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一首を切り裂く(013:カタカナ)

(梅田啓子)
   「ニッカウヰスキー」のカタカナ「ヰ」の文字が倒れないかと夜通し看てる

 私のブロクを勝手に開いて、この作品に目を留めた悪ガキがこんなことを言う。
 「この作品はあまり上等な歌とは言えない。だって、倒れそうと言えば、倒れそうなのは、ウヰスキーの<ヰ>の字ばかりではなく、<ウ>の字だって<キ>の字だって、頭でっかちで倒れそうではないか。それに、ウヰスキーを<ウヰスキー>と書かずに<ウイスキー>と書いたって、<イ>の字が倒れそうではないか」などと。
 日本名が<火酒>のウヰスキーの酒税法上の商品名は<ウヰスキー>ではなく<ウイスキー>である。
 それにも関わらず、現在ではアサヒビール㈱の完全子会社となってしまったニッカウヰスキー㈱が、その主力商品のネーミングに拘り、未だに<ウイスキー>ではなく、<ウヰスキー>として、その醸造や販売に汲汲としているのは何故だろうか?
 それは、日本の<ウイスキーの父>と呼ばれた竹鶴正孝氏が、ひとも羨むような高給で抱えられていた壽屋(現在のサントリー)を辞めてまで、本格的なウイスキーの醸造と創業に、飽くなき情熱を燃やしたことを顕彰してのことではないだろうか。
 本作の作者・梅田啓子さんの気配りと発見とによるこの傑作は、そこまでのことを見通されたうえでの創作だと思われる。
 単に、ニッカウヰスキーの<ヰ>の字が頭でっかちで、見るからに倒れそうだから、といった程度の発想とは土台、わけが違うのである。
 細部の表現について言えば、五句目を、「夜通し見てる」でも「夜通し視てる」でも無く、「夜通し看てる」としているのも、気配りが行き届いている。
 「ニッカウヰスキー」という商品名を詠い出しに置いて、一見、字足らずか字余りのどちらかに該当するのではないかと評者に心配させながら、三十一音にピタリとまとめるのも軽業みたいだ。
 つい先日、私は彼女の作品について、「しかも、カッコつけて、『ふわふわ』を古典仮名遣ひで『ふはふは』などと書きくさってさ。まったく頭に来ちゃうよ」などと悪態ついて揶揄したのだが、それに対して彼女は、「私は5年前にある市民講座で短歌を始めましたが、その講座は『旧仮名の使用』を義務付けられておりました。そんなわけで、僭越ではありますが、生意気にも旧仮名で通させていただきます」などと応酬して、私をギャフンと言わせた。
 なるほど、一見、口語短歌以外の何者でも無いかのように見えるこの作品も、冒頭の「ニッカウヰスキー」の「ヰ」の字が「ゐ」のカタカナであるから、 旧仮名を使った文語短歌ということになる。
 彼女ぐらいのハネッカエリともなれば、伊達や酔狂で「僭越ではありますが、生意気にも旧仮名で通させていただきます」などと言わないわけだ。
 なるほど、なるほど。
 焼酎やビール紛いの商品に押されて、年年歳歳売り上げを落としてしまい、とうとう競争会社の完全子会社にまで落ちぶれてしまったニッカウイスキー㈱の現在と将来のことを思えば、キッチンドリンカー(?)の彼女としては、おちおち酔ったり眠ったりなんかしていられない。
 まるで、看護士か看守にでもなったような気持ちで目を据えて、夜通し<ヰ>の字を看てるのである。
 ここまでやられたら、私だって黙って居られない。カウンターパンチの一発か二発、お返ししなければ男が廃るというものだ。
 エイッ、相手がニッカで来たら、当方はサントリーで行くぞ。
    〔答〕 サントリーウイスキーの仮名<イ>の文字が波にさらわれ帆のないヨットだ 


(柚木 良)
   カタカナを全て漢字にしてみれば春秋左氏伝めくマニフェスト   
 
 『春秋左氏伝』とは、孔子が編纂したとされる歴史書『春秋』の注釈書の一つで、魯の左丘明の著作である。
 通り名が『左伝』」のこの中国古典は、今でも国文学や中国文学専攻の学生が「中国文学購読」と言った名目で、その抄本を読ませられていると思われるが、私も今から半世紀ほど前に、さほど興味を覚えないまま、その講義に出席したことがあるが、その内容の全ては霞の彼方に消えてしまった。
 この注釈書・『左伝』の原典である『春秋』と関連した言葉で、世に「春秋の筆法」という慣用句があるが、その意味は、愛用の辞書『大辞林』によると、次の通りである。
 1 孔子の筆になるという「春秋」の」ような厳しい批判の態度。
 2 〔「春秋」が些事をとりあげて、大局への関係を説く論法であることから〕間接的な原因を直接的な原因として表現する論法。また、論理に飛躍があるように見えるが、一面の真理をついているような論法。
 前置きが長くなったが、柚木さん作の一首、「カタカナを全て漢字にしてみれば春秋左氏伝めくマニフェスト」の意味や創作意図が、私にはまるで解らない。
 「某党のマニフェストにはやたらにカタカナ語が使われているが、そのカタカナの部分を漢字に改めれば、学生時代に卒業証書と引き換えに無理矢理読ませられた『春秋左氏伝』」みたいで、まるで珍紛漢紛だ」と、その政党のマニフェストを茶化したのであろうか?
 それとも、作中の「春秋左氏伝」とは、『左伝』を指すのではなく、その原点の『春秋』」を指すものであって、「某党のマニフェストの論述方法は『春秋の筆法』みたいに厳格だ」、或いは「某党のマニフェストは、ライバル党党首の私生活上の<未曾有>の失態といった些事を取り上げながら、日本の将来といった大局への展望を失っていない名文だ」と、その政党のマニフェストを褒め称えたのであろうか?
 請う、ご教示。
    〔答〕 それ自体カタカナ語なるマニフェスト 漢字で書いたら珍紛漢文

 〔追伸〕   先ほど、忍び足で密かに本作の作者の柚木さんの工房に潜入したところ、本作の下に、「カタカナを全て漢字にしてみれば大本営めくマニフェストたち}」という作品が置かれていた。
 なるほど、なるほど。もはや「請う、ご教示」は無用となったが、しばらく抹消しないで置こう。
    〔答〕 カタカナを漢字に変えたマニフェスト 何故かやたらに物々しくなる


(jonny)
   とりあえずカタカナにして氷らせて解凍すればわかるよきっと

 前作とは異なってこれは解る。実によく解る。
 「会社の会議で話された内容でも、大学の講義内容でも、他人の話というものは、『とりあえずカタカナ』で聞いた程度の軽い気持ちで聞いておいて凍結し、そのうちに必要が生じたら、それを取り出し、冷凍食品を解凍するようにして、じわりじわり思い出せば分かる」、といった程度の意味であろう。
 しかし、他人の話をそのような軽い態度で聞いたり解ろうとしたりしていては良くない。
 最近は、西松建設問題や定額給付金問題などに話題を攫われた格好になってしまったが、例の年金問題なども、怠け者の社会保険庁の役人どもが、「とりあえずカタカナにして氷らせて解凍すればわかるよきっと 」といった態度で対処して、結局は解凍し損ねてしまったのであろう。
 この一首の作者の創作意図の中には、其処までの意味も含まれていたのであろう。
    〔答〕 とりあえず問いかけられたカタカナを漢字で解答しようと焦る


(蓮野 唯)
   友達をトモダチと書く切なさよカタカナ程度に軽い関係

 社保庁の役人らが、年金受給資格者の氏名をカタカナで記録して置いたのは、どうせ他人のことであり、先々のことでもあると、問題を軽視していたため。
 それと同様に、作中の<わたし>が、「友達をトモダトチと書く」のも、その友だちとの関係を軽視しているからである。
 蓮野唯さんよ。才女として評判高い貴女としては、この作品は「軽く詠み流した」といった程度のものでしょう。
 でも、こんな軽量の一首をわざわざ取り上げて論じているのも、評者の私が、あなたのことを「ハスッパノユイ」さんなどととカタカナで理解しているからではなく、歌人「蓮野唯」さんと漢字で理解しているからですよ(なんちゃって)。
    〔答〕 トモダチが友達になるきっかけは下手な短歌を褒めることから


(原田 町)
   カタカナの旧姓にて遠き日の年金記録いま届きたり

 「年金特急便」。
 この無粋な手紙が、評者の家にも二回に亘って届けられた。「鳥羽省三」が「トバセイゾウ」となっていた。
 これでは、「鳥羽製造」の真珠のネックレスの売り込みのダイレクトメールなのか、私の名前なのか分からないではないか。
 「原田 町」さんが「ハラダ マチ」さんでも「タワラ マチ」さんでも無いように、私は、「トバセイゾウ」でも「トバショウゾウ」でもなく、漢字の「鳥羽省三」なのだ。
    〔答〕 わたくしのハンドルネームは「原田 町」 「ハラダ マチ」ではありませんけど


(ひじり純子)
   カタカナで「スキ」と言われた気がしたの 私は欲しい平仮名の「好き」

 些細なことではあるが指摘しておこう。
 下の句の「私は欲しい平仮名の『好き』」は、「私は欲しいひらがなの『すき』」とすべきではないだろうか? 
 それにしても、どなたもこなたも<カタカナ>を軽いものと思っているらしい。
 でもねえ、ひじり純子さん。あなたの耳はすごく精巧な耳なんですね。、ひらがなの「すき」とカタカナの「スキ」とを聞き分けられるなんて。ウラヤマシイ。
 ピアスの針で散々傷みつけられて、悲鳴を上げているあの耳が。
    〔答〕 カタカナのキス求められひらがなのすべてを許す人も居るとか 


(詩月めぐ)
   「ダイジョウブ ダイジョウブダヨ」 カタカナで大丈夫じゃないこと伝えたい

 詩月めぐさん作の<わたし>は、ご自身の使い分けを、相手側が即理解してくれるものと誤解しているらしい。
 でも、何と無くその意味は解る。
 ケータイのメールとして送られて来る、「ダイジョウブ ダイジョウブダヨ」というカタカナの短文は、おそらくそれとは反対の意味を込めての、送り主からの一種の揺さぶりなのかも知れない。
    〔答〕 そうすれば、「アイシテル」って言うことは、「愛してない」って言うことですか?
        だいじょうぶ、大丈夫だよ詩月さん。あなたの歌は僕にも解る。


(かりやす)
   カタカナかひらがななのか本人も知らぬ林家ペーさんの「ぺー」

 知ったかぶりして御免なさい。
 「林家ペー」さんの「ペー」はカタカナでしょう。何故ならば、彼の奥さんは、「林屋ぱー子」さんではなく、「林屋パー子」さんですから。
    〔答〕 「ペー」の字をカタカナ変換しながらも <かりやす>さんは知らぬふりして
        ペーパーと言えば日本で紙のこと 紙より薄い夫婦関係?


(松木秀)
   カタカナで書かれたような体型の若き女が叫ぶ公園..

 「カタカナで書かれたような体型の若き女」というのは、単に痩せているだけでは無く、無表情で、全体的にコキコキとした感じの若い女を指すものであり、その中には、その「若き女」に対して抱いている、作中の<わたし>の不快感までもが表現されているものと思われる。
 そんな「若き女が叫ぶ公園」。現代社会の都会の真昼の光景。ありふれていると言えばありふれているが、薄気味悪い風景ではある。
    〔答〕 草仮名で書かれたやうな腰つきで女性(にょしゃう)は吾を抱き寄せたり


(さかいたつろう)
   ベンチ コンビニ カフェ いつもカタカナで書けるところに集まっていた

 小学時代のサッカー部でも補欠、中学のバスケ部でも補欠で、いつもベンチを暖めてばかりいた。
 そんな自分の運動能力に見切りをつけ、高校での三年間は帰宅部員として過ごしたが、終鈴が鳴り終わる前に盛り場の「コンビニ」か「カフェ」に直行。帰宅するのはいつも深夜だった。
 僕を蔑んだママの目が恐かったからだ。
 そして今。今は、流行りのケイヤク社員として、それなりにやってはいますよ。
    〔答〕 おしゃべりなさかいに弁もたつろうと選挙に立ったがみごと落選


(藻上旅人)
   昔より馴れ親しんだものたちをカタカナで書き意味遠ざける
 現代の若者たちは、節分を<セツブン>と書き、雛祭りを<ヒナマツリ>と書いて、平気でメールをよこす。
 これでは、私の脳裡に棲んでいた鬼どもやお内裏様などが何処かへ転居してしまったみたいだ。
 また、接吻だとか愛撫だとかといった、しっとりと濡れていて、抒情性たっぷりの漢語が、キスだとかペッテングだとかといったような乾燥したカタカナ語に書き換えられてしまうのも、昨今の許せない現実だ。
 せめて歌人同士は、と思い、私は今日も、私の尊敬する歌人の抒情的な姓の一字を詠み込んだ一首を、返歌として贈る。
    〔答〕 モグサなどと書いてしまえば枯れそうな藻草みなもをすいすい泳ぐ


(はしぼそがらす)
   新入りが挨拶をするカタカナでこちらも小声で「ドウゾヨロシク」

 カタカナでの新入室者の「挨拶」とは、たどたどしく、言葉少ない挨拶を言うのか?
 好き好んでこの病室の人になるわけではない。しかし、新入りとしての挨拶だけはしておかなければならない。この部屋の住人として過ごす日々はどんな日々なのかと不安だ。
 あれやこれやで言葉が言葉にならないのであろう。
 だから、それを受け取る側も「小声で『ドウゾヨロシク』」とだけ返す。
    〔答〕 耐え難き数日を経てその後に交わす言葉もひらがなとなる


(ひぐらしひなつ)
   もういたたまれなくなってカタカナで喋る男を置き去りにする

 何処にでも居るもんですねえ、カタカナでしゃべる男が。
 私の周辺では、あのトニー谷がそうであった。
 算盤をパチパチ弾きながら彼が話す言葉は、ほとんどカタカタだったんですよ。
 あの「サイザンス」「オコンバンワ」「レイディースエンジェントルメン、アンドおとっつぁんおっかさん」などと言う、<トニー谷>語のほとんどが。
 だから、彼のご子息が誘拐されて、カタカナ書きの脅迫状が届けられた時には、ニッポン中がビックリした。
    〔答〕 プライドもアイデンティティも投げ棄てて行っちゃ嫌だとダダを捏ねてる 


(ジテンふみお)
   僕たちも家に帰ろうカタカナのゾウがミルクを欲しがっている

 僕らがマンシヨンで飼っている動物たちは確かに「カタカナの」ドウブツである。
 そうでなければ、パパがあんなに易々とゲーセンなんかで捕獲できないはず。
    〔答〕 カタカナのゾウ・カバ・サイを捕獲しにパパは時々ゲーセンに往く


( ひわ)
   夕暮れを呼び込むために蝉たちはカナカナカナとカタカナで鳴く

 よく出来てる作品ではあるが、この種の作品を採るのはなかなか難しいなあ。なにしろ、類想歌が目白押ししているからだ。
 だから、いくら食指が動いても食べない方がいい、と私は思っている。
    〔答〕 夕暮れを取り込むようにトントンとまな板鳴らせし昭和の母よ


(emi)
   少年は自ら生きる空間をカタカナ世界に見出してゆく

 「少年」にとっての安住の地である「カタカナ世界」とは、バーチャル空間を指すのだろうか?
 この世界の住人たちの話す言葉には、確かにカタカナ語が極端に多い。
    〔答〕 一口にカタカナ世界と申しても見ると住むとは大きな違い


(チッピッピ)
   憧れのカタカナ仕事に就いたけど肌はガサガサ心カサカサ

 同じ「カタカナ」がついても、「カタカナ世界」と「カタカナ仕事」では、これまた大きな違い。いや、たいした違いはない、とも言えるか?
 スポーツインストラクターに、アナリストに、フードコーディネーターに、インテリアコーディネーターに、ファイナンシャル・プランナーに、エスティシャンに、ツアーコンダクターに、インダストリアルデザイナーに、ウェディングプランナーに、メイキャップアーティストに、アロマセラピストに、トリマーに、カラーリストに、パタンナーに、アクチュアリーに、カスタマーエンジニアに、セールスエンジニアに、ゲームクリエーターに、フラワーコーディネーターに、まだまだ在るぞ、カタカナ仕事。
 でも、「カタカナ仕事=高収入」とは限らない。おまけに「肌はガサガサ心カサカサ」では、それこそ目も当てられない。
    〔答〕 女子アナは女子が付くから入らない。現代社会のカタカナ仕事。
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はじめまして^^

>また、接吻だとか愛撫だとかといった
愛撫には共感です
ただし、接吻は笑わせて頂きました
私は接吻はしたくないですね^^;
やはりKissがいいです
年代の相違なのでしょうか・・・
接吻と言う言葉から想像するのはモノクロで、大昔、顔が大きな俳優達が日本映画でしていたそれで、憧れはないですね
ロマンティックでもエロティックでもないです
下手そうだし^^;

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鳥羽省三

Author:鳥羽省三
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