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一首を切り裂く(022:職)

(梅田啓子)
   職退きてはや整髪料のにほひなし夫の髪の散(ばら)けて来たる

 作中の「夫」が整髪料をつけていたのは何故でしょうか。
 会社員としての当然の身嗜み。男らしさを振り撒いて職場の女性にやり手として注目されるため。むさ苦しいイメージを払拭して通勤途上に出会う女子学院高校の生徒達に痴漢と間違われないようにするため。営業先の受付嬢から門前払いを食らわせられないようにするため。マンダム株式会社に知人がいるため。
 その理由はいろいろと考えられましょうが、定年退職して数年、サンダル履いてペタペタとパチンコ屋通いが日課の今となってみれば、整髪料とは、「あんな変な匂いのするものを、私は何故、毎朝つけていたのだろうか」と、自分で自分を不思議に思うくらいの、邪魔で無駄な代物だったのである。
 でも、彼に一度は惚れたことのある女房殿からすると、かつてのエリートサラリーマンの髪はばらけてボサボサでかたなし。近頃、歌材の払底に悩んでいる<わたし>に、「どうぞ私を材料にして詠んで下さい」と呼びかけているようなものでしかない。
 洗い下しのワイシャツや夏は暑苦しくて堪らないスーツ、そして定期券や満員電車の中で読む朝刊などなど、サラリーマンという名のお金の運び屋として半生を台無しにした男が、定年退職を契機に、さらりと脱ぎ捨てることが出来る物品が数々あるが、整髪料もまたそれらの一つなのである。
 自分をサラリーマンという身の上に束縛して来たそれらの物から解放されて、ご亭主本人は、せいせいし、毎朝、目覚める度に「快哉」を叫んでいるのに、愚かな女房殿はその事に気付かないばかりか、「髪は散けて」などと、どうでもいいことをのたまわって世間に公表する。
 ほんに御し難いのは、ミサイルをぶっ放す北朝鮮と短歌など詠む女性である。
    〔答〕 歌詠みてはや数年の女房は歌材に困り夫を餌食


(水口涼子)
   絵師彫り師刷り師と揃う職人の技の極みに江戸の錦絵

 本作にあるように、日本の華「江戸の錦絵」は、「絵師・彫り師・刷り師」の分業から成る総合芸術である。しかし、その中の絵師だけが芸術家として注目を集め、他の二者は、絵師の書いた絵を版画という形の商品にするための職人の位置に甘んじているのは、いささか不当とも言えようか。
    〔答〕 政信が八百屋お七を描いても彫師・刷師が居なけりゃおじゃん
        <おじゃん>とは火事を知らせる半鐘で、「おじゃん」と鳴ったら全てお終い


(月下燕)
   雑草に名があろうともそれはそれ住所不定無職の夕べ

 「雑草という名の植物は無い」と仰せになられたのはどなた様でしたか。
 それはそれとして、久々にご登場の月下燕さんは、「雑草に名があろうともそれはそれ」などと大胆かつ投げ遣りなことを仰る。
 でも、そうですよ。その気持ちは、よく解りますよ。
 「雑草に名があろうと」無かろうと、作中の<わたし>は、「住所不定」「無職」の身の上。
 徒然なるこの「夕べ」、居住地欄に<ホームレス>と記して朝日歌壇に投稿でもしてみましょうか。
    〔答〕 雑草(あらくさ)の一つ一つに名はあれど吾に職無く住む家もなし 


(髭彦)
   彼のアラン六十五歳で教職を辞せると知りぬわれと同じく

 アラン(Alain) というペンネームで知られている、フランスの哲学者・エミール=オーギュスト・シャルティエ(1868~ 1951)は、ノルマンディー地方のモルターニュに生まれて、高等師範学校卒業後、リセの教師となる。過去の偉大な哲学者達の思想と彼独自の思想を絶妙に絡み合わせた彼の哲学講義は、学生たちから熱烈に支持され、後世のフランス哲学界をリードする哲学者の多くは彼の膝元から巣立って行った。その一人として著名なのは、女流哲学者のシモーヌ・ヴェイユである。ルーアンのリセで教えていた時に、アラン名義で「デペーシュ・ド・ルーアン」紙にコラム「プロポ(propos)」を寄稿し始める。平和主義と反戦思想を持ちながら、46歳で第一次世界大戦に志願して従軍。3年後に除隊してアンリ四世校の教職に戻る。65歳で教職を退職し、83歳で亡くなるまで執筆活動を続けた。
       (以上は、 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を典拠にして記した)
 本作の作者・髭彦さんは、長年、社会科教師として私立高校の教壇に立たれ、アランと同じ六十五歳で定年退職されたとか。在職中は現代社会や世界史を担当され、高校生たちに、哲学者・アランについて語られたこともお有りでしょう。
 自分が関心を持っている有名人と自分との間に何か共通点が在る場合、それがどんなに些細なことであっても、その人物に対して更に親しみの情を持つのが世の人の常。
    〔答〕 有名な仕立て屋銀次は我が祖父と同じ月日に生まれたそうだ


(久哲)
   夏蜜柑    転がってゆくワックスがまだ乾かない職員通路

 初句と二句目の間の<空き>で、作者は、「夏蜜柑」の「転がって行く」空間や時間をイメージさせようとしたのであろうが、ナンセンス極まりない。
 短歌とは、「五句一行三十一音」の詩形式なのだから、むやみやたらに、改行したり、字空きを用いたりしてはならない。
 「真」「狂」の狭間を行く久哲短歌の場合は、「これは、子供の悪戯書きでは無く、短歌ですよ」と指示し、読者を安心させてからでなければ始まらないのだから、その点は、特に注意しなければならない。
 また、その昔、萩城下の士族の屋敷の土塀の内側に植えられていた、いわゆる「夏蜜柑」は、酸味が強過ぎることが嫌われ、昨今では殆んど市販されていなく、風物詩上の一点景としての役割しか果たしていないのだから、「夏蜜柑」という語は、もはや死語同然。
 そこで、本作に柑橘類を用いるとしたら、「甘夏」「伊予柑」「八朔」などの、現在、市販されて居り、季節感を十分に感じさせ、「転がって行く」という感じの出せる品種の蜜柑を用いるのが適当かと思われる。
 私なら、こうする。
 
    (久哲)
         甘夏が転がって行く ワックスが未だ乾かぬ職員通路
 
 社内の清掃を委託されている業者がやって来て、今朝ほどから、「職員通路」を隈なく掃き清め、ワックスまで塗って行った。
 そのワックスが乾く間も無く昼休みとなり、午前中の仕事から解放された社員達が、思い思いに、その通路を行き来している。社屋から最寄りの行列の出来るラーメン屋に行く者。コンビニで買った弁当を抱えている者。手すりに寄りかかっておしゃべりに余念の無い者。
 「あれ、あれ、掃除したばっかりの社員通路を甘夏が転がって行く。ワックスがまだ乾いてないから、甘夏の皮がベタベタになって食べられなくなってしまうぞ。あんなヘマをやらかしたのは誰だろうか。営業三課のハマちゃんかな。それとも、派遣社員の久哲さんかな。あの久哲さんなら、いつもビタミンCが不足だなどとこぼしているから、会社に甘夏を持って来そうだぞ。ころがれ、ころがれ、久哲さんの甘夏。転がれ、転がれ、トイレの隅まで転がれ」と、喋くっているのは、久哲さんと同じく派遣社員の鳥羽省三でした。
 公園の桜は満開。
 社員の心は弛みっぱなし。
 とにもかくにも、
 麗らかで賑やかな春ではある。
    〔答〕 釣竿の手入れ終えたるハマちゃんがおにぎり抱いて職員通路


(春待)
   新聞の小さな事件の少年が「有職なのか」と羨んだ父

 不器用な作風とも思われるが、人生の一断面を印象深く描いていて、好感の持てる作品である。
 「新聞」で報じられた「小さな事件の」容疑者である「少年」でさえ「有職なの」に、自分が失業者という悲しい身の上に甘んじなければならない悔しさ。解りますよ、その気持ち。
 題詠企画の投稿作品は、これでいい。
 日常生活の中のささいな出来事に目を遣り、それを温かく見つめる作者の視線と心こそ、私たち読者の何よりも望んでいるものである。
    〔答〕 父親の口より漏れた独白を聞いてしまった温かい耳 


(流水)
   職業は「男」であると思えればどんな仕事もしのいでいける

 「職業は『男』である」とは、なんと思い切った発言。
 男性の女性化、中性化が問題となっている昨今、類い稀な好男子ではある。
 元青春タレント・森田某の失職によって、間も無く行われるに違いない、千葉県知事の補欠選挙に立候補していただきたい人材と思われる。
    〔答〕 職業は<鳥羽省三>と思うから何が何でも書かねばならぬ


(蓮野 唯)
   くちばしが黄色いままで職探し泣いて笑って若鳥となれ

 「若鳥」で思い出したことがある。某県立高校の教員になりたての頃。同僚に茨城弁丸出しの男性教員が居て、あれこれと相談し合う仲であった。
 冬休みを間近にしたある日、彼が言う。「お産の迫った女房を水街道の実家に帰したから、今夜から私は独身だ。独身だから、食事も自分で作らなければならないが、自分は若鳥の丸焼きが大好物だから、今夜から、毎日、肉屋から若鳥の丸焼きを買って来て食べよう。若鳥の丸焼きをつまみにビールを飲めたら、女房なんて帰って来なくてもいいよ。ね、鳥羽さん、そう思わない」と。
 言われた鳥羽さんも、若鳥の丸焼きは嫌いではなかったが、返事に窮した。
 下の句に、「泣いて笑って若鳥となれ」とあるが、評者・鳥羽の「若鳥」観は、未だそうしたものでしかない。蓮野さんの感覚の方が成城石井なんでしょうけれど。
    〔答〕 くちばしが黄色いままで歌評書き晩のおかずに若鳥を食う
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ヾ(・◇・)ノ ピヨピヨ

 若鳥よりも若鶏が好きな蓮野参上☆
 酉年だから共食いとかは言いっこなしでw

 成城石井がわからなくて検索しました。
 良さそうなサイトでした(*^▽^*) 私はお酒が飲めない人間なので、始めて知りました。

 若鳥はときとしてマズイ可能性がありますが、若鶏だったら間違いなく美味しいと思われます。
 世間でぴよぴよ鳴いてる若鳥たちが、平和にアフター5に若鶏を食べられる身の上になることを祈るのであります。

待てー

あ、ありがとうございます。

夏蜜柑    転がってゆくワックスがまだ乾かない職員通路

えー だめですか、「転がってゆく」以降が待てーて感じで
かわいいと思うのですが・・・

まあ、むろん結社誌や総合誌に載るとすれば(載るのか?)
ここまでは、やらないでしょう。二字明けぐらいにします。
(結局はやるらしい)

いつも返歌もありがとうございます。
愛する浜ちゃんへ返歌させていただきます。

しない人が思うほど歌人とか釣り人って暇じゃないよね 久哲

それではこのあたりで

ありがとうございます

嬉しいです。
撰歌どうもありがとうございます。
類い希な好男子でないので、自戒を込めての一首です。

これを励みに宛もなくまた歌を詠います(汗)

こんばんは

この歌を作った時はちょうどNHKの特集で「江戸の名画100選?」を観ていた時でした。
鳥羽様の感想と同じような思いで、そして他の方(jonnyさま?)の感想に書かれていた「今は職人技が減り、大量生産になってしまった」という寂しさなどを思いながら作りました日記のようなままで、、
一般論的で、もう少し私自身のオリジナルな表現や具体性にかけると思っておりました。
そこをさらっと補った鳥羽様の返歌に感心しつつ、鳥羽様の秀歌のきっかけになりましたことを光栄に思っております。

No title

鳥羽省三さんこんにちは。
しばらくぶりでございます。

100の題のうちどの題でつまずくかは
その人の持つ記憶や経験や屈折によって
異なるわけですがぼくにとっては「職」が最初の難題でした。

時間はかかりましたが自分なりに納得できる歌になりましたのでその歌が鳥羽さんの目にとまったことをうれしく思います。

ありがとうございました。

こんにちは。

鳥羽様。 こちらで取り上げていただきましてかなり嬉しく思っています。(緊張もしております。)ご挨拶に来るのが大幅に遅れてしまいました。
この一首は、父の弱音と憤りを聞いてしまったような気がして何となく残っていた出来事を詠みました。
「なんや~仕事もっとるのになぁ。」



>父親の口より漏れた独白を聞いてしまった温かい耳 

その時の気持ちにこちらの返歌がぴったりでまた嬉しくなりました。    
もうひとつの「牛」にも近日中に、またお返事させていただきますね。

では、また。
プロフィール

鳥羽省三

Author:鳥羽省三
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