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 ○  病廊を妓楼に見立てひねもすに過ぎれる娘(こ)らの値踏みして居り   鳥羽省三

 本作の動作主は、先年亡くなった私の叔父である。
 彼は戦時下の上海で某日刊紙の支局員を勤めていたが、終戦後間も無く着の身着のままで本土に引き上げて来た。
 引き上げ後の彼は、新聞社や雑誌社などからの引く手あまたの誘いを退けて、口を漱ぐ程度の手間賃稼ぎしかしないままに、細君と二人で東京・阿佐ヶ谷で陋屋暮らしをしていた。
 その彼が、都下のある総合病院の六人部屋のベットに臥したまま亡くなったのは、今から数えて三十六年前のこと。
 その半年前に、彼は、彼自身のただ一人の同居者であり、理解者でもあった細君を亡くしていたので、それから幾月も経たない中の彼の死亡は、言わば、細君への後追い心中のようなものだったとは、親戚中の専らの噂であった。
 片意地張った彼の性格は、親戚など周囲の者の意見を容易に受け入れず、実の姉である私の母を含めて、親戚筋のほとんどの者が、破産した旧家の土蔵を改造して作った狭い借家に蟄居する彼を相手とせず、彼もまた、私以外の親族を相手としなかった。
 私が、両親や周囲の人々の目を盗んで、彼の陋屋を訪れていたのは、その壁際に山積みされている古雑誌読みたさと、彼の上海生活の話を聞きたい、という気持ちが重なったからであった。
 本作の背景となった出来事は、彼の最晩年、彼の性格を好いていたとも思われないのに、生涯彼の元を去らなかった細君にも先立たれ、末期癌の身を、薄汚い総合病院の六人部屋のベットの上に横たえていた頃のことである。
 長い長い冬のある日、私が鯛焼きなどを手にして見舞いに行くと、「おお、省三か。今さら俺のところに来ても何も無いぞ。今の俺には、お前に渋茶一杯も注いでやれないのだよ。」などと言い出し、その後は、おもむろに、自分の過去の出来事などを話して聞かせるのであった。
 「上海の頃の俺は、いくらかお金も持っていたし、まだ独身だったから、女の体を求めて、夜な夜な危険な魔窟に足を踏み入れたものだった。その癖が、こんなざまになった今でも取れなくて、俺は、ついうかっりすると、この病室の前の廊下を娼妓たちの居る妓楼だと勘違いしてしまい、廊下を通り過ぎて行く看護婦や女の患者や見舞い客などを、この女の値はいくら、あの女の値はいくら、と値踏みしているのだ。今となっては、果てない夢だがね。」などと。 


 ○  逢合の帰途覘きしは田屋・ライオン・明治屋含めて都合六軒      鳥羽省三

 これ亦、叔父から聞いた話。
 「俺の楽しみは、あまり金のかからない女漁りと銀ブラ。」
 「つい先日も俺は、烏森のあいまい宿で、そうした女と一戦交えた後、銀座に出掛け、買うとも無しに、田屋のネクタイの感触を確かめ、それから、ライオンの壁画の前に陣取って昼食を取り、その後は、京橋まで足を延ばして、明治屋を冷やかしてきた。」などと、自慢げに語ったものだ。
 今から、四十年も前のことだ。
 女漁りと銀ブラ以外に、叔父は、もう一つの道楽を持っていた。
 それは、私なら一生かかっても一本も買わないような高級ネクタイの蒐集。
 最晩年まで叔父との付き合いを絶たなかった、私の狙いの一つもその辺に在ったのだが、「叔父逝去」の知らせを私がしたところ、それまでは鼻も引っ掛けなかった有象無象どもが親戚中から集まって来た。
 そして、叔父の住まいが借家だと知ると、彼等は、家中を引っ掻き回した挙句、私が密かに狙っていた高級ネクタイを鞄に詰め込み、ろくろく通夜も明けないのに、瞬く間に帰宅してしまったのだ。
 ほんの形ばかりのものだったとは言え、叔父の葬儀は私と家内とで済ませたが、その淋しかったことは、今になっても忘れられない。
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Re: なんて時間にw


 蓮野さま

 お気遣いありがとう御座います。
 昨夜たまたま目を覚まし、眠れぬままにパソコンを開けてみたら、あの始末でした。
 でも、あの種の悪戯はよくあることで、もっと困るのは、一見、真面目めかして、その実は陰湿極まりない書き込みです。
 私は、ブログを始めた時、多少、悪口が書かれていても、門前払いはしないつもりで居ましたが、いつの間にか、その<つもり>は捨ててしまいました。
 私の甥の一人が、田舎で新聞販売店を営んでいるのですが、その甥の話に依ると、最近は、新聞を定期的に購読している人口が、急進的に減少傾向を示しているのだそうです。
 新聞やテレビでも同じような報道がなされて居ります。
 先日読んだ新聞記事によりますと、新聞や雑誌から逃げた階層はインターネットで情報を得たり、意思の疎通を図ろうとしているのだそうですが、その実情は未だ未だで、私たちが目にするブログの中には、ゴミみたいなことしか書いていないものが少なくありません。
 私が、健康を気遣いながらも、マイブログの更新を一日の生活の中枢に据えているいるのは、そのゴミみたいなブログ社会の中味を少しでも向上させようと思うからなのです。
 今は未だ、論評とも言えない、軽口の文章を書いて、身を窶していますが、そのうちに、と思って居ります。
 と言う事で、これからも宜しくお願い致します。
 ところで、私は、この夏、「見沼田圃の畔」の仮住まい生活から足を洗い、今は田園都市線の沿線の街に住居を構えております。
 したがって、マイブログ「見沼田圃の畔から」は、その実質を伴わないようになりました。
 そこで新しく、「臆病なビーズ刺繍」というタイトルのブログを始め、「題詠2009」の選評が終わったら、「見沼田圃」を捨てて、「臆病なビーズ刺繍」で、本格的な論評活動をするつもりです。
 どうぞ宜しく。

〔答〕 干支は辰 明くれば古希のおじいちゃん どうかお見捨て下さいますな  鳥羽省三
 

同い年

 鳥羽さんとうちの母親、同い年ですw うちの母も辰なんです。ちなみに、父は来年が年男です。眠り猫みたいな人ですけどね(* ̄m ̄)プッ

 題詠の鑑賞も残り半分になりましたね。それが終わればブログがお引越しなわけですか。お引越し先にもお邪魔しますので、今後ともよろしく☆

 
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