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一首を切り裂く(024:天ぷら)

(西中眞二郎)
   遠き縁の葬儀の帰路の空港で湿りけ多き天ぷらを食う

 初句を「遠き縁の」と、字余りにしたのは何故だろうか。
 凡百の作者ならば、単なる手抜きとも考えられるが、作者が西中さんとあっては、それなりの理由があってのことに違いない。
 「遠き縁の」の「縁」は、「えにし」と読むのだろうか。もしそうならば、初句は七音となる。
 「湿りけ多き天ぷら」が効いている、と言うか、むしろ、効き過ぎの感もある。
    〔答〕 北極回りロンドン行きのアンカレッジで饂飩食ひにき砂噛む如く 


(小早川忠義)
   どんぶりの蕎麦の上なる天ぷらにつゆのしむるを待つ夕まぐれ

 作中の<わたし>は年金生活者と思われる。
 二人の息子がそれぞれ伴侶を得てこの家から巣立って行ったので、現在、彼は奥方と二人暮しである。
 その奥方が、かつての同級生たちと温泉泊まりのグルメ旅行に出掛けた。
 そこで、彼は自分一人の侘しい夕食をと、行きつけの蕎麦屋に電話し、天麩羅蕎麦を出前させた。  『断腸亭日乗』から抜き出したような作品。
 ところで、四句目「つゆのしむるを」の「しむる」は、「しみる」としなければならない。文語動詞「滲む」は四段活用であり、完了の助動詞「り」が四段活用の動詞に接続する時は、その未然形に接続するからである。
 短歌形式で閑寂の境地をよく詠み得ている作品だけに、こうした些細なミスが惜しまれる。
    〔答〕 睦月尽天麩羅蕎麦を伊勢屋にて仲居の口唇げに生々し


(森山あかり)
   息子たち結婚したら知るだろう野菜ばかりが天ぷらじゃない

 西中眞二朗さんの作品を読み、小早川忠義さんの作品を読んだ後、森山あかりさんの作品を読む。
 老練の男性・お二方の作品と、森山あかりさんの作品とでは作風が異なるし、失礼を承知で申せば、作品の完成度にもかなりの隔たりがあるかとも思われる。
 しかし私はいま、お題「天ぷら」に寄せられた数々の作品の中から、稚拙としか申しようの無い森山あかりさんの作品を選び出し、観賞しようとしている。
 こうした私の行動は、一見、不可解ではある。
 だが、私は、結局のところ、森山あかりさんの作品が好きなのである。その発想や内容ばかりでなく、その稚拙な言葉の運びをも含めて、森山あかりさんの短歌の持っている何かに、私は魅せられてしまうのである。
 非難でもない、賞賛でもない、森山短歌へのこうした感想は、本作を観賞するに当たって初めて抱いたものでは無く、かなり以前から抱いていた。
 お題「煮」に、森山さんが、「話し終え靄がかかった夕暮れをやり過ごすためシチュー煮てみる」という作品をお寄せになり、それを私が巻頭に選んで観賞したが、その時期よりももっともっと前から抱いていた感想なのである。
 作中の<わたし>は四十代半ばの主婦であろうか。
 彼女は、決して裕福とは言えない農家の娘として生まれたが、幸いご両親に愛されて成長した。
 しかし、片田舎の農家の食事の常、毎日三度の食事のおかずは自家産の野菜料理が中心で、例えば、夕食の定番の天麩羅の具材は、人参、玉葱、ピーマン、隠元、サツマイモ、大葉といった野菜ばかり。稀に野菜以外の天麩羅に出会えたとしても、それは魚肉ソーセージとか烏賊とか鶏肉ぐらいのものであった。
 その彼女が結婚生活に入り、二人の息子にも恵まれた。だが、愛する息子たちのために彼女が揚げる天麩羅は、相変わらず、母親ゆずりの野菜天麩羅。
 格別に貧しいからそうしているわけではない。彼女自身、野菜天麩羅が好きだから、ご主人も、息子二人も、彼女の揚げる野菜天麩羅を美味しい美味しいと言って食べるから、そうしているのである。
 だが、今はこのままでいいが、やがて、それぞれに良き伴侶を見つけて、この家から巣立って行くはずの息子たちに、彼女は、こう言って教えたいのだ。
 「息子たちよ。私の愛する息子たちよ。あなたたちは、私の上げた野菜尽くしの天麩羅をよく食べてくれるね。美味しい美味しいと言って、よく食べてくれるね。だが、この世の中の天麩羅の全てが、野菜天麩羅というわけではないのだ。あなたたちはこれから、すばらしい女性にめぐり合って、この家を出て、その女性と一緒に新しい家庭を持つに違いない。そうした時、その女性たちは、天麩羅が大好物のあなたたちのために、天麩羅を揚げてくれるだろう。その天麩羅の具材は、この母が揚げて、あなたたちに食べさせていた、野菜もあるだろうが、田舎育ちで質素な生活に慣れた私が、あなたたちに一度も食べさせたことの無い、大きな海老や新鮮な江戸前の鯊や鱚や穴子といった魚類もあるに違いない。この母の揚げたサツマイモの天麩羅も美味しかっただろうが、あなたたちのお嫁さんが、あなたたちのために揚げてくれる海老や穴子の天麩羅は、もっともっと美味しいに違いない。だから、その日を楽しみに勉強に励みなさい」と。
 おっと、失礼。「勉強に励みなさい」は余分だったか?
    〔答〕 お刺身はいつもマグロの大トロと決まっていない鳥羽省三よ


(ことり)    
   天ぷらを白いご飯にのっけたら天丼だって信じてたのに

 なーんだ、<ことり>さんと<森山あかり>さんとは姉妹だったのか。
 作風から推すと、森山さんが姉さんで、ことりさんが妹さんなのだろう。
 「天ぷらを白いご飯にのっけたら天丼だって信じてたのに」と言っているところから判断すると、ことりさんは、南魚沼産のこしひかりを炊いたご飯の上に、江戸前の特大海老を揚げて作った海老天を三尾も乗っけて、秘伝の天汁をたっぷりとかけた天丼を食べたことがないに違いない。
 そうした質素なところは、姉さんとそっくりで、私にはとても好感が持てるのだ。
 それに、消費時代であり、飽食時代でもある今日、「(野菜の)天ぷらを白いご飯にのっけたら天丼だって信じてたのに 」と言う女性も珍しいけど、現代社会に於いて最も期待され、最も要請される人間像は、そうした素朴な発想と質素な生活体験の持ち主なのかも知れない。
 がんばれ、がんばれ、野菜てんぷら姉妹。鳥羽省三は、野菜てんぷら姉妹を応援しているぞ。
    〔答〕 トロ鮭とイクラを乗っけたどんぶりが親子丼だと僕信じてた


(ひいらぎ)
   天ぷらにするなら海老が一番で食べる相手は君が一番

 作中の「君」とは誰か? 次の①~⑤の人物の中から、作中の<わたし=ひいらぎさん>が海老天を食する時の相手として最適な人物を一人選べ。
 
   ① 草剛   ② 中居正広   ③ 木村拓哉    ④ 稲垣吾郎   ⑤ 香取慎吾
    〔答〕 敢えて言えば<草剛> と言いたいが実の所は正解が無い
        スマップの草剛はころも脱ぎ海老天麩羅はころも脱がない


(久哲)
   天ぷらの油の温度読む指よ今はわたしに触れてください

 学生時代から通い慣れた、神保町の天麩羅定食の店「いもや」の板さんは、百八十度に熱した天麩羅油の中に指を入れて平気な顔をしている。
 適温かどうかを調べるためにそうするのかと思っていたら、実用的な意味はなく、来客に見せびらかしたくてそうするのだそうだ。一種の職業病か性癖とでも考えなければならない。
 本作の上の句に、「天ぷらの油の温度読む指よ」とあるが、その「指」の持ち主はどなたであろうか。
 また、そのどなたかは、「天ぷらの油の温度読む」ために、一体、何度℃の油に指を入れるのだろうか。
 温度はともかくとして、その「指」の所有者は、あの気色悪い水原紫苑よりは三百倍も美人だという、久哲夫人であろうか?
 もし、そうならば、それは極めて危険。「いもや」の板さんでも無い、素人の久哲夫人が、そういう挙に出でるのは極めて危険。第一、そんな性癖を持った女性と同衾していたら、大事なところをちょん切られて、天麩羅にされてしまうよ。
 だから、「今はわたしに触れてください」などと、馬鹿げたことを言っていないで、奥方のそうした危険で奇矯な行為を即刻止めさせなさい。
 さもなくば、異能の歌人・久哲さんは、自殺幇助罪で「タイホになるのだぞ!」と、天才バカボンに登場するお巡りさんは言っている。
    〔答〕 久哲の機嫌の良し悪し読むためにくちびる突き出す久哲夫人
 これなら、夫婦円満で宜しい。久哲さんも、奥方の可愛い唇を、思いっ切り吸って吸って吸いまくりなさい。


(水口涼子)
   天ぷらの油吸い取るためだけに白い和紙折り竹籠に敷く

 本作の作者・水口涼子さんに告ぐ。
 天麩羅を盛る器としての「竹籠に」「白い和紙を折り」「敷く」のは、何も、「天ぷらの油」を「吸い取るためだけに」するのではない。
 そのためにするのでもあるが、何よりも、そうすることによって、原価数十円の天麩羅に付加価値が付き、数百円、数千円、場合によっては、数万円で売り付けることが出来るからそうするのである。
 それともう一つ、あの<白い紙>は、何も「和紙」である必要は無い。多くの天麩羅屋では、書道練習用のパルプ半紙。和紙に似ているが、実は低価格の洋紙を使っているのである。
 因みに申すと、我が家の奥方は、天麩羅を揚げる前に、私の部屋にそっとに入って来て、パソコン用品の棚から、PPC洋紙を数枚引き抜いて行く。
    〔答〕 晩菜は天麩羅五品の盛り合わせ。印刷用紙を五枚下さい。


(花夢)
   天ぷらを揚げてるときのジュッという音を残して記憶が消える

 格助詞「の」の用法として誰にでも知られ、短歌表現などにも頻繁に用いられるのは、連体格用法と主格用法の「の」であるが、その他に、歌人として是非知っておかなければならないのは、「さ夜更けに咲きて散るとふ稗草のひそやかにして秋さりぬらむ」という長塚節の歌に用いられている「の」、即ち<比喩の用法>の「の」である。この「の」は、これ一語だけで「~のように」の意味があり、前掲の花夢さんの作品中の「の」が、この用法の「の」であるとすると、この作品は、「天ぷらを揚げているとき(ジュッという音がするが、そのときの)のように、ジュッという音を残して、(わたしの)記憶が消える」と解釈される。
 作者・花夢さんは、格助詞「の」のこうした働きを十分に意識して、この作品を創作されたと思われる。
    〔答〕 スマップの草剛の泥酔し丹下左禅の大立ち回り
 
 〔クイズ〕 上記「スマップの~」という短歌中に用いられている三つの「の」のうち、<比喩の用法>の「の」、及び、<主格用法>の「の」は、それぞれどれでしょうか? 三十秒以内に答えなさい。


(新田瑛)
   天ぷらの衣ぐらいの確かさで剥がれずにいる君への想い

 名人上手の揚げた天麩羅の衣は、口に入れるとパリッとした触感がありながら、舌に乗せるとトロリと溶けるそうだ。
 また、天汁に漬けたぐらいでは具から離れないが、具の持つ、色彩や風味を殺しているわけではないそうだ。
 本作中の<わたし>が、作中の「君」に抱いている「想い」の「確かさ」は、名人上手の揚げた「天ぷらの衣ぐらい」の「確かさ」なのである。
 つまり、本作の作者・新田瑛さんとイコールの関係にある、作中の<わたし>は、作中の「君」の持ち味を生かし、「君」の足手纏いにならないように十分に注意しながら、「君への想い」を保持している、ということになる。
 評者・鳥羽は、このカップルに別離の危機が訪れることは永久に無いと判断する。
    〔答〕 お向かいの惣菜店の掻き揚げは揚がる前からばらけているよ


(マトイテイ)
   揚げたての厚めの衣に隠されて天ぷらなんて信用できない

 一流料亭の板前さんの揚げた天麩羅の衣は、薄からず、厚からず、それぞれの具の持つ風味や色彩を隠さず殺さずといった、程好い厚さなのである。
 したがって、江戸前火消し料理専門店<纏亭>のオーナーである<マトイテイ>さんが、「揚げたての厚めの衣に隠されて天ぷらなんて信用できない 」と思っているとしたら、あなたのお店の板前が、仕事に手抜きをしているのである。
 そうした不埒な板前の揚げた天麩羅をお客に食わせたら、創業三百年の歴史を持つ老舗<纏亭>の信用に関わる。その板前を、即刻、首にしたまえ。
    〔答〕 脱ぎたての草剛のシンボルは擦らないのにピンピンしてた  


(伊藤夏人)
   それとなく例えば天ぷら蕎麦の海老一尾あなたにそっとあげるの

 <海老で鯛を釣る>とはこのこと。伊藤納豆に粘られたら、どんなに固い女も結局陥落。あのねばねば地獄に落ちてしまうのだろう。
 女性を陥落させる手管にもいろいろあるだろうが、
    〔答〕 それとなく例えば一顆の檸檬など彼女のバックに忍ばせてみよ 


(日向弥佳)
   おだやかな晴天ぷらぷら散歩する君と並んで土手沿い歩く

 空が真っ青でも強風が吹いていたら「晴天」とは言えない。したがって、「おだやかな晴天」という言い方は、過剰表現、無駄な表現である。
 本作の作者・日向弥佳さんは、お題外しを狙っているようだが、まだまだ、その域に達していない。
 お題を「天ぷら」と知り、「晴天ぷらぷら」という語句の運びに気が付いた時、「してやったり」と思ったのであろうが、これでは脇が甘すぎる
 お題外しを試みようとしている者は、先ず、お題をまともに受けた佳作を二、三首作ってみる。そして、それから、お題をさらりと外した気の利いた作品を作るのである。
    〔答〕 本日は晴天ぷらぷら出歩こう君と手つなぎ麻布辺りを
        そのかみの天ぷら学生Mくんが今は銀座の天麩羅店主
 銀座の老舗・天麩羅屋と言えば、あの店とあの店。そのうちの一つの店の現在の店主が、碌々勉強もせず、某大学に席を置いていたということは、知る人ぞ知るお話。


(磯野カヅオ)
   憂き事に天ぷら喉を通らざり 空を仰いで春雨を食ふ

 「天ぷら」が「喉を通ら」ないのに、「春雨を食ふ」ことが出来るのは何故だろうか?
 その理由を、本作の初句「憂き事に」及び、四句目「空を仰いで」を手掛かりにしながら、短歌形式(三十一音)で述べよ。
    〔答〕 天ぷらは油っこいから食べられぬ春雨サラダは油っこくない
        と言うのは、磯野カヅオ氏胃弱にて油っこいもの摂食禁止


(ほたる)
   てんぷらの油のはねた手の甲の小さな痕を撫でられている

 作中の<わたし>とイコールの関係にある、本作の作者の<ほたる>さんは、ご主人にべた惚れ。
 ご主人はまた名代のテクニシャンだから、そこの辺りをよく心得ていて、彼女の痛かろうところを目ざとく探し出して、撫でたり摩ったりしてくれる。
 因みに言うと、昨晩、ほたるさんのご主人は、奥さんの輝くお尻を、「ここがイタイタするんだろう。ここがイタイタなんだろう。イタイのイタイの、鳥羽省三に飛んで行け」などと囁きながら、一晩中、摩っていた。
    〔答〕 奥さんの火傷の跡を摩っても自分の手の皮減るものでなし


(nnote)
   アカシアの天ぷら揚がる春に病む君を連れ出すための口実

 「(アカシアの花の咲く)春に病む君を(病室の外に)連れ出すための口実」は、どんな内容だろうか、といろいろ考えてしまった。
 その結果、作中の<わたし>が、作中の「君」に話し掛ける内容として、次のようにセリフを考えてみた。
 「今日の昼ね。君がすやすやと眠っていたから、僕つまらなくなって、散歩に行ったの。そしたらね。そしたら、公園のアカシアの花が、真っ盛りだったの。でも、誰も見ていないから、僕その花を二房失敬して来ちゃった。だって、アカシアの花って、天麩羅にして食べると、とても美味しいと聴いていたからさ。僕にそのことを教えてくれたのは、今、上砂川の住宅に一人住まいしている、君のお母さんだよ。君のお母さんは、アカシアの花の天麩羅の揚げ方も、僕に教えてくれたんだよ。昨日、メールでね。だから僕は、今日の夕食のおかずに、アカシアの花の天麩羅を揚げて、君に食べさせようと思うんだ。だから、君も、このベットから下りて、キッチンに来てみなよ。準備はバッチリだから、美味しくて綺麗な、アカシア天麩羅が直ぐに出来るよ。だから、思い切って、そのベットから起き上がって、キッチンに来てみなよ。寝てばかりいると身体に毒だからさ。君が元気になったら、上砂川のお母さんの所にだって行けるからさ。」                             (『昨日、夕張にて』より)
 いやはや、純情可憐で純白な、アカシアの花みたいな夫婦ではある。と見るのは早合点。この後、
このドラマは急展開を遂げ、夫は妻の遺体をこの廃屋のベットの下に残したまま、東京へと旅立つ。
    〔答〕 アカシアの花咲く春に病む妻にアカシアの花揚げて召させむ
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御礼

 お取り上げ下さり、しかも私のブログにまで御連絡頂き、ありがとうございます。これだけ細かく鑑賞して頂き、しかも返歌までお書き下さるということ、とても真似のできないことです。感服の限りです。
 「遠き縁」としたのは、他意はありません。「遠縁」だと「親戚」になってしまいそうなので、そうではないという意味で「遠き縁」としました。「薄き縁」とした方が良かったかなとも思っております。以上、御礼まで。

ありがとうございます。

はじめまして。取り上げていただき、ありがとうございます。
一首から色々なストーリーが生まれるのは興味深く、
楽しく拝見致しました。
数年前、アカシアの天ぷらを食べに行った事があります。
香りがとてもよいです。花粉には悩まされますが。

励みになりました。感謝です。

No title

こっそり職場のパソコンから拝見しました。
天ぷらから、草薙くんの短歌になるなんて驚きです。
私が一緒に食べるなら・・・
中居くんです。
いやいや、SMAPではなく、もっと若いイケメンで。

ありがとうございます。

こちらのページでとりあげていただけて、絞り出して作った甲斐がありました。
ありがとうございました。

ところどころに草君がちりばめてあることに、鳥羽様の事件に対する衝撃度を感じた(?)次第です。

クイズの回答は私に向けられているのか、答えるべきなのか、迷いましたが、ふたつの「の」に気を取られてみっつめの「の」に気づくのに20秒ほど要してしまいました。私のおっちょこちょいぶりをお許しください。

ありがとうございます!

ドキドキしながらやってまいりました。
何だかうちの様子を覗かれていたような・・・(笑)
じゃあ、次回はイタイのを鳥羽さまに飛ばして差し上げますわ。
受け取ってくださいましな♪

ありがとうございました。

二度目まして。

こんばんは。磯野カヅオです。

再び取り上げていただき、ありがとうございます。

せっかく取り上げていただけたので、自分のブログにこの歌のこと(解説のようなもの)を書こうと思います。お時間のある時にでも、ご覧いただければと思います。

返歌、ありがとうございます。面白く読みました。

それでは、失礼いたします。

ご指摘ごもっともです

親戚が旅館を営んでいる為、手伝っていた時期もあり、天ぷらの盛り付けの紙は油を吸い取る為だけでなく、和のもてなしだとは存じておりした。そこを何故油を吸い取る為だけにと表現してしまったかは・・それだけではないと言いたかったのか、あるいはエコをテーマにしたかったのか、中途半端な投稿だったと反省しております。

よ か で か

省三様、度々お取り上げくださり
ありがとうございます。

天ぷらの油の温度読む指で今はわたしに触れてください

ご指摘はありませんが、やっぱり「で」の方が良いですね。
(人の家で推敲するな!)

天ぷらは大好きなのですが、久哲夫人は油モノ苦手で
作ってくれないのですよ。

茄子の天ぷらなんか美味いのになあ。
ちなみに油の温度読みはしませんが、考えられない所で
転びますよ。久哲夫人は

それでは、ありがとうございました。

No title

鳥羽省三様

 お陰様をもちまして、題詠ブログどうにか完走してまいりました。

 今回は、拙作を取り上げてくださる2度目の光栄にあずかり、至極恐縮いたしております。

 纏亭が江戸以来の300年の歴史を有する料理屋であったことを看破された鳥羽さまの眼力恐れ入りました。
 ですが高級天ぷらを食したことのない纏亭的には、未だにエビ天をはじめとする天ぷら一般への信用は持てずにおります。そこで、できればその高級な天ぷらを食べさせてくれる料亭?への随行の栄を賜りたく、よろしくお引き立ての程お願い申し上げます。

纏亭 写楽 拝
プロフィール

鳥羽省三

Author:鳥羽省三
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