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一首を切り裂く(069:隅)

(西中眞二郎)
    幹事なれば控え目なるがマナーかと記念写真の隅に立ちおり

 行事一切の手配りをして働いた挙句、酒食にも碌々与からず、いざ記念写真を撮る段に及べば、さりげなく席を外して、画面の片隅に映っている。
 幹事とは一体いかなる性向の持ち主なのか、と心配になってしまう。
 だが、余人のこうした心配とは他所に、彼らは彼らなりにあれで結構満足しているのだ。
 彼らにとっては、働きの割りには目立たないことが目立つことなのだ。
 人並み以上の負担をしたのにも関わらず、代償を求めないのが、より大きな代償を得たことになるのだ。
 記念写真の片隅に映っていたことが、まん中にドデンとして映っていたのよりも、ずっとずっと大きな存在価値を明かしたことになるのだ。
 幹事諸侯たちの一連の行動は、目立たないようにしてやっているのではなく、目立とうとしてやっているのだ。
     〔答〕 会長の挨拶もまた短きが佳しと幹事が隅で目配せ  鳥羽省三


(梅田啓子)
    パソコンを机の隅に押しやりて小さきスペースわが砦とす

 「歌詠みは爪を切っても怪我と言う」とは、即興に作った格言である。
 小説家が己の創作した小説世界の中の出来事に心痛を覚えたとしても、その小説の価値が高まるわけではない。
 画家が、自身の描いた風景に居たたまれなさを感じたとしても、その絵の価格が上がるわけではない。
 音楽家が、自分の奏でた音曲に鬼の蠢きを感じたとしても、その曲の崇高さが増すわけではない。
 稀に、小説や絵画や音楽について、そういう伝説が付与されることによって、その価値が高まることがあっても、それはあくまでも、その創作物の気高さがもたらした結果なのである。
 本末を転倒させてはいけない。
 狭い部屋の机の片隅を「砦」としてとじ籠もってやらなければならないものなのでしょうか? 短歌創作という遊びごとは。
 自分を追い込まずにやるところに創作の価値がある。
 自己を狭い世界に閉じ込めずに為すところに短歌創作の喜びがある。
 マゾヒストぶるのは已めよう。
 苦しがって見せるのは止そう。
     〔答〕 パソコンを机の隅に押しやって額押し当てうたた寝をする  鳥羽省三

 
(八朔)
    戒壇の四隅の天部ひたすらに見つめ続ける白蓮の恋 

 歌詠みという、ただの遊びごとを何か特別なことのように誤解して、婚家の人々を大騒動に巻き込み、自分自身の人生をも誤った見本のような存在が柳原白蓮女史なのである。
     〔答〕 階段の四隅のゴミを掃きもせず紅蓮の炎燃やす白蓮  鳥羽省三


(ことり)
    隅っこにばかり行くのが悪い癖ドッジボールもおうちのなかも

 これまた、一種の目立ちたがり屋なのであろうが、そうした自分の性格を正しく把握しないで、「悪い癖」と言って済ましているのは、彼女の「悪い癖」なのである。
 そこが、彼女の性格の最も大きな問題点なのである。
     〔答〕 わがままな自分の性格わきまえず悪い癖だと言って済ませる  鳥羽省三 


(珠弾)
    寄せ書きの輪から離れて隅っこに金釘流で書いた「元気で!」

 ここにもまた、屈折した目立ちたがり屋が独り居た。
 でも、歌人紛いの流麗な文字の「輪」の中に、独りだけ「金釘流で書いた『元気で!』」は、あまりにも目立ち過ぎますからね。
 少しは気を利かしたのカモ。
     〔答〕 寄せ書きを無視しまん中お家流これ見よがしに一首を書いた  鳥羽省三


(行方祐美)
    隅谷三喜男を開かないまま畢りそう労働という戦も知らずに

 本作中に登場する隅谷三喜男(1916~2003)氏とは、労働経済学を専門として東大教授などを務めた経済学者である。
 隅谷三喜男氏は、2003年に岩波書店から刊行された『隅谷三喜男著作集・全九巻』を初めとした多くの著書を遺したが、本作の作者は、彼の著書の中の幾冊かを所有していて、それらを碌々読みもしないままに自分の人生が終わりそうになってしまうことを感じて、この作品を詠んだのであろう。
 下の句の「労働という戦も知らずに」は、本作の作者が、ご自身の隅谷三喜男理解の一端を示そうとしての表現ではあろうが、「労働という戦」といった硬直した表現は、作者の尊敬する隅谷三喜男氏の価値を低めたり、作者ご自身の価値を低めたりすることがあっても、決して高めるはことはないのだから、可能ならば避けるべき表現である。
 我が国で出版される多くの書物の中で、耳慣れない硬直した表現が最も多く見られるのが労働関係の書物であるが、それは必ずしも、その書物の著者たちにとって自慢になることではない。
 彼らの高邁な思想や思考を、誰にでも解る言葉や文体で語れなかったところに彼らの弱みが存在するのであり、そうした点では、今は亡き隅谷三喜男氏もまた例外ではない。
 本作の作者が、せっかく求め得た隅谷三喜男氏の著作を「開かないまま畢りそう」なのは、案外、そこの辺りに原因が在るのではないだろうか?
     〔答〕 「労働」を「戦」だとする解釈は労働者たちを冒涜するもの  鳥羽省三 
         労働が戦に等しく無残ならもっと優しい言葉で語れ       同


(髭彦)
    金色の巨大なウンコ見上げつつ笑ひ下りぬ隅田の川を

 あれはアサヒビールの広告塔でしったっけ?
 竹芝桟橋から船出して隅田川を遡上する時、どうしても目にしてしまうのが、あの「金色の巨大なウンコ」。
 平常は、周囲の者が心配するくらい喜怒哀楽の情を表に出さない我が愛妻も、あの「金色の巨大なウンコ」を目にした時には、大声で笑っていました。
     〔答〕 金色の巨大なウンコを見た後でアブサン飲んで俺はふらふら  鳥羽省三


(ゆき)
    校庭の隅の百葉箱の中孵化せぬ夢の卵がねむる

 「校庭の隅の百葉箱の中」には、気象観測器具が入っているのであって、昆虫の卵が入っているのではありません。 もし、そういうことが在ったとしたならば、それは、理科担当教員の怠慢のせいです。
 事業仕分けで、その教員は早々に解雇。
     〔答〕 教員のサボリが生徒の夢育て<ゆき>氏は今や気象予報士  鳥羽省三


(原田 町)
    オルツィの『隅の老人』ひさびさに手に取り読めば活字小さき

 作中の「オルツィ」とは、ハンガリー出身でイギリスで活躍した作家・バロネス・オルツィ(1865~1947)のこと。
 歴史ロマンス作品『紅はこべ』シリーズや安楽椅子探偵の先駆けである『隅の老人』シリーズで人気を博した。
 「隅の老人シリーズ」は、東京創元社などから数冊刊行されているが、本作の作者が「ひさびさに手に取り読めば活字小さき」『隅の老人』という書は、それらの中の、早川書房から刊行された『隅の老人』というタイトルの一冊を指して言うのであろう。
     〔答〕 オルツィの『隅の老人』出して来て活字云々だけでは寂し  鳥羽省三


(冥亭)
    旱梅雨 法華の寺の一隅に捨て子の如き古りし墓石

 「法華の寺」とは日蓮宗の寺院。
 朝夕のお勤めの刻ともなれば、太鼓叩いて「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と、その五月蝿いこと、この上無し。
 「旱梅雨」の頃、その「法華の寺の一隅に捨て子の如き古りし墓石」が在ると言う。
 「捨て子の如き古りし墓石」が、周囲のかしがましさと隔絶されたような感じがして、哀れを誘う。
     〔答〕 空梅雨に法華の太鼓破れたり坊主お端折り水撒き騒ぎ  鳥羽省三


(久哲)
    少年に勲しよあれ真夏日の隅田八幡宮に降る蝉時雨

 作者・久哲氏のあまりのお人好しに呆れる。
 今どき、「題詠短歌」に投稿して来る若者たちの中の一体幾人が、二句目を「いさおしよあれ」と正しく読んで呉れるだろうか?
 その数は十指を余すこと確実。
 疑うならば数えても見よ。
     〔答〕 変人の久哲氏とて作品は読んでもらってはじめて本望  鳥羽省三


(佐藤羽美)
    黒板の隅のへのへのもへじまでしろく滲める春の教室

 三月期末に校内余す所なく掃除をしたのであるが、とある教室の黒板に描かれた「へのへのもへじ」の落書きだけは生消えのままに滲んでいる。
     〔答〕 黒板に「へへののもへじ」を書くヤツに萌えた青春淡いくち髭  鳥羽省三
 評者の郷里には、「へのへのもへじ」を「へへののもへじ」と呼ぶ習慣がありました。
 ある人の話によると、「へへの」とは「へへ野」のことであって、この町の町外れに在る「へへ野」には、花見時ともなれば、大勢のアベックが押し寄せて、あっちの桜の下で「へへ」をし、こっちの桜の下でも「へへ」をしていて、開けっ広げの「へへ」風景が展開されていたそうです。
 「へへ」とは何か? それは皆様の想像力にお任せ致します。


(ほたる)
    トーストの隅までジャムを塗る朝は内輪話をいつまでも聞く

 ほたるさんは相変わらず純情で、「あたい、へへなど一度もしたことないわ」といった顔つきで、「トーストの隅までジャムを塗る」。
 でも、私も大好きです「隅までジャムを塗」った「トースト」は。
 連れ合いは、目の健康の為にと最近は専らブルーベリージャム党ですが、私はオーソドックスな苺ジャム党です。
 そんな朝には、私たち二人も「内輪話」をよくします。
 いいえ、それは決して「へへ」の話ではありませんよ。
     〔答〕 べたべたと塗られたジャムが語らせる内輪話はお墓の話  鳥羽省三


(南 葦太)
    好きなもの:チーズ 嫌いなもの:トマト そんな記憶がまだ片隅に

 「:」を用いた表現が成功しています。
     〔答〕 「好きなこと:一首切り裂き」「嫌いなこと:お追従」そんな鳥羽ですどうぞ宜しく  鳥羽省三


(磯野カヅオ)
    吹き抜ける風の行方を追ふごとくプールの隅を蜻蛉の行く

 「風の行方を追ふごとく」が宜しい。
 秋の訪れが早い、避暑地の出来事ですか。
 磯野カヅオ氏としては珍しく、種も仕掛けも無い一首か?
 「風」や「蜻蛉」から、堀辰雄の小説世界を想い出したりもしますが。
     〔答〕 風立ちぬ、いざ生きめやも磯野氏よ岸打つ波の高らかなるも  鳥羽省三


(美木)
    飲み会の隅の二人の顛末は見てないようでみんな見ている

 「飲み会の隅の二人」は、言わずと知れた勘定書きの多寡を巡ってのひそひそ話である。
 「見てないようでみんな見てい」たから、一同、二千円ずつの足し前を支払って、めでたき「顛末」とはなった。
 ところが、その後でもう一つの意外な顛末が。
     〔答〕 顛末は二人だけでのホテル行き野郎同士で何をするのか?  鳥羽省三


(しおり)
    裏庭の隅にひっそり咲く花を手折らないでね気がないのなら

 と言ったって、あんまり可憐だから、つい摘まんでもみたくなる。
     〔答〕 裏庭の隅にひっそり咲く花を折って挿したい一輪挿しに  鳥羽省三


(遠藤しなもん)
    ひさかたの光のどけき春の日に電車の隅でいい夢をみた

 作者が期待したほどには、下の句のスッポカシが効いていないのではないでしょうか?
 でも、のほほんとしていて、なかなかいい雰囲気ですね。
     〔答〕 ひさかたの光のどけき春の日に昼寝するなよスリが狙ろてる  鳥羽省三


(睡蓮。)
    願わくば君の心の片隅に咲く一輪の・・・サボテンになる?

 「サボテン」の花はとても綺麗ですからね。
 棘なんか気にもならない。
     〔答〕 願わくば棘に刺されて死にたいねあの睡蓮に棘があるなら  鳥羽省三


(sora)
    老犬の定位置なりし玄関の右隅にゆくわたしの視線

 松井選手に低位置無し、「老犬」に「定位置」在り。
 本作の作者の視線は「老犬」の「定位置」なりし「玄関の右側」に、評者の視線は球場の外野の芝生に馳せ向かう。
     〔答〕 定位置にありける玄関右側に残る面影逝きし犬はも    鳥羽省三 
         定位置を求めアメリカ彷徨へる松井選手に定位置の在れ   同


(駒沢直)
    片隅に追い詰められた蜘蛛はただ静かにその日が終わるのを待つ

 「片隅に追い詰められた」まま微動だにせず、「ただ静かにその日が終わるのを待つ」「蜘蛛」の様子がよく描かれています。
 何か哲学者めいた「蜘蛛」。
 冷徹な観察者めいた「蜘蛛」。
 「蜘蛛」は「追い詰められた」己の運命を「静かに」観察している。
     〔答〕 片隅に追い詰められたその刹那ふわり糸吐き蜘蛛逆襲す  鳥羽省三


(今泉洋子)
    ぬばたまの地獄絵の隅紙抉(えぐ)るごと書かれたる心とふ文字

 この佳作、何故か判らないが、お題「068:秋刀魚」の項に投稿されていました。
 秋刀魚は炭で焼くものですが、隅を秋刀魚で焼いてはいけません。
 今泉さん、お寺詣でが過ぎて、少々お疲れなのかな?
     〔答〕 ぬばたまの夜昼分かずの寺参り挙句の果に隅を秋刀魚に  鳥羽省三


(佐山みはる)
    大川の身投げといえば吾妻橋隅田川下りの船にくぐれる

 「吾妻橋」から「大川」への「身投げ」と言えば、場所柄からして、藤沢周平でも山本周五郎でもない。
 ここはどうしても池波正太郎かな?
 池波正太郎の市井物は珍しいが。
     〔答〕 大川へ買わず飛び込む水の音 浅草松屋で買う人居ない  鳥羽省三
 

(わらじ虫)
    隅っこでうずくまってるものたちへ振りかざしたい掃除機がある

 作者の心情はよく解ります。
 会社であれ、教室であれ、家庭であれ、議事堂であれ、何処かの片隅に蹲ってばかりいて、いつも被害者づらをしている者たちには、私もまた、超強力な「掃除機」を「振りかざし」て、吸い込んでしまいたいような気がすることもある。
     〔答〕 隅っこで蹲ってるゴミたちを吸えば吸ったで目詰まりがする  鳥羽省三
         隅っこでそっぽ向いてる者たちに振りかざしたい大鉈がある   同

(久野はすみ)
    玄関の隅にひとはち置いてあるアロエのような男と思う

 アロエに棘有り、いがいがも有る。
 されど栄養満点である。
     〔答〕 キッチンの隅に一匹隠れてるゴキブリのよな男も居てね  鳥羽省三
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ありがとうございます

  鳥羽省三さま

隅を秋刀魚に投稿していたとは気がつきませんでした。
大事なことをお教え頂きありがとうございまいた。
この地獄絵は100年ぶりに修復されての特別拝観で処は
六道の辻で辻をまちがえたんでしょうか。

☆すみません隅と秋刀魚と間違へて見つけて頂き蟻が十匹

隅ロドン(古生物風)

省三様
ありがとうございます。

いきなり短歌!
と言う人もいるかもしれませんが、大体において他の文学作品
の読者であることを経て、短歌を詠んでおられるでしょうから「勲し」
ぐらいは読んでいただけることと・・・

しかし、このPCの場合 いさおし ⇒ 功男氏(笑)

うちの奥さん ⇒ 「いさしお?」(語意は理解しているが、本当にこう読むと勘違いしていた)

でも短詩形は、ここを(チョメチョメ)と読んでも立つ歌ならOK!(か?)

あ、字余りはスルーしていただいて・・・
ありがとうございました。

少年の正岡子規をセカンドの透明ランナーにすればおおぞら 久哲


No title

いつもありがとうございます。幹事論、面白く拝読しました。

ありがとうございます!

すみません、純情で!(笑)
私は最近、ピーナツクリームに嵌っています。
ジャムなら私も奥様と一緒でブルーベリー派です♪
「へへ」、思わず「うふふ」と笑ってしまいました。

目立ちたがりで すみ ません。


会社の忘年会で隣り合わせた女性に「珠弾さんて、字きれいですよね。」と言われて思わずのけ反ってしまいました。皮肉っているのか? と返しましたがそうではなくて。真面目な顔して言っている。
誰が目にも明らかな癖字なので、「よめない」「きたない」と言われることには慣れている。故に、はなれて端っこに。でかく。屈折の主張。

(私の書く字がきれいだと? )
「それって、私のことが好きだってこと?」
超飛躍した問い掛けをしそうになった師の走る月。

ちなみに私はマーマレード派。

そして久哲さんの歌、わたしも いさしお と読んでしまいました。十本指に入らずの巻。

ありがとうございます

この歌では「飲み会」を「合コン」にしたほうが良かったかなあと思
っています。
いい雰囲気の二人、このまま二人でどこかに消える気かしら、という様子を横目で見ているようなイメージで作りました。
しかし、お詠みいただいたようなコソコソの様子も、なるほど飲み会ではよく見受けるように思い、なるほどと思いました。

ありがとうございます。

憶えていてもしょうがない事ぐらいわかっているけれど、忘れられない事だってあるし、忘れたくないと思っていることも、気付かない内にそう思ってた事すら忘れてしまってる事だってある。でもまぁ、覚えていてよかったと思う事だってちゃんとあるから。勲しの読み方とか。

ちなみに、母校の校歌で知ってました。やった。十本指。むしろ左足の小指ぐらいですけれども。ついでに言えばウチの変換第一候補は功氏でした。

それはさておき、採り上げて頂いてありがとうございました。

ありがとうございます

はじめまして。
私の短歌にコメントを頂いてありがとうございます!
返歌もいただけてうれしいですっ。
てなわけで↓

望むならサボテンになり抱きしめる君が心に赤き花咲け

ありがとうございます。

またまたおとりあげいただき恐縮です。
個人的に蜘蛛というモチーフに愛着があるのですが
静的なイメージだけでなく(鳥羽さまの歌にあるように)
動的なものを秘めているところも
魅力なのかもしれませんね。

No title

あっはっはっはっは!!
たしかにわがままですっ
ずばり言い当てられて笑うしかありません。
「発言というものは、・・・・裏面ではかならずその発言者の像を表現してしまうものだからである。」という佐藤信夫の一文を思い出してしまいました(笑)
楽しく拝読させていただきました。ありがとうございます。
プロフィール

鳥羽省三

Author:鳥羽省三
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