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一首を切り裂く(018:格差)

(船坂圭之介)
   眷族のみどりなす群 かへり得ざる格差に痴れて夕餉淋しも

 作中の<わたし>は病弱。故に、その行動範囲は限られ、その視野も極端に狭い。
 目下の<わたし>の関心事は、自分のこと以外には眷族の暮らしぶりだけ。
 <わたし>の唯一の関心事である眷族たちの生活は、目下、受けに入っている。
 彼らは<わたし>とは違って、いい家に住み、いい職に就き、いい物を食べ、いい女といいことをして暮らしている。
 本当かどうかは知らないが、少なくとも、極端に狭められた<わたし>の目と心にはそのように映るのである。
 「眷族のみどりなす群」とは、なんと生々しく、なんと眩しく、なんと妬ましく、なんと絶望感に満ちた認識であろうか。
 かつては自分自身もまた、その「群」の中の一人であっただけに、作中の<わたし>は、彼らと<わたし>とを隔てる「かへり得ざる格差」を感じた時、どうしても諦めきれず、その「格差」の中にどっぷりと浸かり、その境地に「痴れる」しか無かったのである。
 五句目の「夕餉淋しも」は、言わずもがなの余計な表現である。
    〔答〕 なま若布キュウサイ青汁アオミドロ みどりなすものみな妬ましき

 
(ふみまろ)
   生きたいと叫ぶ怨嗟がこだまするほどの格差はないこの国は

 公爵・近衛文麿氏とはこの方の御曽祖父様ですか?
 あなたもまた、銀の匙を銜えてお生まれになったのですか?
    〔答〕 生きたいと叫ぶ怨嗟がこだまするこの谷間まで降りておいでよ


(新田瑛)
   容れ物の差だとか海苔の有無などを格差と思って食べるもりそば

 言われてみれば、なるほどと思う。
 私も新田瑛さんのご意見に賛成なのですが、インターネットで検索してみたら、いろいろと興味深いことが書いてありました。
 百聞は一見に如かず。
 興味を持たれた方は、どうぞ、下記URLのブログを直接お開きの上、お調べ下さい。
http://blog2005.toku-san.net/?eid=177978
    〔答〕 盛りそばも二百円からとりどりで海苔をかければざる蕎麦となる 


(みずき)
   賑はひの街に格差の日日生れて白き牡丹にけふも雨降る

 中国・宋代の儒学者・周敦頤 (1017-1073)の随筆『愛蓮説』と言えば、高校の漢文の教科書の定番である。
 その文中で著者・周敦頤は、「菊は花の隠逸なる者なり、牡丹は花の富貴なる者なり、蓮は花の君子たる者なり」と述べている。
 要するに、宋代・中国に於いては、牡丹が富貴のシンボルとして尊ばれていたと言うことである。
 また、高浜虚子の名句「白牡丹といふといへども紅ほのか」や、木下利玄の名歌「牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ」なも国語の教科書でおなじみであり、賀茂鶴・賀茂泉と並んで広島三銘酒として名高いのが「白牡丹」であることも広く知られた事実である。
 これらのことは、牡丹の花、とりわけ白牡丹が、その豪奢で気品高いイメージを備えているが故に、中国のみならず我が国に於いても珍重されて来たことを物語っているのである。
 前置きが長くなってしまったが、私が本作を読んで最初に感じたのは、本作の下の句、「白き牡丹にけふも雨降る」は、私が述べて来たような伝統的な牡丹のイメージとは隔絶したところに成立しているのでないだろうか、ということである。
 買い物客などで、相変わらず賑わっている街であるが、その街にも日が経つにつれて持てる者と持たざる者との格差が表れ、その象徴であるかのように、白くて可憐な牡丹を痛めつけるようにして、今日も雨が降っている。
 そのことがどうだこうだと言うのではないが、本作の「白き牡丹」からは、豪奢や気品高い、といったイメージはほとんど感じられない。
 もし、そうだとしても、因習や伝統によって雁字搦めになった境地とは別の観点に立って、短歌を詠むことは、歓迎すべきことに違いない。
    〔答〕 賑はへる今日の花会 蝶群るる牡丹の花の今し手折らる 

 
(jonny)
   バーゲンの値札のついたショーケース 格差を知らぬワンコが眠る

 「犬ころ」「犬死」「犬畜生」「犬にも劣る」などといった、犬を蔑視した言葉がほぼ死語と化した昨今は、第二のお犬様時代なのである。
 格差社会を知ってか知らないでか、横浜市青葉区美しが丘地区の住宅街のワンコたちは、ほぼ例外なしに、ドレス紛いの衣装に包まれて散歩している。彼女らに牽かれるようにして歩む奥様方の薫香馥郁たること。
    〔答〕 バーゲンの値札に見入る我が妻を格差を知らぬワンコが見てる


(小早川忠義)
   おはらひの札の値段に格差あり懐次第の神とは如何に

 代議士への政治献金などは、まさにお払い札(厄除けか?)の代金のようなものでしょう。その値段も効き目によってさまざまとか?
 時あたかも、西松建設事件によって、政権交代、危急存亡の危機なり。     
    〔答〕 お払いの札の効き目は金しだい高きお札に崇き神宿る


(ぽたぽん)
   穢れなき両手を空に広げたる嬰児(みどりご)はまだ格差を知らず

 嬰児たちがいつも両手を空に広げているのは、あれは、ホールドアップの姿勢が本能的に身についているからではないでしょうか?
    〔答〕 <ぽたぽん>と生まれて来たる嬰児の穢れを知らぬばんざいスタイル


(梅田啓子)
   髪結ひの亭主も言はば〈格差婚〉サンダルひつかけパチンコにゆく

 作者ご自身とほぼイコールの関係にあると思われる、作中の<わたし>に、「髪結ひの亭主」と罵られ、「格差婚」とまで蔑まれながらも、「サンダルひつかけパチンコにゆく」可愛いいご主人様も、つい先日までは、企業戦士であり、良夫賢父であって、毎月毎月、月末になると子育てに懸命な母燕のように、いそいそと我が家に月給を運んで来た、模範的普遍的な月給取りだったのであろう。
 それなのに、一旦、定年退職してしまうと、このように味噌糞に言われて救いようがない。
 作者は、一体、どなたの御蔭でのほほんと五七五七七遊びをしていられるのだろうか?
 あの軽口の鳥羽省三ではないが、本作の作者もまた、一日に三回ぐらいはわが身を反省してみる必要があろうか? 
 察するに、本作中の一字一句は、近頃、短歌などをやるようになって、少しばかり自信をつけた愚妻の作り事、あだ事、題材に困った挙句の空想の産物なのだろう?
 それにしても、彼女ら、インターネット歌壇や結社誌に巣食い、我が物顔に振舞っている女流歌人どもの題材漁りの狂奔ぶりは目に余りある。
 「題詠のためにひと日のあるやうな収入源とはならないけれど」とは、そのうちに、あの鳥羽省三の手によって滅茶苦茶に切り裂かれる運命にある、本作の作者の作品であるが、題材漁りに狂奔する女性たちの中でもかなり醒めた部分を備えた作者には、ご自身の所業を恥じる気持ちがいくらか残っているのだろうか?
 それはともかく、今回の作品は、日頃の作者の作品とは隔絶したような駄作。お題の「格差」が、作中に入り込めず、ふわふわと浮遊しているではないか。
 そのことは、さすがに作者も自覚しているものと思われ、〈格差婚〉などと括弧で括ったりして誤魔化そうとしているが、誤魔化しは所詮ゴマカシ、お題を持て余すようになったら、その時点でリタイヤすべきだ。
    〔答〕 作品の出来と不出来に格差あり お題生かすも殺すも作者


(ウクレレ)
   格差だと思うパレット 空色の絵の具の占める仕切りの広さ

 新品のパレットに空色指定のスペースがあるのではない。
 だから、格差を作った責任は、その広いスペースに空色の絵の具を溶いた者にある。
 それに、空はいつもいわゆる「空色」とは限らない。その日の天候により、画家の気分により、時々刻々と空の色は変わって行くのである。
 更に、描写対象となるのは、常に空を含んだ風景とは限らない。画面の大部分が海のこともあり、山のこともあり、豊満な女性の肉体のこともある。
 推して知るに、作者<ウクレレ>さんの分身に他ならない作中の<わたし>は、いつも晴れ渡った大空ばかりを描いている三流画家であろう。
    〔答〕 格差だと思うギターとウクレレの違い大きく弾く気にならん


(祢莉)
   格差ってつまり今目の前にある財布の中の62円

 格差という概念は、あくまでも比較対照があってこそ成り立つ概念である。
 然るに、おそらくは作者・祢莉さんの財布の中身そのものに違いないと思われる本作の「62円」は、比較対照無しに「格差」そのものである。
 故に評者は、本作を躊躇することなく傑作と評価す。
 だが、いい気になって舞い上がってはいけないよ。世の中には、上には上が在るように、下にも下が在るのだから。
    〔答〕 格差ってつまりその62円私の財布はすっから神田


(イマイ)
   今頃も吹雪なのかと布団干す格差のような真冬の日差し

 四十年間のヨコハマ暮らしの後に、かつて裏日本と呼ばれていた雪国暮らしを八年間もやっていた評者としては、本作の内容はあまりに身につまされる内容です。
 首都圏が快晴の冬の日は、あの地方は決まって猛吹雪なのです。これ以上、何も言えません。
    〔答〕 今頃は布団干しかと憧れた吹雪止まない冬のさなかに


(都季)
   誰しもが真っ直ぐ走れる訳じゃない 青春にだって格差はあるよ

 君は観たろうか。あの往年の名画『キューポラのある街』を。
 その頃は駆け出しのアイドル女優に過ぎなかった、吉永小百合が演じるヒロインのジュンが走った。
駆け出し女優だから走ったのではない。青春の真っ只中に生きているから走ったのだ。
 浜田光夫が演じる鋳造工の克巳も走った。市川好郎が演じる弟のタカユキも走った。父も母もみんなみんな走った。みんなみんな格差なんかものともせずに走っていた。
 青春に格差なんか無い。君たちも走れよ。
    〔答〕 駆け出しの吉永小百合が走るとき貧も格差もみんなぶっ飛ぶ 
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ありがとうございます!

傑作と評価されて舞い上がりかけましたが
そのあとにちゃんとご忠告までいただき
本当にありがとうございます(笑)

舞い上がらず精進していきたいと思います…

けれどやっぱり数ある歌の中から選ばれたのは
とてもとても嬉しいです!

もりそばとざるそばも勉強になりました☆

No title

ありがとうございます。

今回は、知らない間に取り上げていただいてました^^

どんな形でも取り上げていただくと励みになりますね。
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