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一首を切り裂く(091:冬)

(西中眞二郎)
    灯の点きしビルを背にして冬枯れの欅の古木泰然とあり

 私の散歩道の途中にも、古木とは言えませんが、かなり太い欅並木が在ります。
 散歩と読書とブログ逍遥だけを主な日課として私ですから、時には、一日二万歩以上も歩いてしまいますが、その欅並木の下を通る数分間は、生きていることをしみじみと実感します。
 つい先日まで、黄色く色づいた葉を地上にはらはらと落として、病気がちな私に命の短さを知らせてくれた、その欅並木も、今はすっかり冬木立となってしまった。
 その冬樹の細い枝々の一つ一つに、針のような新芽が密やかにしがみついていることを、昨日の病院帰りに、欅並木の下にしばらく立ち止まって、私は確認致しました。

 元・筑波大学教授の桑原博史氏のご監修になる、「新明解古典シリーズ・10・『徒然草』」の<第八十一段>以降は私の若書きですが、その<第百五十五段>に、彼の兼好法師は、「春暮れて後、夏になり、夏果てて、秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏よりすでに秋は通ひ、秋はすなはち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅も蕾みぬ。木の葉の落つるも、先づ落ちて、芽ぐむにあらず。下より兆しつはるに堪へずして落つるなり。迎ふる気、下に設けたるゆゑに、待ちとるついで甚だ速し。生・老・病・死の移り来ること、また、これに過ぎたり」と書いて居ります。
 もう間も無く、欅の新芽が膨らみ、赤く色づき、新緑の季節となり、緑陰の恋しき頃となり、それも束の間、黄葉した葉っぱが地上に散り敷いて、私をまた悲しませることでありましょう。
 私のいつも通る欅並木は、本作の欅とは異なって、「灯の点きしビルを背にして」いるのではありません。
 でも、ビルを背にした欅並木の美しさは、また一段と異なった風情が在るに違いありません。
 特に、葉のすっかり落ちた冬樹の頃は。
     〔答〕 故郷の一里塚なる欅古木降りしく雪に埋もれ居るらむ  鳥羽省三
 

(野州)
    乗換えの列車待つ間の長ながし冬の旅ならホッターを聴く

 ハンス・ホッターの歌う「冬の旅」は、私もLPレコードとして持っていて、盤が擦り切れるほど度々聴いた。
     〔答〕 汽車を待つ間合ひに聴きし「冬の旅」 郵便馬車のラッパの音す  鳥羽省三


(髭彦)
    通勤の途次に聴きけりiPodでフィッシャーディスカウの<冬の旅>をば

 こちら髭彦さんは、「iPodでフィッシャーディスカウの<冬の旅>」ですか。
 私の次男は、私の音楽好きを知っているのか、この頃、頻りに、「iPodを持っていると、車中でも、散歩中でも、音楽が聴けるから便利だ。お金が無かったら、自分が出してやるから、iPodを買いなさい」と言うのであるが、私は未だに、そのiPodとやらを買う気になりません。
 音楽というものは、アナログレコードで聴くのが一番だと思っているからです。
     〔答〕 「哀愁のトロイメライ」を観る今宵ディスカウの弾くピアニッシモせつなし  鳥羽省三
 

(青野ことり)
    柊の赤い実灯る路地裏に冬の白さを確かめにゆく

 「柊の赤い実」を燈火に見立てたのが手柄か?
 「柊」の燈火と対比されるのは雪景色の白さであろうが、雪が降らなくても、澄み切った冬の空気もまた「柊の赤い実」と対比される時、「冬の白さを確かめ」るに相応しい条件であろう。
     〔答〕 「ひいらぎ」に点る赤い灯 今宵またママが目当ての客集ふらむ  鳥羽省三 


(水風抱月)
    冬枯れる舗道の木立人気無く都会の肋からからと鳴る

 「冬枯れ」た「舗道の木立」を「都会の肋」とした隠喩は珍しい。
     〔答〕 煌々と燈火またたく肋骨冬の外苑ひと一人だに無し  鳥羽省三 


(近藤かすみ)
    菅直人が岸部一徳にふと見えて冬の窓辺は煙草のにほひ

 事の順序としては、菅直人がふと岸部一徳に見え、その瞬間、「冬の窓辺は煙草のにほひ」に満ちていることに気付いたのであるから、喫煙癖の持ち主は岸辺一徳の方だろうな?
     〔答〕 あの岸辺一徳ほどの悪相の政治家が欲し超絶不況期  鳥羽省三 
 

(鳥羽省三)
    伝承の最も酷き一つにてネズミ音せぬ天保の冬

 お題「冬」の末尾に自作を並べる気になったのは、この名作が、「題詠2009」に並み居る三百人余りの歌人の誰一人からも注目されていないからである。
 この作品を措いて鳥羽省三を語ること無かれ。
 哀れ、鳥羽省三は語る一方で、永遠に語られることが無いのであろうか。
 山背の吹く三陸地方を旅行していると、未だに、「天保の大飢饉」の悲惨さを語る古老に出会うことがある。
 飢饉続きであった天保年間には、蛇や昆虫は勿論のこと、ネズミやモグラまで人間に食べられてしまい、冬になってもネズミの走る音もしない年が、幾年も続いたそうである。
 親から子へ、子から孫へと伝えられた悲しい伝承が、現代まで脈々と流布されているのである。
     〔答〕 わたくしの歌に合せてわたくしが歌詠むことの酷さ悲しさ  鳥羽省三
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いつもありがとうございます。いつもながらの鳥羽さんのご健筆に、深甚なる敬意を表する次第です。ご病気のことに触れておられますが、どうかお大事にお過し下さい。

 

お知らせをいただき、やってまいりました。
艶っぽい返歌をいただき、路地裏の景色も変わりました。
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