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一首を切り裂く(077:屑)

(西中眞二郎)
    屑入れの見当たらざればポケットにゴミ入れしまま街を歩みぬ

 今から半世紀ほど前の松の内に、東京で学生生活を始めて一年足らずの私は、ある親戚の家にお年始に出掛けた。
 ひと通りのご馳走になった夕刻、その家の主婦が買い物に行くと言うので、私も帰宅がてらに社会見学のつもりで同行した。
 するとその主婦は、買い物先の手前の駅に立ち寄り、自宅から抱えて来たビニール袋に入った何かを駅前のゴミ箱に入れたのである。
 怪訝な顔をしている私に向かって、その主婦は、「お正月でゴミ回収の自動車が来てくれないの。こういうことは、あまりしたくないけど、自宅のゴミ入れが溢れそうだから、少しだけ失礼させて頂いたのです」と言うのだ。
 その主婦は格別に人柄の悪そうな人では無かったので、「この人をして、こういうことを為さしめる都会生活とは何ぞや。東京とは大変恐ろしい所だ。上京前には、生活ゴミの全てを自宅裏の塵塚に捨てて、堆肥作りをしていた私が、果たして、このような生活に耐えられるだろうか」と、私は、自分の前途に大いなる不安を感じた。
 「屑入れの見当たらざればポケットにゴミ入れしまま街を歩みぬ」。
 この一首に、高給官僚、いや失礼、高級官僚生活から退かれた、西中眞二朗氏のお人柄の一端が偲ばれる。
 現役当時は予算分捕り合戦をさんざん演じたであろう西中氏が、外出の途中でティッシュペーパーでも使われたのか、それを捨てようにも捨て所の無いまま、英国屋仕立てのコートのポケットに、汚れた紙屑を突っ込んだままでとぼとぼと歩いている様子が想い浮かぶ。
 高級官僚退職者の皆がみな、西中氏のようなご性格の方ばかりではなかろうが、この一首を読む時、私は、「日本のエリートたちも、必ずしも捨てたもんでは無いな」などと、甚だ失礼な思いに捉われる。
 作者・西中氏が、実際にこの作品をお創りになられた季節は判然としないが、この一首から私が思い浮かべるのは、私がこの記事を書いている<今日>のような、<大つごもり>の盛り場の風景である。
 西中真二郎さん、よいお年をお迎え下さい。
     〔答〕 年の瀬に捨て処なき紙屑をポケットの中で弄んでる  鳥羽省三 


(梅田啓子)
    まん中に屑入れのありみんなして投げ捨てしろき裾野をもてる

 一見、スルーしてしまいそうな地味な作品ではあるが、「しろき裾野をもてる」が秀逸。
 これは、屋外の風景だろうか、屋内の風景だろうか?
 梅田啓子さん、よいお年をお迎え下さい。
     〔答〕 ニッポンはゲイシャ・フジサン公園の屑入れも白き裾野持ってる  鳥羽省三


(理阿弥)
    ゴミ箱を屑籠と呼ぶ若者はたいがい祖父母と同居してます

 そういう見方にも一理があります。
 が、祖父母含めて三世代同居の家族は極めて少ない。
 家族が多いと何かとトラブルが絶えなく、特に女性が、そうした家族構成を嫌がるからである。
 が故に、「お年寄りは後期高齢者と呼ばれ、屑箱に捨てられる」とまで申し上げたら、我が連れ合いを先頭にした、世の女性たちの蔑視の標的にされること疑い無しであるから、これ位で筆を止めておきましょう。
 理阿弥さん、よいお年をお迎え下さい。
     〔答〕 お年寄りを後期高齢者と呼ぶは失礼千万飛んでも発奮  鳥羽省三
 
 「とんでもハップン(飛んでも発奮)」とは、「日本語の<とんでもない>と英語<never happen>の合成語で、<とんでもない><まさか>といった意味で使われる。もともと戦後の学生間で使われていた言葉だが、後に獅子文六が朝日新聞に連載した長編小説『自由学校』で使用。更に同小説の映画化の際も使用し、流行語となった。1980年代には派生語<飛んでも8分歩いて10分>という言葉も生まれている。」(『日本語俗語辞書』より抜粋)
 ことの序でに説明しますが、獅子文六作『自由学校』の舞台となったのは、私が過日の「さだまさし解剖学」で縷々述べた、あの<聖橋>から見下ろす、御茶ノ水駅ホームの向かい側の崖なのです。
 私が上京した当時は、あの崖には、ホームレスの方々のお住まいの掘っ立て小屋が建てられていて、夕方になると、さも自由学校卒業生といったような感じの方々が、お酒を酌み交わしながら、談論風発のひと時を過ごしておりました。
 お風呂なども有ったようですが、あの崖から、ホームレスの方々のお住まいが撤去されたのは、東京オリンピックの頃だったのでしょうか?
 一首の歌から、様々な事柄が呼び起こされるのが、理阿弥短歌の特質であり、美質なのである。


(ゆき)
    行く川のながれに藻屑となり果てし千の文殻万の花殻

 この作品も、「知ったかぶりをしゃがって」と思って、スルーしてしまいたくなるような作品ではあるが、少し立ち止まって見ていると、なかなか捨て難い魅力がある。
 歌い出しの「行く川のながれ」は、方丈記から想い付いたものであろうが、末尾の「千の文殻万の花殻」は、作者の心の中に浮かんだ心象風景であろう。
 即ち、この一首の意味は、「作中の<私>は、片思いの恋人に当てて、千通にも万通にも余る恋文、ないしは恋情を託したメールを送ろうとした。しかし、気弱で引っ込み思案の<私>には、それを実際に送ることが出来なかった。そこで、恋人への<私>の思いは、あたかも、千も万もの色鮮やかな色紙やはなびらが川面に浮かぶようにして流れ行き、そして、藻屑となって消えた」というのであろう。
 ゆきさんも亦、よきお年をお迎え下さい。そして、よき恋人のゲットも。
     〔答〕 くさぐさの想ひ流るる飛鳥川あすは元日謹賀新年  鳥羽省三


(龍庵)
    真っ直ぐに君に当たって砕け散る光の屑を拾い集める

 一首の意は、要するに「あなたは美しい。その美しいあなたに、私は憧れている」ということでありましょう。
 この一首から、その意を読み取るのはそんなに簡単なことではありませんよ。
 感覚的に捉えて、なんとなくそのように解する人は居るにしても。
 龍庵さん、よいお年をお迎え下さい。
     〔答〕 春の日の光に当たる君なれば我は眩しとたじろぐばかり  鳥羽省三 


(蓮野 唯)
    屑籠のような住いが映ってるテレビ眺める午後三時半

 「午後三時半」で逃げるのは良くないとは思ったが、蓮野邸のガラクタテレビに映る庶民たちの「住い」が「屑籠」のように感じられる時刻として最適なのは、「午後三時半」頃であろうから、それも已む無し、である。
     〔答〕 屑籠のような住まいに住む屑のような歌人の屑歌多し  鳥羽省三
 と、申しても、それは蓮野さんや蓮野さん作のことを申しているのではありませんから、お気になさらずに。
 蓮野唯さんも、佳いお年をお迎え下さい。


(さかいたつろう)
    パン屑をこぼして歩く女の子 笑って付いていく男の子

 現代版『青い鳥』というところか。
 「パン屑をこぼして歩く女の子」は立ち食いの常習者。
 「 笑って付いていく男の子」は、そうした「女の子」をつまみ食いしようとしているのだ。
 さかいたつろうさん、佳いお年をお迎え下さい。
     〔答〕 ホコ天で現代風俗眺めてるさかいたつろうさんは冷徹  鳥羽省三


(田中彼方)
    「パン屑を森の小鳥に食べられて帰れないから、泊めてくれない?」

 これ亦、現代版『青い鳥』。
 「パン屑を森の小鳥に食べられて帰れないから、泊めてくれない」などと言う者は、男性にしろ、女性にしろ、純情さの欠片も持たないヤツだから、一晩中、チルチルミチルの芝居をさせて、徹底的に鍛え直さなければダメ。
 田中彼方さん、よいお年をお迎え下さい。
     〔答〕 見え透いた手段で以って願っても年越し村では泊めてくれない  鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
    ときどきは子供っぽさを覗かせるパン屑ひざの上にこぼして

 それが、彼一流の<手>だったりするから、五十嵐きよみさんと言えども安閑としては居られない。
   〔答〕 雪を見て<ゆひら>と叫ぶ男など油断も好きもありはしないさ  鳥羽省三


(ほたる)
    アスファルトに貼りつく花屑ももいろで踏まれても春、踏まれても春

 この作品も一度はスルーした。
 だが、もう一度見直してみると、それなりの味わいの在る作品だったので選ばせていただいた。
 「踏まれても春、踏まれても春」は、種田山頭火の句、「分け入っても分け入っても青い山」に取材したものであろう。
 これ見よがしに引用したり、取材したりするのは、馬鹿のやること。
 こうして、さりげなく目立たなく、名句から取材するところに、本作の作者の実力と教養が感じられる。
 「花屑」は「ももいろ」とあるから、梅の花だろうか?
 華やかさもほどほどの都会の春景色である。
 ほたるさん、よいお年をお迎え下さい。
     〔答〕 引用は鳥羽省三に解るほど誰でも解れば面白くない  鳥羽省三


(本田鈴雨)
    大鋸屑に海老棲むものと信じゐき鮨屋のやんちや息子五歳は

 「大鋸屑」を、<おがくず>と読める人が少なくなったのは寂しいことです。
 輸入物の魚介類が少なかった頃、「海老」は大鋸屑入りのトロ箱に入れられていたものでした。
 本作の作者の本田鈴雨さんのご生家は「鮨屋」さん。
 お羨ましいことです。
 私の長男は、まだ二十歳にならない頃、よく「俺は鮨屋の息子に生まれれば良かった。上トロ鮨が大好物だから」などと言っていたものでした。
 末尾を「息子五歳は」としたところに、本田鈴雨さんの長年の短歌歴と技巧が感じられます。
 こうした点は、ほたるさんなども大いに学ぶべきでしょう。
 本田鈴雨さん、よいお年をお迎え下さい。
     〔答〕 大鋸(おが)を挽く木挽きの捨つる大鋸屑に柔く包まれ海老は眠れる  鳥羽省三  


(村本希理子)
    赤緑黄の糸屑が絡まつて成長するのよ裁縫箱は

 無類の手芸好きの連れ合いの裁縫箱を観察して、「赤緑黄の糸屑が絡まつて成長するのよ裁縫箱は」の現実性を、私は確認しました。
 鋏や針や目打ちなどの裁縫道具の他に、裁ち切れや糸屑やトレーシングペーパーなど、実にいろいろな物が入っているものですね、あの裁縫箱には。
 村本希理子さん、良いお年をお迎え下さい。
     〔答〕 ユザワ屋の会員カードも入ってた妻の使へる裁縫箱に  鳥羽省三


(bubbles-goto)
    蹴らないでください、胴の継ぎ目からおが屑がこぼれてしまいます

 一見、何に詠んでいるのか、どういう状況を詠んでいるのか解らない方の方が多いでしょう。
 私は、市松人形を数十体持っている。
 その市松人形の中の、比較的に安価なものの本体は、大鋸屑を固めて造型した上に胡粉を塗って仕上げたものである。
 そうした市松人形の古くなった物の胴体と脚の継ぎ目から、大鋸屑がこぼれ出すことがある。
 本作の作者は、「<そうなっては困るから、どうか>蹴らないでください、胴の継ぎ目からおが屑がこぼれてしまいます 」と言っているのである。
 ここまで、読んでもらったら、作者としても本望でしよう。
 他の評者なら、碌々読みもしないでスルーしてしまうかも知れませんよ。
 <bubbles-goto>さん、よいお年をお迎え下さい。松が取れれば直ぐに市松さんの出番ですよ。 
     〔答〕 大鋸屑がこぼれるようになったならジェームス・ボンドで固めよ胴を  鳥羽省三 
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英国屋ではありません

 過分なご感想ありがとうございます。ただし、大きな間違いがあります。着ているコートは、英国屋製などではなく、近所の安売り屋で買ったバーゲンの品でした。「高給官僚」どころか「薄給」の身で、高価な洋服などとは全く縁のない一生を送って参りました。
 明日は正月、どうか良い新年をお迎え下さい。

鳥羽さま

拙歌を何度も取り上げていただきありがとうございました。
思わぬ方向からのご解釈、いつもありがたく読ませていただいております。
よいお年をお迎えくださいませ。

今年も終わりですね

「住」とともに今年最後の選歌をしていただき、身にあまるお言葉をいただきました。
今年は鳥羽さまのブログで何度も取り上げていただきどれだけ嬉しかったかわかりません。
どこに所属するわけでもなく、素人詠みの私の歌に目をかけていただきとても勉強になりました。
年の瀬の慌ただしさの中、何度も鳥羽さまにご訪問いただき、私の気持ちも明るいまま、大晦日を迎えることができました。
董が立ってもいつまでも夢見るほたるでいたいものです(笑)
来年も鳥羽さまにとっても素晴らしい一年でりますように!
今年最後のご挨拶でした☆
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鳥羽省三

Author:鳥羽省三
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