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一首を切り裂く(038:→)

 <お題>として、記号など、文字以外のものを用いたい、というご希望を述べられた方が居られると見受けられ、毎年、PC記号などが<お題>になっているようである。
 しかし、こうしたアイデアも、場合によって、出詠者を尻込みさせることになりかねなく、現に、この種の<お題>の詠進歌には、読むに耐えず、意味も解せないような愚作・凡作が多いのである。
 そこで、主催者へのお願いでありますが、今後、こうした催しを継続され、こうした類の<お題>を出題なさる場合は、その是非をよくよくお考えになられる必要があると思われる。
 また、ご参加になられる歌人の方々にもお願いしますが、もしも、こうした<お題>が、来年以降も出題された場合は、何かにつけ、保守的・閉鎖的な短歌界に革命を齎そうとされる、主催者の意図をご理解され、歌人としてのご自身のご見識とご力量とを、十分に発揮された作品をご出詠なさるようにお願いしたい。 


(月下燕)
    駅からは→どおりに辿り着きとにかく焼香だけは済ませた

 「→」は、「やじるし」と読むのであろう。
 記号などが<お題>として出された場合は、それを作品の中で<どう読ませ、どう位置づける>かが勝負所となるであろう。
 しかるに、その<お題>に、あまり奇抜な読み方を付与したり、あまり重要な役割りを与えたりすると、作品内容に破綻が生じ、意味が通らない作品になる恐れがある。
 そこで、短歌を読みなれた方々は、せっかくの記号を、極く平凡に読み、その働きにも、多くを求めないような作品を作りがちになる。
 「題詠2009」に参加された方々の中でも、指折りの歌巧者と目される、<月下燕>さんも亦、お題<→>を、「やじるし」と読ませ、文意の破綻を避けられる道を選択された。
 出来上がった作品は、鬼才<月下燕>さんの作品としては、やや物足りなさを感じさせないでもないのであるが、これも致し方の無い、利口なご処置でありましょう。
 さて、その文意であるが、「どなたかが亡くなって、その知らせを受けて、焼香に出掛けた動作主が、駅からの道の途中のあちらこちらに貼られた道案内の矢印(→)を頼りに、なんとか葬儀会場に辿りつき、とにもかくにも最低の役目である、焼香だけは済ませた」というのでありましょう。
 一見すると、そこには、感動もドラマも無く、詠まれている事柄は、極めて平凡な日常茶飯事のように見受けられる。
 だが、そこは、鬼才<月下燕>さんの腕の見せ所。
 月下燕さんは、「とにかく焼香だけは済ませた」という下の句で以って、俗世間にありふれた、この平凡な物語に陰影を与え、深みを齎し、日常茶飯事を日常茶飯事で無くした。
 作者の意図を推測するに、本作中の仏様と動作主体とは、それほど深い関わりがないのであろう。
 通夜か葬式かは判然としないが、もしかしたら、当日の仏事には、どなたも出席したくないのではないだろうか。
 例えば、作中の仏様は、某運送会社の無軌道運転手が犯した交通事故の被害者。
 あるいは、儲け本意の食品会社が会社ぐるみで犯した食品中毒事件の被害者。
 また、過激な労働を強いられる生産工場で、数ヶ月に亙る深夜勤務をした結果の過労死者、などなど。
 そして、当日の仏事に赴いた動作主体は亦、被害者を被害者たらしめた会社の、最も要領の悪い窓際職員、という位置づけではないかと思われる。
 あまり意味の無い<お題>「→」を使うことを強いられた作品、「駅からは→どおりに辿り着きとにかく焼香だけは済ませた」は、鑑賞者たちに、最低でも、そのようなことを示唆してくれ、大きな感動を与えてくれさえする。
 作中の一語、「ともかくも」は、決して見逃してはいけない。
     〔答〕 ともかくもこの歌だけは鑑賞し、次の<お題>に進みたいのだ  鳥羽省三
 
 
(ほたる)
    路面には消えぬチョークの→とねじ曲げられた時間が残る

 前作一首を観賞し、<以下省略>と行きたいところであったが、数ヶ月ぶりで<ほたる>さんの作品に出会ったので、本作についても、あれこれと申しておく。
 マイブログを中断するまでの私にとって、<ほたる>さんは、前作の作者、<月下燕>さんなどと共に、私の期待の星であった。
 <ほたる>さんの作品は、闇夜を行く蛍のように輝き、私にも、幾首かの観賞文を書かせた。
 <ほたる>の灯す<星>。哀れな星、と言っても、私は、<ほたる>さんが「哀れ」だと言っているわけではない。
 本作の場合も亦、<お題>の<→>は、「やじるし」と読むのであろうか。
 もし、そうならば、<ほたる>さんもまた、無難で賢明な線を狙って、意味文明にして、深みと重みのある一首をものたれたことになる。
 自動車事故があって、何方かが死亡した。
 もしかしたら、加害者は逃亡したのかも知れない。
 そうなれば、その事故は、単なる交通事故では無く、轢き逃げ殺人、人殺しとも言える。
 犯人がどこかに消え、被害者の亡骸が警察に運ばれていった後、現場の「路面には」、くっきりとして永遠に消えると思えない、「チョークの→」が残された。
 そして、それは同時に、被害者と加害者との「ねじ曲げられた時間」の象徴として、<ほたる>さんや、道行くの人の胸の中に、消えることなく、永遠に残った。
 感性の人<ほたる>さんは、悪戯とも思われる、お題「→」を苦にもされず、真夏の闇に引く源氏蛍の灯し火のような、哀れにして印象鮮やかな一首をお詠みになられた。
     〔答〕 「→」は直線でなく曲線だ源氏ぼたるの消えにし後は  鳥羽省三 
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ありがとうございました

こんばんは!お久しぶりでございます。

お身体の具合はいかがですか?
観賞をまた再開されたこと、嬉しく思っています。

私の歌にも目をとめていただき、感激です。
鳥羽さまの解釈、まさに私の詠んだ通り。
ズバッと言われました。
ここまでハッキリ言っていただくと気持ちいいものですね!
とても励みになるコメントをいただき、ラストまで走らなきゃ!って思いました。
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