スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

一首を切り裂く(093:鼻)

(桑原憂太郎)
    シラカバの花粉の舞ひし学舎で生徒の嘘を鼻が感じる

 「シラカバ」が出て来ると、山の分教場みたいですが、それは評者の不勉強。
 最近は、都会の学校の校庭などにも白樺が植えられています。
 教育予算の削減続きの今日では、教室や職員室のサッシもガタピシ。
 そのガタピシの学舎の窓から、その季節になるとシラカバの花粉が舞い入って来る。
 本作の作作者・桑原憂太郎教諭は、そのシラカバの花粉にやられて苦しんでいる。
 時折り、くしゃみなどもするから、生徒達から、句洒魅先生なとどという風流なニックネームなども奉られている。
 その句洒魅先生の鼻が、生徒のついた些細な「嘘」を感受したのだ。
 「一昨日、僕が遅刻したのは、通学に使っているチャリンコがパンクしていたからだ」と言った白場香くんの言葉は本当はウソで、「彼は、通学の途中で有馬記念の馬券を買いにいったのだ」と。
     〔答〕 くしゃみして生徒のウソを感受して実に多忙な先生の鼻  鳥羽省三


(西中眞二郎)
     けだるさは鼻風邪程度のことなれど そを口実に会うを断る

 「けだるさは鼻風邪程度のことだけどそれを理由に会うの断る」とすれば、<しなやか>な口語短歌になるんだけど、それをそうしないで、「けだるさは鼻風邪程度のことなれど そを口実に会うを断る」と、口語と文語の折衷体にしてしまうのは、西中眞二郎氏独自のご理論有ってのことだろうとはお見受けするが、少し<したたか>さをも感じます。
     〔答〕 したたかを装ってするしなやかさ西中短歌の神髄見たり  鳥羽省三


(理阿弥)
    革命の二百年記に歌はるる仏蘭西国歌(マルセイエーズ)が今朝の鼻唄

 こちら、理阿弥氏の作品は文語短歌ではあるが、使用している言葉が言葉だから、何の抵抗も無く、口語派にも受け入れられるであろう。
 「今朝の鼻唄」が「仏蘭西国歌(マルセイエーズ)」であるところに、本作の作者・理阿弥氏の教養と情熱が感じられる。
     〔答〕 鼻唄に「花街の母」歌ひつつ寅年初めの連休に居り  鳥羽省三


(伊藤夏人)
    鼻息を感じる程に近付けたそこで一気に行くべきだった

 ボクシングの内藤選手の反省の弁ですか。
 それとも、・・・・・・・・。
     〔答〕 鼻息を感じる程に近づけてそこで肘鉄喰らわす女  鳥羽省三 


(五十嵐きよみ)
    鼻と鼻こっそり合わせてみたかった従兄をまねて従兄の犬と

 詩人の<まどみちお>氏が、百歳のご高齢に達せられたとかで、松の内のNHKテレビに出ておられましたが、この一首を読み、先ず、最初に思ったのはそのことでした。
 「鼻と鼻こっそり合わせ」となると、ぞうさんとぞうさんとの象舎でのご挨拶みたいですね。
 でも、それを童話的世界に止まらせずに、「鼻と鼻こっそり合わせてみたかった」としながらも、すぐさま、「従兄をまねて」と、少し隠微な味わいを添える。
 そして最後に、「従兄の犬と」と、ウルトラW級の捻りを入れるところなどは、さすが五十嵐きよみさん。
 私如き凡才の及ぶところではありません。
 脱帽。
     〔答〕 くちびるを耳に近づけ伝へたし不倫の味も幽かに在ると  鳥羽省三


(近藤かすみ)
    鼻のわきの毛穴の脂を取るといふ黒き紙売るドラッグストア

 インターネツト・サーフィンをしていると、実に多くの<脂取りの紙>に出会いますが、その一つに次のような商品がありました。

 「あ-7.リトマス的あぶらとり紙」

 <レギュラーサイズ(左)>
 寸法:72×100ミリ
 入り数:50枚
 価格:350円(税抜き)
 
 <ビッグサイズ(右)>
 寸法:100×100ミリ
 入り数:50枚
 価格:380円(税抜き)

 吸って、判定して、笑顔になれる。
 あぶらを吸うことによって浮き上がる隠れキャラ(全60種類)の数で皮脂量をチェック。
 小学校の理科の時間にタイムスリップしたような
 リトマス感覚で…。
 あぶらを取るのが楽しくなります。

 私は、脂取りの紙を使ったことがないから解りませんが、脂取りの紙の広告に必ず書いてある「<レギュラーサイズ(左)>・<ビッグサイズ(右)>」などの「左」「右」には、どんな意味があるのでしょうか?
 どなたか、ご存じの方ご教授下さい。薄謝は<作品のべた褒め>。
 ところで、脂取り紙の<脂を取る側の紙面>は、本作では「黒」と特定していますが、黒に限らず、緑、ピンク、純白と、さまざまな色の品が在ります。
 それは只の装飾で、効能には関係が無いのでしょうか。
 この点についても、何方かご存知の方のご教授を請う。薄謝は<作品の添削及び改作>。

 そろそろ本題に戻りましょう。
 体から分泌される脂肪は、何も「鼻のわきの毛穴」からだけ分泌されるわけではないでしょうのに、本作の作者は、分泌する箇所を敢えて「鼻のわきの毛穴」と限定している。
 その理由は、お題「鼻」にあるとも思われますが、それ以外の理由として、「鼻のわきの毛穴の脂を取る」と述べることによって、熟年女性の醜悪な面貌を連想させる効果があるとも思われます。
 つまり、本作の作者・近藤かすみさんは、「肉を斬らせて骨を斬る」という捨て身の戦法に出たわけでありましょう。さすがだ。
 それから、もう一点。
 下の句の、「黒き紙売るドラッグストア」もなかなか上手い。
 このドラッグストアでは、脂取り用の黒い紙に限らず何でも、白いお粉なども密かに販売しているように見受けられます。
 脂取り用の黒い紙や白いお粉を売っていそうなドラッグストアと言ったら、渋谷ではあの店。
 そうそう、近藤かすみさんは東京住まいではなかった。京都住まいだった。
 上方の人に箱根の関所の外側の話をしても、なんのことやらお解りになられないでしょう。
 ものの序でにもう一言。
 つい先ほど、私は本作について、「下の句」という言葉を使いましたが、その点については、「本作は、その重みの全てが、末尾の『ドラッグストア』に係って行く句切れ無しの作品だ。鳥羽の短歌知らずにも程がある」などとお思いの方も、きっといらっしゃることでしょう。
 でも、それはその方の認識不足です。
 「鼻のわきの毛穴の脂を取るといふ黒き紙売るドラッグストア」というこの一首は、実は、「鼻のわきの毛穴の脂を取るといふ」という上の句と、「黒き紙売るドラッグストア」という下の句から成る、二句切れの作品なのです。
 それなのに、これを、麺棒のようにやたらに長い<句切れ無し>の作品と誤解している人は、「取るといふ」の「いふ」の終止形が、連体形と同形であることを忘れているのです。
 もう少し詳しく説明すると、この一首の話者は、「鼻のわきの毛穴の脂を取るといふ」という所で少し立ち止まり、自分とは異なって、生まれつきの脂性体質のために「鼻のわきの毛穴」からいつも「脂」を吹き出しているような女性の顔を想い浮かべ、それから徐ろに視線をスクランブル交差点の向こう側にやる。
 すると其処に、彼の有名なドラッグストア<KS>があった。
 そこで、「鼻のわきの毛穴の脂を取るといふ黒き紙売るドラッグストア 」という一首全体の構想が纏まるのである。
 先ほどの説明を訂正するようではあるが、「取るといふ」の「いふ」は、終止形とも取れるが、連体形とも取れる。 だから、この一首は、「取るといふ」の所で、切れるようにも見えるが、切れずにその後に係って行くようにも見える。
 つまり、この一首は、<二句切れ>のように見せかけた<句切れ無し>の作品、<句切れ無し>のように見せかけた<二句切れ>の作品なのである。
     〔答〕 醜悪な女性の顔を強調し脂取り紙を黒と決め付け  鳥羽省三


(村本希理子)
    鷲鼻の父魔女鼻の母にして小さき鼻の三姉妹われら

 「鷲鼻の父」「魔女鼻の母」とあるから、本作の作者・村本希理子さんのご両親は、原っぱ系ではなく、ヨーロッパ系の顔立ちをした、その昔の美男美女であったことでしょう。
 その美男美女のご両親から産まれて、「小さき鼻の三姉妹われら」。
 作者は、「三姉妹われら」を「小さき鼻の」と言っているだけで、特別な醜女と言っているわけではない。
 つまり、作者たち「三姉妹」もまた美人なのだ。
 「鷲鼻」と「魔女鼻」を父母として産まれ育った、「小さき鼻の」美女「三姉妹」。
 わーい、これは小説のテーマにだってなるぞ。『若草物語』みたいな。
     〔答〕 鷲鼻も魔女鼻もみな欧州系ヤマトンチュウは鼻が低過ぎ  鳥羽省三  


(佐山みはる)
    目鼻立ち整ひしをとこ懐に黒皮かぼちゃまるまる抱けり

 「まるまる」の位置が大変宜しい。
 副詞「まるまる」を、この位置に置くことによって、「まるまる」とした「黒皮かぼちゃ」の形状のみならず、「目鼻立ち整ひしをとこ」の、「まるまる」とした風姿面貌、そしてその「をとこ」の「懐」の温かさまで解るのだ。
     〔答〕 目鼻立ち整はざりし鳥羽くんが半額弁当抱きてうろちょろ  鳥羽省三 
 

(ほたる)
    限界で溢れてしまう泣くことは鼻の奥だけなら許されて

 「題詠2009」に参加された<艶色四人熟女>、即ち、五十嵐きよみさん、近藤かすみさん、村本希理子さん、佐山みはるさんの後ろに配置すると、この頃は少し薹が立ち気味ではあるが、本作の作者<ほたる>さんの、ご年齢や作品の若さと清楚さとが強調される。
 それにしても、インターネットは便利だ。
 だって、インターネットで短歌を詠んだり、論じたりしている限り、ご本人のご年齢は勿論、ご容貌も、ご体重も、何もかも、少しも判らないんですからね。
 実物の<ほたる>さんは、本名・山中熊子、年齢・七十五歳、体重・75㎏、趣味は餅搗きだったりして。
 それは冗談、冗談、冗談、冗談ですよ。
 それと無く気品の漂う作品を見れば、この鳥羽省三には、何もかも一目瞭然ですよ。
 「限界で溢れてしまう」のは涙。
 決して、涎や鼻水ではない。
 「泣くことは鼻の奥だけなら許されて」ということは、ほたるさんはご両親から、「女はひと前で涙を流して泣いてはいけない。泣く時は、人に隠れて、鼻の奥だけで泣け」と、厳しく躾けられたわけである。
 素晴らしい。
 このご両親在りて、この娘在り。
 でもねー、ほたるさん。ご理解あるご主人でしたら、必ず、こうおっしゃると思いますよ。
 「ほたるー、泣きたい時は俺の胸にすがって泣けー。激しく声を出して泣いていいから」と。
 なんだか、倉本聰作のドラマ『北の国から』みたいになってきたから止めよう。
     〔答〕 泣く時は俺の胸にて思い切り涙流して声張り上げて  鳥羽省三 
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

No title

毎度ありがとうございます。文語と口語はそれほど意識していないのですが、やはり長年の慣れのせいか、特に意識した場合以外は、文語を使うケースが多いような気がします。うまく口語を使えればそれで良いのですが、「文語を使った場合の方が短歌らしく見える」という感覚が身に付いてしまったのかもしれません。

No title

ちょうどフランス革命の二百年記念の年に、
学校で歌わされたんですよね、ラ・マルセイエーズ。
♪アロン・アンファンタン・パットリーェ・・・

「ふらんすこっか」とそのままでも字数としてはピッタリですが、
マルセイエーズとした方が雰囲気が出るかとおもって、
そうしました。
冠詞を省くことにちょっと抵抗はあったんですが。

便利です!

いつもありがとうございます!

本当にネットは便利です♪
見えないから想像できちゃうんですもの^^

うちのオットも鳥羽さまのように寛大な、優しい人だったらなー・・・なぁんて^^
大声で泣きたいときは胸を借りに行きます!
プロフィール

鳥羽省三

Author:鳥羽省三
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。