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一首を切り裂く(073:マスク)

(久哲)
    クリスマスクイーンを飾り立てるため蛍は雪が降るまで生きた

 お題<マスク>を折り込んだ短歌の創作に苦しんだ挙句、その中にお題の<マスク>を含んだ「クリスマスクイーン」なる魅力的な言葉を編み出した久哲氏の歌舞伎町の風俗店経営者紛いのご努力には、正直頭が下がります。
 ところで、久哲氏はご存じないでしょうけど、昨今の競馬界に<クリスマスクイン>なる牝馬がいて、現在、万馬券を連発中とのこと。
 その<クリスマスクイン>の栄光を讃え、彼女の業績をことさらに「飾り立てるため」に、「蛍は雪が降るまで生きた」のだとしたら、その「蛍」は偉い。
 どなたかの持ち歌に「冬の蛍」という曲があったような気がしますが、その曲は、「雪が降るまで生きた」「蛍」の偉業を讃えたものでありましょうか?
     〔答〕 雪が降るまでも生きたる蛍こそ冬の蛍と讃えられもすれ  鳥羽省三


(駒沢直)
    一年中マスクをつけて歩いても不自然でないことのおかしさ

 言われてみれば「なるほど、それもそうだね」と言うしかない。
 でも、何時、何処で、どんな外敵に襲われるかも知れない現代の日本社会に於いては、春だろうが夏だろう秋だろうが冬だろうが、のべつ幕なしにマスクを着けているしかありませんね。
     〔答〕 プロレスラー・タイガーマスクは自宅でもマスク外さず過ごしてるとか?  鳥羽省三


(西中眞二郎)
    マスクしても瞳やさしき人ありて向かいの座席に揺られておりぬ

 マスクをすれば強盗と間違えられる、私のような悪相の者も居ますが、マスクをしていても何処と無く優しそうな感じの人も居ます。
 作中の「マスクしても瞳やさしき人」は、きっと西中眞二朗さん好みの女性だったのでしょう。
 「惚れてしまえば瞳も野添」とは、即興で作った格言ですが、その「瞳やさしき人」が、「向かいの座席に揺られておりぬ」となったら、<義を見てせざるは勇無きなり>てなことにはなりませんか?
     〔答〕 据え膳を食わぬも勇気の一つだと揺られるままに放っておいた  鳥羽省三 


(梅田啓子)
    冬空にマスク一つが干されをり独り居好みし父に似てきて

 紛れも無い佳作ではありますが、四句目を「独居好みし」として、字余りを避ける手もありますが、そうしなかったのには、きっとそれなりの理由がお有りなのでしょう。
 それとは別に、「独り居好みし父に似てきて」という下の句と「冬空にマスク一つが干されをり」という上の句とを因果関係で捉えると、「独り居を好んだ父に似ているので、冬空にマスク一つが干されております」などと解釈してしまいそうになります。
 でも、作者としては、そういった解釈をされるのは全く予想外のことであり、「生前の父は独り居を好んでするような人だった。その父の娘である私もまた、この頃は独り居を好むようになった。そんな一人居の冬の今日、この寒空にマスクが一枚干されている」といった解釈を予測していたのでありましょう。
 いずれにしても、上の句と下の句とが程よく響き合っていて、梅田啓子さんならではの傑作です。
 坪田譲二氏に『風の中の子供』という童話がありますが、本作はさしずめ『風の中のわたし』といったところでしょうか?
     〔答〕 冬空に糸切れ凧が舞ひ上がる家居ばかりの私を笑ひ  鳥羽省三


(理阿弥)
    赤い眼と大きなマスクをした僕に返す釣銭かすかな震え

 初句の「赤い眼と」が、やや理に落ちた感じであり、字数合わせのような感じでもあります。
 「赤い眼」は、「僕」が「大きなマスク」をしている理由ではありましょうが、その僕に釣銭を返す店員の「かすかな震え」の理由にはならないと思うからです。
 理阿弥さんとしては、極く軽く流したような感じの作品ではありましょうが、他の方々の作品と比較して、一言二言、私が述べるに値する作品かと思って、選ばせていただきました。
     〔答〕 釣銭が無かった場合は「レシートのお返しです」と言いつつ震え  鳥羽省三
 私は、コンビニやスーパーのレジの人の言う「レシートのお返しです」という決まり文句が大嫌いなのです。
 彼、彼女らのお客あしらいには、その他にもいろいろと不満がありますが、特に、「いらっしゃいませ、こんにちは」「明太子おにぎり、百五十円の方入ります」「レシートのお返しです」といった、理屈に外れた、紋切り型の応対には、大きな軽蔑感と嫌悪感を覚えます。


(萱野芙蓉)
    逢つたでせうダマスクローズの香る庭、惨劇の夜が明けるペルシャで

 嫌悪感と言えば、私は、発想からして、明らかに口語調短歌なのに、「逢つたでせう」などと、作中の動詞や助動詞などの仮名遣いを、ことさらに<古典仮名遣ひ>にしている作品には、嫌悪感を覚えるというほどではありませんが、少なからぬ疑問を感じて居ります。
 それは、私の性格の我儘さにも起因することでしょうが、<古典仮名遣ひ>を金科玉条として、「投稿作品の全ては古典仮名遣ひにしなければならない」などという、時代錯誤の社是を掲げている結社や、その結社の方針に盲従している同人や会員の方々にも問題がありましょう。
 世の中の変化と共に、歌人の目や心も変化して行くものです。
 それは、「世の中がどんなに遷ろうとも、私の心は遷らない」などという、一個人の偏頗な心構えの問題などでは無く、歴史的必然性といった問題なのです。
 まさに、「明治の歌は明治の歌なるべし、平成の歌は平成の歌なるべし」なのです。
 本作について言えば、「逢ったでしょう」と書くべきところを、「逢つたでせう」と書いても、作品の内容は少しも良くならないどころか、作者の教養の浅薄さをも露呈してしまうことになりましょう。
 そもそも、本作の作者は、口語的発想に立脚して本作を創っているのですから、その表現も口語文体にすべきなのです。
 仮に作者本人が、所属結社の社是如何に関わらず、徹底した文語主義者であるとするならば、本作は、「逢つたでせうダマスクローズの香る庭、惨劇の夜が明くるペルシャで」としなければならないのです。
 それなのに、その覚悟も方針も無くて、ただ作品の一部だけを、装飾的に「逢つたでせう」などとするのは、「愚の骨頂も此処に至れり」といったところなのです。
 現代社会に於いては、中山エミリさんだろうが、クルム伊達公子さんだろうが、綾小路きみまろさんだろうが、萱野芙蓉さんだろうが、口語で考え、口語でもの言い、口語で行動しているのです。
 かく言う私も、時には、作品の内容に合わせて文語を用いますが、それはあくまでも、作品内容や発想が文語表現を要求している時だけのことで、決して、口語と文語のごちゃ混ぜ短歌は作りません。
 かつて、某短歌会同人のかなり著名な女流歌人が、「お亡くなりになられた○○先生は、拙い私の作品に、何一つお手を入れられず、そのまま掲載して下さいました。私は、先生亡き後も、それを徳として、斯道に邁進して行く覚悟です」などと、仰ったことがありましたが、<お手を入れられ>ようにも何も、母親の後を引き継いで結社主となっただけのその先生には、弟子たちの作品を添削出来るような経験も実力が無かったから、結社誌の方針をそのようにしているだけのことなのです。
 因みに、その結社の方針は、「口語、文語のごちゃ混ぜ許容」でした。
 前置きが長くなりましたが、そうした点に於いて、本作は必ずしも私好みの作品ではありませんが、仮名遣い以外の点に於いては申し分の無い作品なので、一方的な言い掛かりを付けつつも、敢えて選ばせて頂きました。
 作者の萱野芙蓉様に於かれましては、何卒、私の我儘をご許容のうえ、今後はなるべく<口語文語のごちゃ混ぜ短歌>をお作りになられないようにして下さい。
 そろそろ本題に入りましょう。
 本作の魅力の一つは、それらしい雰囲気が漂っている点に在るのではないでしょうか?
 薔薇の原種とされる「ダマスクローズ」は、ブルガリア産のものが持て囃されてはいますが、その昔、ペルシャと呼ばれていた、現在のイラン辺りの王侯貴族もその趣を愛好したと伝えられておりますから、彼らの邸宅の庭やイスラム寺院の庭に、この花が生えていたとしても何ら不思議ではありません。
 また、それが、花卉としてのそれでは無くて、体臭や口臭などを除去するために使われる、<ダマスクローズオイル>であったとしても、その香りの漂う庭には、いかにも亜熱帯らしい雰囲気が醸し出されていて、ニ、三句の「ダマスクローズの香る庭」は、優れた用語選択であったかと思われます。
 その「ダマスクローズの香る庭で、あなたは私と逢ったでしょう」と問い掛け、更に念押しするように、「惨劇の夜が明けるペルシャで、逢ったでしょう」と、彼女は彼に問い掛けるのである。
 作中の「惨劇の夜が明けるペルシャ」は、<イラン・イラク戦争>に明け暮れた頃のイランを指すのでしょうか?
 それとも、美しい姫君たちを連れた王侯貴族たちが闊歩した、近代以前のペルシャを指すのでしょうか?
 或いは、帝国主義と民族主義とが激しく争った近代のペルシャ地域を指すのでしょうか?
 そのように、いろいろなことが考えられ、その実情が分からないところにも、この作品の魅力があります。
     〔答〕 「また逢おう、今度は平和な天国で」ダマスクローズの香の中で言う  鳥羽省三 


(bubbles-goto)
    あの頃は面白がって眺めてた尊師(グル)のマスクで踊る人たち

 「グル」とは、梵語で「指導者・教師・尊敬すべき人物」などを意味する単語であるが、現代の日本社会では、「オカルト教団の指導者」などと、かなり否定的な意味の語として使われている。
 現代の日本社会の「グル」と言えば、その代表は、あのオウム真理教の導師の麻原彰晃(氏)あたりか?
 その「グル」の健在の頃、「グルのマスクで踊る人たち」を、作中の<私>は「面白がって眺めてた」と言うのであろうが、私には、オウム真理教の信者たちが、グルのマスクを着けて踊っていたという記憶がない。
 もしかしたら、この一首は、ひと頃の原宿の少女たちの狂態をモデルにしたのではないか、とも思っている。
 それはどうでも、この作品は「グル」を登場させるなど、かなり派手めな内容かと思われましたが、よくよく考えてみると、平凡な一人の人間が、平凡な過去の思い出を回想しているに過ぎません。
 極彩色に見せかけながら、実はモノクロ。
 短歌の極意はその辺に在るのではないか、と納得しました。
     〔答〕 中国に徒党数百引き連れて大名旅行の彼はグルかも  鳥羽省三


(田中ましろ)
    あの甘いマスクの裏に広々とある下心収納スペース

 小さなマスクの裏に隠した大きな下心。 
 「広々とある下心収納スペース」が秀逸。
 あのベン・ケーシーも、あの「甘いマスクの裏に」、大きな大きな「下心」を隠していたのかも知れませんね。
 ああ、マスクは恐ろしい。
     〔答〕 総裁の谷垣某のマスク顔見え隠れする黒い企み  鳥羽省三  


(ほたる)
    ためらわず噛まずに言ってさよならはアイマスクつけたままで聞くから

 不実な男が、失明の危機に遭遇して入院中の恋人に引導を渡そうとしている場面だろうか。
 打算尽くめで気の小さいその男の気持ちが、今のところ恋人のままの女性には、アイマスクを着けたままでもよく分かるのだ。
 「ためらわず噛まずに言ってさよならは」という、その女性の言葉は、未練から発するのでは無く、その男と共有して来た過去の時間のことを思って、真の意味の愛情から発する言葉なのだ。
 その女性の掛けている「アイマスク」はただの目隠しではなくて、<愛マスク>なのだ。 
     〔答〕 男性は口にマスクしアイマスク掛けた女性に「サ・ヨ・ナ・ラ」と言う  鳥羽省三
 この男性は、眼病が口から感染すると思っているような馬鹿なのだ。
 こんな馬鹿男と過ごした青春の時間が勿体無かったね。
 でも、これも勉強だ、と思って諦めなさい。


(千坂麻緒)
    電車では三人ほどがマスクして冬の日差しが淡くやさしい    

 この一首も淡白でいいね。
 ただ、見ただけ、感じただけの事を書いてるに過ぎない。
 短歌は所詮<短い歌>に過ぎない。
 わずか三十一音の中に盛り込むべき情報は、それだけで充分なのだ。
     〔答〕 小流れにメダカが三尾泳いでる千坂麻緒氏は昼餉の仕度  鳥羽省三 


(里坂季夜)
    内側の汚れは誰にも見せぬようぎゅっと結んでマスクを捨てる

 この一首も亦、日常生活の中のなささやかな出来事を詠んでいるに過ぎないが、どなたも注目しないようなところに目を着けた点が素晴らしい。
     〔答〕 内側の乱れが誰にも判るよう亀井静香の大口叩き  鳥羽省三  


(わらじ虫)
    うつさないためにマスクをする人と公園までを並んで歩く

 誠実な人と過ごした、充実したひと時でした。
 「うつさないためにマスクをする人」との公園行は、これからも忘れられない思い出として残ることでしょう。
     〔答〕 映らないためにパンストで顔隠し共犯者らとコンビニに行く  鳥羽省三


(橘みちよ)
    追悼号に載りし茂吉のデスマスクためいきつくごと口すこし開く

 今回の転居に際して、私は、『アララギ』の<斎藤茂吉追悼号>を捨ててきましたので、「追悼号に載りし茂吉のデスマスクためいきつくごと口すこし開く」の真偽を確認できませんでした。
 でも、私のかすかな記憶の中にも、斉藤茂吉のデスマスクが残っているような気がします。
     〔答〕 人間は食事の時に口開くそのデスマスクは鰻召す時  鳥羽省三
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No title

いつもありがとうございます。この作は、全くの仮想の産物ですが、仮想の彼女は確かに私の好みの人だったのだろうと思います。

勉強です!

人生一生勉強ですね!

ありがとうございます。
不誠実で馬鹿な男とはバイバイして正解ですね(笑)
<愛マスク>!素敵!!

No title

お説のとおり、初句から三句目まではちょっとダサいですよねぇ。
「赤い眼をした」と「マスクをした」の二つは、
並列するには無理があった感じがします。

ところで、最近はスーパーでも無人レジというのが増えてきました。
あれもまあ味気ないものですが、近頃はなんとなくそこを選んで
利用してしまいます。


返歌というわけではないですが、最近詠んだ
マスクの歌をひとつ。

 申告の書類を埋める間中マスクしたまま職員も我も

よいお年を。

マスクマロン(苦しい)

省三様。
どちらかと言えば、褒めているコメントありがとうございます。

12月クリスマスクイーンキャンペーン!
今なら早朝45分コースがなんと、2千円引き!

さらに受付で「題ブロ見た」と言っていただければ
ムフフの濃厚サービス!?

こんな感じで、いかがでしょう?

ところで、お馬さんは知らなかったですね。
ただ、検索しても1959年生まれの種牝馬しか出てきません。
おかげで、クリスマスクイーンと言う商品名の扇情的な下着
は見つかりましたよ。

「ちっ! 俺のオリジナルじゃなかったのか」(笑)

では
イギリスのクイーンの中にはいないから青い光の冬の蛍は 久哲

ありがとうございます。

コメントありがとうございます。
マスクというものは
積極的な攻撃ではありませんが
外界に対する防壁みたいなところがあるので
とりあえずつけているといろんな意味で安心、という気がします。
タイガーマスクが家でもマスクなら
自分で自分を敵視しているのかも。

No title

歌をとりあげてくださりありがとうございます。
たくさんの歌を丁寧に読み解いていらっしゃること凄いなあと
面白く読ませていただきました。
返歌、ユーモアがあって素敵でした。
ありがとうございました。
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鳥羽省三

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