今週の『朝日歌壇』から
○膨張と収縮ありて湯湯婆のブラックホールに春の海眠る (八王子市)武藤 オキ
湯の熱さや容量によって、「膨張」するときと「収縮」するときがあるのだろうか? 「湯湯婆」の中の空洞を「ブラックホール」に見立てたのも、それから得られる暖かさを「春の海」としたのも面白い。
昔の人が、「ゆたんぽ」を漢字で「湯湯婆」と書いたのは、これを抱いて寝たときの暖かさが、丁度、老妻(婆)を抱いて寝たときの暖かさと同じだと感じたからだとすれば、これまた面白いが、女性からすれば、面白いでは済まない、大変失礼な話だろう。
○一月の日の明るさを確かめつつ十歩で渡る町川の橋 (さいたま市)吉田 俊治
一月も半ばを過ぎると、めっきり日が長くなり、明るくもなる。「一月の日の明るさを確かめつつ」という上の句には、そうした季節感と、そうした季節に出会った喜びの気持ちがよく表現されている。
たった「十歩で渡る町川の橋」でも、その「町川の橋」の下には、冷たさが少し弛んだ川の水が流れていることを作者は感じているのだろう。
「一月の川一月の谷の中」という飯田龍太の句あり。あれは峡谷の清流、これは町川の必ずしも清流ならず。
○冬はつとめて門を出ずれば中空にしんと凍れる有明の月 (八尾市)水野 一也
「春はあけぼのやうやうしろくなりゆく山ぎは少しあかりてむらさき立ちたる雲の〜〜〜(中略)〜〜〜冬はつとめて〜〜(以下略)」という『枕草子』の序段を思い出した。
八尾市の男と言えば、荒々しいものとばかり思っていた。その八尾の男が、こんな繊細な気持ちの持ち主だなんて、世はさまざまだ。
それから、こんなことを申すのは、作者に対して大変失礼とは思われますが、今週の入選作のうち、「紅梅の蕾ふくらむ夕まぐれガザの戦火の小休止きく」という作品は、いかにも朝日歌壇への投稿作品と思われます。
発想も俗、語句も俗、上の句と下の句の取り合わせも俗、と私には思われ、朝日歌壇の選者・高野公彦氏ならこんな作品でも入選させてくれるかも知れないとの、作者の思いが、ありありと感じられるように、私には思われました。
また、作者ご自身にしても、必ずしも力量を充分にご発揮なさった作品とは思われません。いかがなものでございましょうか?
作者、南与三氏に対しての失礼は、幾、幾重にもお詫び申し上げます。
湯の熱さや容量によって、「膨張」するときと「収縮」するときがあるのだろうか? 「湯湯婆」の中の空洞を「ブラックホール」に見立てたのも、それから得られる暖かさを「春の海」としたのも面白い。
昔の人が、「ゆたんぽ」を漢字で「湯湯婆」と書いたのは、これを抱いて寝たときの暖かさが、丁度、老妻(婆)を抱いて寝たときの暖かさと同じだと感じたからだとすれば、これまた面白いが、女性からすれば、面白いでは済まない、大変失礼な話だろう。
○一月の日の明るさを確かめつつ十歩で渡る町川の橋 (さいたま市)吉田 俊治
一月も半ばを過ぎると、めっきり日が長くなり、明るくもなる。「一月の日の明るさを確かめつつ」という上の句には、そうした季節感と、そうした季節に出会った喜びの気持ちがよく表現されている。
たった「十歩で渡る町川の橋」でも、その「町川の橋」の下には、冷たさが少し弛んだ川の水が流れていることを作者は感じているのだろう。
「一月の川一月の谷の中」という飯田龍太の句あり。あれは峡谷の清流、これは町川の必ずしも清流ならず。
○冬はつとめて門を出ずれば中空にしんと凍れる有明の月 (八尾市)水野 一也
「春はあけぼのやうやうしろくなりゆく山ぎは少しあかりてむらさき立ちたる雲の〜〜〜(中略)〜〜〜冬はつとめて〜〜(以下略)」という『枕草子』の序段を思い出した。
八尾市の男と言えば、荒々しいものとばかり思っていた。その八尾の男が、こんな繊細な気持ちの持ち主だなんて、世はさまざまだ。
それから、こんなことを申すのは、作者に対して大変失礼とは思われますが、今週の入選作のうち、「紅梅の蕾ふくらむ夕まぐれガザの戦火の小休止きく」という作品は、いかにも朝日歌壇への投稿作品と思われます。
発想も俗、語句も俗、上の句と下の句の取り合わせも俗、と私には思われ、朝日歌壇の選者・高野公彦氏ならこんな作品でも入選させてくれるかも知れないとの、作者の思いが、ありありと感じられるように、私には思われました。
また、作者ご自身にしても、必ずしも力量を充分にご発揮なさった作品とは思われません。いかがなものでございましょうか?
作者、南与三氏に対しての失礼は、幾、幾重にもお詫び申し上げます。



