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『題詠2009』への投稿作品と作者自身によるその注釈(そのⅡ)

011:嫉妬(鳥羽省三)
 嫉妬とふ単語に女ふたり居て互ひに嫉(そね)み妬(ねた)み合ひたり

 初稿は「嫉妬とふ言葉に女二人居て互ひに妬(ねた)み嫉(そね)み合ふとか」であった。末尾を「合ふとか(聞く)」とすることによって、「嫉妬という言葉の中に女が二人棲息して居て、その二人の女は互いに相手を嫉妬し合っている、と誰かから私は聞いた」という伝聞形式にしたのだ。
 この場合、作品全体の話者としての<わたし>は、「嫉妬とふ言葉に~~(中略)~~妬み嫉み合ふ」という話を、誰かから聞いた<わたし>であって、その<わたし>にその話を聞かせた<誰か>とは別人である。つまり、一作品の中に、作品全体の話者と、その話者にある話を聞かせた、その話の話者がいるのである。
 初稿を投稿して間もなく、私(=作者)は、伝聞形式のその初稿が気に食わなくなった。
 一作品の中に話者が二人存在する(それはよくあることだが)などというのはややこし過ぎるからである。
 そこで、作品の内容を「~という話を、誰かから私は聞いた」などという間接的な形にせずに、「私は~した」という直接的な形にしようと思った。
 掲出の作品、「嫉妬とふ単語に女ふたり居て互ひに嫉(そね)み妬(ねた)み合ひたり」は、こうした次第を経て出来上がった。
 伝聞形式から直叙形式に改めたわけであるが、ことのついでにと思って、「言葉」を「単語」に替え、「妬む・嫉む」の語順を「嫉妬」の文字順に合わせて入れ替えもした。
 「言葉」を「単語」に改めた件は、もしかしたら、初稿のままの方が良かったかも知れない。だが、「女(が)ふたり」の「ふたり」と「単語」の「単」とを比較対照化したいと思ったので、敢えて「単語」に改めた。
 「単語に女(が)ふたり居て」とは、「一軒の家に<女>が二人居て」、つまり、妻妾同居の形である。
 ところで、「題詠2009」のブログを開いて「011:嫉妬」という<お題>を見た時、私は困惑してしまった。何故なら、この「嫉妬」という語こそ、短歌にとって最大のテーマ、恐らくは「短歌そのもの」と言ってもいい語であると、かねがね思っていたからである。
 「蝌蚪生れし水のよろこび水の面に触れてかがやく風のよろこび」と、雨宮雅子氏は自然への嫉妬心をあからさまに歌う。
 「杖すでに用なくかへす傘立てにすとんと棒にかへりゆきたり」と、春日真木子氏は、生前にその「杖」を愛用していたご父君・松田常憲氏の死亡に伴って無用となってしまって、一本の棒と化してしまった「杖」にさえ嫉妬し、それわ歌に託して憚らない。
 「嫉妬心」を歌った作品の例として、女流歌人二人の作品を上げたのは、このお二人が、私が七回生まれ変わっても及ばないような優れた歌人だからである。彼女たちは、嫉妬の対象とされこそすれ、彼女らご自身が嫉妬するなどとは、私は思ってもみなかったからである。
 嫉妬心を短歌に託するのは、何も女流歌人ばかりではない。
 今や、歌壇の一方の旗頭となってしまった感のある、高野公彦氏の学生時代の作品に、「悲しみを書きてくるめし紙きれが夜ふけ花のごと開きをるなり」(『水木(昭59)』より)という、人口に膾炙した佳作があるが、高野氏がこの作品を発表される数年前に刊行された森岡貞香氏の歌集『白蛾(昭28)』に、「生ける蛾をこめて捨てたる紙つぶて花の形に朝ひらきをり」という、全く同趣向の作品が掲載されている。
 私は、これを以て、高野公彦氏が森岡貞香氏の作品を模倣したとは思わないが、もしかしたら、当時の大学生歌人・高野公彦氏の胸中に、森岡作品への嫉妬心があったのかも知れない、とは思っている。
 大学生歌人だけではなく、一人前、いやそれ以上に有名な大歌人だって嫉妬する。
 あの塚本邦夫氏に、「五月祭の汗の青年、病むわれは火のごとき孤獨もちてへだたる」(『装飾樂句(昭31)』より)という嫉妬心の権化のような作品があるが、それは若気の至りとしても、もう一つの、「雉食へばましてしのばゆ再(ま)た娶りあかあかと冬も半裸のピカソ」(『緑色研究(昭40)』より)は、彼の全盛期の作品であり、彼の代表作の一つであるだけに、絶対に見逃すわけにはいかない。
 このテキストから読み取れるものは、自分より強健で、自分より有名で、自分よりもかなり獣性に勝った同性への激しい敵愾心と燃えるような嫉妬心である。
 私の歌は彼、彼女らの手になる歌からすれば、まるで屁のようなものであろうから、こうして嫉妬心の火達磨と化してしまったような彼、彼女らの作品に接する時、まさか高野が、まさか塚本が、という思いに囚われてならない。
 この稿を書き進めながら、気分転換にと思って、たまたま「題詠2009」の投稿歌を見ていたら、水口涼子さんと仰る妙齢の女性(?)の方の御作として、「必ずや探し出されて君といるタイガーバームに嫉妬している」という傑作が目に入った。何と驚いたことに、この広い世の中には、あの塗り薬のタイガーバームに嫉妬している女性だっているのだ。しかも、その女性は、ひょっとすると変態と思われるかも知れない、ご自身のあまり褒めたものでもないご性格を、堂々と短歌に託して、満天下にご披露に及んでいるのである。
 ことほど然様に、「嫉妬」と短歌との関係は深いのである。
 と言うわけで、あれこれと悩みの尽きない私は、苦肉の策として、「嫉妬」そのものを主題とせずに、「嫉妬」という文字を題材にして一首をものすることに決めた。戦国時代の武将が、敵の正面からの攻撃が無理だと悟った時に、よくやる戦法だ。つまり、搦め手戦術というやつだ。
 おそらく古代中国人の仕業であろうが、彼らは迂闊にも、「ねたみ・そねみ」を意味する、「嫉妬」という言葉の、「嫉」の字も、「妬」の字も、「女偏」の字として作って下さった。これは、今ならばウーマン・パワーに一蹴されそうな大失敗であろうが、私は、この古代中国人のしでかした大失敗につけ込んで、上掲の一首を作ったのである。 
 「嫉妬」という一単語の中に二人の女が棲息しているという、このささやかな発見は、作者の私にとっては、コロンブスの卵にも、ニュートンの林檎にも等しい大発見であった。


012:達(鳥羽省三)
 「達者でナ」なんて演歌もあった気が駿河銀行テッシュも呉れぬ

 「『達者でナ』なんて演歌」を三橋美智也が歌ってヒットさせたのははるか昔のことであって、今となっては、作詞者、作曲者の名前も忘れてしまい、歌詞さえ曖昧にしか覚えていない。
 掲出の作品は、その「達者でナ」という演歌のタイトルを含む一連の語句、「「『達者でナ』なんて演歌もあった気が」を、それと直結する掛詞の部分、即ち、「するが=駿河」を呼び起こす序詞として用いたものである。従って、この作品の意味のある部分は、「駿河銀行ティッシュも呉れぬ」という下の句だけということになる。
 但し、万葉時代に起源を持つ、この序詞には、作品中のある語を呼び起こす役割を主たる任務としながらも、それ自体にもなんらかの意味を持たせて使っている<有心の序>と、そうではない<無心の序>とがあり、拙作では、序詞に当たる「『達者でナ』なんて演歌もあった気が(するが)」という部分にも、作品中の<わたし>が、昔のことを懐かしむ、といったような何らかの意味を託していると思われるので、これは、どちらかと言うと<有心の序>である。
 そこで、この序詞の部分を有心とした上で、この作品の口語訳をするとこうなる。
 鳥羽の爺は未だに達者ということだが、そう言えば、かなり昔、『達者でナ』なんてタイトルの演歌があったような気がするが、今となっては、作詞・作曲者の名前はおろか、歌詞さえもうろ覚えになってしまったよ。待て、今、私はなんて言った。そうだ、「演歌があった気がするが」と言ったんだ。その<するが>で思い出したのだが、横浜の若葉台にある「駿河銀行」銀行、俺がせっせと貯金をしているのにティッシュも呉れない。しけた銀行だよ全く。
 作品中の<わたし>は、仕事仲間と二人で駅のベンチかどこかで、ワンカップでも空けているのだろう。すると、下の句の「駿河銀行ティッシュも呉れぬ」は、仕事の疲れから発する愚痴であり、日頃からサービスの悪い駿河銀行に対する、呪いの言葉でもあると思われる。そうなると、この七七は、「駿河銀行潰れてしまえ」と替えても差支えがないだろう。


013:カタカナ
 カタカナで書けば<ステキナワタシ>だが鏡を見ても素敵な私

 初稿は、「『カタカナで<カホリ>と書くが呼ぶときは<かおり>と呼んで』と妹は言う」であったが、あまりにも馬鹿馬鹿しく思われたので棄ててしまって、上掲の形で投稿した。でも、投稿した方がもっと馬鹿馬鹿しいカモ。
 でも、あの斉藤斎藤の歌をからかう役割は少し果たせたカモ。
 斉藤斎藤流にやれば、「カタカナで書けば<ステキナワタシ>だが漢字で書けば<素敵な私>」となるのだが、作品中の<わたし>は彼よりはかなり頭脳明晰だから、「カタカナで書けば<ステキナワタシ>だが鏡を見ても素敵な私」と、自惚れてみたのだろう。
 

014:煮(鳥羽省三)
 「小豆汁煮えた?」と問はれ「小豆汁煮えた」と言へば殺されるお噺

 子どもの頃に、真中で目隠しをして屈まっているオニの回りを、「あーぶく立った、煮えたった。煮えたか、煮えねか、食べてみろ」と歌いながら、手をつないだ数人の子どもたちが周り、歌い終わって外周の子どもたちが止まると、真中のオニが、「もう煮えた」か「まだ煮えね」かのどちらかの答えを言う。その時、オニの答えが「まだ煮えね」だったら、外周の者たちは再び歌いながら回り出すが、「もう煮えた」だったら、オニの直後に止まっていた者の身体を、目隠しをしたままのオニが触り、「あっ、これはおっぱいがおおきいからカズ子だ」「あっ、これはあそこが直立しているから、眞作だ」などと名前を言う。オニの言った名前が、言われた本人の名前と的中したら、その者が次のオニ。的中しなかったらオニの交代はなしで、また同じことが繰り返される、といったような遊戯があった。
 歌う歌詞は少しずつ違っていても、ゲームそのものは、それほど変化なく全国各地で行われていたと思われ、私とは郷里を異にする小島ゆかりさんが、この遊戯に取材したと思われる短歌を作っていた。だが、その内容は忘れてしまった。
 この遊戯で歌う歌の、私の郷里での歌詞は、「小豆かいかい、煮かいかい。煮れたか煮れねか、食べてみろ」だった。オニの答えは「もう煮れた」「まだ煮れね」。
 上掲の作品は、この遊戯唄の元となった昔話に取材したものである。
 この怖い昔話を、家の年寄りが子ども達に語ってくれるのは、決まって真冬。子ども達が囲んでいる囲炉裏の自在鍵に掛けられた大鍋の中では、前年の秋に畑で取れた小豆がぐつぐつぐつと何事かを呟いていた。その怖かったこと、恐かったこと。
 

015:型(鳥羽省三)
 「型枠を組めば仕事は半分さ」 左官屋さんは誇るがに言ふ

 「型枠」とは、家屋の土台のコンクリート打ちなどをする時に作る木製の枠。コンクリートが一定の形で固まるようにするための仕掛けである。
 左官屋さんとは、元々、家や土蔵の壁を塗るのが本業であるが、今となっては、白壁を塗った家などほとんど建てないから、昨今の左官屋さんは、大工の棟梁から頼まれてするコンクリート打ちを本業のようにしている。
 型枠組みの上手下手は、その後の作業工程や家屋の強度や工賃とも密接に関わるから、型枠組みを自分の思い通りにし終えた時、「『型枠を組めば仕事は半分さ』」と「左官屋さんは(自分の腕前を)誇る」ようにして「言ふ」のである。
 「誇るがに言ふ」の「がに」は、「~~せんばかりに・~~するかのように」の意味で用いられる副助詞である。この上代語を現代短歌の中で使うのは、なるべくならば避けたいと、私はかねがね思っていた。だが、この作品の場合は、他に適当な表現方法が見つからなかったのでやむなく使った。


016:Uターン(鳥羽省三)
 シャッター街はつばくらめのみ新しくUターンせし吾を斬るがに飛べり

 中村草田男の処女句集『長子』に、「町空のつばくらめのみ新しや」という名句があることは、どなたもご承知のことと思われる。掲出作品はその名句へのオマージュとして作った。
 もしも、お題に縛られなかったら、おそらく私は、この歌の第四句を「帰郷者われを」としたに違いない。しかし、投稿後によくよく熟慮したら、この一首はこのままでいいのだという結論に達した。
 何故ならば、「帰郷者われを」ではなく、「Uターンせし吾(わ)を」にしたことによって、「つばくらめ(燕)」の<直線的飛行>と、「吾」の<曲線的行動>」とが、具体的に比較され、それが、次句の「斬るがに飛べり」という後ろめたい感情を述べた語句を呼び起こすことになると思ったからである。
 ところで、短歌の解釈や鑑賞の基本は、テキストとした作品の徹底的な読みである。
 しからば、このテキストから何を読み取り得るか。ごく普通の人であれば、このテキストから読み取りうるものは次の四点であろう。
 ① 作品中の「吾」は都会から故郷にUターンした。 
 ② その時季は燕の飛び交う初夏である。
 ③ Uターンした故郷は、寂れてシャッター街と化していた。
 ④ 寂れた街並みに較べると、そこに飛び交う燕の姿は新鮮だった。

 この四点に基づいてテキストを解釈すれば、次のようになるだろう。
 
 初夏、久しぶりに帰郷した故郷は、すっかり寂れ、目抜き通りの商店はあらかたシャッターを閉めていた。そのシャッター街を燕が飛び交っていたが、シャッター街の暗さに比べ、飛び交う燕の姿は新鮮だった。

 わずか三十一音に過ぎない、この一首から読み取り得る情報としては、これで充分かとも思われるが、私の考えでは、この一首を真に鑑賞したと言うためには、もう一つ二つ何かが欠けているのではないだろうか。

 その欠けている一つ二つとは何か。それは次の二点である。
 ⑤ 作品中の「つばくらめのみ新し」という語句は、中村草田男の処女句集『長子』の句「町空のつばくらめのみ新しや」からの抜粋であること。
 ⑥ 「つばくらめ」「斬るがに飛べり」という語句から、あの佐々木小次郎のつばめ返しが呼び起こされ、そこから作品中の「吾」の抱いた罪悪感が呼び起こされること。

 上掲の①②③④に加え、この⑤⑥を考慮に入れて、この一首を解釈すれば、次のようになり、ようやく鑑賞の域に達する。

 初夏、これまで都会に出て働いていた私は、何かと気苦労の多い都会暮らしを止めて、久しぶりに故郷に帰って来た。だが、私を迎える故郷の街はすっかり寂れ、目抜き通りの商店のシャッターは軒並み閉じられたままで、その街並みを燕が飛び交う様だけが新鮮であった。燕と言えば、私は直ぐ、あの中村草田男の有名な句を思い出すが、私を出迎えてくれるこの街の燕たちは、中村草田男を出迎えてくれた、松山の燕とは異なって、何故か、その飛び交う様子が鋭く、まるでUターンした私を斬り裂くような感じなのだ。ああ、この街を故郷として帰って来た私は、家の長男として、一体何を為し得るのだろうか。 
 
 語法的なことについて述べると、またしても「がに」である。「ごと」か「がに」かの選択を迫られたのであるが、音感の関係でやむなく「がに」を使ってしまったのである。

   
017:解(鳥羽省三)
 人質の解放待てるテントからどっと上がった喜びの声

 クーベルタン精神の発揮。投稿することに意義があると感じて作っただけの作品だ。私の脳裡に在ったのは、あの「在ペルー大使公邸占拠事件」であったが、あまりにも旧聞に属することなので、「題詠2009」への参加者のほとんどの方の記憶には残ってはいないだろう。
 これとは別に、「人質の解放などは二の次で犯人逮捕を急げとの沙汰」というのもあるが、これの解説をすると、国家機密を暴露しかねないので已めた。


018:格差(鳥羽省三)
 国民に格差在りやと謂ふがごと元旦参賀の日の丸の波 

 テレビ画面でしか見たことはないが、毎年行われている、あの元旦参賀って凄いよな。人、人、人、人、人、人、人、何処まで行っても続く人の波だ。旗、旗、旗、旗、日の丸の旗。どの人も、どの人も、日の丸の旗を振っているのだ。
 あの光景を目にしたら、皇室の方々がいくら頭脳明晰でいらっしゃったとしても、「民の竈は賑わいにけり。朕が民草に格差などなし」と来ちゃうよな。別に憎かったり、羨ましかったりして言うのではないよ。要は、ご皇室の方々もお忙しくて大変だ、と申し上げたいのだ。


019:ノート(鳥羽省三)
 ノート型PC抱き売りに行くときPCは啼くに非ずや

 初稿は、「ノート型PCを抱き売りに行くときPCは欲情せずや」であったが、五句目中のニ文字・「欲情」が、<goo>ブログの検問に引っかかることを危惧して、掲出の形に変えて投稿した。
 韻律の良さを佳作の条件としている、私の作品としては珍しく、初句と二句目及び四句目と五句目に句跨りが見られる。節操に欠けた私は、そこがまた気に入っている。
 どなたかから、寺山修司の「売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき」の本歌取りではないか、とのご指摘をいただいたが、中世の歌学書などをひも解くと、本歌取りの歌という場合は、本歌から取る語句が何句以上、何句以下でなければならないなどと、いろいろ喧しい規定があるようだ。拙作は、それらの条件を満たしているとは思われないので、本歌取りの歌だと主張するつもりはない。
 でも、吾ながら上手く詠んだものだなあ。寺山作の場合は「柱時計」だから「鳴る」。鳥羽作の場合は「ノート型PC」だから「啼く」か。でも、今ひとつ何かピンと来ないなあ。柱時計とノート型パソコンと、一体どっちが人間に近いだろうか? どっちの体温が温かいだろうか? えっ、パソコンだって。それはないよ。お前のパソコンは過熱しているからだ。
 

020:貧(鳥羽省三)
 我が村の<貧>を象徴せる如く村のワンコは冬着まとはず

 本当のことを言うとね。あの犬に着せる冬着は、どんな高価なものだって窮屈なんだって。高価になればなるほど窮屈で着てられないんだってさ。ドレス着たワンコが鳴き喚くのはそのせいだってよ。嬉しいからではないよ。苦しいからだ。だから、脱がしてやりなよ。
 でも、この歌は傑作だなあ。横浜市の田園都市線の沿線あたりでよく見かける、犬にふかふかのドレスを着せて威張って散歩している、あの肉襦袢を着たようなスタイルのおばさんたちのことを風刺しているみたいだ。こないだなんか、まるで鹿鳴館のダンスパーティに行く時に着るドレスみたいな衣装を身につけたワンコがいたからな。そのくせ、手綱を握っているおばさんは国技館から出て来たような格好してさ。
 犬に衣装を着せている人は、本質的に教養の無い田舎者なんだよ。そこは村なのさ。
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