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ピラカンサの

ピラカンサの実のつぶつぶの黒みつつ有象無象のふかきつぶやき    小島ゆかり 『憂春』より

  「わだかまり言はんと来しにわが髪の雪をやさしく君は払へり」といった、毒にも薬にもならないような歌を詠んでいた女も、時を経て薹が立てば、このような小難しい歌を詠む。とかく、時間の為す業は厄介で、女という者は恐ろしい。
 この歌は、晩秋から冬にかけて、戸建住宅の玄関先辺りで、紅い小粒の実を無数に着け、「私たちも紅よ!」と言わんばっかりに自己主張している、あのピラカンサ(ピラカンサス)の、つぶつぶの実を詠っているのであるが、その盛りを詠わずに、「黒みつつ」ある状態を詠っているところに、この粒粒に対する話者の気持ちの在り様が伺わる。下の句の「有象無象のふかきつぶやき」は、その気持ちを具体化して述べたものであろうか。
 カキ、ナンテン、ウメモドキ、ナナカマド、ゴゼンタチバナ、センリョウ、マンリョウ、ヤブコウジと、晩秋から冬にかけての庭面を紅く染める木の実や草の実は数多いが、その中でも、この歌の題材となったピラカンサは、その実の数が圧倒的に多く、しかも、その中心部に一粒一粒黒々として目立つ一物を抱えている。その「実のつぶつぶの」数の多さと腹に抱えた黒々とした一物と、本作の話者にとって、それがどうしようもないのだろう。それも未だ秋口で、一粒一粒が真っ赤に輝いていた頃なら我慢出来たが、季節が深まり冬になり、黒い一物を中心としたつぶつぶの実の全体が黒ずんで来ると、いよいよ我慢できなくなるのだろう。
 話者は、その黒ずんだ実の一粒一粒に、自分の周囲や縁辺、そのまた縁辺の誰彼の人間を感じてくる。話者とは全く関わりのない人々の人間性をも感じてくる。
 「この有象無象めッ! ひとりひとり身を真っ赤に焦がして。そのくせ、からだのど真ん中に真っ黒な恥部を抱えやがって。それ見ろ、この頃、からだ全体が黒ずんで来たではないか。生意気にも、一人一人ぶつぶつ呟いているが、お前らが何を言うのだ。何を呟くのだ。お前らに何が解ると言うのだ」と。
 話がこれで終われば、本作の話者にとっても、本作を鑑賞する私にとっても、他人事として片付けることが出来て、それほど複雑ではないが、やがて話者の目には、その哀れで汚らしい実の一粒が自分に見えて来る。鑑賞者の私の目にも、それと同様に見えて来る。 
 かくして、本作の話者もその鑑賞者の私も、その「黒めいて」哀れな実に愛しささえ感じるようになり、その前から離れられなくなる。

 凡百の歌人ちゃんなら、「ちっちゃくて可愛いね」とか言っちゃって、簡単に片付けてしまうかも知れない、あのピラカンサの実に「有象無象」を感じた作者は確かに才女だ。もしかしたら彼女こそ、<みちのくの奥の奥>から文学への憧れを抱いて上京した、昭和・平成の菅原孝標女かも知れない。下の句の「有象無象のふかきつぶやき」にも、十二分の説得力が感じられる。
 更に劫を積んで、あの<歌会始の儀>の撰者か召人になつた時の彼女の御歌が読みたい、と思うのは、必ずしも私の悪趣味とばかりは言えないだろう。

   月も出でで闇に暮れたる姨捨を何とて今宵は訪ね来つらむ    菅原孝標女
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