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一首を切り裂く(026:コンビニ)

(jonny)
   コンビニにおでんのにおい立ち込めてチョコもアイスもおでんのにおい

 熱々のおでんはコンビニの売れ筋商品なのだそうだ。
 だから、冬のコンビニに入ると、狭い店内いっぱいに醤油味の「おでんのにおい」が「立ち込めて」いて、「チョコ」や「アイス」などのおでん以外の商品の匂いが個性の強いおでんのにおいに消されてしまっている。
 コンビニのそうした様子を目と鼻でよく観察し、同じコンビニを題材にしながらも、個性的かつユーモアに富んだ一首を為し得たのは、作者<jonny>さんの不断の努力の賜物である。
 「チョコもアイスもおでんのにおい 」という、下の句のひねりがよく効いている。
    〔答〕 コンビニの隣りが露天の魚屋でチョコもアイスも魚のにおい


(ぽたぽん)
   「今きみの家の近くのコンビニに着いたよ。なにか欲しいものはある?」

 口語で書かれた会話文を短歌作品と看做せるかどうかの基準の一つは、定型と韻律であろうと私は思っている。
 短歌として示された会話体の文章が、五七五七七の定型の枠に収まり、韻律を持っていれば、それは短歌、そうでなければ短歌ではない、と私は認定したいのである。
 私のそうした認定方法は、かなり乱暴な方法ではあろうが、今の私は、その線から一歩も退こうとは思わない。
 そういった私の考え方からすると、本作の五句目「欲しいものはある」の字余りはあまりにも惜しまれる。
 これを含んだ一文は、「なにか欲しいものはある?」とするよりも、「なにか欲しいものある?」とした方が、会話文としては一般的なのではないだろうか。
 それを、そうせずに、杓子定規に、題目語には、助詞「は」が付く、という法則を杓子定規に捉え田結果、この魅力的な口語会話体の作品のニ文目を、「なにか欲しいものはある」とすることによって、韻律と定型という大きな味方を失ってしまったのは、明らかに作者の不勉強、詰めの甘さによる。
    〔答〕 「いま君の投稿作にケチつけた。何か文句が御ありですかな。」


(ひいらぎ)
   待ち合わせ場所はコンビニだったよね友情抜け出し恋に落ちた日

 内容の軽さ、もっと端的に言うと、社会性や批評性がこれっぽちも無い点に於いては、本作は、直前
の<ぽたぽん>さんの作品と同列に置いていいが、私が本作を是とし、前作を否とする理由は、定型を遵守する姿勢と韻律の有無に拠るのである。
 「待ち合わせ」「場所はコンビニ」「だったよね」「友情抜け出し」「恋に落ちた日」と、本作の作者の<ひいらぎ>さんは、いつもいつも、「五」「七」「五」「七」「七」と、指を折って数えるようにして短歌を作っている。
 こうした謙虚な姿勢で詠んでいる間に、今はまだ往年の日活の青春映画程度のものでしかない、<ひいらぎ短歌ワールド>の領域はどんどん広がり、その中味も次第に深化して行くことであろう。
    〔答〕 打ち合はせ場所もこのコンビニにせむ君と僕との熟年離婚 


(梅田啓子) (今日のうた)
   野のなかのコンビニの灯(ひ)に集ひ来る蚊・蛾・虻・蜘蛛・物の怪たちが

 近頃のコンビニは、土地代の関係なのか、自動車社会を反映してなのか、日中さえ人通りの少ない、原野の中の一本道の畔に建っていたりする。
 そんなコンビニでも、灯りを煌々と灯して深夜営業している。
 コンビニの灯りは誘蛾灯の役割りも果たすから、そこには、蛾を初め、「蚊・蛾・虻・蜘蛛」などが集まり、時には、隣接する墓場や洞穴から、幽霊や「物の怪たちが」も集まって来るかも知れない。
 この作品の面白さは、初句から四句目までに、「野のなかのコンビニの灯に集ひ来る蚊・蛾・虻・蜘蛛」と、「野の中のコンビニ」の夜景を活写しながら、五句目に「(集ひ来る)物の怪たちが」という五句を付け加えることによって、単なる叙景歌であることから脱して、現代社会の風俗への批判の目を向けていることである。
 即ち、夜の「野の中のコンビニの灯に」誘われて「集ひ来る」人々は、作者の考え方からすると、まさしく 「物の怪たち」に他ならなく、作者は、人生の目標も生き甲斐も喪失してしまったかのように見受けられる、そうした人々に対して、冷たく厳しいを目を向けると同時に、少なからぬ愛情をも感じているのであろう。
 「題詠2009」も四半分を過ぎて、参加者たちの多くは、中弛み状態に陥ったかの如く私には思われる。そうした中にあって、梅田啓子さんのこの健闘ぶりは賞賛に値する。
 梅田啓子さんの投稿歌百首の中から、秀歌十首を選ぶのは、私にとってかなり難しい作業ではあるが、この作品こそは、間違いなくその中にしかるべき位置を占める作品であろう。
    〔答〕 街中の墓場にも似たサンクスの灯りに群れる若き亡者ら
 

(久哲)
   美しい実として尻を映すのみコンビニエンスストアの床は

 痴漢的発想に立っての作品。
 今の久哲さんにとっては、歌に詠んではならない言葉も風景も無い。
 狭いコンビニエンスストアの床面は、パートタイマー店員の手によって、鏡面の如くピカピカに磨かれている。
 その鏡の如き床面に、女性客の尻が映るのを、「美しい実(=餌食)」として眺めている人物が居るのだ。
 その人物とは、本作の作者・久哲さんその人と言ってもいい作中の<わたし>。
 彼は、女性の敵。人類の敵なのだ。
    〔答〕 梅田作の「物の怪たち」の一人なる久哲さんは今宵もお出まし


(ことり)
   コンビニはさびしき魚礁仄白く発光すればウミユリが揺れる

 「コンビニはさびしき漁礁」という上の句は秀逸。
 「仄白く発光すればウミユリが揺れる 」という下の句にやや難有り。
 そこで、私なら、こうする。
    〔答〕 コンビニはさびしき漁礁ほの白き光に揺れてウミユリが咲く 
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尻私欲

痴漢と言うよりも
「コンビニエンスストア」と十音使って、いかに一首を
立てるか苦労した作なので、拾っていただけて感謝
いたします。

実は今を去ること6年ほど前
O井さんとお話する機会がございまして。
(あそこの同人では無いので、先生とは言わん)

「何詠んでもいいよぉ」(ニカッ:笑い)

と言われたので、それ以降もそれ以前も僕に
禁忌はございません。ただ、少し「死、愛、恋」は詠み辛い
かなとは思いますが・・・

それでは、次がいかなごでした。

No title

こんばんは。

またまた取り上げて頂きありがとうございます。
いつもと違って肯定して頂いているので、
妙に違和感を感じてしまっています…(笑)
「ひいらぎ短歌ワールド」と名付けて頂いて嬉しいです。
そうなんです!
いつも、五七五七七、守るようにしてるんです。
どうも字余りとか気になって気になって。

中身が次第に深化していくように頑張りますv-222

ありがとうございます。

「チョコのアイスも」は「ノートもコンドームも」に
しようかと思ったのですが、やはり食べ物がいいかと
思い、こっちを選びました。
おでんとタバコはコンビニで売ってほしくないものの
トップツーです。
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