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一首を切り裂く(019:ノート)

(眩暈丸)
   ノートにはジャック・デリダの哲学とパラパラ漫画同居していた

 学生時代に哲学を履修していた者が、のちのちになって往時の自分のノートを開いてみた。すると、そこには、ポスト構造主義の代表的な哲学者・ジャック・デリダ(1930~ 2004)の脱構築哲学に関する断片と、かつての自分が聴講に集中出来ないままに描いたパラバラ漫画が同居していた、という笑うに笑えない話を題材にした作品である。
 だが、第二次世界大戦後の哲学界の状況、即ち、「猫も杓子も主体性」などと皮肉られた、戦後間もなくから1960年代までの実存主義の全盛が構造主義の登場によって終焉を遂げ、その構造主義も、それに修正を加えんとするポスト構造主義、なかんずく、その最先端を行くジャツク・デリダの脱構築哲学の前に魅力を失う。そして、2004年、デリダの死後の哲学界の混沌とした有様。その風景は、あたかも、作中の<わたし>の大学ノートの片隅に書かれたパラパラ漫画のように変幻極まりないものであり、滑稽なものでさえある。
 従って、皮相には怠惰な学生の懺悔碌にしか見えないこの一首は、現代の哲学界の混沌とした状況に対する痛烈な批判ないし風刺とも受け取られよう。
    〔答〕 <脱構築>ジャック・デリダに眩暈してパラパラ漫画を構築していた   


(かりやす)
   桜越しに見上げるそらの日本人アストロノートの船外活動

 【ヒューストン(米テキサス州)17日時事】
 米スペースシャトル「ディスカバリー」に搭乗し、国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在に向かう若田光一さん(45)の元気な姿が17日、米航空宇宙局(NASA)テレビに映し出された。打ち上げ直後の若田さんは、オレンジ色の飛行服姿。無重力で飛んでいこうとする機材をキャッチすると、満面の笑みでカメラに向かい親指を立てるポーズを取った。その後、紺と白のしまのポロシャツに着替えた若田さんが、はつらつとした表情でシャトル内で作業する姿も映し出された。   
                               (2009/03/17-21:04<時事ドット・コム>より)
 さて、「日本人アストロノート」の若田光一さんは、「桜越しに見上げるそらの」彼方の宇宙で、今回は、どんな「船外活動」を演じてみせることだろうか。
    〔答〕 桜越しに見上げる空の彼方飛ぶ北朝鮮の無軌道ミサイル


(木村比呂)
   開いても砂嵐しか映さない実験ノートを静かに倒す

 この不況下、文科省当局の文教予算削減方針のあおりを受けて、大学の研究室の備品のノート型PCが旧型のまま。 
 そこで、最近は、そのウインドーに映るはずの実験記録が、ゴビの砂漠の砂嵐のような状況を呈しているので、研究意欲を喪失して、PCの画面を静かに閉じてしまった、というところ。 
    〔答〕 しゅわしゅわと砂が音立て降るようなPC画面に積もるデーター
 

(jonny)
   特別なノートの中に特別な言葉を3つ閉じ込めなさい

 「無防備に輝く星を今夜こそひとつ残らず笑わせてやる」という歌を初めて読んだ時、私は、「この歌の作者は朝鮮人民民主主義共和国の情宣担当官で、この歌の本旨は、間もなく日本の上空を飛んで物議を醸すことになるはずの無軌道ミサイルの予告宣伝文なのかも知れない」と思った。
 夜空に輝くお星さまをつかまえて「無防備」と罵ったり、そのお星さまの「ひとつ残らず」を「今夜こそ」「笑わせてやる」などと言うような非科学的かつ無茶苦茶な人間は、私たちと同じ自由主義社会の住人とは思われず、もしも、あの国が発射したミサイルが予定通りの軌跡を描かずに、日本海のど真ん中辺りでUターンして、元の発射台に戻りでもしたら、無防備に夜空に輝いているお星様でさえ抱腹絶倒して、一つ残らず笑い転げてしまうだろう、と思ったからである。
 だが、その後、この人の作品の幾首かに接した結果、私はそうした認識を改め、次のような新しい認識を得た。
   〔新しい認識・そのⅠ〕  <jonny>さんは、未だに国籍不明、性別不明の人物ではあるが、少なくとも、例の国の人でも、例の国の情宣担当官でもない、ということ。
   〔新しい認識・そのⅡ〕  <jonny>さんは若い、若くて元気で夢多き男性か女性である、ということ。
 <jonny>さんは若い。若くて夢多き人間だからこそ、この世に「特別なノート」などという、夢多き物が存在していると思っているのだ。
 <jonny>さんは若い。若くて夢多き人間だからこそ、この世に「特別な言葉」などという、夢多き言葉が存在していると信じているのだ。   
 <jonny>さんよ、いい加減に眼を覚ましなさい。この世に「特別なノート」などという代物は無い。在るのは、3冊105円のダイソーの束ノートと、その倍もするコクヨのキャンパスノートだけである。
 <jonny>さんよ、いい加減に眼を覚ましなさい。この世に「特別な言葉」などという夢多き言葉は無い。在るのは、「老・病・死」「離・別・苦」「貧・窮・困」などという、ありふれた三点セットの言葉だけなのだ。
    〔答〕 ありふれたノートを買ってありふれた憎悪の言葉を書き連ねよう 


(柴田匡志)
   初めての新車は日産ノートにて納車の日にはそわそわしてる

 「日産ノート」は、トヨタとホンダに挿まれて顔色無かったニッサンが久々に放った若者向けのいいこと尽くめの夢の自動車である、と言う。
 しかも、本作の作者の分身と思われる作中の<わたし>にとっては、それは生まれて「初めての新車」である。
 となれば、その「納車の日にはそわそわしてる」のは当然のこと。
 納車の日の興奮も冷め遣らぬ頃に、この車が我が家の家計を圧迫する<火の車>にならなければ良いが、と祈るのみ。
    〔答〕 燃費良しデザインも好くコンパクト日産ノートに如くものぞなき


(五十嵐きよみ)
   もう開くこともないのに捨てられぬノートにいくつ詩人の名前

 感性が慣性となったら陥穽に嵌る。
 手馴れた手法で誤魔化しの作品を作っていてはいけない。
 かつてのフーコー短歌賞優秀賞受賞歌人も、いくら自分の主催する題詠企画の中の詠み棄て作品とは言え、ここまで中身の無い作品を作っていたらお終い。
 早晩、短歌の神様に引導を渡されるだろう。
    〔答〕 歌人の名いくつノートに記しても極められない短歌の道は


(久哲)
   ノートには鍵をかけてね危ないよ僕は愉快な複写猫 みゃお

 久哲さんも自分の分を忘れてしまってはいけない。
 久哲短歌の魅力は、一種玄妙な解り難さにあったのではないだろうか。
 それを忘れて、「ノートには鍵をかけてね危ないよ」などと平成の説教強盗みたいなことを言ったり、「僕に愉快な複写猫 みゃお」などと、女ガキどもに媚を売ったりするとは何事ですか。
 これでは、『未来』に群がる歌人ちゃんレベルではないか。反省せよ。厳重に反省せよ。
    〔答〕 久哲が久哲学を忘れたらなってしまうぞ変なおじさん   


(ことり)
   ノート買うときがしあわせ丸ごとの世界を買うって雰囲気がして

 これぞ正しく<ことり>ちゃんの歌。
 <ことり>ちゃんの歌は<ことり>ちゃんの歌なるべし。久哲さんの歌なるべからず。
 久哲さんの歌は久哲さんの歌なるべし。<ことり>ちゃんの歌なるべからず。
    〔答〕 新しいノート開いて書くときはもっと幸せ 夢描いてね


(梅田啓子)
   生前に母はノートに記したりき「香典返しは敷布にすること」

 百里の中の一里に過ぎないのだから、たまには力を抜いて走ることも必要かとは思われる。
 だが、お題「格差」の一首に続いての、この一首の手抜き振りは目に余る。
 この一首は、「和泉式部も慣性に陥いれば童女に劣る」という事の一例として掲出するのである。
 反省すべし。
 それはそれとして、生前のご母堂様によく出来たお方であられたようだ。「香典返しは敷布にすること」とは、まさしく金言。
 香典返しのお茶の不味いこと。香典返しの毛布の静電気を起こすこと。その他、バスタオルも、玄関マットも、陶磁器も、香典返しの品ともなれば、自家用として用いることも無く、結局は町内会主催の慈善バザーなどに寄付してしまうのが落ちである。
 そこへ行くと敷布は、幾枚あっても足りない高齢者用として使う、不意の泊り客のために使う、などして、重宝することこの上なしの品物である。
 さすれば、「香典返しは敷布にすること」とは、今は亡きご母堂様の書き残した家訓と心得るべし。
    〔答〕 引越しの<微笑がえし>の懐かしく伊藤蘭ちゃん今は人妻


(庭鳥)
   どんな色してるのですかパリの空ノートルダムにかかる日差しは

 雑記帳を意味するノートから逃れ、一首を要領よくまとめた点を評価したい。
 ところで、ノートルダム寺院の尖塔のてっぺんにニワトリが上がって、「コケコッコー」と鳴いたとしたら、どんなに愉快なことでしょうか。
 その選ばれたニワトリは、姿としては長尾鶏、声としては東天紅が宜しいでしょう。共に南国土佐の地鶏です。   
    〔答〕 パリの空ノートルダムにかかる陽も黒部のダムにかかる陽も赤い


(野州)
   階段を降りて静かな店なりきブルーノート堅き椅子に聴きゐて

 「ブルーノート」と言えば、1939年にニューヨークに誕生した、音楽史上初めてのジャズ専門レーベルのこと。
 サウンド面、デザイン面などすべての点で素晴らしい作品を次々に世に送り出し、ジャズ界のみならず、ミュージック・ビジネス・シーン全体に与えた影響も計り知れないくらい大きく、モダン・ジャズメンのほとんどがブルーノート出身と言っても過言ではない、と言われている。
 本作の「ブルーノート」とは、そのレーベルのレコードを指すものと思われ、具体的な曲名までは解りかねる。
 それとは別に、1981年にニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジに第一号店を構え、その後、世界各国にチェーン展開をしている、「ブルーノート」というジャズ・クラブもある。
 従って、本作が、ジャズ・クラブ「ブルーノート」で「ブルーノート」レーベルのジャズ演奏を聴いたとするならば、更に興味深いものがあるが、それはどうやら深読みに過ぎるであろう。
 「階段を降りて静かな店なりき」とは、大都市の盛り場の何処にでもありそうで、実際にはなかなか在り得ないジャズ・クラブである。
 作中の<わたし>は、かつて、その店の「堅き椅子」に腰掛けて「ブルーノート」レーベルのジャズを聴いたと言うが、その曲名までは明かさない。
 評者の好みからリクエストすると、その曲は「ニューヨークの秋」。
 1921年にロシアから移民して来たヴァーノン・デュークが、1934年のレビュー『サムズ・アップ』のために作詞、作曲したヒット曲である。
 摩天楼やミッドタウン、そしてセントラル・パークやイースト・ビレッジやダウンタウンなどなど、ニューヨークの街路を行きかう人々の繊細な心情や秋の風景を思い起こさせてくれる瀟洒な歌詞、そしてビートの効いたメロディ・ラインと錯綜した曲の構成に、作中の<わたし>のセンチメンタリズムは否応なく刺激され、一杯のバーボンを飲み終えないうちに、彼のネクタイはぐしょぐしょに濡れるに違いない。
 演奏は望み得るならば、1956年5月31日、グリニッチ・ビレッジのバローストリート15番地「カフェ・ボヘミア」におけるケニー・ドーハム(1924-1972)が率いるセクステットによるライヴ演奏。
 彼のトランペットの音色は、夜霧に煙るマンハッタンの摩天楼を思い起こさせ、どんな鬼神の心をも酔わせる名演奏であるが、これにはヴォーカルが入らないので少し残念。
    〔答〕 階段を昇れば渋谷・道玄坂 婀娜な姉さん新内流し 


(新田瑛)
   新しいキャンパスノートの罫線のようにほのかでまっすぐであれ

 「キャンパスノート」とは、総合文具メーカー<コクヨ>が、1975(昭和50)年8月から発売した、実用的かつお洒落なイメージのノートの登録商品名である。
 当時の大学生や高校生にとって、羨望の的であったのがアメリカの有名大学の明るいキャンパス風景。
 そこで、その頃、旧弊な帳簿販売会社<黒田國光堂>から、総合文具メーカー<コクヨ>へと脱皮を図ろうとしていた同社が、その一環として、アメリカの有名大学のキャンバスに憧れている大学生や高校生をターゲットとして生産・販売したのが<キャンパスノート>であった。
 本作の作者の新田瑛さんには、<キャンパスノート>とはコクヨ株式会社の登録商品名である、との意識があったかどうかは定かでないが、コクヨのキャンパスノートであれ、他のメーカーのノートであれ、現代日本の高校生・大学生層が買い求めるノートのイメージは、白い紙面と藍色を中心とした「ほのか」で「まっすぐ」な罫線であろう。
 この一首は、キャンパスノートに備わったそうした爽やかなイメージに着目して創作されたものであろう。 
    〔答〕 コクヨ社が題詠企画に潜らせた工作員か新田瑛さん 
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ノート半島

省三様。
ありがとうございます。

今、053:妊娠で悩んでおりまして。
だって、妊娠って人参じゃないもの。

同じようにノートも悩みましたね。
思えばノートルダムなりノート半島(ないない)でも
良かったのですが・・・

>一種玄妙な解り難さ

え、僕の歌って解り難いですか (居直り強盗風)
それは、知らなかった。

この歌に関して言えば、俗っぽい。
さらに悪く言えば、バカっぽいですが、意外と本人は
自分の主体に近くて、お気に入りです。
かわいいでしょ?「みゃお」なんか。(ヲイヲイ)

それでは、これで妊娠でした。(久哲)

てっぺんからコケコッコー

こんにちは、庭鳥でございます。

選歌&返歌ありがとうございます。

バレてましたか(笑)
鳥のおフランス進出計画お見通しだったようですね。
ノートルダムの尖塔に上がって風見鶏ならぬ、目覚まし鶏を目指したいものです。

まるごとことり

ことりでございます

おとりあげくださって光栄です
ほかの方々みたいにきのきいたことばがかけなくて
ごめんなさい
でもじぶんのうたがほかのひとの目にとまるって
とてもすなおにストレートにうれしい
ちょっとじまんとかちょっと自信とかってこんな気持ちなんだなと
やっとわかりました
ありがとうございましたっ

ありがとうございます。

僕の歌を取り上げていただいて、ありがとうございます。
そうなんです、僕は若くて国籍不明で性別不明なんです!(笑)
と言いますか、「そういう僕の中の何か」が歌を詠ませる時がある
と言ったほうが正確なのでしょうね。

鳥羽さんの「読み」はへーこんなことまで考えるんだ!と
感心させられています。
小説をお書きになられてはいかがでしょうか?
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鳥羽省三

Author:鳥羽省三
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