スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今週の朝日歌壇から

 永田和宏選の末尾に、ホームレス歌人・公田耕一へのオマージュめいた作品が二首も掲載されている。
 「冬のタイガのデルス・ウーザラ想ふ時重なる姿は公田耕一」(千葉市・甲本照夫)、「カップ麺買わずに朝刊買ひしとふ歌にて我の投稿始まる」(加古川市・湯田摩耶)。
 これら二首が、わずか十個しかない永田和宏選の入選枠に納まるような傑作かどうかについての判断は保留して置くとしよう。
 しかし私は、このことから推して、ホームレス歌人・公田耕一氏の作品を賛美する朝日歌壇への投稿者の多いことと、「叶うならば、夢よもう一度」と、公田耕一氏の朝日歌壇への復活を願っているかの如き朝日新聞社の姿勢、及び朝日新聞社から投稿作の選定を委託されている、当歌壇の選者たちの姿勢などを伺い知ることが出来、いろいろと興味が尽きない。
 ところで、これは言わずもがなのことかも知れないが、引用した二首の作品のうち、<加古川市・湯田摩耶>氏作の仮名遣いが混乱しているのではないだろうか?
 作中の「カップ麺買わずに朝刊買ひし」の部分は、かつての公田耕一氏の入選作からの引用部分かと思われるが、その中の「買わ」と「買ひ」との二語は、共に動詞「買う」ないしは「買ふ」の活用形であろう。
 湯田摩耶氏の作中には、これらの語とは別に、「といふ」の省略形である「とふ」が用いられているから、前述の二語の中の「買わ」は「買は」と訂正すべきかも知れない。
 何故ならば、かつてあれほどの短期間に、ほとんど毎週のように傑作を寄せられ、数十万、或いは数百万の読者たちを感動させた、あのホームレス歌人・公田耕一氏が、そのような初歩的な文法ミスを含んだ作品を投稿したとは思えないからである。
 また、仮に公田耕一氏がそうした文法的ミスを含んだ作品を投稿したとしても、歌壇の名だたる目利きである、選者諸氏が、それを見逃して入選させたとは思われないからである。
 私のそうした推測が正しいとすると、当該作品は明らかに朝日歌壇の入選作とするに相応しくない。
 にも関わらず、これを入選作に加えた永田和宏氏はどうかしていらっしゃる。
 永田和宏氏と言えば、同氏は「歌会始の儀」の撰者のお一人でありましょう。
 近頃の永田氏は「歌会始の儀」への投稿歌の選定に追われて居られ、朝日歌壇ごときの投稿歌の選定には、心が向かわれなかったのかも知れません。
 
 前置きが長くなりましたが、そろそろ本題に入りましょう。 

○  「結婚は、どちらでもいい、七割」の朝刊広げ足の爪切る (東京都) 二村吉光

 括弧書きされた「結婚は、どちらでもいい、七割」は、朝日新聞朝刊の見出しであろうか?
 もし、そうならば、朝日新聞社もなかなか抜け目ないし、それと知ってか知らないでか、本作を入選作とした、高野・佐佐木両氏も亦、なかなかである。
 新聞記事などの見出しを、そのまま歌中に折り込むという離れ業は、かく言う私もよくやることではあるが、成功の確率は極めて低い。
 考えてみるに、その失敗の理由は、それと組み合わせる、引用部分以外の表現の魅力の無さにあるのではないだろうか。
 本作の場合は、「朝刊広げ足の爪切る」という下の句の軽妙な味わいが、上の句の引用部分を引き立てているのである。     
     〔答〕 朝刊の折込付録を切り抜いてお年玉袋を作れり妻は  鳥羽省三
 本日の朝刊に掲載されたヤマト運輸など三社の全面広告がそのまま、正月用のポチ袋を作れるような体裁になって居りました。 


○  テレビに映る観客席の片すみに亡き夫がいてラグビー見おり (東京都) 木田治子

 配偶者に先立たれた女性の、日常生活の一端を覗き見たような気がした。
 境遇の如何に関わらず、私たちがテレビのスポーツ放送を観ている時は、試合のみならず、時折り映る観客席をも注視しているのだ。
 ましてや、熱烈なラグビーファンであったご夫君に先立たれた作者の場合は、なおさらなのだ。
     〔答〕 長男に其の面影が通ふとて野茂のファンになりにき妻は  鳥羽省三 


○  いさかいし夜温かき缶コーヒー飲むためだけの家出しており (和泉市) 星田美紀

 初句の「いさかいし」の係りがやや不明確である。
 夫婦喧嘩の挙句、「わたし、そんなあなたとはこれからやっていけませんから」などと、大見得切って家を出て来たものの、駅前のベンチに座って、自動販売機で買った「温かき缶コーヒー」を飲んだだけで帰ってしまった、などというのはよく聞く話だ。
 ご夫君の方も、長い間の経験から、そのような顛末になることを知っているから、後を追わなかっただけの話だ。
     〔答〕 ときたまに「クロの顔見て来るから」と妹宅へ行くは家出か?  鳥羽省三
 「クロ」とは、徒歩、約ニ十分の距離の<美しが丘西>に住んでいる、妻の妹宅の飼い犬である。


○  枇杷の花ひしめき咲けば思い出す子ら多き日の押競饅頭 (福山市) 武  暁

 私の考えでは、「枇杷の花」の属性は、下記の二点である。
 一点目は、咲いても目立たないから、いつ咲いたのか分らないこと。
 二点目は、無数の小さな花が群がって咲くこと。
 本作は、上記二点の中の二点目に着目しての作である。
 一首全体、なかなか宜しいが、「押競饅頭」が特に宜しい。
     〔答〕 一クラス六十人も居た頃の我らを詠める作かもこれは  鳥羽省三 


○  あのころは壁の向こうの月の出も「東」のニュースのように見ていた (ドイツ) 西田リーバウ望東子

 本年は、「ベルリンの壁崩壊・二十周年」という記念すべき年だそうですが、その記念すべき年も、残す所あと三日。
 その今年を、「あのころは」と回顧してみる時が訪れるのだろうか、私たちに。
     
     〔答〕 あの頃はフォークソングに夢中にて井上陽水追っかけていた  鳥羽省三

 ベルリンの壁が崩壊したのは1989年。
 その1989年は亦、井上陽水の『最後のニュース』がシングルカットされた年でもありました。


      『最後のニュース』     井上陽水作詞・作曲

    闇に沈む月の裏の顔をあばき 
    青い砂や石をどこへ運び去ったの
    忘れられぬ人が銃で撃たれ倒れ 
    みんな泣いたあとで誰を忘れ去ったの
    飛行船が赤く空に燃え上がって 
    のどかだった空はあれが最後だったの
    地球上に人があふれだして 
    海の先の先へこぼれ落ちてしまうの

    今 あなたにGood-Night 
    ただ あなたにGood-Bye

    暑い国の象や広い海の鯨 
    滅びゆくかどうか誰が調べるの
    原子力と水と石油達の為に 
    私達は何をしてあげらるの
    薬漬けにされて治るあてをなくし 
    痩せた体合わせどんな恋をしているの
    地球上のサンソ、チッソ、フロンガスは 
    森の花の園にどんな風を送ってるの

    今 あなたにGood-Night 
    ただ あなたにGood-Bye

    機関銃の弾を体中に巻いて 
    ケモノ達の中で誰に手紙を書いてるの
    眠りかけた男達の夢の外で 
    目覚めかけた女達は何を夢見るの
    親の愛を知らぬ子供達の歌を 
    声のしない歌を誰が聞いてくれるの
    世界中の国の人と愛と金が 
    入り乱れていつか混ざりあえるの

    今 あなたにGood-Night 
    ただ あなたにGood-Bye
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

鳥羽省三

Author:鳥羽省三
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。