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一首を切り裂く(045:幕)

(穴井苑子)
     くす玉が割れたら垂れ幕あらわれるしくみに今年も拍手をおくる

 お子様が通っていらっしゃる幼稚園の運動会風景でしょうか?
 昨今はマイナスシーリングとか経費削減とかで、過年度に作った諸道具を倉庫に保管して置き、翌年も、そのまた翌年も使用するといったことがよくある。
 したがって、開会式での最大のイベントである、「くす玉が割れたら垂れ幕あらわれるしくみ」も亦、数年間繰り返して披露されることになる。
 今年初めてその幼稚園にお子様を預けたご父母方や、他の地域から訪れた一般客の方ならともかく、自分の家の子供が昨年も一昨年もこの幼稚園に入っていた、といったお母さん方やお父さん方は、なにもかもお見通しなのだ。
 「間も無く、年少さんの中でいちばん可愛らしい女の子と、年長さんの中でいちばん元気な男の子が登場し、未だまん丸のままのくす玉の下に立つ。次に彼女と彼は結婚式の入刀式に臨むカップルのような表情をして、くす玉の紐を引く。するとくす玉が割れ、<お父様、お母様、今日は私たちの幼稚園によくいらっしゃいました。私たちは先生方の注意をよく守り、この青空の下をちからいっぱい翔け回り、今日の運動会を十分に楽しみます。だから、お父さん方やお母さん方も、私たちと一緒に今日一日を楽しんで行って下さい>との、メッセージが書かれた垂れ幕が下がる」ということを。
 事はご両親たちの予期した通りに展開する。
 それでも、地域ナンバーワンのこの幼稚園にご自慢の子を通わせている、学歴が高く、良識のあるお母さんお父さんたちは、あまりにも予想外で、あまりにも素晴らしい事の展開に驚いたような顔をしていっせいにパチパチパチと手を叩く。
 すると園児席の子供たちも、「してやったり」といった顔をして、小さなお手手をパチパチパチパチパチパチと叩いて止まない。
 そこまでは例年通りの展開で、別に問題は無かった。
 だが、その運動会が終わって数日経った頃、その年の運動会を巡って、一つの大問題が発生した。
 何と驚いたことに、その幼稚園の年長組にご自分のお嬢ちゃんを通わせているお母さんの一人が、
事の顛末を一首の歌に詠んで、今や国民的文化行事となっている「題詠2009」に、堂々と投稿したのだ。
 「くす玉が割れたら垂れ幕あらわれるしくみに今年も拍手をおくる 穴井苑子」などと。
 さあ、物見高いマスコミが寄って集って騒ぐこと騒ぐこと。まるで、慌て者の寅さんが熊ん蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。
    〔答〕 小沢氏が裏で操る仕組みだと気づいた国民焼けっパチパチ  鳥羽省三 


(庭鳥)
    幕間にオケピ覗けば金管がものも言わずに見つめ返した

 近頃では、ネットで買える格安のチケット<オケピ・チケット>のことも「オケピ」と言うそうだから、「オケピ」と言っても二通りの意味が在ることになるが、ここは本来の「オケピ」、即ち、歌謡ショーやオペラなどでの「オーケストラ・ピット」を指して言うのであろう。
 作者が他ならぬ<庭鳥>さんであるから、大サービスをして、本作の舞台をイタリア・オペラ『トスカ』の公演会場・産経ホールと仮定して話を進めよう。
 東京・産経ホールで行われた、イタリア・オペラ『トスカ』(指揮:ニーノ・ヴェルキ演出:ブルーノ・ノフリ)の一幕目が終わり、十分間の休憩となった幕間に、動作主<庭鳥>氏は、舞台の興奮も冷め遣らぬまま、舞台下の「オケピ」を覗いてみた。
 彼・庭鳥氏にしてみれば、それほど他意は無い。
 せっかく大枚三万円を叩いて入場したのだから、この機会に、オケピ内の様子でも見学しておこうと思っただけのことである。
 ところが、そうは問屋は卸さない。
 彼が、オケピ内に目をやった瞬間、トイレにも行かずに、そこに居残っていた金管楽器奏者の男が、彼の顔を「ものも言わずに見つめ返した」のだ。
 その恐かったこと、恐かったこと。
 彼の視線は、まるで、奴隷女を見つめる暴虐帝・ネロのように輝いていた。
 そこで庭鳥氏は、「あんなヤツに全身の羽毛でも毟られたら大変だ」と思い、また、「あんなイタコウに掘られてもしたら、もっと大変だ」とも思って、所期の目的の果たさず、早々に自分の座席に引き上げた、ってだけのこと。
 ってだけのことなのに、この作品を鳥羽はどうして佳作として選び、長々と観賞文を書いているのか?
 と、そのような疑問を持たれる方も居られるだろう?
 そうした疑問に、答える術を私は知らない。
 でも、いいものはいい。この作品は断じていい。
 「金管が」ってところが特にいい。
 それまで。
 お題の<幕>を、「幕間」として扱った佳作が、他に山ほど在ったが、観賞はこの一首だけで十分だ。
     〔答〕 開票日に選挙事務所を覗いたら有象無象が自棄酒飲んでた  鳥羽省三
 と、私は書いてみたのだが、私の留守中に、このくだりを読んでしまった家内が言う。
 「あなたは、この一首の『金管』を金管楽器演奏者と解して、観賞文を書いているが、私の拙い解釈では、この一首の『金管』は、金管楽器演奏者ではなくて、あくまでも金管楽器そのものである。何故なら、幕間で休憩中のオケピを興味本位で覗いてみたら、演奏家たちは誰一人としていないが、演奏者の座る椅子の上に金管楽器が一丁、ちょこんと腰掛けていて、ものも言わずに、覗き見をした私を見つめ返していた、とでも解釈したら、この一首は、あなたの解釈よりもずっと良くなるわ。私の解釈、どうかしら」とこきゃがった。
 口に出して言うのも悔しいが、「私の解釈より、家内の解釈が桁違いにいい。負けた、負けた。門前の小僧、ならぬ大黒、習わぬお経読む」とは、このようなことを指して言うのか?
     〔答〕 金管のひらけた口がもの言わぬ男みたいでなかなかステキ  鳥羽省三 


(はづき生)
    おおきなおおきなひとが亡くなって海には鯨幕張ってあります
 
 一読しただけでは解らないだろうが、本作には、韻文としての短歌に相応しい内在律が感じられ、本来ならば、音読の障害になるはずの<字足らず>も<字余り>もほとんど気にならない。
 また、談林俳諧風のスケールの大きな詠風も素晴らしい。
 南国土佐の海になら泳いでいるのだろうか?
 その巨大な鯨の姿を 「鯨幕」に見立てての下の句は大きい。
 だが、その巨大な風景を背にしての、「おおきなおおきなひとが亡くなって」と言う、ゆったりとした、上の句の叙述も大きい。
 ところで、上の句中の「おおきなおおきなひと」とは、何方のことであろうか?
 例えば、釈迦とか、マホメットとか、キリストとか、孔子とか、かつて実在した聖人を、それに当てて観賞する人もいるだろう。
 が、私に言わせれば、そのいずれの観賞も的外れである。
 それでは、鳥羽説で言う、「おおきなおおきなひと」とは、どなたか?
 それは、人類の何方でも無く動物。
 自分自身の死に巨大な鯨幕を張って哀悼の意を表すことが出来る、大きな大きな動物。
 即ち、「鯨」なのである。
 あの巨大な鯨に較べたら、釈迦も、マホメットも、キリストも、孔氏も、小さい、小さい。
 この一首は、南国土佐の伝統的な鯨狩りの風景を、極彩色の日本画に仕立て上げてみせた、無辺大の狩野絵なのである。
     〔答〕 狩野絵の襖の枠をぶち抜いて抹香鯨が潮を吹いてる  鳥羽省三
 誉めてばかりいてもつまらないから、ひと言申し添えると、「おおきなおおきな」は大変宜しいが、後に続く、「ひとが亡くなって」がやや雑。
 私なら、こうする。
     〔答〕 おおきなおおきなお方が逝去され海には鯨幕が張られた  鳥羽省三


(振戸りく)
    なにもかもはっきり見せてしまってはつまらないねと紗幕を下ろす

 そう、「なにもかもはっきり見せてしまってはつまらないね」。
 だから、ご婦人方、お召し替えの時は、お部屋のカーテンを下ろしましょうね。
 せめてレースのを。
     〔答〕 紗幕閉じ<オフ・リミット>にしたはずが、透け透けルックでかえって悩まし  鳥羽省三


(龍庵)
    幕開けのブザーが僕にブーイング浴びせ掛けてるように聞こえる

 作者の<龍庵>氏は、きっと、気の弱い演出家か劇作家なのでありましょう。
 そう、私にも経験がありますが、自作の演劇舞台の幕開けのブザーの音は、観客たちがその作品の作家に、「ブーイング」を「浴びせ掛けてるように聞こえる 」ものだ。
 未だ何ひとつ始まってはいないというのに。
     〔答〕 幕開けのブザーの音に脅えつつ舞台の袖に僕が立ってる  鳥羽省三


(月下燕)
     暗幕の中で少女は顔をよせ「現像液の匂いが好きなの」

 鼻に「つーん」と来る「現像液の匂い」は、何かに似ている。
 月下美人の花の匂い。
 いや、昨夜、自分の体を通り過ぎた男の匂いに似ている。
 だから、その少女は危ない。
 月下燕氏よ、早々に作業を止めて、その暗室から出なさい。
                     (焼付けなど止めて、ホテルに行きなさい。)
     〔答〕 つばくらの雛にも似たる少女らが流し目しつつ群れる店先  鳥羽省三


(青山みのり)
     やさしくて手がおおきくて幕引きの上手な男だったとおもう

 作者の<青山みのり>さんは、かつては、日劇ミュージックホールの踊り子さんだったのか?
 踊り子さんが、ホールの幕引き係に恋をしてしまったのか?
 そして、その恋は、一年余りで幕引きとなってしまったのか?
     〔答〕 踊り子は裸芸より歌が好き寺山修司をいつも読んでた  鳥羽省三


(根無し草)
    尻軽が 仲間と創った アバズレ幕府 徳川よりも 続くといいな

 <鳩ぽっぽ内閣>のことでしょうか?
 でも、今からあたふたしているようでは、徳川幕府どころか、近江朝政権ほども続かない、と思いますよ。
 それに、あの女が鳩ぽっぽの脚を引っ張る。
     〔答〕 尻軽が金ネクタイで首絞めるいくら何でもこれじゃもたない  鳥羽省三


(みぎわ)
    花道の幕に風あり菊之助の花子狂ひてゆくしもぶくれ

 春爛漫の道成寺に、「花子」と名乗る白拍子が現れる。
 そこへ、もう一人の白拍子「花子」が現れ、大勢の所化たちに見つめられながら、鞨鼓、花笠、鈴太鼓を手に取っての華麗な踊り絵巻を展開する。
 平成十六年に歌舞伎座で初演された『京鹿子娘二人道成寺』は、菊之助・玉三郎の二大女形が競演する二人花子が、時には姉妹の如く、時には光と影の如く踊る、斬新な演出が話題となりました。
 本作は、この舞台を観ての一首でしょうか?
 下の句の、「菊之助の花子狂ひてゆくしもぶくれ」が、当日の舞台をよく写し得て絶妙。
     〔答〕 花笠を被りて踊るをんながた時にいんやう光と影為す  鳥羽省三


(夏実麦太朗)
    発車まで十五分とは長けれど幕の内の蓋開けず待ちおり

 私の子供の頃は、汽車(その頃はまだ電車では無く汽車でした。
 今風に言うと<SL>だが、そのSLに乗って旅行することなどはめったに無かったし、ましてや、駅弁を買ってもらったことなど皆無であった。
 それだけに、「幕の内の蓋開けず待ちおり」に込められた、動作主の気持ちはよく解ります。
 私が初めて買った駅弁は釜飯でした。
 その釜飯は有名な<横川>のそれでは無くて、東北地方の何処かの駅で売っていたものですが、私は、人生で初めて駅弁を買った記念にと、その容器を、その後ずっと捨てずに保存していたのですが、今の寓居にはそれが無い。
 とすると、その後数回に及んだ転居騒ぎの折にでも、あれはきっと捨てられてしまったんでしょうね。連れ合いの悪巧みで。
     〔答〕 小旅行の途路にて買った小鯛寿司結局食べずにお土産にした  鳥羽省三


(八朔)
    気がつけばキミのそばには煙幕をはるヤツがいて視界が悪い

 「キミ」が<鳩ぽっぽ>だとすると、本作中の<ボク>は副総理の某氏となる。
 それでは、「ヤツ」とは誰だ?
 「ヤツ」とは、あの権謀術数氏のことか?
 いや、事はそんほど単純ではない。
 今の政界の構造は、そんなに単純ではない。
 「ボク」が「キミ」で、「ヤツ」が「ボク」だったりすることもある。
 もちろん、「ヤツ」が「キミ」で、「キミ」が「ボク」のことを、「ヤツ」だと思っていることだってあるんだ。
     〔答〕 煙幕が透け透けだから見え隠れキミとボクとは遇えるよし無し  鳥羽省三


(蓮野 唯)
    幕の内弁当にある練りわさび切なく待つ身の哀しみに似て

 「幕の内弁当にある練りわさび」は、<わさび大根>の乾燥粉末を水で溶いたヤツなんでしょうか?
 それとも、本格派なんでしょうか?
 事と次第によっては、「切なく待つ身の哀しみ」も、ずいぶん安っぽくなったり、そうでなくなったりするから。
     〔答〕 粉末に水を加えた練りわさびそれでも辛く待つ身はつらい  鳥羽省三


(美木)
    幕張のビルの向こうは黒い海それでもいいよ一緒に行こう

 学生時代の夏休み明け最初の通学日のこと、私は、大勢の友人たちに向かって、聞かれもしないのに、「夏休み中はずっと、彼女と二人だけで幕張の海に出掛けてて、昼も夜も泳いでばかりいた」などと駄法螺をこいてみた。
 本当は、新橋の小さな運送会社で電話帳の配達をしていたのだが、せっかくの夏休みがそれだけで終わったとしたら、自分が自分を哀れに感じられてならなかったからだ。
 だが、せっかくの私の努力も無駄。
 私の話を聞いていた者の中に千葉県出身者が居て、「鳥羽くんよ。その話にはかなり嘘が混じってるんじゃないか。先ず第一に、幕張の海には、いちめん海苔そだが張られていて、泳げるとこなんか在るはずはないさ。それに君はそんな顔をしてて、彼女なんか持てるはず無いじゃないか。人にもの言う時は、自分の顔を鏡に映してみてから言えよな」と、高射砲の如くまくし立て、私に、反論の余地すら与えなかったのだ。
 私が、山本周五郎作の『青べか物語』を読み、東京湾岸の千葉県の海の実態を知ったのは、それからかなり経ってからのことだ。
 「幕張のビルの向こうは黒い海」。
 あれから半世紀も経って、今では、「幕張」の海には<海苔そだ>どころか、外れ馬券すら泳いでいないことであろう。
 でも、<美木>さんの彼女には、「それでもいいよ一緒に行こう」と言ってくれる人がいるからいいよね。
     〔答〕 幕張の海はいつわり仇(あだ)の海 「それでもいいさ、今があるから」  鳥羽省三


(ほたる)
    暗幕をひいた教室セーラーのリボンが揺れて秘密めく夏

 <ほたる>さんは若い。
 永遠に若い。
 つい、こないだ、お子様をふたりもママチャリに乗っけて、近所のスーパーに特価品の<生き生き新鮮赤殻卵>を買いに行ってたくせに、「セーラーのリボンが揺れて秘密めく夏」なんて、今どきは、女子高生だって詠まないような歌を詠んでるよ。
 <ほたる>さん、あなたの「夏」も、鳥羽省三の夏同様に、<まぼろし>の夏だったのではありませんか?
 「暗幕をひいた教室」では、ビキニ環礁の原爆実験の記録映画が上映されていた。
 「セーラー」服の女子高生たちは、汗疹だらけで、自分の皮膚を引っかくのに忙しかった。
 青春なんて、どうせそんなものです。
 青春がそんなものだから、<ほたる>さんたち、青春をとうの昔に通り過ぎてしまった歌人は、せっせせっせと、幻に過ぎない青春の歌を詠むのです。
 私の知る・寺山修二は、いつまでも青森訛りの抜けない中年男に過ぎなかった。
     〔答〕 暗幕を引いた舞台の袖口で寺山修司は汗疹掻いてた  鳥羽省三
         

(ジテンふみお)
    字幕には書けなかったが僕はまだそもそもつまり「だからなんなの」

 最近は映画の字幕を読める若者が少なくなって、映画配給会社の経営者たちの深刻な悩みとなっている、と聞く。
 本作の作者<ジテンふみお>氏は、そうした映画配給会社の一つ、「欧亜映画KK」の字幕書き担当社員で、時々は、彼女への思いのたけをフランス映画の字幕に書いたりもする。
 しかし、前述のような理由で、勤務先会社の経営が悪化し、社員の給料も少なくなったから、<ジテンふみお>氏は、「なあに、これも現物給付の一つさ。経営に行き詰った病院が、医師や看護士の薬品横流しに眼を瞑るような」と開き直っている。
 ところが、いつまでもそんなことはしていられない。
 ある時、役員の一人に試写会の席上でその点を指摘され、<ジテンふみお>氏の悪巧みは、露見してしまったのである。
 以来、彼と彼女との間は音信不通。
 作中の「字幕には書けなかったが僕はまだそもそもつまり」は、次第に冷えて行く彼女との仲を心配するあまり、昨日買ったばかりのケイタイで打った、<ジテンふみお>氏の彼女へのメールの内容。
 その後の「だからなんなの」は、それに対する彼女の返事なのである。
     〔答〕 「サヨナラ」は仏蘭西映画の字幕だけ、君と僕とに「再見(ツァイチェン)」は無い  鳥羽省三 


(祢莉)
    陣幕を張り出陣を待つような気持ちでバレンタイン当日

 「陣幕を張り出陣を待つような気持ちで」となれば、穏やかではない。
 ニコタマの<高島屋SC>のお菓子売り場のチョコを買い占めてしまったのは、<祢莉>さんですか?
     〔答〕 営幕で<謙信見参>待つ気分 チョコは来るのか義理ではないか?  鳥羽省三


(間遠 浪)
    幕間に前衛の少女が滅びましょうもういいでしょうと外す関節

 止めるつもりではあったが、「幕間」をもう一首。
 文意は、「(何かの公演の)<幕間に>、<前衛(派)の少女が>、『(わたしたちは)滅びましょう』『もういいでしょう』<と(言って)外す関節>」となるのでしょうか?
 私には、全く解りませんが、劇画世界の一コマなんでしょうか?
 それとも、中国の少数民族の雑技団での出来事でしょうか?
 雑技団での出来事としたら、その「少女」を「前衛の」と言ったのは、作者がその少女を、「彼女は密かに民族独立運動をやっているな」と睨んだからでありましょう。
 それにしても、「外す関節」が解りません。
 解りませんが、とても魅力的な五音です。
 その「前衛の少女」は、関節を外してから、密かに雑技団の楽屋を抜け出し、爆弾テロをやらかしに出掛けるのでしょうか?
     〔答〕 関節を外して抜けた檻の外やがて少女は闇に消えてく  鳥羽省三


(本田鈴雨)
    みんなみの東京湾やあさがほの幕を透かして遠花火みゆ 

 <鈴雨>宗匠は、俳諧の宗匠でもあられるのか?
 本作は、ほとんど俳句の境地である。
     〔答〕 みんなみの勝鬨橋の脚間から湾岸が見ゆ遠花火見ゆ  鳥羽省三


(今泉洋子)
    生の幕いつかは降りる寂しさよ酔芙蓉散る白きゆふぐれ

 「生の幕いつかは降りる寂しさよ」という上の句に、「酔芙蓉散る白きゆふぐれ」という下の句は、いくらなんでも、<付き過ぎ>ではないでしょうか?
 それに、「寂しさよ」などと言わずに、「生の幕いつかは降りる」などとも言わずに、「酔芙蓉散る白きゆふぐれ」の持つ寂しい雰囲気は、出せないものなのでしょうか?
 お題の「幕」から解放して、一首を成すべきではないかと、私は思いました。
 口が過ぎたらお許し下さい。
     〔答〕 頭髪を薄紫に染めてみる酔芙蓉散る白き夕暮れ  鳥羽省三


(佐藤羽美)
    開幕のベルは優しく如月のふたりの耳を湿らせてゆく

 「如月」は、一年中でいちばん空気が乾燥する季節。
 だから、彼と彼女の耳の辺りもカラカラ。
 そのカラカラの「ふたりの耳を湿らせてゆく」のだから、「開幕のベルは」はあまりにも優しい。
     〔答〕 ステージで安田姉妹が歌ってる 「春は名のみの風の寒さよ」  鳥羽省三


(理阿弥)
    厨房で煮え立つような剣幕のシェフが地団駄 けむりがでてた

 スタッフの一人の見習い青年が、甘鯛の煮付けの砂糖加減を間違えたのかな?
 <板前>と呼ばれていた頃の彼らは、弟子たちの頭をよく殴ったものだが、「シェフ」と呼ばれるようになってからの彼らは、弟子の頭はおろか、尻を殴ることさえ止めた。
 その代わり、彼らは「地団駄」を踏む。
 出入りの魚屋の持って来た上トロ鮪の油の乗りが悪いからといって「地団駄」を踏む。
 若女将のものの言い方が生意気だからといって「地団駄」を踏む。
 禿げ上がった頭から「けむり」を上げて「地団駄」を踏む。
 スタッフの者たちにとってはそれが堪らない。
 剥げ頭の「けむり」と「地団駄」の音が堪らない。
     〔答〕 黄昏の厨の隅から煙(けむ)が出た 火元は何処だシェフの頭だ  鳥羽省三 


(佐山みはる)
    暗幕のしきりにゆれて隙間より幼なつぎつぎ小走りに出づ

 幼稚園の学芸会風景でしょうか?
 いよいよ、年少さんのお遊戯。
 舞台の袖の「暗幕」が「しきりにゆれて」、その「隙間」から、「幼な」たちが、「つぎつぎ」に、「小走り」しながら、舞台に登場しました。
     〔答〕 「まん中の可愛いあの子が美莉ちゃんだ」「私の孫は遊戯も上手」  鳥羽省三


(湯山昌樹)
    文化祭の日までわずかに二週間「稽古不足を幕は待たない…」

 新聞販売店を営む私の甥・Mの連れ合いのお名前はK子。
 K子さんは、花柳○○というお名前の、日本舞踊のお師匠さんでもある。
 K子さんは多趣味なので、踊りの発表会が近づいても、他の用事で出歩いて、碌々稽古もしない。
 そこで、その亭主のMの口癖は、「稽古不足を幕は待たない」「だからK子よ、外出を止めて稽古しろ。さもなくば、お弟子さんが逃げてしまうぞ」
 そのK子さんに、もう一つ別の意味で、「K子不足、K子不足」と言っていたのは、私の姉の亭主にして、K子さんの舅でもあったS。
 そして、Mの父親の連れ合いにして、K子さんの姑でもあり、私の姉でもあるAは、直接、「K子不足」を口にこそしないが、心中では亭主と同じ思いらしい。
  「K子不足」が口癖であった義兄が数年前に成仏し、その連れ合いも亦、この八月末、亭主の待つあの世へと旅立って行った。
     〔答〕 道行の稽古不足のまま逝った 黄泉路の鴛鴦道中いかが?  鳥羽省三  
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有り難うございます

  鳥羽省三様

いつも、丁寧に読んでいただき、有り難うございます。
鳥羽さまのおっしゃる通りで、つきすぎですね。鋭いご指摘に感謝申し上げます。まだこのままの状態だと「酔芙蓉咲く」のほうがまだかなと思いつつ安易に投稿してしまいました。それに、投稿後におもいましたが、酔芙蓉はあんなに美しいのに自分と重ねたのも、おこがましかったかなと後悔しました。ほんと、鳥羽さまのアドバイスのように、「寂しさ」など安易に使わないで、幕も取り除いて、ゆうぐれの酔芙蓉を詠んでみたいと思います。アドバイス頂き嬉しかったです。今後とも宜しくご指導のほどお願いも申しあげます。

   ・頭髪を薄紫に染めてみる酔芙蓉散る白き夕暮れ 
薄紫と白と酒によってほんのり赤い酔芙蓉の色の取り合わせが
見事です。素敵な返歌を有り難うございます。

以前に、575で1度切って、下の句を転換させるようにアドバイスを
うけたことがありましたが、なかなか難しいですね。
下の句を、いっそうの事、酔いがまわらぬ酔芙蓉としたら等考えてユーモアの短歌にしたらとか考えましたが、、、やはり暫く熟成させます。
人にやさしく、歌に厳しい鳥羽さまにこころからお礼申しあげます。

本当に演劇なんです

取り上げていただき、ありがとうございます。
通して読んでいただければ分かりますように、私は中学校の教員をしています。そして、現在の勤務校の文化祭の特徴というのが、「表現力をつける」というテーマに基づく、クラス劇なのです。今年は、9月の休日の並び具合から、例年より10日ほど早い文化祭となり、まさに「稽古不足」状態で、担任一同焦りに焦って仕上げに汗を流した……という裏話つきの短歌なのであります。
これをご縁に、またよろしくお願いします。

こんにちは。

鳥羽省三様

はじめまして。理阿弥と申します。
拙作をとりあげていただいて、ありがとうございます。
お眼鏡に適うことがあるだろうか、あると嬉しいな、と
密かに想っておりました。

この作品は、これまでどなたにも目に留めていただけなかったもので、
今回、採っていただいたのが、意外であると同時に、
陽の目を見られてよかったなぁ、という心持です。

歌作が拙くて恥ずかしいので、自分で解題するのはよしておきますが、
このお題に関しては、ヒトコマ漫画みたいな出来に仕上がったなぁ、という印象です。

毎エントリー、全て読んでおります。次回も楽しみです。
どうぞ、無理はなさらずに続けてくださいね。
毎日寒いですので、ご自愛くださいませ。

悲しいので御座います

 幕の内弁当に入っているワサビと言えば、そりゃ勿論ニセモノワサビで御座いますよ。そりゃ、高級なものなら生ワサビが入ってるかもしれませんが、小市民をやっている私の経験からは、宅配寿司屋の幕の内弁当に入っている若干くたびれたお刺身に添えられるのは、ニセモノなワサビと決まっております。
 ああ、物悲しい。ああ、無情。
 待つ身はいずれ乾燥し、ポソポソになっていくので御座います・・・・・。

ちぇっ、さらっと詠んだつもりだったのになぁ(笑)

鳥羽省三様

拙歌を取り上げて頂き、ありがとうございます。
政界云々はともかく、後ろ二行にお書きになっているとおりです。
詠んだ頃は、こういうのが好きだったんだと思います。
三人が同じ人物だとしたら〔答〕はどうなるんでしょうか?

八朔 拝

いつもありがとうございます☆

うふふ、チョコ買い占めちゃったのバレましたか?
なんて冗談です(汗)
バレンタインチョコ売り場という戦場には
いつも参戦するのですが…
まぁ結果は言わずもがなというか何というか…

どうもありがとうございます

しばらく更新をお休みされておられたので気になっていたのですが
先日来復帰されたようで楽しみにしておりました。

このたびは「幕」の歌を取り上げていただきありがとうございます。
私も着替えの際には開けっぴろげにならないよう気をつけようと思います。
見えるか見えないか、のあたりが肝心ということですね。

暗幕の中では

女の子だけが見せられる、男子禁制のあのスライドが
上映されているのでした。

歳を重ねても永遠に若い少女のようにいたい私なのでした(笑)
もうセーラー服のコスプレしても似合わないのに・・・^^

どうもありがとうございました!!

ありがとうございます。

鳥羽様

初めまして。
取り上げてくださいましてありがとうございます。
娘二人道成寺は、今年の早春にもありました。
菊之助は、手代姿も娘姿もほんに美しく眼福でした。

ありがとうございます

以前、幕張の近くに住んでいたことがあり、その頃によく夜の海に行っていました。
背後には近代的なビルが並び、すぐ横には場違いなようにスタジアムがあり、当然ながら夜の海は真っ暗でした。
一緒に行った好きな人ばかり見ていて、海苔そだも外れ馬券も目に入りませんでした(多分なかったでしょうけど)。

羽毛の危機(笑)

鳥羽さま

「金管」に想像をめぐらしていただきありがとうございます。
受け手によって、解釈は随分と変わるものだ!と少し驚きました。

奥様がご指摘のように金管楽器を詠んだ短歌なのですが、”全身の羽毛を毟られたら”のくだりには爆笑し、コレもいいな・・・・・・と思ってしまいました。
毟っても、ダウンジャケットにはなれませんが・・・・・・

オペラやバレエ鑑賞に出かけると、上演中は舞台ばかり見ていてオケピットには関心を払っていない庭鳥ですが、休憩時間には物見高くオケピ見物をしたりもします。
そうすると、物言わぬ休憩中の楽器が静かなオーラを発していてその美しさにうっとりしてしまったのでした。。。
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鳥羽省三

Author:鳥羽省三
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