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一首を切り裂く(027:既)

(庭鳥)
   手作りが既製品より安い国旅した日から捨てられず、モノ

 庭鳥さんはご存じないであろうが、私の記憶では、我が国もつい最近まで、工業製品たる「既製品」より手作りの品物が安い国であった。
 例えば、農家のお年寄りが冬の手仕事として半日がかりで作った藁沓が八十円。工業製品である、月星印のゴム長靴が五百円前後で販売されていた時代の話である。
 昨年の夏、私は、東北地方を自動車で旅行したが、その途中、岩手県のある町の道の駅に立ち寄ったところ、私が小学生の頃、私の父が作って、学童を持つ近所の非農家の人にわずか八十円で頒けてやっていた藁沓よりも格段に見栄えのしない藁沓が、伝統工芸品という名目で、五千二百五十円で売られていた。
 売り子さんの説明によると、藁沓そのものの価格は五千円で、あとの二百五十円は消費税だそうだ。
 この売り子さんのお話を聴いた時、私は今さらながら、父を失ったことが恨めしく思った。何故なら、私の父は、藁細工の名人で、他所の家のお年寄りが一日に二足しか作れない藁沓を、一日に四足も五足も作ることが出来たからである。
 父の作った藁沓が、仮に、一足五千円で売れて行ったとしたら、一日、五足作って、我が家の日収は二万五千円。その頃のサラリーマンの初任給は五千円以下であっただろうから、我が家は、町内一、いや、県内一の大金持ちになっていただろう。(笑い)
 観賞対象とする作品が本作一首なのに気を許して、思わず馬鹿話をしてしまったが、推してみるに、庭鳥さんは私よりはお年がかなりお若く、今ならば、一足、五千円以上で販売されている藁沓が、ゴム長靴の六分の一以下の値段で売り買いされていた時代のこと、手作り品の価値が工業製品よりもずっと低く見られていた我が国のことをご存じないのであろう。
 お題「既」を詠んでの投稿作品が百二十首。
 「題詠2009」の参加者の方々も、歌詠みに疲労困憊疲されてしまったご様子で、「これは!」といった感じで、私が飛びついて行くような作品は見受けられない。
 そうした中に在って、私がこの作品を選び、それに事寄せて思い出話に耽っているのは、単なる、昔懐かしさからであろうか。
 それはどうでも、消費が美徳とされ、人間が「モノ」を大切にしなくなってから久しい。
    〔答〕 その昔八十円の藁沓が今は五千二百五十円 
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