スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今週の朝日歌壇から

○  すみませんすみませんといいながら人かきわけて老いてゆくなり   (瀬戸内市) 児山たつ子

 「一首目は謙虚に、だが遠慮もせずに生きぬいた来し方を酒脱に総括するようにうたってみせた。混んだ電車に乗るようなおかしさで、まだまだ老いには遠そうだ」とは、選者の馬場あき子氏の評。
付け加えるなにものも無し。
     〔答〕 すいませんすいませんなどと言いながら煙吹きかけ来る夫(つま)憎し  鳥羽省三


○  路上にはポインセチアの花ならぶ日暮れてあかき駅前花屋   (所沢市) 栗山雅臣

 「年越しテント村」必至、就職超氷河期のこの歳末に於いても、ジングルベルは鳴り響き、ポインセチアは艶やか。
 四句目の「日暮れてあかき」の「日暮れ」を一日の「日暮れ」とだけ解釈してはならないし、「あかき」を「赤き」とだけ解釈してはならない。
     〔答〕 クリスマスカクタス出荷に大わらわバーバはパパのお手伝いしてる  鳥羽省三 


○  霜消えて大根を干し、柿を干し、白菜を干す 雪虫が飛ぶ   (気仙沼市) 畠山登美子

 「霜消えて」の解釈には少し手間取りましたが、これは、「陽も高くなり、夕べ下りた霜が溶けて」ということでしょうか。
 一首の意は、「霜が溶けてすっかり晴れ上がった晩秋の一日、私は、納屋の軒下に大根を干し、柿を干し、そして白菜を干す。一日のそうした日課にひと段落が着いた頃、庭の辺りを雪虫が飛び交う。もうニ、三日したら、雪模様になるに違いない。」といったところでしょうか。
 「柿」は甘柿ではなくて渋柿。
 その渋柿の皮を剥き、串に刺したり、紐で結んだりして、納屋などの軒下に干すのであるが、その時に出る、渋柿の皮も捨てられることなく、大根漬けや白菜漬けに旨味を添えるために使われるのである。
     〔答〕 晴れた日はぶんぶんぶんと蜂が飛ぶ死に損ないの蜂が飛び交う  鳥羽省三 


○  水底に鳥のこえだけ今もするしずかなしずかなふるさとがある   (城陽市) 山仲 勉

       『水底の町』
                         作詩・作曲 : さだまさし

八幡様の境内の 楠にはリスが住んでいた
石段下の泉には 蛍が飛んでた夏の日
裏山へゆけばクワガタや カブトムシやアゲハチョウがいて
夕立のあと夏草の 匂いが死ぬ程 好きだった
遠くでお寺の鐘が鳴って どこかの焚火の煙が
狭い谷間に重なるように じっと蟠っていた
僕の育った小さな町は 五年前の今日 湖の底に沈んだ

僕は都会のアパートで ささやかに独り棲んでいる
酒を借りては友達に 愚痴をいう日もあるけれど
何かこうして暮らすことが 長い夢をみているような
どこか本気じゃないような 思いになるのは何故だろう
本当の僕はどこかにいて 僕を捜しているようだ
ビルの谷間で夢たちが じっと蟠っている
僕を支える哀しい都会(まち)も とても大きな
湖に沈もうとしている

雨の少ない晴れた夏に ダムに立てば 八幡様と
立ち枯れた楠が 少しだけ見える日がある
実はあそこの床下に 少年時代の
宝が一杯つまっている 箱が埋めてあるんだ
今ふるさとが 僕にむかって 大丈夫かと
尋ねてくれている
大丈夫 大丈夫 大丈夫・・・・・
                                (無断引用、篤くお詫び申し上げます)
     〔答〕 水底に沈める鐘の響くごとダム湖の空の今朝は晴れたり  鳥羽省三


 
○  つけくれし廊下の隅の豆球を夜ごとにつけて亡き夫に逢う   (松山市) 曽我部澄江

 作者のご夫君は、自分たちの老後のことや、ご自身の亡き後のことを慮り、廊下の隅に豆電球を付けたり、階段に手すりを付けたりしたのであろう。
      〔答〕 「ああ、萬灯篭(まんどろ)だ、萬灯篭(まんどろ)だ」と声上げて廊下の隅の豆球灯す  
                                                  鳥羽省三


○  母だってなりたいだろう孫馬鹿と叔母を笑いし心の奥は   (東京都) 内藤麻由子

 作者の母の妹が「叔母」で、その叔母のことを、かつて母は「孫馬鹿」と言っていた。
 その「孫馬鹿」の姪である作者には未だ子が無いから、「孫馬鹿」の姉である作者の母は未だ「孫馬鹿」にはなれない。
 「孫馬鹿」になりたくてもなれないのだろう、と、作者は、子を持たないわが身を思い、孫を持たない母の身を思っているのである。
     〔答〕 祖母として抱いてもみたい我が孫を 孫馬鹿ちゃんりん娘を泣かす  鳥羽省三


○  もうこれで亡夫を想うは止めとする留守のわが家へ電話鳴らすは   (伊勢市) 正住喜三江

 誰も居るはずのない我が家に出先から電話をしてみるというのは、歌謡曲のフレーズにもある情景。
 本作の作者は、夫の亡き後、その情景を幾度か演じて来たが、これを限りに止めようとしているのである。
 その最後の電話のベルが突然途切れ、「もしもし、正住ですが」などとの男声がしたとしたら、それはもう、ホラー小説の世界である。
 「もうこれで」に込められた、作者の切ない思いを汲み取らねばならぬ。
     〔答〕 あれでもうやめたつもりの我が家への電話のベルをまた鳴らしてる  鳥羽省三


○  東京に慣れてきたけど地下鉄の線は今でも色で呼んでる   (奈良市) 杉田菜穂

 我が御用達の半蔵門線は「紫」。
 その「紫」を表参道駅で乗り換えて、銀座方面に向かうのが「オレンジ色」の銀座線と、私もまた、作者同様、東京都内の地下鉄を色で呼んでおります。
 一昨年、七年ぶりに首都圏にUターンしたら、かつての<営団地下鉄>が<東京メトロ>に替わっていたのにはびっくりしました。
     〔答〕 「紫」の神保町駅徒歩二分半ちゃんラーメンお馴染み「さぶちゃん」  鳥羽省三  
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

鳥羽省三

Author:鳥羽省三
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。