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一首を切り裂く(062:坂)

(駒沢直)
    ここからはあそこの坂がよく見えるあの日あんなに辛かった坂

       学校を卒へて 歩いてきた十幾年
       首を回らせば学校は思ひ出のはるかに
       小さくメダルの浮彫のやうにかがやいてゐる
       そこに教室の棟々が瓦をつらねてゐる
       ポプラは風に裏反って揺れてゐる
       先生はなにごとかを話してをられ
       若い顔達がいちやうにそれに聴入ってゐる
       とある窓辺で誰かが他所見をして
       あのときの僕のやうに呆然こちらを眺めてゐる
       彼の瞳に 僕のゐる所は映らないだらうか!
       ああ 僕からはこんなにはっきり見えるのに              (丸山薫『学校遠望』)
     
     〔答〕 ここからは途中の何処も望めないまだまだ続く長い坂道  鳥羽省三
 

(今泉洋子)
    入寮の子を見届けて女坂卯月の風に抱かれくだる

 「入寮の子を見届けて」という上の句からは、作者の顔が見え隠れしているような感じである。
 見え隠れしているのは、母親としての顔か、それとも専門職を持った熟年女性としての顔か。
 その「入寮の子を見届け」た後、作者は、「これで一段落は着いた」という、一応の満足感と共に、「女坂」を「卯月の風に抱かれ」つつ「くだる」のである。
 〔答〕 たまものの卯月の風に包まれてをんな坂道そろそろ下る  鳥羽省三


(花夢)
    ひとりぶん生きられるだけの買い物をして夕暮れの坂道をゆく
 
 「ひとりぶん生きられるだけの買い物を」などと、わざわざ遠回りをして、なんと律義な花夢さんですこと。
 一首全体が口語調ですから、こういう場合は、今はやりの<ら抜き表現>を使って、「ひとりぶん生きれるだけの
買い物を」とした方が、ずっと良くなると思いますよ。
 それに、<ら抜き表現>の方が、何となく、あどけなくて可愛らしい感じがして、「そのお荷物、私がお持ちしましょう」などと、どこからか白馬の王子が現れ出る可能性も大きく、花夢さんが花嫁さんになれるような可能性だってありますよ。
     〔答〕 ふたり分あふれるほどの荷を積んで今日は引越しハイム山の手  鳥羽省三
 だといいけどね。 


(珠弾)
    なんだ坂こんな坂俺とチャリンコの正念場だぜ降りてたまるか

 チャリンコと同行二人の難行苦行。
 なんだ坂こんな坂へばらず登れ。
 登れば向こうに海が見えてる。
     〔答〕 チャリンコはPEUGEOTの特注 問題は君の脚力ひたすら漕げ漕げ  鳥羽省三  


(みなと)
    子規逝ける三巻にてぞ読み捨てき果てはいくさの『坂の上の雲』

 司馬遼太郎作の『坂の上の雲』は大河ドラマ化され、これから三年掛かりでNHK総合テレビで放送されるそうだ。
 これと並行してNHK総合テレビは、年明けからもう一本の大河ドラマ、『龍馬が往く』も放映するそうだが、その原作者もまた司馬遼太郎。
 NHKの司馬遼太郎贔屓は有名な話ではあるが、論壇や文壇の一方には、司馬遼太郎を毛嫌いする向きも在るから、この珍現象は、「何かを意図してのことかも知れない」と勘繰られもしよう。
 ところでその『坂の上の雲』を、国語教師であった私は、正岡子規に惹かれて読み、正岡子規の亡くなった三巻辺りで一度は止めようと思ったのですが、そうせずに読破しました。
 その当時の私は、日清・日露の二大戦争についての知識も碌に無く、まして好古・真之の秋山兄弟については、かろうじて名前を知っている程度のことでしか無かったのですが、『坂の上の雲』の読破を通じて、秋山兄弟のことばかりでは無く、明治大正期のいろいろな出来事に興味を抱くようになりました。
 とは言え、あの『坂の上の雲』の執筆目的は、やはり日露戦争を描くことにあり、折から勢いづいていた改憲論と何らかの関わりがあるのではないか、と私は今でも思って居ります。
     〔答〕 秋山の兄弟(あにおとうと)が主役にて子規は付け足し『坂の上の雲』  鳥羽省三  


(青野ことり)
    ベランダは音だけ花火 たまらずに坂の途中へサンダルでいく

 「音だけ花火」ってのもつまりませんね。
 昨年、一年間だけ暮らした仮住まいの辺りは、「音だけ花火」の銀座みたいな所でしたが、その音が聴こえて来ても、私も連れあいも「坂の途中へサンダルでいく」ことはしませんでした。
     〔答〕 心境に余裕が在っての揚げ花火 ドンと鳴っても気が動かなかった  鳥羽省三


(久哲)
    熟れすぎた登坂車線で兄様をあやめますので手伝いなさい

 久々の久哲短歌です。
 「熟れすぎた登坂車線で兄様をあやめますので」までは宜しいのですが、「手伝いなさい」が宜しくない。
 久哲さんは、いったい誰に「手伝いなさい」と言っているのですか。
 いくら「熟れすぎた」としても、「登坂車線」の途中で「兄様をあやめます」のは、相方に酷というものですよ。
 まして、「手伝い」は絶対に出来ません。
 それに、孤軍奮闘中の「兄さま」を殺めるのは、あまりにも酷い。
 兄さまにとっても相方にとっても、「あやめ」までするのはあまりに酷い。
 だからせめて、「兄さまを休めますので」ぐらいにしといて下さい。
 すると、合方だって渋々ながらも「手伝い」ますよ。
 「なーんだ、もうちょっとで行きそうだったのに」なんちゃって。
     〔答〕 皐月闇ほたる飛び交う登り坂あやめも知らぬ事故もある哉  鳥羽省三


(nnote)
    夢のなか下りつづける夏の坂振り返らない背中陽炎

 意味は良く解りませんが、「振り返らない背中陽炎」に惹かれました。
 この一首、あの「黄泉比良坂」伝説を意識されての創作でしょうか?

        『無縁坂』            作詩・作曲 : さだまさし
母がまだ若い頃 僕の手をひいて
この坂を登る度 いつもため息をついた
ため息つけば それで済む
後だけは見ちゃだめと
笑ってた白い手は とてもやわらかだった
運がいいとか 悪いとか
人は時々 口にするけど
そうゆうことって確かにあると
あなたをみててそう思う
忍ぶ 不忍無縁坂 かみしめる様な
ささやかな僕の 母の人生

いつかしら僕よりも 母は小さくなった
知らぬまに 白い手は とても小さくなった
母はすべてを暦に刻んで
流して来たんだろう
悲しさや苦しさは きっとあったはずなのに
運がいいとか 悪いとか
人は時々口にするけど
めぐる暦は季節の中で
漂い乍ら過ぎてゆく
忍ぶ 不忍無縁坂 かみしめる様な
ささやかな僕の 母の人生

     〔答〕 追い駆けて来る陽炎は母に似て振り返っちゃダメ黄泉比良坂  鳥羽省三


(龍庵)
    漕ぐ力、坂の傾斜と拮抗し奇跡のように静止している

 物理的、力学的に、そんなことは在り得るのでしょうか?
     〔答〕 観る力、観られる力が拮抗し果てること無き「モナリザ」観賞  鳥羽省三


(原田 町)
    今年また定家葛の咲く坂を訪ね来たれりきみ在らなくに

 「定家葛」はキョウチクトウ科のつる性植物で、初夏に白い花をつける。和名の由来は、「式子内親王に恋い焦がれていた藤原定家が、死後も彼女への執着心を断ち切ることが出来ず、終には定家葛に生まれ変わって彼女の墓にからみついた」という伝説に基づくという。
 そうした伝説を持つ「定家葛の咲く坂」と「訪ね来たれりきみ在らなくに」とは、いささか付き過ぎのような気もするが、現実の出来事であれば致し方の無いことでしょう。
 作者の原田町さんもまた、恋多く怨念多き女人なのでしょうか?
     〔答〕 づるづると定家葛の絡むほど執念き恋もせしか小町は  鳥羽省三 
         するならば定家葛の花ほどの淡き恋せよ原田小町は    同


(ウクレレ)
    北野坂しろいパラソルのぼりゆく右手は誰のために空いてる

 富士には月見草がよく似合い、北野坂には白いパラソルを差した若い女性がよく似合う。
 風見鶏が舞う北野坂を若い女性が上って行く。
 彼女の左手には「しろいパラソル」が、そして、彼女の「右手」は空いたまま。
 しかし乍ら、心配すること無かれ。
 何故なら、空いたままであっても、右手だけではウクレレは持てないから。
     〔答〕 右の手が空いているのは何のため虚空の風見鳥を指すため  鳥羽省三 


(詩月めぐ)
    手をつなぎ坂道走る高校生 セピア色した君と僕だね

 「題詠2009」出詠歌中の平均点的作品と言いたいところであるが、現実はそれほど甘くは無い。
 好みにもよりましょうが、評者の見立てによると、本作の出来は、出詠歌中の上層五パーセント以内に属す。
 何より、素朴でけれんみの無いところが佳い。
     〔答〕 もろともに坂転げ行く同級生古希の祝いののクラス会だよ  鳥羽省三


(ひいらぎ)
    坂道の途中で君が振り返るもう並んでは歩けないのに

 不倫関係があからさまになったのでしょうか。
 それでも忍び逢い、「坂道の途中で君が振り返」ったのは、その帰りの出来事でありましょう。
 「君が振り返る」のは未練か?
 「もう並んで歩けないのに」と目配せするのは媚態か?
 愛の終着駅での男女の駆け引きの激しさは、当事者にしか理解できない。
     〔答〕 もしかして兄妹でなかったかそれでも並んで歩けはしない  鳥羽省三


(ジテンふみお)
    おっちゃんも坂でともだち殴ったよ卒業証書もろて帰る日

 「おっちゃん」の名は車寅次郎。
 「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、卒業証書で尻拭い、通信簿ならアヒルの行列。姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。」
 とは書いてはみたものの、自分のことを「おっちゃん」と言い、「卒業証書もろて帰る日」と言う話し方からして、どうやら、この「おっちゃん」は関西生まれらしい。
     〔答〕 おっちゃんの生まれは何処であろうとも暴力禁止卒業延期  鳥羽省三


(八朔)
    逢坂は爪先あがりわたくしの色づくものが喘いでのぼる

 「色づくもの」とは、逢いたいという衝動。
 その衝動の赴くままに、「わたくし」は「爪先あがり」の「逢坂」を「喘いでのぼる」。
 「恋は盲目」とも言い、「鯉の滝登り」とも言う。両者とも、なりふり構わずひたすらのぼるのだ。
     〔答〕 逢坂の爪先上がりは秋たけなわ柿も色づく吾も色づく  鳥羽省三


(梅田啓子)
    二の腕のみづみづとして若き母 坂の上から子を呼びてをり

 「みづみづとして」が生々しい。
 これは、男性的視点に立っての観察ではなかろうか。
 何はともあれ、梅田啓子さん久々の傑作。  
     〔答〕 二の腕の淡淡として幼な妻バルコニーにて見送りて居り  鳥羽省三
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ありがとうございます

私の「坂」の歌を取り上げていただき、とても嬉しく思います。
花火と心の余裕との関係も、なるほど、と頷かされました。

ありがとうございます

 鳥羽省三さま
 とりあげていただき、美味しいお饅頭をありがとうございます。

 「女坂」という呼び名は江戸の文政期の雑俳にもでてくるらしいですが、女子学生の通学路になってしまったがために、こう呼ぶにいたったそうです。実はこの長い坂は、元来、阿弥陀ヶ峰山頂の豊国廟(びょう)<秀吉の墓>の正面参道らしいです。自解は邪道と思いつつ、日本一厳しい寮といわれるところに子を入れた不安と、自分の人生の坂を重ねあわせて、珍しくすーとできた歌です。

☆姦しき屍の声に目覚めたり帰去来余母都比羅佐可(かへりなんいざよもつひらさか)

「無縁坂」も懐かしい曲ですね。「つゆのあとさき」とか「檸檬」もすきです。

ありがとうございます!

丘の上高校に三年間チャリンコ通学。無遅刻無欠席無早退で《皆勤賞》をいただいた珠弾です。高校の屋上からは海が見えました。 たまるか!の気持ちはいまもあります。

ちなみに私は「天までとどけ」「望郷」「極光」……が好きです。

アヤメ・モ・シラン(人名)

省三様。
ありがとうございます。

題ブロ会場のブログは、どうも『殺』と言う字がNGワード
らしくて、『殺め』で投稿出来なかったのですよ。

今となれば、省三様のご指摘のように、読みの多様性も
増すので、『あやめ』で良かった気もしますが(いいのか?)

それと、確かにアヤメちゃうのは、良くないですね。
特に身内を・・・ ご指摘ありがとうございました。
気をつけます。

停電で何のあやめか知らないが机上の花は一首としても 久哲

ありがとうございます。

拙作をおとりあげいただきありがとうございました。
添えていただいた丸山薫の詩、素敵ですね。
文字なのに挿絵かPVのようです。


鳥羽様
二首もお返しいただきありがとうございます。俳句をしている友人から、短歌は七、七で泣くから嫌いとよく言われます。でも私にはその泣きが醍醐味なのですが。それにしてもきみ在らなくには、ちょっと言いすぎでした。
プロフィール

鳥羽省三

Author:鳥羽省三
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