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一首を切り裂く(012:達)

(小早川忠義)
   達也君高弘君と陰口の主役の上司はいつも君付け

 教職に就いていた頃、高校生たちが学級担任を「君付け」でこき下ろしていたことを思い出しました。
 大人も子供もしてることは同じですね。でも、職場内でのそれはかなり陰湿なものでしょう。
 花粉症流行りのこの頃、私はいつもマスクを掛けて外出しますが、それを見て家内が、「容貌に自信が無いから顔を隠して歩くのだろう」などと言っていますが、私としては、マスクで口を抑えていないと、つい口にしてしまうひと言が怖いので、そうしているのです。
 高貴なお方を、調子に乗って、麻生君、小沢君などと言ってしまったら命取りですからね。
    〔答〕 省三くん忠義くんと呼ばれても笑みて諾うしか芸はなし
        国会の議長が呼ばふ「麻生君」「小沢君」には含みはなしか?


(梅田啓子)
   うた百首達成したるあかつきは回転寿司にあぶりトロ食まむ

 中古、中世の記録を読むと、昔の人は「百首祈願」「千首祈願」などと称して、目的とする数の和歌を無事読み終えるよう、柿本人麻呂及び山部赤人という二体の和歌の神様の画像の前でお祈りをし、満願の暁には派手な直会を行ったようです。
 百首達成したら、「あぶりトロ」数貫くらいの直会は当然です。 
    〔答〕 自分で自分を誉めてあげたいとき回転寿司であぶりトロ食む
        うそ八百並べ立てたるその罪は回転刑具で火あぶりの刑(処刑されるのは鳥羽)


(五十嵐きよみ)
   ささやかな達成感で振り返るいま自転車で来た坂道を

 どんなささやかな事でも、それを成し遂げた時には、必ず達成感というものがありましょう。
 「一首を切り裂く」を「100:好」まで書き終えた時に覚える、私の達成感はいかなるものでしょうか。
 それを味わいたいために、今日もこうしてパソコンのキーを叩いているのです。
    〔答〕 振り返り見れば一すじ自転車の車輪の跡のつづく坂道


(原田 町)
   麓まで到達するも夢の夢キリマンジャロの写真に見入る

 日本から山麓まではお金が連れて行ってくれる。山麓から頂上まではお金が登らせてくれる。
 昨今の登山は、万事お金が解決してくれるようです。必要なのは、ばてない程度に鍛えた身体とお金です。
     「キリマンジャロは、高さ19,710フィートの、雪におおわれた山で、アフリカ第一の高峰だといわれる。その西の頂はマサイ語で、“神の家”(ヌガイエ・ヌガイ)と呼ばれ、その西の山頂のすぐそばには、ひからびて凍りついた一頭の豹の屍が横たわっている。そんな高いところまで、その豹が何を求めてきたのか、今まで誰も説明したものはいない。」(ヘミングウェイ作・滝口直太郎訳『キリマンジャロの雪』より)
 雪豹が原田町さんを待っている。さあ、お金を貯めてキリマンジャロ登山へどうぞ。
    〔答〕 雪豹も金で登山のキリマンジャロ 熱帯寒帯一望のうち


(久哲)
   あかときの浅倉南やわらかく達也の眠る海としてある

 作者・久哲さんは、初句の「あかときの」を「浅倉南」の「浅」に係る枕詞の如き語として用いている。
 本作の作者・久哲さんはその道の権威と見受けられ、「あかときの」というこの語句に、従来の枕詞以上の働きを求めているようだ。
 本作に於いて、久哲さん創出の枕詞・「あかときの」は、単に「浅倉南」の「浅」を導き出すだけではなく、あだち充作の漫画『タッチ』のヒロイン・浅倉南の健康でさわやかなイメージとも重なり、一首全体の明るく温かく柔らかなイメージを形成する上にも、大きな役割を果たしている。
 また、この語句は、「達也の眠る海」の「海」にも係わって行き、私たち鑑賞者が、「あかときの浅倉南」と口ずさみ、その後、「あかときの・・・・・・海」と口ずさんだ時、浅倉南の化身である「あかときの海」が、『タッチ』の主人公の一人、「達也の眠る」場所として真に相応しい、明るさと柔らかさと温かさを湛えた場所としてイメージされることになる。
 ここまで書いて来て、ふと気がついたことであるが、「あかときの」と言えば、直ぐ連想されるのは「夢」または「眠り」である。
  「あかとき」に眠っている「達也」の見る夢に現れる「浅倉南」の柔和な容姿は、達也を抱く温かい「海」そのままである。
 あかときに眠っている達也の夢の中に、優しく聖母のような存在の朝倉南の裸像が現れたのかも知れない。
 この語句の微妙な働きは、「適当緑化計画」を推進すると共に、平成の枕詞の創出をも目指している、作者・久哲さんの研究と工夫の賜物である。
 この一首を、私は、お題「浅」の代表作として強引に推奨したい。
    〔答〕 あかときの海に達也が眠るとき南は歌う潮騒の詩(うた)
        あかときのトイレに起きるこの僕の辛さを浅倉南は知るか 
        「みなみちゃんがんばれ!」という番組ありき久哲さんはご存じですか?


(西中眞二郎)
   姫路城の暗きに掛かる達磨の図午後会うはずの甥に似たるも

 姫路城の達磨圖は、あの剣豪・宮本武蔵の直筆と伝えられる名品。従って、その名品と「似たる」作者の甥御さんも、相当な貫禄と眼光炯炯な偉丈夫。
 恐い、恐い、そんな立派な男性は恐い。三十六計逃げるに如かず。
    〔答〕 姫路城の御庭に紛ふ好古園 西御屋敷跡に平成築庭


(みつき)
   達したる 君の重みと蠢きを 受けながら聞く 雪摺りの音

 せっかくの佳作だから、百害有って一利無しの一字空きはやめましょう。 
 往年の芥川賞受賞作・『忍ぶ川』(三浦哲男作)の最終場面を思い起こさせる。
 主人公の<わたし>の故郷である雪国の街で、<わたし>と志乃とは雪が降る早朝に結ばれた。その時、二人が耳にしたものは、屋外を行く馬橇の滑る音と、それを牽く馬の鈴音だった。
    〔答〕 達したる時に重みをかけるのは僕のしっぱい未熟な証拠
 なんちゃって。これでは、せっかくの情緒もぶち壊しだからやり直し。
    〔答〕 達したる君の重みに微笑みぬ雪擦る音を耳にしながら


(ウクレレ)
   クロスワードパズルの5文字空いたまま君からのチョコ配達されず

 近頃は、あの怠慢な郵パックさえ、翌日配達が当たり前となりました。
 これも、くろねこヤマトの宅急便や佐川の魔女の宅急便などとの競合があったればこそ。
 配達員さんご苦労様。
    〔答〕 クロスワードパズルが未だ解けぬからバレンタイン・チョコは配達しない


(都季)
   「また今日も眠れなかったの?」新聞の配達される音に言われて

 評者もまた、眠れないままに深夜の孤独に耐えている一人。
 今夜は激しい風。
 路上を風が吹き抜け、空き缶が走り、牛乳屋のトラックが通り過ぎて行く。やがて新聞配達のバイクの音も聴こえるでしょう。
    〔答〕 今宵また眠れずに居るもの幾人それぞれ何かに慰められて居て 


(岡本雅哉)
   (発達の過程で失くしたもののあるヒト科のメスの本能が)泣く

 括弧で括ったりすると、何か曰く有り気に思えますが、本当はどうなんでしょうか。
 「ヒト科のメス」とはつまり女性。
 その女性に、「発達の過程で失くしたもののある」とありますが、それは何でしょうか?
 その答を、括弧の外側の「泣く」をヒントにして求めよ、ということでしょうが、頭の悪い私には、未だに少しも分かりません。
    〔答〕 優しさや慎ましさやら知性やら忘れて女性は人前で泣く
 あまりにも通俗的な答になってしまいました。


(西野明日香)
   この上に雪降り積もれ凍えたし不達で戻るメールみつめて

 「不達で戻って来たメールの上に、雪よ降り積もれ。もし、お前が降り積もれば、恋メールも受け取ってもらえない私は、その上に眠って凍えて死んじゃうから」とか言いたいんでしょうが、それは無理。
 第一に、不達メールの上に雪が降り積もるわけがない。
 第二に、仮に降り積もったとしても、不達メールには、君の情熱が込められているから直ぐに解けてしまう。だから凍えて死ねるわけがない。
 それでも、どうしても死にたいのなら、凍み豆腐の角に頭をぶっつけて死になさい。
    〔答〕 この上に明日こそ雪よ降り積もれ 花も香もみな疎ましき春


(詠時)
   操りの糸を解かれて眠りたる人形達が居並ぶ終電

 勤め人が職務から解放されることを、「操りの糸を解かれて」と形容するが如き臭い手は、詠時さんのような優れた歌人が使うべき手ではないだろう。
 とは言え、この一首は、首都圏を走る終電の中に見られる光景をよく写し得ている。
    〔答〕 操りの糸を解かれず残業の人がめっきり少なき昨今
 どうです。これなら、「操りの糸を解かれて」という、手垢のついた常套句を逆用して世相を皮肉り、併せて詠時さんの作品を揶揄したことにもなるでしょう、とは、評者・鳥羽の自画自賛でした。


(minto)
   それとなく安心をせり友達の彼は好めるタイプと違ふ

 この場合に「それとなく」を使うのは不適切。辞書参照のこと。ここは「何となく」或いは「何処となく」とあるべきか。
 また、「彼は好めるタイプ」の「好める」も良くない。
 更に、「違う」はもともと口語であるから、「違ふ」と記すのもナンセンス。文語なら「違(たが)ふ」である。
 こんなことやってたら、<minto>の香りがぶっ飛ぶぞ。
    〔答〕 何と無く安心しちゃう 我が友の彼はわたしのタイプと違う


(月下燕)
   植物のように静かに咲いているここが到達でも構わない

 この場面で、「植物のように」という比喩はないでしょう。
 「植物」って言ったって、花があまりに小さくて、咲いているかどうか判らない植物もあるし、「静か」とは遥か隔たったイメージの植物もあるんですよ。花の名を具体的に。
 下の句の「到達」もいかがなものでしょうか?
    〔答〕 夕顔のごと密やかに咲いている到達点はここで充分
 とすれば、何方かが隠棲している様子が窺われ、その何方かの精神的に豊かな暮らしぶりも想像されると思うのは、私の独り善がりでしょうか?


(穴井苑子)
   友達の披露宴には妙な意気込みのどこから見ても人妻

 無理して「句跨り」にする必要はさらさらに無いと思われますが、いかがでしょうか?
 友人の結婚披露宴に出席して、花嫁のトスしたブーケでも拾おうとしたんでしょう。でも、花嫁以上に美しく見られようとして、意気込んで着て行った着物が邪魔になって拾えなかったんでしょう。
 これで決定、あなたは生涯独身。諦めて短歌創作に精進しなさい。
    〔答〕 意気込んで披露宴には出たものの何処から見ても吾は人妻


(ゆふ)
   伊達巻ののの字の切り口美しき遠まなざしの雛(ひひな)を憶ふ

 「ののの」の重なりは、何らかの効果を狙ってのことと思いますが、いくら何でも、これでは逆効果です。少し整理すればかなりのレベルの作品になるのですから。
 話は急に変わりますが、おせち料理の中で誰も食べないのが、この伊達巻でした。奇妙な甘さと独特の食感が嫌われたのでしょうか?
    〔答〕 伊達巻の切り口美(は)しきのの字かな 遠まなざしの雛(ひひな)を想ふ 


(松木秀)
   上達のしかたいろいろ短歌ではとにかく作りすこし発表...

 それなりの水準に達してはいるものの、決して百点満点は与えられないような作品を数首並べて、僭越ながら、この若輩が推敲を試みてきました。
 だが、それでは、それぞれの作品の作者の方々にとっては、あまりにも心細いことでしょう。
 そこで、その道の大家の松木秀さんの短歌「上達のしかた」をご披露致した次第です。
    〔答〕 松木さん、ご苦労様です。有難う。皆さん、じゃかすか創りましょうよ。 
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