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一首を切り裂く(041:越)

(イマイ)
    越える気ははじめから無く伝票を大きな音で捲り続ける

 「越える」の対象は、MS銀行本店のエリート営業部長とその女性秘書との、上司と部下との男女一線か?
 どこでどう自信をつけたのか、近頃は、取締役、いや、その頂点の頭取の椅子までも狙って、密かに策謀をめぐらしているイマイ部長にとって、小生意気で少しばかり美しいだけの小娘との火遊びなどは、「はじめから」ものの数ではない。
 「君と僕との昨夜の出来事は、ただのゲームに過ぎないよ。」と言わんばかりに、先程から「大きな音」をたてて「伝票を」「捲り続ける」ばかり。
 いやいや、主人公の<イマイ>氏を、巨大銀行のエリート部長に見立てるなんて、病み上がりの鳥羽の見立て違い。
 <イマイ>氏は、羽田界隈の町工場のオヤジに過ぎない。
 剥げ頭でケチで助平な中年男なのだ。
 したがって、「越える」べきなのは、男女の一線などではなくて、わずか五人しか居ない従業員への給料の支払いと、城南信用金庫への借金の支払い期日なのだ。
 この構造不況の最中、彼は、その二つの負債の支払い責任を果たす気など「はじめから無く」、さきほどから、事務兼掃除係りのパートタイマー嬢の前で、これ見よがしに「(出金)伝票を大きな音で捲り続ける」だけなのさ。
 パートタイマー嬢と<イマイ>氏との間に、愛憎関係があるかどうかは、私の関知しないところである。
 余談ではございますが、何事でも、一線を越えることは当事者以外には語ることが出来ないほど困難なことと思われます。
 私の連れ合いの妹の愛犬<クロ助>は、何かある時、庭の一角に円形の線を引いて、「いいですか、クロ助。この線よりこっちに出たら、おやつを絶対にあげませんからね」と、飼い主が言うと、お許しが出るまで、絶対にその線より外に出ることがないのだそうです。
     〔答〕 はじめから越える気は無く勝家は栃の木峠の絵図に見とれる  鳥羽省三
 
 作中の「勝家」とは、織田信長の家臣・柴田権六勝家。少し気取って、戦国の合戦絵巻を題材にして、お返しの歌としました。 


(jonny)
    さわやかに追い越してゆくチャリンコはこの春からの制服少女

 百キロの大台を越えんとする巨体を持て余しがちな<jonny>氏と氏の巨体を乗せた哀れなママチャリ。
 そうした邪魔者を巧みにかわしながら、多摩川土手のサイクリングロードを、若鮎が泳ぐようにスイスイと、「さわやかに追い越してゆくチャリンコはこの春からの制服少女」。
 「さわやかに」とは、若鮎の如き「制服少女」のサイクリング姿への形容であって、それに見とれる、我らが<jonny>氏の視線からは、「さわやか」さなどは微塵も感じられない。
     〔答〕 「痴漢的視線」とまでも申したら、「それは酷い」と怒るでしょうか?  鳥羽省三
         寛大な歌人<jonny>のことだから、にたりと笑いそれでお終い    同


(西中眞二郎)
    長きもあり短きもありさまざまな髪形の娘(こ)がわれを追い越す

 辛口の評者から、「痴漢的視線」とまで揶揄された前作の作者の視線に較べれば、本作の作者<西中眞二郎>氏の視線からは、邪念のかけらも感じられない。
 「青春時代の我輩は、<緑なす黒髪>の女性に憧れたものだが、近頃の娘たちの髪は、長かったり、短かったり、実にさまざまであるなあ。<題詠2009>の選歌に一区切りをつけたら、『若き女性の髪型と我が国経済の関わりに就いての一考察』とでも題して、小論文でも書いてみようかしらん」などと、実にさわやかで、実に罪のないことを考えながら、西中氏は、ご自宅最寄りの那珂川土手を散策中なのである。
     〔答〕 長きもあり短きもあり、さまざまな老後残して我ら退職  鳥羽省三  
 
  <追伸> 西中さま
 最近、私の手元に届いた「K県立高校職員退職者会会報」を目にして、私は唖然としてしまいました。
 何と驚いたことに、過去一年間の物故会員欄に掲載された百名余りの中に、私の元同僚が十ニ人もいたのです。
 私は、今年の五月から六月に掛けて大病を患い、ブログの更新を中断して、入院生活を送っていたのですが、その状態から解放され、こうして、皆様方の作品についてのあれこれをものしていることさえ、実に奇跡的に幸運なことだ、とすら思うようになりました。
 西中さまにも、くれぐれもご自愛のほどを。


(庭鳥)
    流されし夫(つま)が住いし越前を弟上娘子嘆きて仰ぐ

 本作に関係する、あの万葉の情熱純情女流歌人の名前が、「狭野茅上娘子(さののちがみのおとめ)ではなく、「狭上弟上娘子(さののおとがみのおとめ)」であると教えてくれたのは、今から五十年前、私が在籍していた大学の国文科の老教授であった。
 <茅上娘子説>が主流であったその頃、頑固一徹な彼は、「いいですか。彼女の名前は、<さののちがみのおとめ>などではなく、<さののおとがみのおとめ>なのですよ。彼女の名が、<狭野茅上娘子>として伝播してしまったのは、後世のの愚かな万葉研究家の誤記が原因なのです。私は、最近、その確たる証拠を入手したのです。だから、期末試験の解答用紙に、<狭野茅上娘子>などと書いたら落第させますからね」と、不勉強な私たち学生相手に一所懸命に吼えまくっていた。 
 近頃益々不勉強になってしまい、この度の転居の際、彼の頑固一徹教授の著『万葉集新考』も、土屋文明著の『万葉集評釈』を廃棄してしまった私なので、この際、本作の作者<庭鳥>氏にお尋ね致しますが、近頃は狭野弟上娘子説が学会で認知されたのでしょうか。
 もし、そうだとすると、彼の頑固一徹教授の霊も浮かばれることでしょう。
 どうかご教授下さい。
     〔答〕 君の名は大伴宅守 ほとほと死にき君還らずて  鳥羽省三 


(蓮野唯)
    お喋りをすみれとしたくて蝶たちは垣根を越えて今日も舞い来る

 <蓮野唯>さんの御作にも久方ぶりに接する。<蓮野唯>などと、かわゆいお名前からすると、可憐な女子高生姿が想像されますが、本当はそれ相当のご年配の女傑だったりしして?
 でも、作品はすごく可愛い。
 そして、その中に<040:すみれ>と<041:越>とを折り込んだ、作品自体の意味もばっちりと通っている。
 この作品を詠み得た時、作者の蓮野唯さんは、「私だって、まんざら捨てたもんでもないわ。平成の狭野弟上娘子とは、わたしのことではないかしら。」などと、作品と鏡とを合わせ見て、にんまりとされたのではないかしら。
 「お喋りをすみれとしたくて蝶たちは垣根を越えて今日も舞い来る」。
 麗らかな春の庭で、生え揃ったパンジーの花と戯れる蝶たちの仕草を、ご自身とそのお仲間の少女時代の「お喋り」に見立てたのは、作者・蓮野唯さんの御年の為せるわざでありましょうか。
     〔答〕 唯さんとお喋りしたく わんさかとコメント寄せる男ブロガー  鳥羽省三


(久哲)
    ガムテープで緊縛されて諦念の殉教者めく引越荷物

 この度の引越しに当たっては、私も、引越し荷物のあれこれを布製のガムテープで雁字搦めに「緊縛」しました。
 思わざる事態に遭遇し、退職金のほぼ全額を叩いて建てた<終の住処>を、二束三文の捨て値で人手に渡し、何物かに追われるようにして首都圏へ転居(Uターン)した時は、本当に、本作に詠まれた、「諦念の殉教者」にでもなったような気分でした。
 転居先の寓居で、近隣の人々が寝静まってから妻と二人で聴く、さだまさしさんの『転宅』の一語一語は胸に滲み入りました。
 そうした体験を持つ私だけに、本作の下句・「諦念の殉教者めく引越荷物」には、<言い得て妙>と脱帽しております。
 本作こそ、久哲短歌・畢生の傑作かと拝察申し上げます。どうか末永く記憶され、今はの際には、墓碑銘としてお刻み下さい。
     〔答〕 『転宅』のギター縛れるガムテープ 涙に濡れて音弾けたり  鳥羽省三


(髭彦)
    越前と越後の響き越中とかなりの差あるゆゑぞおかしき

 「越前」と言えば、昨今なら、あの不気味な<越前くらげ>。もう一つ二つ挙げれば、<越前かに>と、水仙で名高いが、荒波洗う<越前海岸>であろうか。
 「越後」と言えば<角兵衛獅子>と、頼まれなくても越後からはるばる徒歩(かち)でやって来る、風呂屋や米屋の従業員たち。
 かくして、私のイメージする「越前」「越後」は、必ずしも明るくも華やかでもない。
 次に、「越中」と言えば、先ず何よりも先にイメージするのは、<越中褌>と、万病に効く<越中富山の萬金丹>である。
 こちらの方も、華やかさや明るさには決定的に欠ける。
 しかし、私の尊敬する髭彦さんが、取り立てて歌に詠み挙げるのだから、この両者のイメージには、決定的な差異が必ず存在するに違いない。
 そうだ。たった今気が付いた。
 <越中褌>や<越中富山の萬金丹>から感じられた滑稽さやユーモアが、越前・越後からは全く感じられない。
 その微妙な差が、越前・越後と発音する時と、越中と発音する時の、音韻や響きの差異を生み出すのであろうか。
     〔答〕 ひたすらに越後・越中・越前の真夜(まよ)を貫く特急日本海  鳥羽省三 
 
 
(野州)
    出征の兄を送りし嫂に夜這ふ越中ふんどしの父

 汗と垢と○液の臭いで汚れた「越中ふんどし」。
 自身の息子を戦地に見送った後、汚い越中ふんどしを怒張させて、嫁の寝屋に忍び居る助平爺が居た話は、私も幾例か耳にしております。
 その中でも最も悲酸なのは、終戦になって戦地から帰った息子が、父親と妻とに加え、父親と妻との間に生まれた赤子をも鉞で斬殺し。自分自身も首吊りをして死んだ、という話です。
 日本人が、そんな悲惨で悲酸なことをしていたのは、そんな昔のことではない。ほんの六十年ほど前のことです。
     〔答〕 戦場で死ぬのは悲惨さればとて生きて還ればこれまた悲酸  鳥羽省三 


(磯野カヅオ)
    水秤たつたひとつを携へておほよそびとは国境を越ゆ

 旧約聖書の『出エジプト記』の世界を描こうとしたのか?
 『出エジプト記』」とは、残虐なファラオのために奴隷として虐げられていたエジプトのユダヤ人たちを、モーゼが率いて国外に脱出させる、という物語である。
 モーゼに率いられたユダヤ人たちは、着の身着のまま、と言うか、裸同然のスタイル。
 それでも、その剥き出しの胸に、<嘆きの涙>を量るための<水天秤>ひとつを抱えて、やっとの思いで、死の国・エジプトの脱出に成功したのであろうか。
 <磯野かつお>氏ならぬ<磯野カヅオ>氏は、大の悪戯好き。
 自作の中に必ず何かからくりを設けて、読者を眩惑させようとなさる。
 そこのあたりのご事情を、氏ご自身が、「読んで欲しいけど、簡単には読まれたくない」みたいな言い方で、私宛のメールで語られている。
 本作の場合、作中に設けられた<からくり>とは、一般的にはあまり聞きなれない、「水秤」や「おほよそびと(大凡人)」といった語であろうが、それを理解し、作品を批評しなければならない立場に立つ私とて、それらの語の正確な意味や、それらの語が作中で果たす役割りを完全に理解しているわけではない。
 しかし、その仕掛けを自分なりにクリヤーして、作品世界の真っ只中に潜入し得た時、鑑賞者たちの多くは快哉を叫び、カタルシスを感じるのであろう。
     〔答〕 塚本の末裔・磯野カズオ氏は<おほよそびと>の目を眩ませる  鳥羽省三
 「おほよそびと」という珍しい語は、あの『源氏物語』にも出て来るのですね。


(nnote)
    窓越しに産んでしまったものたちの叫びを聴いて過ごす風の日

 「窓越しに」聴こえる「産んでしまったものたちの叫び」の正体は何か?
 野良犬アカに犯されて、今年もまた、雑種の子犬を三匹も産んでしまった飼い犬のメリーの悲痛な叫び。
 産めば直ぐに飼い主に奪われてしまう卵を産んでしまった鶏の、けたたましい叫び。
 鼠の額ほども隔たっていない隣家の主婦が、ご亭主に出産の苦しみを再現してみせる時の叫び。
 その他もろもろ。
 それらのいずれを指すのか、評者の私には全く判らないが、「風の日」には、寓居の安物のサッシを通して、屋外のいろいろな叫び声が聞こえて来る。
 「ご家庭でお楽しみのところ、毎度ご迷惑さまではございますが、こちらは、美味しいお豆腐の宣伝販売車でございます。東京築地の豆増の販売車でございます。ざるどーふ、ごまどーふ、お刺身どーふ、厚揚げ、あぶら揚げ、とさまざまでございます。................................。」
 <お楽しみのところ>と思うなら、そんなに大きな声で叫ぶな、ちゅーのだ。
 「こちらは、不要物の回収車でございます。パソコン、クーラー、自転車、テレビ、ゲーム器械、健康器具など、ご不要になった物なら、何でも回収させていただきます。分からないことがございましたら、どうぞお気軽に、担当者にご相談下さい。」
 <不要物の回収車>と言うから、要らなくなった物を、なんでも無料で持って行ってくれるのかと思ったら、殆んどの物が有料であった。
 年若い女性の声だったから、窓を開けて覗いてみたら、運転していたのは、<むくつけきおのこ>であった。
 それはともかくとして、その喧しいこと。喧しいこと。
 沖縄の米軍基地の騒音もかくやと思われる。
     〔答〕 窓越しに鶯のこえ聴きながらブログを記す春よ来い来い  鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
    抜かれてはまた追い越して海までを少年たちの自転車が行く
 
 「海までを」が効き目。
 まさかつけて行って確かめたわけではあるまいが。
 さすがプロの五十嵐きよみさん、上手な嘘をつく。
     〔答〕 抜かれてはまた追い越すのが大変だ。箱根駅伝ここが勝負だ。  鳥羽省三


(村木美月)
    雑踏にまぎれて歩く越えられぬ課題をひとつ蹴飛ばしながら

 目の前に転がっていたジュースの空き缶は、作者にとって、「越えられぬ課題」の象徴。
 その空き缶を「蹴飛ばしながら」「雑踏」を歩いていたら、とても、「まぎれる」どころではなく、蹴飛ばした空き缶が前を歩くオヤジの剥げ頭を直撃して、こっぴどく怒られちゃった。
 そのオヤジが、私を怒ろうとして、迫って来た時の、オヤジの体の加齢臭のくさいこと、臭いこと。
 本当に、<鼻が曲がる>とはこのこと。
 佳人才人美人歌人・村木美月さん、絶体絶命のピンチ。
 貞操の危機だ。
     〔答〕 雑踏に紛れることが出来るのは胸に課題を抱かない時だ  鳥羽省三


(みぎわ)
    若さゆゑの自惚れつらつら浮き上がり腰越状は哀しき手紙

以下に、「腰越状」の原文を記すので、そのどのあたりに「若さゆゑの自惚れ」が「つらつら浮き上が」っているかを感得し、「腰越状は哀しき手紙」であることを、各自確認されたし。

 元暦二年五月二十四日/廿四日戊午。源廷尉(義経)如思平朝敵訖。剰相具前内府参上。其賞兼不疑之処。日来依有不儀之聞。忽蒙御気色。不被入鎌倉中。於腰越駅徒渉日之間。愁欝之余。付因幡前司広元。奉一通款状。広元雖披覧之。敢無分明仰。追可有左右之由云云。彼書云。
 ここまでは、書状を受領した時の事情を、仲介役の大江広元が説明している。書状の内容は、これ以下。
  左衛門少尉源義経乍恐申上候。/意趣者。被撰御代官其一。為 勅宣之御使。傾朝敵。顕累代弓箭之芸。雪会稽恥辱。可被抽賞之処。思外依虎口讒言。被黙止莫大之勲功。義経無犯而蒙咎。有功雖無誤。蒙御勘気之間。空沈紅涙。倩案事意。・良薬苦口。忠言逆耳。先言也。因茲。不被糺讒者実否。不被入鎌倉中之間。不能述素意。徒送数日。当于此時。永不奉拝恩顔。骨肉同胞之儀既似空。宿運之極処歟。将又感先世之業因歟。悲哉。此条。故亡父尊霊不再誕給者。誰人申披愚意之悲歎。何輩垂哀憐哉。事新申状雖似述懐。義経受身体髪膚於父母。不経幾時節。故頭殿御他界之間。成無実之子。被抱母之懐中。赴大和国宇多郡竜門牧之以来。一日片時不住安堵之思。雖存無甲斐之命許。京都之経廻難治之間。令流行諸国。隠身於在在所所。為栖辺士遠国。被服仕土民百姓等。然而幸慶忽純熟而為平家一族追討令上洛之。手合誅戮木曾義仲之後。為責傾平氏。或時峨峨巌石策駿馬。不顧為敵亡命。或時漫漫大海凌風波之難。不痛沈身於海底。懸骸於鯨鯢之鰓。加之為甲冑於枕。為弓箭於業。本意併奉休亡魂憤。欲遂年来宿望之外無他事。剰義経補任五位尉之条。当家之面目。希代之重職。何事加之哉。雖然。今愁深歎切。自非仏神御助之外者。争達愁訴。因茲。以諸神諸社牛王宝印之裏。全不挿野心之旨。奉請驚日本国中大少神祇冥道。雖書進数通起請文。猶以無御宥免。其我国神国也。神不可稟非礼。所憑非于他。偏仰貴殿広大之御慈悲。伺便宜令達高聞。被廻秘計。被優無誤之旨。預芳免者。及積善之余慶於家門。永伝栄花於子孫。仍開年来之愁眉。得一期之安寧。不書尽詞。併令省略候畢。欲被垂賢察。
 /義経恐惶謹言/元暦二年五月日 /左衛門少尉源義経 進上 因幡前司殿

 この和臭漢文を読解され、「若さゆゑの自惚れつらつら浮き上がり腰越状は哀しき手紙 」という一首をものされた<みぎわ>氏のご識見とご努力とに対して、深甚なる感謝と尊敬の意を表す。
     〔答〕 「功有りて誤り無し」とは小生意気。九郎判官苦労が足りぬ。  鳥羽省三
         「犯す無く、咎蒙る」も言い過ぎだ。小冠者義経口が過ぎたぞ。  同


(駒沢直)
    日曜の銀座に立って三越のライオン目線で見る人の群れ

 今日は連れ合いが久しぶりのお出掛け。
 最寄駅・たまプラで田園都市線の電車に乗り、表参道で銀座線に乗り換え、銀座駅で下車し、銀座三越のライオン前で同郷の友達と十時半に待ち合わせるのだ、と言って、朝食をもそこそこに、いそいそと出掛けて行った。
 「世界第二の経済大国・日本の、イの一番の目抜き通りとも言うべき、東京銀座四丁目の交差点に真向かう、三越銀座店の正面玄関の台座の上に鎮座する、あのライオンの鬣あたりに掌を置き、四丁目交差点を行き来する車馬や人間の姿を眺望したら、一体どんな心持になるのだろうか。そこのあたりのことをよくよく感じて来るように」と、私は、出掛け間際の家内に、そのようなことを話した。
 そもそも、銀座三越の<ライオン目線>の高さを私は知らない。
 察するにそれは、銀座通りを闊歩する、普通の人間のそれよりもかなり高く、その目線で眼下を見下ろす時、少なからぬ羞恥心と共に、それに数倍する優越感を抱くことが出来るのではないだろうか。
 作中の「ライオン目線」とは、単に高さのみを言ったのではなく、そこに立って辺りを眺める時の気持ちをも含めて述べたのであろう。
      〔答〕 三越のライオン像に寄り掛かり三愛ビルの汚れを見てた  鳥羽省三
          四丁目のホコ天を行くぼくたちをライオン目線で視るのは誰だ  同
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申し訳ございません

省三様
越でも取り上げて、下さっていたのですね。

ありがとうございます。

まあ、人に歴史ありと申しましょうか、伊達に僕より二倍
(強or弱?)人生経験は積んでいませんね。(失礼)

ご苦労されたこととお察し申し上げます。

では、恒例の返歌に返歌。

まあ俺は墓はいらんわ白鳥のようなギターで補陀落渡海 久哲

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だはーw

 こんにちは。
 女傑な蓮野でございます。って、違うよ? 女傑じゃないよ? おばさんだけど(* ̄m ̄)プッ この6月で四十路になったですよ( ̄ー ̄)ニヤリッ

 確かに、女子高生だった頃は、勉強の記憶は皆無ですが、友達と喋っていた記憶はありますね。まあ、女ってもんは喋っていればそれが最高の娯楽であって、お茶菓子なんて一皿2千円もするようなデザートだろうが、かっぱえびせんだろうが「喋った後のスッキリ感」という点では結果は同じですw

 しりとりな歌もどうにか詠み終えて完走はできています。ぶっちゃけ最後の追い込みはヤケクソでした(苦笑)。まあ、終わりよければ全てよしです(自分で言うw)。

 また寄せてもらいますねーー。

エリート部長と町工場のオヤジ

こんばんは。三十路の主婦のイマイです。
<越>でも取り上げていただきありがとうございました。

楽しく読ませていただきました!
自分のうたが、ちがう風景になって見えてきました^^

お久しぶりです。

こんばんは。磯野カヅオです。

「越」の歌へのコメント、ありがとうございます。
いろいろと想像していただいたようですね。

この歌は自分にとってはとても意味のある一首でして、読み手には「水秤?おほよそびと?耳慣れない言葉を使って気取ってるの?」的に(?)、スルーされてしまってもいいかなというつもりで詠みました。

「水秤(ミズバカリ)」は広辞苑にも載っていますが、ここでは古語としての「水秤(ミヅバカリ)」を用いています。「おほよそびと[凡人]」も、古語です。

本意も書いてしまいたいところなのですが、実はこの歌は鳥羽様も含め複数の方に採っていただきまして、本意を書いてがっかりさせてしまうと宜しくないのかなとも思うので(←考えすぎですか?)、とりあえずこちらには使用した言葉の意味を書くことにいたします。

文字通り"国境を越える"という歌意ではありますが、モーゼほどの深い意味はございませぬ。

この歌につきましては、ひとまずこんなところで、お許しください。

それでは、失礼いたします。
 

ありがとうございます!

いやー、痴漢的目線とは恐れ入りました!?
お礼の改作です。

 さわやかに追い越してゆく女子チャリのサドルに嫉妬したる早春

思いっきり

笑えるご解説ありがとうございます!


想像力豊かな鳥羽様に感服です。

しかも佳人才人美人歌人とは…小野小町なみの扱い(笑)

敬礼(^^ゞ

久しくお休みされておられたので、復活なさって嬉しいです。
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鳥羽省三

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