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一首を切り裂く(086:符)

(西中眞二郎)
    風に飛びし切符拾いて渡したる女と並び改札を出る

 邪念の塊のような者(鳥羽自身のこと)から見ると場面展開はこうなる。
 電車から降りた途端に吹いて来た風に煽られて、前を行く美人が手にしていた切符が飛ばされてしまった。
 そこで、ここぞとばかりに追いかけて行ってそれを拾い、持ち主の美人に渡してやったお助けマンがいる。
 そのお助けマンにすれば、それなりの計算があってのことなのだが、拾ってもらった美人にすれば、風に飛ばされた切符が風に飛ばされたままであると、自分は永久にこの駅の構内から出られないことになるのだから、お礼の言葉の一つも掛けたくなる。
 「まあ、何処の何方かご存じ上げませんけれど、大変有り難うございます。本当に助かりました」と。
 通常ならばお助けマンが、「いいえ、どう致しまして。武士は相み互いですから」と答えて、それでお終いになるのであるが、そのお助けマンが切符を拾ってやった動機が動機ですから、事はそんなに簡単には済まない。
 拾ってもらった美人のお礼の言葉が済むや否や、そのお助けマンは、「いえ、いえ、どう致しまして。おや、ついぞお見かけしないお方ですが、貴女はこれからどちらにお出掛けになるのですか?」
 「ちょいとそこまで」
 「ああ、そうですか。そうですか。ちょいとそこまでですか。かく申す、私の行き先も、ちょいとそこまでですから、なんでしたら、ご一緒しましょう。まあ、まあ、重そうなお荷物ですこと。あなたのような美人が、こんなに重い荷物を持つなんて法律は、この国にはありません。ですから、それはこの雲助にお任せ下さい。どうぞ、どうぞ、こ遠慮無く」などと言いながら、その美人の細くて白いお手手から強引に荷物を奪い取って、すたこらさっさと改札口の方に行ってしまう。
 細くて白いお手手の美人にしてみれば、以外な事の展開に驚き呆れ、かなり大きな恐怖感と、それの数十萬分の一ほどの期待感をも抱いたのであるが、荷物を奪われた以上その雲助について行くしかなく、結果的には、「風に飛びし切符拾いて渡したる女と並び改札を出る」という運びになってしまったのである。
 と、そこまでは、この私、鳥羽省三レベルでのお話であり、これからが本題である。
 風に飛ばされた切符を拾ってやった、親切な男性にすれば、風に飛ばされた切符を拾うという行為そのものが、親切と言うよりも、本能的、条件反射的に、ついやってしまったことであったので、拾った切符を落とし主の女性に渡す時も、極く自然に、「いやぁー、ひどい風ですねー」といった程度の言葉を掛けて渡してやったか、あるいは、言葉など一言も掛けもせずに、さりげなく渡してやったに違いありません。
 したがって、改札を出る時に、自分がささやかな親切を施してやった女性と並んで出ることになってしまったのは意外なことであり、「おや、おや、これは変な具合になってしまったぞ。もしかしたら、さっきの私のささやかな親切が、下心あってのことだと、この女性や他の人から思われているのかも知れないぞ」といった気持ちが、この男性の心の中に去来しているのかも知れません。
 もう一点追加すると、切符を拾ってもらった女性は、美人どころか十人並み以下の容貌の女性であって、したがって、この女性と並んで改札を出ることになるのを知った時、例の親切な男性は、こう思ったのかも知れない。
 「おや、おや、これは嫌なことになってしまったぞ。さっきの私の行為は、つい条件反射的にやってしまったのに過ぎないのに。そんなことも知らずに、この女はこの私を、もってのほかの親切男と誤解してついて来るのかしら。この分ではこの女は、私が駅前からバスに乗ったら、私と同じバスに乗って来るかも知れない。たとえ偶然にしても、そんなことは、よく在り得るから」と。
 事の展開の意外さに少し驚き、かなり当惑しているらしい男性の様子が、一首全体のさりげない表現を通して、ユーモラスに描かれている。
     〔答〕 たまたまの風に煽られ女男二人(めをににん)地獄の底へ道行きとなる  鳥羽省三
 人の世は、何時、何が起きるか分かりません。私は、昨夜の藤井財務大臣の辞任騒ぎに接して、そのことを切実に感じました。お互いに健康には、十二分に留意しましょう。


(花夢)
    部屋じゅうに散らかっている感傷を音符の絵柄の靴下で踏む

 少し行き遅れた感じがしないでもない女性の「感傷」とは、どんなものなのでしょうか、と、この一首を観賞しながら、作者・花夢さんの「感傷」に、つい干渉してみたくもなりそうな鳥羽省三ではある。
 「部屋じゅうに散らかっている感傷を」という上の句は、作者ご本人としては、少し気取っての文学的な修辞に過ぎないのでありましょうが、花夢さんの作品を八十首余りも読んで来た鳥羽からすると、作者ご自身が感じて居られる以上の現実感が感じられてなりません。
 嫁ぎ遅れた怨念を<五七五七七>に託している女性の生息する「部屋」には、その隅々まで、畳や絨毯の裏までも、「感傷」という始末に困るゴミが「散らかっている」いるものですよ。
 それを掃除するためには、「音符の絵柄の靴下で踏む」ぐらいでは、とても不可能でしょう。
 部屋の掃除などしないで、<婚活>に専念しましょう。
     〔答〕 十六分音符模様のネクタイを締めて今夜は歌会に行こう  鳥羽省三
 音符模様のネクタイは、銀座の田屋で本当に売っています。
 価格は二万円前後でしたか。


(みつき)
    符合する人のない夜はコンビニの棚に並んで売られたくなる

 「符合する」の意味をあれこれと考えていたら、二時間があっという間に経ってしまった。
 「符合」という語からして先ず思いつくのは、「?」や「!」や「♥」などのメール通信に欠かすことの出来ない「符号」を沢山盛り込んだ携帯電話でのメール。
 それと、もう少し深読みすれば、「符合する」は、「キスする」「咬合する」「交合する」「合体する」などの意とも解釈されるから、この一首は、「ベットを共にする人に逃げられた今夜は、あまりにも淋しくて悲しくて、いっそのこと、こんな私などは、あのファミリーマートの商品棚に並べられ、賞味期限切れ寸前の弁当と一緒に、50%引きで売られて行けばいい」と解釈されるだろう。
 でもねえ、<みつき>さん。
 超絶不況の真っ只中にある昨今は、賞味期限切れ寸前の弁当などは50%引きどころか90%引きでも引き取り手が無くて、結局はゴミ箱行きらしいですよ。
 あなたには、その覚悟がありますか?
     〔答〕 符合する人の無い夜は苦悩して『人生論ノート』を読んだらいかが  鳥羽省三
         符合する人の無い夜は灯り消しグスタフ・マーラー聴いたらいかが    同


(ほたる)
    感情をいくつも押し殺して送る感嘆符のない静かなメール

 一首を<カタカナ書き>してみよう。
      「カンジョウヲ/イクツモオシコロ/シテオクル/カンタンフノナイ/シズカナメール」。
 次に、原作のまま、<分かち書き>してみよう。
      感情を
      いくつも押し殺して送る
      感嘆符のない静かなメール
 或いは、
      感情をいくつも
      押し殺して送る
      感嘆符のない静かなメール
 或いは、
      感情をいくつも押し殺して送る
      感嘆符のない静かなメール

 <ほたる>さんは、短歌を「五七五七七の五句・三十一音」の形式という捉え方をしているのではなく、「三十一音の形式」として捉えているものと思われる。
 だが、詠歌に際しては、指折り数えながら詠んでいるらしくて、一首のリズムにはほとんど破綻が無く、本作の場合も、苦労なく音読できる。
 しかし、この句割れ句跨りを伴った一首は、本質的には短歌では無く、口語自由詩として発想されたものであろう。
     〔答〕 感情をいくつ殺して詠んだのか感嘆符の無い非情のメール  鳥羽省三

      
(磯野カヅオ)
    読み終へし官能小説三箇所に栞代はりの切符挟まり

 鬼才・磯野カヅオ氏もインドから帰ってからは、あらぬ妄想に耽ったり、官能小説を読んだりして暮らして居られるのでしょうか?
 だとすれば、印度亜大陸はやはり魔物だ。

 それとは別に、古書店から購入した本には、実にいろいろなものが挿まれていますね。
 鋏入りの切符、映画の入場券の半券、満洲國の紙幣、風俗嬢の名詞、鼻毛・陰毛などなど。
 そうした中でも、最も哀れを止めるのは、ほとんど自費出版に近い形で刊行された、有名無名の歌人たちの歌集に挿まれた「献呈」という文字が印刷された栞である。
 なかには、作者ご自身と思われる筆文字で、「○○○○先生へ」などと書かれたものもあり、刊行部数の大半を、先輩歌人たちや関係者たちに配るという、歌壇の悪しき習慣の虚しさを物語っている。
 私が上京した頃の、東京神田の日本書房には、そうした献呈歌集が、宛名入りの封書に入ったままで山積みされていたものである。
     〔答〕 ブックオフの105円棚に晒された『夏鴉』に挿める<謹呈>しおり  鳥羽省三
 
 歌集『夏鴉』は、歌人を名乗る者ならば、当然、その名を知っているはずの新鋭女流歌人の第一歌集である。
 先年、角川短歌賞を受賞されたその歌人は、万年筆で記した「謹呈」の栞を、その歌集の表紙裏に挿んでいた。
 私は、横浜市青葉区内のブックオフで、この歌集とたまたまめぐり会ったのを一種の邂逅と考え、大枚壱百五円を支払って購い求め、目下愛読中である。
     〔答〕 私歌集を献呈する馬鹿しない馬鹿おなじ馬鹿ならするのは損そん  鳥羽省三
         歌集など刊行する馬鹿しない馬鹿おなじ馬鹿ならどちらを選ぶ   同

 私、鳥羽省三は、他人様から頂戴した歌集を、開封もしないままに、「くずや、お払い」に葬ってしまうような事は一切致しません。
 日本橋・木屋から三千百五十円購入した鋏で以って丁寧に開封させて頂き、夜を徹して熟読させて頂き、著者宛に、コピー用紙数枚に亘る批評文をお送りさせて頂きます。
 お望みならば、その批評文を、当ブロクに掲載させて頂きます。
 よって、「題詠2009」に参加されている皆様方の中で、歌集を刊行なさった方は、何卒、私宛にご恵送下さい。
 その具体的な方法・送り先などは、このブログのコメント欄にメールアドレスをお書き頂きますと、メールにて指示させて頂きます。
 どうぞ宜しく。

  
(美木)
    さりげなく交わす言葉の端々に秘密の符号を入れる快感

 「さりげなく交わす言葉の端々に秘密の符号を入れる」には、どうしたらいいのでしょうか?
 「あのね、今夜ね、家にね、帰ったらね、テレビをね、観てね、お風呂にね、入ってね」という具合に、一文節の末尾に、暗号となる特定の音韻を入れて、第三者には判らないが、話し相手には解るようにするのだろうか。
 因みに、前述の、文節の末尾に<ね>を入れた会話に於ける<ね>の意味は、「新年おめでとうございます」という意味だったりして。
     〔答〕 さりげなく交わす会話のその合い間目配せをして思い伝える  鳥羽省三   


(今泉洋子)
    どこまでも続く刈田の電線に音符のやうな月のぼりゆく

 まだ現役教師の頃、修学旅行の付き添いで佐賀県を訪れたことがある。 
 一日の行程を終えた夕方、私は宿泊先の武雄市内の温泉旅館から、佐賀市内在住のソフトボール仲間のM氏に電話を入れた。
 M市は佐賀県園芸連の幹部職員であったが、その頃は東京事務所から佐賀市内の営業本部に派遣され、単身赴任中だったのである。
 私の電話を受けた後しばらくして、M氏は両手に余るほどのお土産と懐かしい髭面を抱えて私の宿泊している温泉旅館にやって来た。
 そして、「日が暮れるまでまだ間があるだろう。なんだったら、生徒さんの世話は他の先生方にお願いして、私と一緒に夕食でも食べに出よう」と、外出を促した。
 そこで私は、「いくら何でも夕食までは」と、そのお誘いを一旦は辞退したものの、せめて一緒に武雄市内を案内しようというお誘いには抗し切れなくて、結局、小し一時間ほど武雄市郊外の農村地帯を、彼の運転する自動車に乗ってドライブした。
 その途中、彼は私に話し掛けて来た。
 「鳥羽さんよ。私の郷里の佐賀県は、あなたの郷里の東北と少しも変わらないのだよ。こうしてどこまで行っても田圃ばかりで。あなたの故郷と少し違ったところがあるとすれば、農道沿いに並んで立っている電信柱の所々にカササギの巣が見えるくらいのものだ」と。
 そう言われて、私は初めて沿道の電柱に視線を向けてみたのであるが、なるほど、その所々に唐傘を逆さにしたような異物が認められたので、それに指差しすると、「そうそう、あれがカササギの巣だよ。あんたの処の電柱には、カササギが巣を掛けていないだろう」と、M氏は運転する手を休めずに答えてくれた。
 本作の上の句は、「どこまでも続く刈田の電線に」となっているが、その「電線」を支える電信柱の所々にもカササギが巣を掛けているのだろうか。
 もしそうだとすると、その巣の中のカササギたちは、「音符のやうな月のぼりゆく」風景を夢見心地に見ているに違いない。
 今泉洋子さんのロマンティズムが余すところなく発揮されているこの一首は、今となっては遠く過ぎ去ってしまった、M氏と私との交友の一齣を思い出させて下さった。 
     〔答〕 どこまでも続く田圃の沿線の電信柱に棲めるカササギ  鳥羽省三


(久野はすみ)
    感嘆符疑問符ハートにぎやかなメールをくれるときはあやしむ

 作中の「メール」は、別居していらっしゃるご子息様やご息女様からのメールでございましょうか?
 「ママお元気? こないだ雅子叔母さんに会ったんだけど、あんまり若く美しかったんでわたしびっくりしちゃた!
そこで、思いっ切り持ち上げてやったらお小遣いを十万円もくれたのよ!ママにはあれほどの美貌も若さも期待してないけど、でも、いつまでも元気で居てね。わたしママをとっても愛してるからね♥♥♥♥♥♥♥♥」。
 ご子息様からでもご息女様からでも、この手のメールが来たら要注意。
 「あやしむ」も何も、敵さんの狙いは見え見えですからね。
     〔答〕 感嘆符疑問符ハート賑やかなメールの趣旨は「お金送って」  鳥羽省三
 

(木下一)
    天国に行く切符です真っ白な君のパンティつかんで走る

 木下一氏の<パンティ短歌>を読み、選び、論評するのは、評者としての私の見栄であろうか?
 本作の作者は徹頭徹尾パンティに拘り、そのままゴールまで駆け込む覚悟の持ち主らしい。
 「真っ白な君のパンティ」を「つかんで」走りながら、「(これが)天国に行く切符です」と叫ぶ男が居たとしても、昨今の世相では何ら不思議ではなく、そのような狂態を示すご本人も、案外真面目なのかも知れない。
 でも、それはあんまりだ。
 作者の木下一氏も、ご自身をそこまで卑下して表現する必要はさらさらにありません。
 年も改まったことですから、今年はもう少し真剣に詠歌に取り組みましょう。
     〔答〕 刑務所に行く切符です真っ白なパンティ掴んで走るの止めよう  鳥羽省三


(佐藤羽美)
    いくつかの符合を確認した後にわたしを捲りはじめるおとこ

 教員生活を退いた私が生まれて初めて短歌新人賞に応募し、最終選考通過作品として某短歌誌に掲載された年に、本作の作者・佐藤羽美さんの作品もまた、最終選考通過作品として同じ短歌誌に掲載されていた。
 その年の最終選考通過者は受賞者も含めて二十人ほど居たと記憶しているが、その中で、三十首連作を通してスイーツを詠った佐藤羽美さんの作品が、私の作品の次に輝いて見えた(笑い)。
 あれから幾年経ったのでしょうか。
 あの頃、二十歳を過ぎたばかりの彼女も、いつの間にか、こんな悩ましげな歌を詠むような年頃になってしまっていたのだ。
 年齢は遥かに隔たってはいるが、彼女を良き同窓生として、良きライバルとして敬愛する私の心境は、いささかならず複雑である。
 でも、いくら女性だからといって、いつまでもスイーツや漫画の歌ばっかり創っては居られないですからね。
 ところで、「いくつかの符合を確認した後に」の「いくつかの符合」とは、あの、何する前の<何>でありましょうか?
 その<何>の後は、いよいよ本番ということになる。
 いざ本番となったら、お相手の「おとこ」は「わたしを捲りはじめる」。
 おや、おや、少し話が変になってきたようだ。
 <捲る>とは、何するお相手の女性の衣服を捲ることでしょうから、本番はこれから先のことであり、何する前の<何>は、これから先もまだまだ続くのではないでしょうか。
 それにしても、いささか呆れてしまう。
 彼女の身体から彼の手によって捲られ、剥がされる対象物の中には、当然、彼女のお召しになっているランジェリーも含まれているでしょうから、それでは佐藤羽美さんの短歌は、木下一氏の<パンティ短歌>と本質的には何ら変わらないものになってしまうのではないでしょうか。
 いや、いや、それは近視眼的見方というもの。
 作品中に殊更に<パンティ>という語を詠み込まなければエロティシズムを表わせないのが、私の言う<パンティ短歌>なのであり、<パンティ>という語を詠み込まないでもパンティを感じさせ、エロティシズムを表わせるのが芸術作品としての短歌なのである。
 となると、私のライバルの佐藤羽美さんは、歌人としてはまだまだ正常。
 でも、一個の女性としては落花狼藉の振る舞いを受ける寸前の状態なのである。
     〔答〕 符合とは胸や唇合わすことその後捲られそして何され  鳥羽省三

 と、ここまで書いて来たが、此処で少し心配になって来た。
 この一首の内容は、<何すること>などでは無く、作中の「いくつかの符合」とは、少年漫画誌の記事や付録の確認のことであり、その「いくつかの符合を確認した後にわたしを捲りはじめる」とは、読んで字の如く、連載記事や付録の有無を確認した後で、その少年漫画誌のページを捲ることではないでしょうか、と、気がついた。
 と、すれば、作中の「おとこ」は<色魔>では無く<マンガ魔>ということになる。
 あんまり馬鹿なことばかり書いていると、佐藤羽美さんに笑われ、嫌われますから、ここら辺りで筆を擱こう。
 佐藤羽美さん、今日の青森市は猛吹雪とのこと。
 羽毛のようなお美しいお身体を、吹雪に飛ばされないようにして下さい。
 と、書いてしまったが、佐藤羽美さんは、案外、お名前に相応しからぬ<百貫デブ>だったりして。
 佐藤羽美さん、マンガの読み過ぎはいいけれど、スイーツの食べ過ぎにはくれぐれも注意して下さい。
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ありがとうございます。

この作は、お題に引っ張られすぎていて、どうなんだろうと思ってもいたのですが、取り上げてくださってありがとうございました。
音符模様の靴下は3足1000円の代物です。(多分)
2万円のネクタイとの差に、格差社会を感じました。
こんなに格差のある社会で、ほんとうに結婚できるかしらん~。

コンヤクハキ コンヤクハキって繰り返す 格差社会の底辺にいる 花夢
018:格差より

かささぎ

  鳥羽省三さま

 拙作で、私の故郷佐賀そして武雄を思い出していただき嬉しいかぎりです。それに佐賀のピーアールと、鵲のことも書いて頂き、佐賀県人佐賀ピーアル隊として深くお礼申しあげます。
見沼と武雄はご縁がありますね。武雄では数年前「がばいばあちゃん」や「はだしのゲン」のテレビドラマの撮影がありました。「はだしのゲン」は終戦後のイメージをだすために選ばれたそうで、実家の近くの田んぼがうつりました。私の故郷は田舎を極めています。鳥羽さんの思い出を教えていただき、懐かしくなりました。有り難うございました。

☆往還に枝撒き散らし鵲の巣は去年よりも低く仕上がる

はいっ!

また私の悪いクセですね・・・。
いつも鳥羽さまに色々なことを指摘され、本当にありがたく思っております。
誰にも言ってもらえないことを鳥羽さまに言われ、でも、頭は撫でてもらっているような錯覚なんです^^
もっともっともっと・・・頑張ります☆

おじゃまします

中西様のお歌ですが・・・

女(おんな)と表現なさるより、女性とか、美人とかと表現なさったほうが、紳士的?面白い?
そんな気がしてしまうのですが・・・といいますか、私の好み?
「風に飛ぶ切符拾って手渡した女性と並び改札を出る」と口語になさってもいい歌かもしれません。
でも、やはりあまりその女性に関心のない「女」というクールな表現になさりたかったのかな・・。

No title

 水口 様
 
 筆頭の歌の作者は、 「中西」ではありません。
 「西中」です。
 相変わらずの慌てん坊、いや違う、慌てん嬢、いや、これも違う、慌てん婦(なんて言い方、あったかしら)ですな。
 あの頃からちっとも変わっていない。
 でも、それがあなたの魅力なのかも知れませんね。


 ほたる 様

 私は、あなたの作品の欠点を指摘したのではありませんよ。
 むしろ、他の人に見られないあなたの作品の特質として、誉めたつもりなのです。
 一首を五句として捉えずに、三十一音として捉えるのは、私の尊敬する塚本邦雄氏あたりから始まったものですが、今となっては、古典的とも言える、その手法を、私は未だ取得出来ないでいる。それなのにあなたは、それを<生まれつき>のようにして身につけている。羨ましい限りです。


 花夢 様
 
 今どき、靴下が三足で千円とは高い。
 これから、一億総飢餓の時代が到来します。
 お金を大切に。
 鳩山内閣の内需拡大政策に協力する必要は、さらさらにありませんから。


 今泉 様
 
 私は、皆様方の作品に事寄せて、自分自身の日記や自叙伝を書いているつもりですから、これからもいろいろな思い出話をご披露したいと思います。
 どうぞ宜しく。 

失礼いたしました

西中様
大変失礼いたしました。

そうですね、まったく穴があったら入りたいくらい・・・
見直ししているつもりでも、見えていない・・
これでも、昔はテストなどでケアレスミスはなかったのですが
おっちょこちょいだと言われたこともあまりなく・・・。
年賀状や書類などで手書きするだけが殆どの生活を送っているので
やはり恥をかきつつもこういう機会で鍛錬せねばボケちゃいそうですね。

No title

毎度ありがとうございます。鳥羽さんの想像力(創造力?)に感服致しました。現実は「あ、どうも」というだけで終りで、改札口が一つしかない地下鉄の小さな駅ですから、前後して改札を出るしかないというわけです。

No title

水口様
 「中西」と間違えられるのは毎度のことですので、お気になさらないで下さい。なお、先ほどのコメントを投稿した後になって、水口さんのコメントに気付いた次第にて、間違いを指摘したのは私ではなく鳥羽さんのようです。

ありがとうございます

今回も取り上げていただきありがとうございます。

深読みしていただいたとおりの歌です。
廃棄処分されてもいい!という勇気がないので実際に並ぶことは出来ませんが、並んでみたい気になることはあります。

そういう時はゆっくり眠るようにしています。
難しい本や曲に触れるとすぐに眠れます。
睡眠が一番ですね(笑)。

ありがとうございました。

ありがとうございます

昨年に引き続き、返歌をありがとうございます。
自分で歌っておきながらなんですが、たしかに、言葉の端々に符号ってどうやって入れるんでしょうね。
なんとなく秘密の合言葉みたいな感じでしょうか。
憧れます、いい歳して。
プロフィール

鳥羽省三

Author:鳥羽省三
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