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一首を切り裂く(011:嫉妬)

(蓮野 唯)
   嫉妬する程には好きになってない言い聞かせてる夕暮れの街

 本作の内容は見せかけほど単純ではない。
 ここに作者の分身とも思われる女性がいる。彼女には前々から交際があり、そろそろ一線を越えようとしている彼が居るのだが、あいにくなことに、その彼には最近彼女とは別口の女性が出来て、今日のデイトもすっぽかされてしまった。
 そこで哀れな彼女は、夕暮れの街にぽつんと一人取り残されて、自らにこう言い聞かせるのだ。
 「最近、彼には別の女が出来て、今日のデイトもすっぽかしてしまった。でも、よくよく考えてみると、私は、彼が私から別の女に乗り換えたからといって、その女に嫉妬しなければならないほど、あの男に惚れているわけではない。だから、だから、・・・・・・・・・・・・・・」と。
 「だから」は、どこまで行っても「だから」のままであって、彼女は最終的な結論を得ることが出来ない。
 本作の上の句は「嫉妬する程には好きになってない」となっていて、今ひとつ文意を読み取ることが出来ない。
 解釈のしようによっては、作中の<わたし>が同性愛者であって、その<わたし>の彼女が、最近になって、<わたし>から別の彼女か彼に愛の対象を変えようとしていることに嫉妬しているようにも読み取れるし、それ以外にも幾通りにも読み取れ、作者の真意がなかなか掴めない。
 こうした点は、明らかにこの一首の欠陥に違いないとは思われるが、人の世の愛憎はなかなかに複雑であり、作者・蓮野唯さんもまた、ご当人が仰られる程には素朴ではなさそうであるから、案外、作者の狙いは、その辺に在ったのではなかろうかとも推測される。
    〔答〕 恋人の浮気相手に向けるのが嫉妬心だと私は思う
        嫉妬する程には好きになってない そんな浮気の認め方もある


(小早川忠義)
   嫉妬する暇などなしうたびとは先人を読め歌多く詠め

 これはまた、前作とはうって替わって単純明解。
 要するに文意は、「お題として『嫉妬』という言葉が出たが、この言葉ほど今の私に無縁な言葉は無いだろう。歌詠みに精進している今の私には、嫉妬などしている暇は少しもない。それに、私に限らず、いやしくも歌人を名乗っているならば、その者は、嫉妬などしている暇があったら、先輩歌人の優れた歌を沢山読み、優れた歌を沢山作らねばならない」ということだろう。
 この作品の勢いから推すと、作者・小早川忠義さんそのものとも思われる作中の<わたし>は、お題「嫉妬」と直面することを拒否し、「嫉妬」を用いた歌を作って投稿することなどとんでもない、と言っているようにも見受けられるのであるが、その実、「嫉妬」お題の歌を澄まして作って投稿したのである。
 根竹生(コンチクショー)、忠義づらして裏切り者め! かくなる上は、目にもの見せてくれるわ!
    〔答〕 嫉妬するその手前には愛がある! 愛も知らない武骨者めが!


(夏実麦太朗)
   金のこと考えること多かりき嫉妬をしなくなったこの頃

 こちらの<わたし>の方が、まだ前作の<わたし>よりは幾分か救いがある。
 でもねぇー、嫉妬をしなくなったってことは、要するに、あちらの方もすっかり駄目になったってことでしょう。両方とも「金」だよ。あちら立てずにこちらを立てるってことはないでしょうに。
    〔答〕 金、金、金、かねが仇の世の中で、わが身の金の立つこともなし 


(さかいたつろう)
   犬たちの交尾を邪魔するのが好きなだけで決して嫉妬ではない

 こちらの<わたし>の方が、直前やその前の作品の<わたし>どよりは更にまし、かとは思う。
 しかし、巷間には、「犬の交尾を邪魔する奴は犬に噛まれて死ねばよい」という諺もある。
 「『題詠2009』参加者・さかいたつろう氏、犬に噛まれて即死。その裏に、さかい氏らによる、犬虐待の歴史あり」などという記事が朝日新聞に掲載されでもしたら、参加者の皆さんが迷惑するよ。喜ぶのは、あの鳥羽省三だけだよ。
    〔答〕 目前で犬が交尾をするさかい腹もたつろう嫉妬もしよう


(祢莉)
   六条御息所くらいには嗜んでます嫉妬心なら

 なるほど、「嫉妬心」は女の嗜みか。
 それにしても六条御息所の嫉妬心は恐ろしい。
 光源氏より七歳年上の彼女は、光源氏との関係を断ってからも、事ある毎に生霊・死霊となって現れ、光源氏の恋人たちを脅かす。
 ことほど然様に恐ろしいのは年上の女。
 本企画にご参加の男性歌人諸君も、ゆめゆめ年上の女性歌人に懸想してはならんぞ。
 年増はみんなこの鳥羽省三が一手に引き受けた。なんちゃって、ウソ、ウソ。
 この一首、結社誌に発表する場合とは異なって、題詠企画などのインターネット短歌として発表する場合は、「六条御息所」に「ろくじょうのみやすんどころ」と振り仮名を施す必要があろうか。
    〔答〕 我はまた六畳の御休所(みやすんどころ)に寝そべって末摘花の夢などを見む


(ひいらぎ)
   ただ君のアドレス聞かれただけなのに知らないふりは嫉妬だろうか

 そうです。それも立派な嫉妬です。
 一口に嫉妬と言っても、その階梯は十二段階もありますが、「アドレスを聞かれただけなのに知らないふり」するのは、そのうちの下から三段階目です。
 最終段階ともなると、嫉妬に燃えた挙句の業火で嫉妬対象者を焼き殺すに至る、ということです。当然、わが身も滅ぼすことになりましょう。
 ご注意が肝要ですよ、ひいらぎさん。可愛いお子様を泣かせないようにね。
    〔答〕 アドレスを聞いただけでも「フン」と言い、挙句の果に泣き出しもする。


(髭彦)
   人知るや恋の心の奥底に嫉妬の暗き炎燃ゆるを

 「恋の心の奥底に嫉妬の暗き炎燃ゆる」という髭彦さんのご意見は耳の穴を穿ってでも拝聴すべきである。
 通常、私たちは、恋心をプラスの情念、嫉妬心をマイナスの情念、として捉えている。
 ところが、かなりの人生通と思われるこの作品中の<わたし>の考えによると、一般的にはプラスの情念と思われている恋心の中に、マイナスの情念以外の何物でもない嫉妬心が棲んでいる、と言うことであり、しかもその嫉妬心は、「暗き炎」を燃やしているということである。
 ああ、驚いた。ああ、気持ち悪い。髭彦さん作中の<わたし>は、何と恐ろしいことを言う人か。
 マイナスの情念である嫉妬心が恋心の奥底に暗き炎となってとろとろと燃えているなんて、これはまるで、蛇みたいではないか。
 恋をする時の私たちの体内には、一匹の蛇が飼われているのだ。ああ、そうなったら人生なにもかもお終いだ。私は今後一切、神に誓って、絶対に恋はするまい。
    〔答〕 我は知る恋する者の胸底に蛇が一匹棲むということ
 

(美久月 陽)
   縁日のべっこう飴に閉じ込めた嫉妬舐め取る舌先の蛇

 恋する者の胸底に棲む蛇は、時にはうきうきとして縁日にもやって来るのだが、今回はたまたま、あのフーテンの寅さんの捕らわれ者となってしまい、商売物の鼈甲飴の中に閉じ込められてしまった。
 だが、執念深いその蛇はそれにも懲りない。かくて、その紅き舌先でぺろぺろと鼈甲飴を舐めている。
    〔答〕 ぺろぺろと蛇の舐めゐる鼈甲の飴こそ暗き嫉妬心なれ


(中村成志)
   立ち竦む腋の下から地を這って我の嫉妬は四方へのびる

 中村成志さんの説くところによると、嫉妬心の化身である蛇はどうやら一匹ではなく、いや、もしかしたら、それは蛇というより、むしろ蠍か油脂の如きものであって、嫉妬心を抱いた挙句「立ち竦む」者の「腋の下から地を這って」「四方へのびる」らしい。
 <美久月 陽>さん作に登場した、「縁日のべっこう飴」の中に閉じ込められた蛇もまた、そうした中の一匹であったらしい。
    〔答〕 立ち竦む腋の下から地を這って四方へのびる油かだぶら
                               〔注〕 「油かだぶら(アブラカダブラ)」とは、世界中で行われている適切な訳語を持たない呪文で、その語源は、「私の言う通りになる」という意味のアラム語にあるという説もある。


(西野明日香)
   もう一度遇えるのだろうか不意に来る軽い嫉妬で始まる恋に

 「嫉妬心」とは「蛇」だの「蠍」だの「油」だのと、縷々噛み砕いて説明しても、未だ聞き分けなく「もう一度遇えるのだろうか不意に来る軽い嫉妬で始まる恋に 」などと言っている馬鹿者がいる。
  本作中の<わたし>は、おそらく作者と同様にかなりの年増に違いないだろうから、その気持ちは解らないでもない。
 だが、体内に蛇や蠍や油を棲まわせてどうすると言うのだ。
    〔答〕 もう一度遇えたとしても所詮へび アブラカダブラとは行くまいよ
                               〔注〕 「アブラカダブラ」の意味については、上注を参照のこと。


(青野ことり)
   ねっとりと嫉妬していた まといつくコールタールの海の深みで

 嫉妬の意味の説明の駄目押しである。
 嫉妬するありさまは、まさしく「ねっとりと」である。
 下の句中の四、五句の、「コールタールの海の深み」は、その「ねっとりと」身に「まといつく」嫉妬心の、極めて具体的かつ象徴的な直喩である。
    〔答〕 べっとりと身に張り付いた油脂のごと嫉妬は取れぬ<ことり>の羽から


(ウクレレ)
   ウニ2つこころの海に棲んでいる愛と嫉妬のイガイガ野郎

 またまた嫉妬の意味の説明の駄目押し。今度は嫉妬心を「ウニ」に例えている。
 でも、作者の<ウクレレ>さんは、「ウニ」のことを「イガイガ野郎」などと罵りながらも、そのウニを「2つ」も登場させ、その一つを「愛」に例え、もう一つを「嫉妬」に例えている。
 ウクレレさんはよほどのウニ好きなんだな。
    〔答〕 ウニふたつ心の海に養いて愛と嫉妬の狭間に泳ぐ
        ウニ好きのウクレレさんに乾杯だつまみはやはりウニにするかな


(鹿男)
   寝る前に充電をした髭剃りがすごく元気でなんだか嫉妬

 身近な所から取材するのが鹿男短歌の好さ。
 作中の髭剃りはなけなしの金を叩いて鹿男さんが買ったものだが、あまり元気良く動くと、「髭剃りのくせして生意気だ」と思うのが人情の常だから、髭剃りに嫉妬している鹿男さんの人格が特別に低いわけではない。
    〔答〕 寝る前に充電をした電動の鋸切れず角が切れない
        鹿男さんはいつでも嫉妬する側だ たまにはされてみたらどうだい


(minto)
   デパートに購ひしチョコ嫉妬など練りこめたるか深き味はひ

 「六日の菖蒲」、「十日の菊」。
 そのチョコはバレンタインデーの翌日に買ったチョコでしょう。
 値段も半額だし、程よく熟成していて、その日に買ったチョコがいちばん美味しいと、巷のもっぱらの評判ですよ。 
 <minto>さんは買い物上手。買い物する時、いつもガム噛み。 
    〔答〕 バレンタインデーに押し寄せしチョコ女らの情こもれるかはなはだ甘し


(ひぐらしひなつ)
   ぎこちなく少年くさい嫉妬にも飽きてしずかな秋を束ねる

 欠点として指摘するのではないが、本作は、一首全体解らないことだらけである。 
 先ず、この一首は、末尾の「束ねる」に収束される一文であるが、その主語はなんだろうか? 
 「わたし(話者)は・・・・・束ねる」「彼(少年)は・・・・・束ねる」などといろいろに考えられる。
 更に、二句目に「少年くさい」とあるが、これは、「(少年だから)少年くさい」のか、それとも「(大人なのに)少年くさい」のかが分からない。
 もう一つ、「秋を束ねる」が、あまりにも漠然としていて解らない。
 そこで、評者は、それらの疑問に一つずつ答を出しながら、この謎だらけの一首の解釈をしてみた。
 作者<ひぐらしひなつ>さんの分身に他ならない、作中の<わたし>の火遊びの相手は一人の少年。年齢は十九歳ぐらいだろうか。
 近頃の<わたし>は、その少年との関係をそろそろ清算しなければならないと思っている。かと言って、<わたし>は、彼から別の男に乗り換えよう、などと思っているわけではない。
 ただ、彼と<わたし>とのあまりに大きい年齢差と、彼の将来を思えばこその今回の決断である。
 そんな私の心の奥底を感じ取れずに、ここ数ヶ月、少年は、在るはずの無い私の新しい男に嫉妬している様子であったが、その有様は彼の年齢に相応しく、「ぎこちなく少年くさい」ものであった。
 と、こうしているうちに秋が来た。この頃の少年は、それまでの「ぎこちなく少年くさい嫉妬にも飽きて」「しずかな秋を束ね」ている様子だ。となるが、末尾の「秋を束ねる」の謎は、結局解けなかった。
 この語句をスケールの大きなものととれば、「少年は、まるでこの静かな秋の統括者ででもあるかのように、ただ黙々と季節に順応して行くのだった」とでも解釈されるし、小さいものととれば、「少年は、この静かな秋景色の中を、今日も田圃に出て、稲株を束ねていた」と解釈される。
 さて、いかがなものでしょうか?
 それとは別に、物見高い評者の返歌は、<わたし>と少年との過去の一ページについて、あれこれと詮索する。
    〔答〕 ぎこちなくまどろく君を開くとき少年はつか笑みにけらずや
         少年がわれの最中(もなか)に果てしとき未だしまだしと思ひしわれか
         秋は来ぬ渡り鳥らも訪れぬ少年まなし消えて行くべし


(ふみまろ)
   AVの標本たちが嫉妬するほどのセックスを見せてやろうぜ

 前作とまるで変わって、こちらは情緒も何もあるでなし。
 「AVの標本たち」とあるが、これはどういう意味であろうか?
 「AV映画に多く出演している男、女優たち」という意味。
 「<ふみまろ>さんの部屋のダブルベットの脇の棚に、まるで昆虫の標本のようにして並んでいる、AV映画のビデオ」という意味。
 「<ふみまろ>さん、自作自演のAVビデオ」という意味などなど、興味は尽きない。
 それにしても、せっかくのお題「嫉妬」を使って、<ふみまろ>さんは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
    〔答〕 標本に命無ければ嫉妬せず命あればの修羅場だろうぜ


(O.F.)
   都市ガスは嫉妬するほど美しく青く燃えますたまにオレンジ

 囲炉裏火や焚き火に魅せられた話は時たま聞くが、都市ガスが青く燃えるのに嫉妬したという話は初めて聞いた。
そもそも、囲炉裏火や薪ストーブの火には、煮炊きすることや温まること以外に、癒やしの効果などがあるのに対して、瓦斯レンジや瓦斯ストーブの火はその本業を専らにし、瓦斯レンジの火を見つめていて癒やされたとか、瓦斯ストーブの火を囲みながら昔話に花が咲いたとかとは、ほとんど言わないし聞かない。
 そうした中にあって、「都市ガスは嫉妬するほど美しく青く燃えます」とまで言い切るとは、本作の作者の宗旨はゾロアスター教か?
    〔答〕 ブロパンは嫉妬するほど青くなしたまに黄色く不完全燃焼


(暮夜 宴)
   パレットのうえの混沌 嫉妬ってこんな色だと思う5時限
    
 末尾の語、「5時限」に<逃げ>を感じた。
 作中の<わたし>を美校生と想定しての措置であるかも知れないが、それでもどうにかならないものかと思った。
 と言うのは、短歌や俳句の末尾に「5時限」「2時限」「6月」「水無月」などと、時間帯を意味する四音の語を置いて安直に逃げる作品があまりにも多いからである。
    〔答〕 パレットのうえの混沌 嫉妬ってこんな色だと思うアトリエ


(こすぎ)
   ピアスから嫉妬がもれて秋雨が頬を突き刺す北池袋

 本作中の五句目に、「北池袋」という地名を据えたことの是非については、正直言って、直言を旨とする評者も迷う。
 何故ならば、短歌の末尾に座る七音の地名は、直前の<暮夜 宴>さん作の歌末の「5時限」などの時間帯を表わす四音と同じで、推敲に行き詰った詠者が一種の「逃げ」として、安易にそこに置く場合が多いのであるが、本作の場合は、「北池袋」という地名の持つイメージが、そこに至る、「ピアスから嫉妬がもれて秋雨が頬を突き刺す」という修飾語句とこの上なくマッチしているとも思われるからである。
 でも、私も評者のはしくれです。四の五の言わずに断言しましょう。本作は傑作です。
    〔答〕 耳たぶからピアスが外れ霧雨の路上突き刺す南新宿


(伊藤真也)
   電柱の陰からドアの隙間から不眠不休で見張る嫉妬師

 雇用問題が何かと世間を騒がせている今日、本作の創作によって、「嫉妬師」という全く新たな職業を創出したことは、作者・伊藤真也さんの一番手柄である。
 近々、厚生労働大臣・枡添酔一氏から感謝状が贈られる予定である。
    〔答〕 教誨師詐欺師ペテン師嫉妬師と師の付く仕事何故か陰湿


(健太郎)
   カフェテラスミルクを取りに席を立つ 視線の先に嫉妬の弾み

 <一字空き>の多用は厳に慎むべきであろうが、本作の場合は、初句と二句との間を一字空きにした方が良いと思う。何事も時によりけり、なのである。
 でも、「視線の先に嫉妬の弾み」はなかなか意味深ですね。彼女の彼氏が視線の先に居たのでしょうか。
    〔答〕 カフェテラス ミルク取りにと席を立つ 視線の先に弾む嫉妬が
       元カレが視線の先に居たりして銀の茶匙をカチカチ鳴らす


(はしぼそがらす)
   退院!の華やぐ声にこみ上げる嫉妬と共に丸薬を飲む

 「悲喜こもごも」と言う慣用句があるが、その慣用句に示されるような光景を日常的に目にする(と言うよりも、目にせざるを得ない)のが病棟です。
 「退院!の華やぐ声にこみ上げる嫉妬と共に丸薬を飲む」。「嫉妬」は「丸薬」などと同類で、「飲む」ものだと言うことを、身につまされて知りました。
    〔答〕 退院!の華やぐ声に涙をば飲むもの居るも併せて知りぬ
 <はしぼそからす>さんのご回復を、一日も早くと祈るのみ。


(ezmi)
   嫉妬するほどの何かがあるじゃなし見て見ぬふりも上手になって

 達観したらしい様子を見て取って、敵さんは、その「何か」をこそこそ始める。
 油断大敵火廼用心。火事は出しても浮気許すな。
    〔答〕 見て見ぬふりするのを見ててする浮気 「上手になって」はどちらの方か?


(久哲) (久哲の適当緑化計画。)
   くれないの迷子あなたに嫉妬する みずはらしおんみずはらしおん

 異才・久哲さんがまたまた放った異能の一首。
 下の句「みずはらしおんみずはらしおん」が、嫉妬師の唱える呪文のようで効果的。
 水原紫苑を「くれないの迷子」とした理由については、久哲さんと紫苑さんとの因縁話を、一席設けて、一晩じっくりとお聞きしなければなるまい。
    〔答〕 くれないの水原紫苑と久哲の死ぬの生きるの因縁怖し
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