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一首を切り裂く(065:選挙)

 サプライズが欲しかったのである。サプライズが。
 お題が<選挙>で、最初からその方向性が決まっているようなものであったから、たいしたサプライズも期待出来なかったが、それにしても酷かった。
 衆議院議員の選挙、市会議員の選挙、学級委員の選挙と、出て来るもの出て来るものが、みな身の回りに転がっている俗な選挙話ばかりで、その処理の仕方も、立つとか立たないとか、行くとか行かないとか、まるで馬鹿男集団の、低級なエロ話紛いのものばかりだったのだ。
 マイカーの助手席に座る者に欠員が生じたからその候補者として立候補したいとか、立候補者を選挙するとかなどというのも数例あった。
 投稿者本人にしてみれば、それで大いなるサプライズを演じたつもりだったのかも知れないが、今どきの女性が、草食系男子の運転する軽自動車の助手席にしがみついているとはとても思えなかったから、そうした作品にも、即ご退席頂いた。
 「選挙」という言葉を折り込んで、選挙を詠まないことが出来ないだろうか。
 それが無理ならば、「選挙」という言葉で以って、選挙を風刺することが出来ないものだろうか、
 二百名に余る投稿者の皆さんには、そうした創意と工夫にに満ちた作品を詠んで頂きたかった。


(行方祐美)
    選挙なき春の静かな昼に読む『ひとさらい』という光る湖

 「選挙」という<お題>を折り込んで「選挙なき春」を詠んだのは、ささやかなサプライズと言えよう。
 その「選挙なき春の静かな昼に読む」のは、今年、明けたばかりの朝に、惜しまれつつ世を去った、サプライズ歌人・笹井宏之さんの第一歌集『ひとさらい』なのだ。
「歌葉賞」及び「未来賞」を受賞して将来を大いに嘱望されながら、僅か二十七歳で天国に召された笹井宏之さんは、いろいろな意味で「選挙」された人なのでありましょう。
 その「選挙」された人の歌集を、「選挙なき春の静かな昼に読む」というところにささやかなパラドックスが在る。
  
     からだにはいのちがひとつ入ってて水と食事を求めたりする  
     それは世界中のデッキチェアーがたたまれてしまうほどのあかるさでした
     吊り革に救えなかった人の手が五本の指で巻き付いている
     あやとりの東京タワーてっぺんをくちびるたちが離しはじめる
     「スライスチーズ、スライスチーズになる前の話をぼくにきかせておくれ」
     天井と私のあいだを一本の各駅停車が往復する夜
     完璧にならないようにいくつもの鳩を冷凍する昼さがり
     集めてはしかたないねとつぶやいて燃やす林間学校だより
     蛾になって昼間の壁に眠りたい 長い刃物のような一日
     表面に〈さとなか歯科〉と刻まれて水星軌道を漂うやかん
     水田を歩む クリアファイルから散った真冬の譜面を追って
     一生に一度ひらくという窓の向こう あなたは靴をそろえる
     ねむらないただ一本の樹となってあなたのワンピースに実を落とす   
     骨のような犬がいたので分けてやる 大きな千鳥饅頭のあたま
     ウエディングケーキのうえでつつがなく蝿が挙式をすませて帰る
     簡潔に生きる くらげ発電のくらげも最終的には食べて 
     ゆっくりと国旗を脱いだあなたからほどよい夏の香りがします
     風という名前をつけてあげました それから彼を見ないのですが
     雨ひかり雨ふることもふっていることも忘れてあなたは眠る
     家を描く水彩画家に囲まれて私は家になってゆきます
     果樹園で風をむすんでいるひとと風をほどいているひとの声
     日時計のまわりでわらを編んでいるいのちがついにかたちをとった
                            (笹井宏之歌集『ひとさらい』より)
 などの、静けさと冷たさの中に温かさを湛えた抒情に接する時、若者ならではの口語を用いつつも、決して内在律を忘れていない作品たちを口ずさむ時、私は、歌集『ひとさらい』を「光る湖」として讃えた、本作の作者・行方祐美さんの悲しみに深い共感を覚えます。
     〔答〕 「ひとさらい来るよ」と母に賺されて影踏み止めしか笹井宏之  鳥羽省三


(のびのび)
    「久しぶり、元気にしてる?」とメール来て もうすぐ選挙なんだと気付く

 某政党の常套的選挙戦術はそれです。
 もっと許せないのは、独り身の中年男に女子大生がデイトの誘いめかしたサプライズ電話を掛けて来るという手です。
     〔答〕 元気にはしているけれど投票は私の自由意志に任せて  鳥羽省三


(ゆき)
    なぜなんだ安倍晋三があさつてを見てゐる選挙ポスターを見る

 親の七光りと、「これが大人の話す日本語か」と、サプライズを感じるほどの独特な口調を武器にして総理大臣に選ばれた挙句、大方の期待を裏切ってと言うか、大方の期待通りにと言うか、国民の生活と政権を投げ出してしまった無責任・無策極まりない政治家への批判と風刺、そしてそれに徹し切れない自分自身の姿勢に対するいらだたしい気持ちをも詠み込んでいる。 
 そう、あの安倍ちゃんは、いつもあさっての方に視線を向けていて、おとといの方から声を掛けて来る。
 でも、この時期に、自民党の総裁でもないあの安部ちゃんが、選挙ポスターが貼られているなんて不思議だ。
 そうか、本作の作者<ゆき>さんは、安倍ちゃんの選挙区、山口県の方なんですね。
     〔答〕 あさってはあしたの次の日のことだ今日を見ないで何故にあさって  鳥羽省三 


(お気楽堂)
    学校の睡蓮池の牛蛙探すチャンスだ選挙に行こう

 「選挙」とは、世俗の
 「学校の睡蓮池の牛蛙探すチャンスだ」という、サプライズ的言い方を通して、国民大衆の生活とは無縁の政治のあり方や選挙制度を批判しているとも受け取れるが、それは、「天に向かって唾を吐く」如くに、やがては自分自身にも跳ね返って来ることなのだ。
     〔答〕 積年の恨みつらみの仕返しのチャンス到来選挙に行こう  鳥羽省三



(佐藤羽美)
    霊園のぬるい木陰の昼下がり無人の選挙カーがまどろむ

 「選挙」とは世俗の最たるもの。
 「選挙カー」とは、その世俗の最たるものの具体であり、象徴でもある。
 故に、その「選挙」で選ばれようが選ばれなかろうが、人間全ての行き着く終点である「霊園の」、「ぬるい木陰の昼下がり」に、「無人の選挙カーがまどろむ」という言い方を通して、本作の作者は、選挙という世俗的な制度と、それに振り回されている候補者を初めとした人間たちを風刺しているのであろう。
 ところで、その「選挙カー」を無人にして、候補者や参謀や応援弁士やウグイス嬢や運転手は何処に消えたのだろうか?
 一級国道を挟んで、この霊園の向こう側に大きなファミレスが在る。
 そのファミレスの名物料理はバラエティーランチ。
 「選挙カー」を空にしてそのファミレスに出掛けた、その住人たちは今しもおのおの、そのファミレスの名物料理である、バラエティーランチを注文しようとしている。
 候補者は生卵入り納豆及び豚カツランチ。
 参謀は豚カツのみの大盛りランチ。
 応援弁士Aはハンバーグランチ。
 応援弁士BはAに同じ。
 ウグイス嬢は特盛りスタミナランチ。
 運転手はウグイス嬢に同じ。
 このファミレスを訪れた他のお客たちは、候補者とウグイス嬢とメニューの品定めに余念が無い。
     〔答〕 オーダーの仕上がる前に幾票を読んだか参謀ファミレス客の  鳥羽省三 


(近藤かすみ)
    選挙あれば夫婦の顔してわたしたち幸せさうに投票へ行く
 「選挙」とは亦、公民としての義務を果たす場でもあり、公民権を行使する場でもある。
 夫は会社人で妻は短歌人。
 仮面夫婦とは、彼と彼女の場合を指して言う言葉であろうが、この仮面夫婦たちは、公民としての義務を果たし、その権利を行使すべく、「夫婦の顔してわたしたち幸せさうに投票へ行く」のである。
     〔答〕 投票もみそひともじで相い済ませ終われば歌会へいそいそ出掛け  鳥羽省三


(里坂季夜)
    選挙カーの窓から鵺が手を振って過ぎる初秋の駅前通り

 候補者を捕まえて「鵺」と言う。
 里坂季夜さんは平成の源三位頼政なのであろうか、「選挙」や、選挙の主役である候補者たちをものともしていない。
     〔答〕 鵺が立ち狐と狸も立つ選挙獣の巣かも国会議事堂  鳥羽省三


(しおり)
    選挙カー通過する度手を振って礼儀正しき過疎の人々

(HY)
    市議選挙行かないだけで噂されこんな田舎はもう沢山だ

 <しおり>さん作について、
 「礼儀正しい」と言うか、もっと端的に申せば、彼ら過疎地の高齢者たちは暇を持て余しているんですね。
 また、選挙参謀の手配りが、そこまで行き届いているんですね。

 <HY>さん作について、 
 これもよく聞く話です。
 選挙の種類にもよりますが、「○○市の市議会議員選挙の投票率が98%であった」などというのは、きっとそのせいですね。

  <しおり>さん作と<HY>さん作とは、表裏一体の関係を成す。
     〔答〕 投票にお差し回しのバスで行き帰路はそのまま当選祝い  鳥羽省三


(扱丈博)
    がたのきた台車に載って選挙区の境界線で種を蒔く人

 選挙カーならぬ「がたのきた台車に載って選挙区の境界線で種を蒔く人」の行為は、何の風刺か?
 彼はそもそも何人なるか?
 彼は候補者なるか? 有権者なるか?
 「選挙区の境界線」とは不毛の大地の意。
 「選挙区の境界線で種を蒔く人」とは、不毛の大地に種蒔く人、即ち、愚か者の意。
 つまり、本作は現行の選挙制度への痛烈な批判であろうか?
     〔答〕 がたの来た祖国日本に乗っかって不毛の大地に種蒔く我ら  鳥羽省三
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