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一首を切り裂く(001:笑)

001:笑(音波)
 泣くことは生まれたときから知っている 笑顔はたまに復習をする

 この作品もまた漢字とひらがなのバランスが良い。お題の「笑」とその対義語である「泣」を漢字書きにしたのは当然としても、その他に漢字表記することによってその語のイメージが特に強く喚起される、「生」「知」「笑顔」「復習」の四語を漢字で書き、その他の語をひらがな書きにしたのは、真に行き届いた配慮と言わねばならない。
 上の句と下の句の間を一字空きにしたのも良かった。これ在るがために、読者は、上の句を読んだ後ひと呼吸置いて、充分な予測と期待感とを抱いて下の句を読む。
 予め読者の抱いた予測は半ば当たり半ば外れるのであるが、読者は、その半ば当たったことに満足すると共に、半ば外れたことについては、そこに作者の創意を感じ、予測とは別に抱いていた期待感の空しからざるを知って満足するのである。
 内容について述べると、私たち人間のほとんどが産声を上げ、産声の全ては泣き声であることは 、誰だって知っている。しかし、私たちは普段の生活の中でそのことを特別に意識することはないし、そんなことは考えてもみない。
 そこで、「泣くことは生まれたときから知っている」という上の句を突きつけられると、それは、まるで神の啓示のように、私たちの生存に直接働き掛けて来るのである。
 特別に何を言われたわけでもない。それと意識しないまでも、そのことは誰でも知っているはずなのだ。しかし、私たちは、この上の句に出会ったとき、何か私たちよりはずっと崇高な者から、私たちの生存に関わる、何か特別なことを言われたような感覚で、その言葉を受け止めてしまうのである。
 一方、「泣くことは生まれたときから知っている」という言葉は、ただの人間が日常生活の中でなにげなく述べた場合でも、笑顔を失った私たち人間に対する諭しとして神様がのたまわった場合でも、その裏には、必ず、「だから泣かずに笑っていなさい」という意味が託されている。
 だから、仮に、この二つを上下に配置して、「泣くことは生まれたときから知っている だから泣かずに笑っていなさい」という一首を作ったとしても、それは韻律も合っているし、口語で統一されてもいるから、短歌と言えないこともないが、本質的には一つのことを二重に言ったに過ぎないから、それは、緊張感欠いた平凡な語句の羅列に過ぎなくなる。
 そこで発揮されたのが、作者・音波氏の表現技巧である。
 上掲の歌をもう一度記す。
  「泣くことは生まれたときから知っている 笑顔はたまに復習をする」、この一首を一首たらしめたのは下の句である。聞かせどころは「復習する」であるが、「たまに」も欠かせない。
 作者は生まれたまんまの、笑うことを一度も学習して来なかった人間ではなかったが、日常生活の忙しさの中で、ともすれば「笑顔」を失いがちになる。そこで、失いかけた「笑顔」を「たまに」「復習する」のである。
 この作品には、格別な難意語は使われていない。それなのに、その平易な語句を連ねて、しかも充分にユーモラスな口調で言った、その三十一音は、まるで聖書の箴言の一句のように、私たちの生存に響いて来る。
 すばらしい。作者の音波氏のために乾杯。
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