スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

一首を切り裂く(037:藤)

(夏実麦太朗)
    藤づるで花篭うまく編んだとて写真の賀状をよこす者あり

 そうそう、本当にいるんですね。そういう人が。
 私んちにも、そういう年賀状が毎年四、五枚は来る。
 今年来たのは、藤づるで編んだ花籠ではないが、自作のパッチワークのベットカバーのが一枚と、縮緬のブラウスのが一枚。それに、ビニール素材のひまわりの造花のが一枚。
 ひまわりの造花の年賀状を送ってくれた人は、それから間も無く、そのひまわりの実物を送ってくれた。
 でも、いくら松が取れたからといって、真冬の床の間に、ビニール製のひまわりの造花を飾るってわけにもいかないから。
 あれにはほとほと困り果ててしまいました。
     〔答〕 とは言えど、それよりもっと困るのは、ご家族写真の賀状の始末  鳥羽省三


(ぽたぽん)
    藤棚の上からふわりと飛び降りたあの日がすべてのきっかけでした

 山家(やまが)育ちで、木登りが得意。
 田舎の高校を卒業して、東京に出て来てからも、休日は必ずどこかの公園に行って、木登りしてました。
 ニ、三度お巡りさんに捕まり、きつくきつくお灸を据えられました。
 東京では、木登りすることが法律違反なんだそうですね。<器物破損予備罪>とかなんとかいう罪名の。
 でも、私がやったのは、ただ、公園の木に登って、涼しい風に当たっていただけのことなのです。
 別に、その木の下で繰り広げられてるカップルたちのあれを見ていたわけでもないのです。
 そりゃー、時々は視線ぐらいはやりましたよ、そっちに。私だって人間ですからね。
 それに、「器物損壊」の下についた「予備罪」ってのはなんですか。
 私が、鉞でも持って木に登り、登った木を切り倒そうとした、とでも言うんですか。
 そんなこと、ただのいっぺんだってしたことがありませんよ。
 完全な濡れ衣ですよ、それは。
 で、それからは、木登りが生き甲斐の私も、木登りを止め、その代わり、公園なんかの藤棚の上に乗っかって、本を読むことにしました。
 ところが或る時、近所の神社に出掛け、境内の藤棚に乗っかって、うとうととしていたら・・・・・・・・。
 いえ、最初から居眠りしていたわけではないんです。
 最初は藤沢周平の、ほら、私みたいな根暗の中年侍がいて、その根暗侍が、或る時急に・・・・・するって、筋書きの小説があるでしょう。
 最初は、あれを読んでいたんです、文庫本の。
 そのうちに眠たくなって、ついうとうととしてしまいました。
 うとうととしていたら、藤棚の下から女の叫び声が聞こえて来ました。
 それに驚いて目を覚まし、窮屈な姿勢のまま、叫び声のする方に目をやったら、透け透けのワンピを着た年頃の女が、中年の男に襲われている様子なんです。
 そこで私は、それまで居眠りしていた藤棚からひらりと飛び降りました。
 その頃の私は、既に三十を過ぎてましたから、木登り少年であった昔ほどは体の自由が利かなかったのです。
 ですが、その時はそう出来ました。藤棚の上から、ふわりと飛び降りることが。
 昔取った杵柄というやつですかね。
 で、藤棚からふわりと飛び降りて、そこいらへんにいくらでも転がっている棒っ切れでも振り回して、その女を、中年男の魔の手から救ってやろうと思いました。
 でも、棒っ切れを探す手間も、それを振り回す必要も、最初からいりませんでしたよ。
 なにしろ、奴は、私が藤棚の上からふわりと飛び降りただけで、どこかに逃げて行ってしまったんですから。
 それがきっかけで、私はその女と知り合いになりました。
 そして、さんざんこき使われ、稼がせられ、貢がせられました。
 あげくの果に、子供を二人も置いて、どろんですよ、あの女。
 えっ、子供。
 この子たちは別に、私とあの女がなにして作った子供ってわけではないんです。
 そうそう、つまり、連れ子ってわけです。この子たちはあの女の。
 そう、私は、安さん。
 「はぐれ刑事純情編」の安浦刑事です。
 東京で木登りしてて、痴漢と間違えられ、お巡りさんにとっちめられた私が、同じ東京都内で刑事をしているなんて、誰も信じられないでしょうが。
     〔答〕 そもそもの初めは亀戸天神(かめいどてんじん)の紫匂う藤棚の下  鳥羽省三
      


(伊藤夏人)
    伊藤です本当なんです本名です先祖代々伊藤なんです

 田舎風でありふれた、伊藤って苗字が、イケメンの私に相応しくない、とでも思うんでしょうか?
 「まさかー、うそー。伊藤ってのは、芸名か、ペンネームなんじゃーないですかー。夏人さんの苗字が伊藤だなんて、わたし絶対に信じないからー」とかなんとか、付き合ってる女性たちからは、よく言われるんですけど、でも、私は、正真正銘の伊藤夏人です。
 そして、私の家の苗字は、先祖代々、伊藤なんです。
 信じて下さい、本当です。私は先祖の名にかけて、嘘を言いません。
     〔答〕 てなことを、仰いますが、それは嘘。伊藤の姓はあなたにぴったり  鳥羽省三


(髭彦)
    ふるさとの馬フンでさへもなつかしき佐藤・鈴木を喩へて言ひし

 今どき、「馬フン」の歌を詠む歌人が居るとは思わなかった。
 しかも、あのダンディーな髭彦さんが、こともあろうに馬糞の歌を詠むなんて。
 馬糞などは、今でこそ、北海道の競走馬の放牧場に行っても見られないようになってしまったが、私が小学生の頃は、ほかほかと湯気のたった馬糞が、幹線国道のあちこちにいくらでも転がっていた。
 でも、その馬糞は、それから立ち上がる湯気が冷める間も無く、塵取りと箒を持って走って来た、近所の百姓家の爺さん婆さんたちに拾われて行くんです。拾われた馬糞は、屋敷の片隅に詰まれた稲藁や草に混ぜられて、やがて上質な堆肥になるんです。
 その頃は、自動車も少なく、陸上輸送の担い手は、夏は馬車、冬は馬橇であったから、私の故郷の田舎町では、至る所でそのような光景が展開されていたんですよ。
 そうそう、その私の田舎では、「佐藤・高橋、馬の糞」と言うんです。
 「佐藤・高橋」という苗字が、それくらいありふれていた。私の田舎では。
 私の田舎とは異なる、髭彦さんの田舎では、「佐藤・鈴木は馬の糞」と言うんでしょうね。
 何方かの田舎では、「鈴木・田中は馬の糞」と言うそうです。

  「おーい、そこ通るのは、仁右衛門(ニンモン)のあんちゃではないかー。もし、そうならば、おら家(え)さ寄って、お茶でも飲んでいけ。なんだったら、濁酒でもいいべし」と、屋根の雪下ろしをしていたオヤジが、道行く人に呼びかけるのは、村の九割九分以上の家が高橋という苗字の、秋田県横手市増田町の旧西成瀬村・狙半内(さるはんない)地区での冬の出来事。
 狙半内(さるはんない)地区は、『釣りキチ三平』の作者として有名な、漫画家・矢口高雄氏の故郷。矢口高雄氏の本名は「高橋高雄」である。
     〔答〕 釣りキチのあんちゃと呼ばれた三平が今では故郷の名誉村民  鳥羽省三


(暮夜 宴)
    藤棚のしたに零れたひかりだけあつめてあそぶ春のてのひら

 咲き盛りの藤棚の、花房と花房の隙き間からわずかに零れて来る春の陽の光。
 その陽の光が、藤棚の下に佇む人の掌にあたる。
 麗らかな春の日に、藤棚の下に佇む人は、まるで、藤の花房の隙き間から零れて来る陽の光を、てのひらに集めて遊んでいるようだ。
 明るく美しくかぐわしい光景ではあるが、その背後からわずかに覗かれる、翳とアンニュイ(倦怠)とを見逃してはならない。 
 その翳とアンニュイとは、彼を歌人(うたびと)にし、悲しみを知る人にする。
     〔答〕 春の陽の光を詠う君なれど心の闇は隠すよしなし  鳥羽省三


(新田瑛)
    思い出にどこか似ている藤の花 流れゆくほど綺麗になって

 藤の花の色は「藤色」。
 紫でもないし、ピンクでもないし、藍色でも空色でもない。
 その微妙な色合いが「思い出にどこか似ている」。
 「どこか」で逢ったような気もするし、未だ逢ってはいないような気もする。
 
 風に吹かれて、藤の花が流れて行く。
 花房から離れて、藤の花が流れて行く。
 花房の束縛から解き放たれて、藤の花が、ひとひら、またひとひらと流れて行く。

 藤の花びらは、流れれば流れるほど綺麗になって、ひらひらと一片ずつ流れて行く。
 その美しい藤の花びらの流れは、どこか私の思い出に似ている。
      〔答〕 思い出と何処か異なる藤の花 藤は流れて吾(あ)を離れ行く  鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
    色の名の豊かなることあかるきを藤色濃きをむらさきと呼ぶ

 「紫」と「藤色」との違いは、微妙な差でしかない。
 その微妙な差を無視せずに、私の先人たちは、「藤色・藤紫・青紫・菫色・鳩羽色・菖蒲色・江戸紫 ・紫・古代紫・茄子紺・紫紺」と、藤色から紫までのわずかな色相の差を区別し、呼び分け、染め分けた。
 色の名のなんと豊かなることよ。
     〔答〕 短脚の夫のズボンの裾上ぐと妻は糸屋で色糸を選る  鳥羽省三


(南 葦太)
    田で終わり濁らない「た」の名字なら中田藤田のふたつだけです

 まだまだ在るよ、南さん。
 「柴田・堀田・青田・城田・杉田・瀬田・刈田・菊田・栗田・沼田・見田・三田・鎌田・蒲田」と、いくら挙げてもきりが無いから、ここらで止めますが。
     〔答〕 田という字、濁って読む名の男性で、私と寝たのは権田常務だ  鳥羽省三

 権田常務と鳥羽とが「寝た」となると、二人はホモ関係にあると疑われますが、そうではないのです。この歌は、さる商事会社に勤めるOLに仮託して詠まれた作品なのです。


(振戸りく)
    箪笥には母が選んだ藤色の小紋が出番を待ち続けてる

 藤色の小紋を着て行く場面とは、どんな場面かしら。
 まさか、結婚式ではあるまい。
 お茶会や踊りの会や句会や歌会。
 還暦祝いの席。同窓会。勤務先の会社の新社屋の上棟式。
 そして、バツイチ同士のお見合いの席。お友達との会食の席、などなど、いろいろと考えられます。
 「母が選んだ」と「出番を待ち続けてる」とが、謎を解く、ヒントになるのであろうが、本作の場合は、かえって、それが、謎解きの邪魔になりそうにも思われます。
 もしかしたら、本作の作者<振戸りく>さんは神楽坂の芸者さんで、藤色の江戸小紋を着て、これからお座敷に出掛けるのかも知れません。
     〔答〕 ユニクロのセールで買ったフリースが慈善バザーの日を待っている  鳥羽省三 


(村本希理子)
    蔓先があたまのうへで揺れてゐる 左巻きなら山藤だつて

  「左巻きなら山藤」、「右巻きなら(庭)藤」と言うのは、ただの俗説かと思っていたが、名の通った辞典にもそう書いてあるから、きっと根拠のあることなのだろう。
 ところで、本作の「藤」は、「山藤」だったのでしょうか、「庭藤」だったのでしょうか?
 上の句で、「蔓先があたまのうへで揺れてゐる」と言い、下の句で「左巻きなら山藤だって」とまでは言っているが、それ以上のことは言っていないから、その藤について、それ以上のことは知り得ない。
 でも、「それ以上のことを知り得ない」から、この歌は駄目だと、私は言いたいのではない。
 むしろ逆なのである。
 「左巻きなら山藤だつて」とだけ言うことに拠って、その藤について、それ以上のことを知りたい、と思っている、動作主の心の姿勢を示す。
 それと同時に、読者にも亦、「山藤だったのかしら、庭藤だったのかしら?私も知りたいわ。希理子さんにメールでもやって、作中の藤の秘密を尋ねようかしら」などと疑問を抱かせる。
 ところで、希理子さん。
 本作について、そんな内容のメールが届きませんでしたか?
     〔答〕 「左巻き?」それとも「蔓は右巻きか?」 やらせのメールをやろうかしらん(笑)  鳥羽省三
 とは思うが、まさか、私もそこまでは暇人でない。


(EXY)
    藤が丘 東山線 始発駅 地下鉄なのに ホームは高架

 拙者ご用達の東急「田園都市線」にも「藤が丘」駅が在って、わが連れ合いは、その駅前に在る、「有田焼の店」の顧客となり、せっかく買い求めた高価な磁器を、せっせせっせと割って、その店の経営者を喜ばせている。
 本作の作者、<EXY>さんご用達の「東山線」にも、「藤が丘」駅が在るとお見受けする。
 東急「田園都市線」は、南町田駅から、藤が丘」駅や、寓居の最寄りの<たまプラーザ駅>を経由して、多摩川を渡った二子玉川駅まで。
 通称<ニコタマ>の二子玉川駅から先は、地下に潜って、東京メトロの「半蔵門線」となりますが、その半蔵門線の<九段下駅>の駅前にも、名にし負う「花田」という有田焼焼きの店が在り、この店の経営にも、我が愚妻は甚大な協力をしています。
     〔答〕 藤ヶ丘 田園都市線 途中駅 ニコタマから先「半蔵門線」  鳥羽省三


(酒井景二朗))
    藤棚の下で莨をふかすのが贅澤だつた日を忘れない

 私が新米教師だった頃の同僚に、<A・H>という男がいた。
 この男が、ある時、私に向かって、こう言うのだ。
 「鳥羽さん。私が教師になっていちばん嬉しいのは、これからは、自分が稼いだお金で煙草が吸えることだ。煙草は大学生の頃から吸ってはいるが、これまでは、親父から送られて来たお金をちょろまかして吸っているような気がして、罪の意識に苛まれ、せっかくの煙草が、ちっとも美味しくなかったからね」と。
 その問い掛けに、私は答えるすべを知らなかった。
 何故なら、その男は、「我が県の教育の将来をリードするのは<A・H>だ」と、自他共に許す、自信満々のエリート教師であったからだ。
 私にしてみれば、「彼にして、この弁有り」という気持ちがしたからだ。
 あれから四十六年。
 私が定年退職してから九年余り経ち、<A・H>氏は教員生活を退いた後、どこかの団体に天下りをし、今春になって、その天下り先からも退いて、今は悠々自適の生活をしているらしい。
 鳩山内閣の手によって、煙草の価格が六百円にもなろうかと噂される今日。
 <A・H>氏は、今でも未だ、煙草を吸っているだろうか。
 私は、酒井景二朗さん作のこの歌を読んで、久しぶりに、私自身と<A・H>氏との新米教師時代のことを思い出した。
 昨年の秋、奥湯河原で、教師仲間の寄り合いがあり、私は久しぶりに<A・H>氏と出逢い、久闊を叙したが、彼は、追い詰められた溝鼠のような剥げ頭だった。
 私の頭髪は自他共に許すロマンス・グレー。
 この頃の私は、東京のさる芸能プロダクションに席を置き、テレビ・ドラマの殺され役として、極くたまには、皆さんの御宅の薄型画面にも、悶絶する私の姿が映ることでしょう。
     〔答〕 そのかみのエリート教師の剥げ頭 天網恢恢疎にして漏らさず  鳥羽省三 


(sora)
    飴色の籐のチェアの軋む音は黄昏時に半音上がる

 今回の<お題>は「藤」であって「籐」ではない。
 したがって、本作は、早晩、投稿条件を満たしていない、という理由で削除される運命にあるが、それはしては、この作品の上々の出来栄えが惜しまれる。
 因って、字数を費やして、干渉記事ならぬ観賞記事を書くことにする。

 実を申すと、我が家のリビングにも、目黒区柿の木坂の「マダムロタン」から買った籐製の円形テーブルと椅子三脚のリビングセットが置かれている。
 転居前の我が家は、今の寓居の五倍もの広さの戸建であったので、そのリビンクには、件のよりも三倍も大型の、椅子六客付きのリビングセットが置かれていた。
 これも亦、柿の木坂の「マダムロタン」から買ったものであるが、購入当時は、今と違って、輸入物をありがたがる時代だったから、購入価格は六十万円余りであった。
 でも、大きさが半端ではなく、転居先のリビングにはとても入り切らない、と分かっていたから、こちらのセットは、今回の転居に際して、生家を継ぐ兄夫婦に呉れてやってしまった。
 私が、いくら「呉れるから持って行け」と言ったって、せめて購入価格の十分の一くらいのお金を置いて行くのが、某運輸会社の専務にして、私の実兄たる者とその妻のエチケットではあろうと思われる。
 だが、ケチの上に「ど」がつくくらいの倹約家である兄夫婦は、無情にも、ビタ一文も置かずに、それを、自社のトラックにつけて自宅に運んで行った。
 兄夫婦の非常識憎さに、思わず脱線してしまったが、そういうわけで、我が家のリビングにも、一応、籐製のささやかなリビングセットは置かれているのだ。
 陶磁器を集めることを趣味としている、我が連れ合いは、そのテーブルの上に、常時、ヘレンドのティカップをセットして置き、自分の妹などが訪れた際は、それにハーブティなどを注いで出すことにしている。
 そうそう、ヘレンドのティカップと言えば、それを巡って、つい先日、面白いことがあった。
 私の長男は、今は大阪に単身赴任しているが、その連れ合いと娘二人が、田園都市線・溝の口駅から徒歩十分のマンションに居住している。
 私たち夫婦は、女三人だけの長男の留守宅の生活について、それなりの心配はしているのだが、先方の迷惑も考えて、留守宅訪問はなるべくしないようにしている。
 だが、先月半ばに、久しぶりに長男の留守宅を訪ねた。
 私にすれば、なるべく行きたくなかったのだが、「この頃、夢見が良くない。あの子たち(二人の孫娘)が、流行り風邪にでも罹っているのではないかしら。その事で、○子さん(長男の連れ合いの名)が、四苦八苦しているのではないかしら」などとしきりに言う、連れ合いの言葉に抗し切れなかったからだ。
 で、連れ合いの姉の家から送られて来た林檎をどっさりと持って、私と連れ合いとは、女たち三人の住まいに出掛けた。
 久しぶりとの挨拶を交わし、林檎と一緒に持って行ったケーキを食べ、長男の嫁が用意してくれていたナポリタンも食べ、孫娘たちが大好きなゲームも一緒にやって、「暮れるまでは、時間が未だかなりあるけど、そろそろお暇しようかな」と、私が言うと、連れ合いもOKの合図をしたので、私は座席を立った。すると連れ合いが嫁に声をかけた。
 「○子さん。私たち、まだ時間が早いから、帰宅前に、ニコタマのデパートを覗いてみようかしら、と思っているの。お暇でしたら、一緒に出掛けませんか。もしも、お忙しかったら、○乃ちゃん(長小学三年の長女)を借りていきたいわ。お父さんと二人だけでデパート歩きをしても、ちっとも面白くもおかしくもないから。帰りは、○子ちゃんを溝の口駅でタクシーに乗せるから心配ありませんよ」と。
 連れ合いの言葉が終わるや否や、「行く、行く。わたし、前々からニコタマのデパートに行きたいと思ってたんだ。帰りのタクシーはいいから。わたし一人で、駅前からバスに乗って帰るから心配しないで。その代わり、ニコタマのデパートで、美味しいお寿司を食べたいの。わたし、エンガワが大好きなの」と言って、○乃ちゃんが身を乗り出してきた。
 で、孫娘の○乃ちゃんを借りて、私たちは、ニコタマのデパートに行き、先ず、一等先にと、○乃ちゃんと一緒に特上寿司を食べて、それから、いつものようにデパート内の陶磁器売り場に足を運んだ。
 連れ合いがあれこれと吟味している間に、私と○乃ちゃんとは、売り場内のソファーに腰掛けて休んでいた。
 だが、ふと視線を移すと、ハンガリー製の磁器・ヘレンドを並べている一廓が眼に入った。
 そこで私は、○乃ちゃんと一緒に、そこに足を運んで、ざっと見渡した。
 すると、あるはあるは、そこに並んでいる食器の殆んどが、連れ合いが趣味で集めている、私の家の普段使いの食器・ヘレンドと同じものであった。
 そこで私は、「この店のヘレンドはたいしたことがないや。私の家では、これらと同じヘレンドを、普段使いの食器として使っているんだぞ。私の家で普段使いをしているヘレンドは、洋食器の最高級品なんだ」と、○乃ちゃんに少し自慢してみた。
 すると、○乃ちゃんは、「そんなことないわ。Uくん(私は、○乃ちゃん姉妹に、おじいちゃんとは呼ばせずに、Uくんと呼ばせている)ちのお茶碗が最高級品だなんて、そんなことないわ。わたしんちのお茶碗こそ最高級品よ。私たちが、学校とか幼稚園とかに行っている時、ママはよく、近所のお友だちを集めて、お茶するんだけども、その時使うティーカップは、最高級品だと、ママが言ってた。だから、そんなデタラメなこと言わないで。お寿司はごちそうになったけど、そんなデタラメなことを言う、Uくんは大嫌い」と言って、私の自慢話を耳に入れようともしないのだ。
 それから十日ほど経った、三連休の中日に、「出張の序でに帰宅してたから」と言って、○乃ちゃんを連れて、長男が寓居を訪れた。
 予めそのことを知っていたので、私は、食器棚からヘレンドのティカップだけを六客ほど選び出して、件の籐製の円形テーブルの上に並べて置いた。
 そして、大人げなくも、○乃ゃんに向かって、「どうだい、○乃ちゃん。Uくんちのヘレンドはいいだろう。Uくんちのヘレンドのティカップと、○乃ちゃんちのママのご自慢のティカップと、とちらが高級品だと思う。そして、どちらが、数多いと思う。どうだ、まいったか。」と言った。
 すると、負けず嫌いな○乃ちゃんは、「お茶碗はまあまあだけど、お茶碗を並べたテーブルが良くない。飴色に染まっていて、おんぼろみたい。こんな、ママのと同じくらい高級品のティカップを、こんなおんぼろで汚らしいテーブルに並べて置くなんて、Uくんのセンスは最悪!」と言ったきり、その後は、<うん>でも<すん>でもないのだ。
 またまた、横道に入ってしまい、何がなんだか解らなくなったが、話を本筋に戻そう。
 真夜中になると、そのリビングセツトの椅子が泣き出すのだよ。
 ○乃ちゃんに嫌われた、件のリビングセツトの椅子が、ギューとか、キューとか言って、泣き出すのだよ。
 眠れぬまま、寝室の隣りのリビングルームから聞こえて来る、籐椅子たちの泣き声に耳を傾けている、私の心境は複雑だ。
 籐椅子たちは私に、「お前は、わたしたちの仲間を、あのドケチの兄夫婦たちに呉れてやったのだな。この恨みは一生忘れないぞ」と、訴え掛けているようにも思われるし、また、「わたしたちは、いささか齢を取り過ぎてしまったから、お前たちを掛けさせるのが重いのだよ。特に、お前の連れ合いの尻を乗せた時の辛さには、耐えられないのだよ」と語り掛けているようにも思われる。
 泣き声は、日によって違うが、濁ってギューと泣くのは、昼間、雨が降った日が多く、キューと泣くのは、昼間、晴れていた日が多いから、これは気圧の関係だろうか。
     〔答〕 黄昏の飴色椅子の泣き声は、天気によって、キューともギューとも  鳥羽省三 
         飴色の籐製椅子の泣き声に耳を傾けものをこそ思へ            同         

(佐原みつる)
    藤棚の道を歩いて来たことも回り道だと言われてしまうか

 動作主が、「藤棚の道を歩いて来た」のは何故だろうか?
その謎を解くために先ず考えるべきなのは、その「藤棚の道」の在る辺りが、どういう地域であるかということである。
 仮にそこが、アフガニスタンのタリバン出没地帯であるとしたならば、、それ(藤棚の道)以外の道を歩いて来たら、誘拐の憂き目に遇う危険性があると思ったからだろう。
 仮にそこが、タイとカンボジアとの国境紛争地帯であるとしたならば、それ以外の道を歩いて来たら、地雷原に踏み込んでしまう危険性があると思ったからだろう。
 仮にそこが、フランスのパリーであるとしたならば、それ以外の道を浮き浮きしながら歩いていたりすると、パリー名物の犬のウンチを踏んでしまいかねないと思ったからであろう。
 仮にそこが、鳥羽省三んちの庭だったりすると、「俺んちに来たら、必ず藤棚の下の道を歩け。それ以外の道を歩いたら罰金・百万円」と言われると思ったからであろう。
 でも、其処まで考えた結果、それ以外の方法は無いと判断して、「藤棚の道を歩いて来た」としても、誰かから、「(藤棚の道は、)回り道だと言われてしまうか」も知れないし、また、「藤棚の道を歩いて来た」としても、それらの危害に遇わないとも限らない。
 だから、人生は決断が肝心。
 他人が何と言おうとも、自分の気持ちが大事なのだ。
     〔答〕 藤棚の下道行こうと行くまいと僕の勝手だ文句言わさぬ  鳥羽省三


(珠弾)
    飛び加藤 大政小政 坊や哲 長く生きてりゃ見知り置く名も

 「飛び加藤」「大政小政」「坊や哲」の三人、四人は、いずれも、本作の作者<珠弾>氏、お気に入りの小説の登場人物の通り名であろう。
 「長く生きてりゃ見知り置く名も」忘れて、作者の知人の何方かがお亡くなりになった、と言うのでありましょうか?
 それかあらぬかは判らないが、評者は一時期、阿佐田哲也氏の麻雀小説『麻雀放浪記』に熱中したので、「坊や哲」の名が登場する、本作に魅力を感じた。
     〔答〕 <飛び加藤>またの名<加藤段蔵>は戦国の世の一匹狼  鳥羽省三


(笹本奈緒)
    歯を見せて笑う重役 どの顔も山藤章二の似顔絵のよう

 笹本さんの仰る通りです。
 会社の業績が上がったと言っては笑い、下がったと言っても笑い、窓際の誰かが退職したと言っても笑い、官僚の誰かが我が社に天下りして来ると言っても、「山藤章二の似顔絵のよう」に、「歯を見せて」笑ってばかり居る、彼ら重役どもの笑顔につける薬はない。
     〔答〕 このビルは山藤商事の社屋です。笑ってばかりの重役が居る。  鳥羽省三


(穂ノ木芽央)
    貴女には相応しくなし冷静と情熱配分たがへし藤色

 「藤色」が「冷静」と「情熱」との配分を間違った色である、との作者のご主張には納得が行く。
 しかし、そんな色である「藤色」は、「貴女には相応しくなし」と断じる、作者と、作者からそのように断定される人物のイメージが、私にはイマイチ湧かない。
 湧きそうでイマイチ湧かないところが、本作の魅力であろうか。
     〔答〕 ご婦人の紫色の頭髪を見る時われは哀しと思う  鳥羽省三


(今泉洋子)
    老いること嘆かないでね藤色のヘアーカラーが似合つていますよ

 前掲作の文意に反するが、広い世の中には、「藤色のヘアーカラーが似合つて」いるご夫人もいらっしゃるのでしょうね。
     〔答〕 だとすれば、老いは嘆くに値せぬ 我も染めなむ胡麻塩頭  鳥羽省三
 

(お気楽堂)
    歳三の実務能力頼みとはいえど近藤勇の人望

 生き延びて五稜郭まで行った、彼・土方歳三の境涯に、時折り私は茫然とします。
     〔答〕 新撰組・鬼副長の歳三の胸に浮かんだ豊多摩(とよたま)の日々  鳥羽省三 


(桑原憂太郎)
    1組の藤田に指導を入れたあと2組の藤田に謝罪を入れる

 本作の作者<桑原憂太郎>氏は、我が同業者。
 その気持ち、解る、解る、解る。
 「指導を入れたあと」に「謝罪を入れ」なければならないことへの侘しさ空しさは、当事者以外には、到底解り得ないものではあろうが、「謝罪を入れる」のが「指導を入れたあと」の出来事だから、本件は、歌材となり得るのだ、とも言い得る。
     〔答〕 三組の麻生を落第させたとて県教委からお目玉喰らう  鳥羽省三


(岡本雅哉)
    江ノ電に藤沢駅で乗り換えて海に行くふりだけはしてみた

 「ふりだけはしてみた」が効いている。
 動作主は、小田急で箱根に行こうとした。たまの休みだから、温泉にでも浸かって、体をゆっくり休めようと思ったからである。
 ところが、そうは問屋が卸さない。
 相模大野駅で、飛びっきりの美人ながら、社内一のうるさ型の同僚・南野園子さんが動作主の乗っている車両に乗って来たからだ。
 彼女は、彼のことを、「彼こそ真の海の男だ」と勝手に思っていて、密かに彼を尊敬し、思慕の情をも寄せている様子である、とは、社内の専らの噂でもある。
 そして、彼も亦、彼女に好意を持っている。
 そこで、彼は、<ふりだけ>ではなく、結局は江ノ電に乗ってしまった、が、実は、
     〔答〕 江ノ電に藤沢駅で乗り換えて鎌倉大仏拝んで帰る  鳥羽省三


(キヨ)
    藤井寺出身の子がやってきて「そこにおじゅの?」とのらねこを呼ぶ

 「おじゅの」は、藤井寺地方の方言だろうか。
 だとすれば、本作はなかなかの傑作。
     〔答〕 滋賀出身の男来て「未だ居くさる」とオバマ氏を指し言う  鳥羽省三 
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

ありがとうございます。

はじめまして、南葦太と申しますチンケな野郎でございます。

こんな歌を取り上げて頂いて恐縮なのですが。
前提として「思わず反応してしまうネタ」というのがありまして、ちょっと考えたら反論ができてしまう、というのがこの歌のコンセプトだったりします。要は、その「ちょっと考える」をさせた時点で勝ち、という。これをまともな短歌という括りで評価するのもアレだなぁ、と思いつつ、他にまともなものが思いつかなかった苦肉の策だったんですが。
目論見どおりといえばそのとおりではありますが、卑怯なワザだな、と。今度はもっとまともな歌で取り上げて頂けるよう精進したいと思います。今年は既に終わってしまったので、来年こそ。

それでは。失礼しました。

ありがとうございます

  鳥羽省三様

 採りあげていただき、感謝申しあげます。
あと少し走らないと完走しないので、元気をいただきました。

寿命の差があるにしても、時間だけは平等にすぎていくのに、年だからと悔やむご婦人を先日まのあたりにみたときに出来た歌です。

話はかわりますが、藤色のヘヤーカラーというと、歌人の宮英子さんもお似合いでした。今は、白くされていますが、とても前向きで、去年は歌会始めの召人を立派につとめられました。あんな風に齢を重ねていけたらとおもいます。

 寒くなりましたので、鳥羽さまくれぐれもお身体を大切にお過ごしくださいませ。

No title

こんばんは
いつも選んでいただきまして、ありがとうございます

とは言えど、それよりもっと困るのは、ご家族写真の賀状の始末  鳥羽省三

たしかに。捨てにくいですよね。
僕は躊躇なく捨ててますけどね。(^_^;

麦太朗

No title

とりあげてくださいまして、ありがとうございます。
わたしは左ききのせいか、右と左の判別がにがてです・・・。

>とは言えど、それよりもっと困るのは、ご家族写真の賀状の始末  鳥羽省三

子供が大人になっても続くものは、なかなかいいんですけどね・・・。
もっと困るのは、新郎新婦の写真入りの食器の引き出物でしょうか。(ちょうど、きのうそんな話を子としていました)

ありがとうございます

はじめまして、お気楽堂です。
拙歌を取り上げていただき恐縮です。
この歌にはあまり反応はないと思っていたのでなおさらでした。
すてきな返歌までいただき、ありがとうございます。
市村鉄之助に写真を託した時には、多摩を思い出していたかもしれませんね。

それにしてもすごい鑑賞ですね。量もペースもすごい。
私は2009年版は大分先になりそうです。先にじっくり読んでしまうと影響されそうなので^^;、もう少し経ってからゆっくり読みに来ます。

ありがとうございます

はじめまして。

ドサ健や坊や哲のことを思い出さなくなって久しい珠弾です。

夢の巷で行き会ったとしてもドサ健だとは知らずにすぎてしまうでしょう(哲に同化した夢をしばらく見ない)。

コメントありがとうございました。

はじめまして。キヨと申します。
私の歌を取り上げてくださってありがとうございます。
「おじゅの?」は正確に関西弁というよりは、どちらかというと幼児言葉かと思います(私も関西出身ではないので正確にわからないのですが……

傑作とまで言っていただけて、もったいないお言葉です。返歌もありがとうございました。

遅くなりましたが

とりあげていただきありがとうございます。
もともと「藤」については、某文豪作品のヒロインをもとネタにして考えましたものであります。
いつものように企画倒れに終わっていますが。。。。
なので
>湧きそうでイマイチ湧かない
のは至極ごもっともなわけなのです。

おかえりなさい……。

鳥羽さん、こんにちは!

ご入院されていらっしゃったとのことで、ふたたびこのブログの更新が始まって安心しております。ぜひとも、数多の歌を切りまくることで元気を湧かせてほしいと思っております。憎まれっ子世に……なんていいますし。

それにしては、今回の拙歌に対するコメントは、なにやら“好意をもっている”“ふりはしてみた”っていう感じでしょうか……やさしすぎます(笑)

いやたぶん、“鎌倉大仏”から与謝野晶子の“かまくらや~”の歌を想像させるための記事だったんでしょう?

と、単なる復帰おめでとうコメントではないふりはしてみた。
プロフィール

鳥羽省三

Author:鳥羽省三
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。