませんか?
 だとすれば、あなたは卑怯者だ。
 一体全体、私は貴方に何をしたと言うのだ。
 ただ、貴方のあまり上手くもない歌を、一所懸命にに誉めただけではないか。
 それなのに、貴方はこんなに卑怯なことをする。
 こうなったら、出る所に出て、一挙に始末をつけましょう。
     〔答〕 とかなんとかおっしゃってとどのつまりの時間稼ぎをしちゃった私  鳥羽省三


(emi)
    週末はひたすらスープを煮込みます沈めた言葉の断片溶いて

 「週末はひたすらスープを煮込みます」という上の句には、それほどの疑問点もない。
 もし、あるとすれば、それは,副詞「ひたすら」に関することであり、本作の話者は何故、スープを煮込むことなどに、「ひたすら」打ち込んでいるのか、ということぐらいである。
 だが、その答は、上の句を「ひたすら」凝視しているぐらいでは得られない。
 その答を得るためには、下の句を見なければならないし、下の句の中でも、特に「沈めた言葉」を凝視し、その意味を真剣に考えなけれならないのである。
 しからば、「沈めた言葉」とは何か?
 言葉を沈めるとは、どうすることか?
 私見ではあるが、言葉を沈めるとは、言いたい言葉を言わないままで済ませることである。
 私の連れ合いの言い分では無いが、言いたい言葉を言わないままで済ませると、ストレスがたまる。
 その、たまったストレスを解消するために、本作の話者はスープを煮込むことに「ひたすら」熱中するのである。
 スープを煮込むことに限らず、何かに熱中することは、ストレス解消の為に役立つ。
 かくして、当初はいとも容易く解答が得られると思っていた、上の句の叙述から感じられた疑問点は、実は、下の句の叙述と密接な関わりがあるのであって、下の句の叙述に関わる疑問点が解けると、上の句の叙述に関わる疑問点も、自然と氷解してしまうのであった。
 本作を一定のレベルに到達した作品として評価するためには、そうした、下の句と上の句との密接な関わりに気付かなければならない。
     〔答〕 平日は言いたいことも言わないでストレスばかり溜めて居ります  鳥羽省三 



(岡本雅哉)
    断れない理由がふいに浮かんでは断る理由をかき消していく

 事は単純明解。
 この作品の話者にとっては、「断る理由」よりも「断れない理由」の方か重要なのだ。
 つまりは、断ることが出来ないのだ。
     〔答〕 最初から断る気などないのなら断るそぶりを見せちゃいけない  鳥羽省三


(村本希理子)
    ぱつつんと断つタイミング計りをり タテイタにミズのセールストーク

 本作の話者は暇人。
 持て余している暇の解消策として、サプリメントを売りつけに来たセールスマンのトークを、買うはずも無いのに、さも買いたそうにして聴いていたに違いない。
 だが、その目的は十分に達成された。
 今こそ、「ぱつつん」と音立てて、「タテイタにミズのセールストーク」を遮断しなければならないのだ。
 だが、「断つタイミング」を「計りをり」などと言うのは、「断つ」ことが出来な時にいう口実なのだ。
 かくして、歌人・村本希理子さんは、あのサブリメント<香潤>を一年分も買わせられる結果となった。 
     〔答〕 立て板に流れる水は断たれない断とうとすれば溢れ出るだけ  鳥羽省三  

一首を切り裂く(096:マイナス)

 大変残念なことであり、大変寂しいことでもありますが、観賞の対象となる作品は一首もありませんでした。
     〔答〕 読むに足る短歌無き夜は楽天家われも陥るマイナス思考  鳥羽省三

一首を切り裂く(095:卓)

(中村成志)
    手遊びの花占いの花びらのごとく欠けゆく円卓の席

 人望の無い部長の送別の宴席の円卓から次々と去って行く同僚社員の有様を、特に批判視するでもなく、ただ茫然
と眺めているのである。
 「手遊びの花占いの花びらのごとく」という表現から推してみるに、「欠けゆく」のは、主に女性社員、しかも比較的に若い女子社員なのでしょう。
     〔答〕 手遊びに摘まれた花もありましょう鼻を明かしてやれと逃亡  鳥羽省三


(髭彦)
    円卓の歴史彩る騎士たちよ中華料理よ回転寿司よ

 巡る歴史、巡る円卓、巡る回転寿司でありましょうか。
作者は、かつて高校で歴史教師をなさっていた方。
 趣味傾向から推すに、日本史の教師ではなく、世界史の教師であったと思われる。
 連想の展開過程を想像してみると面白い。
 作者の目の前に、今、一冊のテキストが置かれている。
 それは、西欧、中世社会の出来事を写真や絵図を中心にして解説した瀟洒な書物である。
 その書物に載っている絵図は、騎士たちが一堂に会しての円卓会議の風景を描いたものである。
 その騎士たちの円卓会議の絵を見たことから、作者・髭彦氏の旺盛な想像力が刺激され、やがて彼は、先月、横浜の中華街で、円卓を囲んでの小宴の有様を思い起こし、その後、その帰途に立ち寄った、東京神田の回転寿司屋で食べ損なった上トロ寿司へと、彼の想像は馳せて已まないのであった。 
     〔答〕 円卓に並ぶ海老チリ・青椒肉絲(チンジャオ)に歴史教師のお腹ぐうぐう  鳥羽省三
         円周を成して流れる寿司皿に今しも髭が手を差し伸べた           々


(五十嵐きよみ)
    枕辺に残すほどではないメモを走り書きして食卓に置く

 「○○を冷蔵庫から出してチンして食べてね」といった程度の内容のメモか?
     〔答〕 オムレツはチンして食べて わたくしは今日も「指輪」を聴きに行くから  鳥羽省三


(都季)
    続かないラリーの隙間を埋めていく卓球台を転がる笑い

 「卓球台を転がる笑い」が、ピンポン玉の転がる様子と、その周囲の有様を想像させて面白い。
     〔答〕 温泉の一夜泊まりの卓球の転がる玉に転がる笑い  鳥羽省三


(美木)
    食卓の醤油を使い切るまでの長さで一人になったと感じ

 キッコーマンの例の小瓶に入った醤油を「使い切るまで」の時間の長いこと。
 我が家の別居中の息子などは、「あまり長く使っていないと腐ってしまうから勿体ない」と言って、行きつけの回転寿司屋の小袋に入ったヤツを持って来て使っているようだ。
     〔答〕 面倒だ勿体無いを口実にお風呂もたまに沸かすだけだね  鳥羽省三 


(ほたる)
    教わったうちのひとつが左手のブラインドタッチで電卓を打つ

 一首の意を正確に辿って行くと、「(かなり遅めの寿退職をしたお局さんからは、お小言と一緒に、実に多くのことを教わったが、)教わったうちのひとつが左手(の指を全部用いての電卓)のブラインドタッチで(あった。)(そこで、今朝は、教えてくださったお局さんの新妻ぶりを想像しながら、)電卓を(教わったブラインドタッチで)打つ」ということになる。
 それを一首にまとめてしまうのだから、ほたるさんの詠歌力(うたよみじから)はすごい。
     〔答〕 教わった場所の多くは給湯室 お湯沸かしつつ上司の悪口  鳥羽省三


(近藤かすみ)
    永遠に触れらるることなきままの√キー持つCASIO電卓

 四句目は、「るーときーもつ」と読むのか?
 「√キー」を「持つ」のは「CASIO電卓」だけですか?
     〔答〕 永遠に見ること出来ぬ我が背中 このごろ妻が洗ってくれる  鳥羽省三


(HY)
    初志貫徹手段選ばす貫いた江川卓のそれも人生

 江川卓の「空白の一日」は、あまりにも有名である。
     〔答〕 初志貫徹できずに負けることもあるそれでも江川は先発投手  
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