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 ○  病廊を妓楼に見立てひねもすに過ぎれる娘(こ)らの値踏みして居り   鳥羽省三

 本作の動作主は、先年亡くなった私の叔父である。
 彼は戦時下の上海で某日刊紙の支局員を勤めていたが、終戦後間も無く着の身着のままで本土に引き上げて来た。
 引き上げ後の彼は、新聞社や雑誌社などからの引く手あまたの誘いを退けて、口を漱ぐ程度の手間賃稼ぎしかしないままに、細君と二人で東京・阿佐ヶ谷で陋屋暮らしをしていた。
 その彼が、都下のある総合病院の六人部屋のベットに臥したまま亡くなったのは、今から数えて三十六年前のこと。
 その半年前に、彼は、彼自身のただ一人の同居者であり、理解者でもあった細君を亡くしていたので、それから幾月も経たない中の彼の死亡は、言わば、細君への後追い心中のようなものだったとは、親戚中の専らの噂であった。
 片意地張った彼の性格は、親戚など周囲の者の意見を容易に受け入れず、実の姉である私の母を含めて、親戚筋のほとんどの者が、破産した旧家の土蔵を改造して作った狭い借家に蟄居する彼を相手とせず、彼もまた、私以外の親族を相手としなかった。
 私が、両親や周囲の人々の目を盗んで、彼の陋屋を訪れていたのは、その壁際に山積みされている古雑誌読みたさと、彼の上海生活の話を聞きたい、という気持ちが重なったからであった。
 本作の背景となった出来事は、彼の最晩年、彼の性格を好いていたとも思われないのに、生涯彼の元を去らなかった細君にも先立たれ、末期癌の身を、薄汚い総合病院の六人部屋のベットの上に横たえていた頃のことである。
 長い長い冬のある日、私が鯛焼きなどを手にして見舞いに行くと、「おお、省三か。今さら俺のところに来ても何も無いぞ。今の俺には、お前に渋茶一杯も注いでやれないのだよ。」などと言い出し、その後は、おもむろに、自分の過去の出来事などを話して聞かせるのであった。
 「上海の頃の俺は、いくらかお金も持っていたし、まだ独身だったから、女の体を求めて、夜な夜な危険な魔窟に足を踏み入れたものだった。その癖が、こんなざまになった今でも取れなくて、俺は、ついうかっりすると、この病室の前の廊下を娼妓たちの居る妓楼だと勘違いしてしまい、廊下を通り過ぎて行く看護婦や女の患者や見舞い客などを、この女の値はいくら、あの女の値はいくら、と値踏みしているのだ。今となっては、果てない夢だがね。」などと。 


 ○  逢合の帰途覘きしは田屋・ライオン・明治屋含めて都合六軒      鳥羽省三

 これ亦、叔父から聞いた話。
 「俺の楽しみは、あまり金のかからない女漁りと銀ブラ。」
 「つい先日も俺は、烏森のあいまい宿で、そうした女と一戦交えた後、銀座に出掛け、買うとも無しに、田屋のネクタイの感触を確かめ、それから、ライオンの壁画の前に陣取って昼食を取り、その後は、京橋まで足を延ばして、明治屋を冷やかしてきた。」などと、自慢げに語ったものだ。
 今から、四十年も前のことだ。
 女漁りと銀ブラ以外に、叔父は、もう一つの道楽を持っていた。
 それは、私なら一生かかっても一本も買わないような高級ネクタイの蒐集。
 最晩年まで叔父との付き合いを絶たなかった、私の狙いの一つもその辺に在ったのだが、「叔父逝去」の知らせを私がしたところ、それまでは鼻も引っ掛けなかった有象無象どもが親戚中から集まって来た。
 そして、叔父の住まいが借家だと知ると、彼等は、家中を引っ掻き回した挙句、私が密かに狙っていた高級ネクタイを鞄に詰め込み、ろくろく通夜も明けないのに、瞬く間に帰宅してしまったのだ。
 ほんの形ばかりのものだったとは言え、叔父の葬儀は私と家内とで済ませたが、その淋しかったことは、今になっても忘れられない。

一首を切り裂く(050:災)

(チッピッピ)
    災が「今年の漢字」になった年なにがあったかもう忘れてる

 災難の「災」が「今年の漢字」に選ばれたのは2004(平成16)年のこと。
 この年は、「新潟県中越地震」、「台風23号上陸による各地の風水災害」、「美浜発電所の放射能漏れ事故」、「三菱自動工業のリコール隠し」など、年明けから歳末まで、災難、災難、災難。
 天災・人災を問わず、災難続きの年であった。
 「天災は忘れたころにやって来る」。
 いや、元へ、その反対。
 平成十六年と言えば、つい最近のこと。
 その余波が、未だに残っていて、震災復興に努力した村の村長さんが、その後、衆議院議員に当選して、何かと話題になったことなどは、どんな理由でか未だに記憶しているが、その他のことは、綺麗さっぱり忘れて、平気な顔をしている。
 人間と言う動物は、本当に始末におえない動物である。
 と言っても、それは<チッピッピ>さんのことではない。この私・鳥羽省三のことである。
 ところで、本作では、お題の「災」の字を<わざわい>と読ませているが、これを<さい>と読ませ、一首を、「災の字が『今年の漢字』になった年なにがあったかもう忘れてる」とする手もあるが、どちらがいいだろうか?
      〔答〕 翌年の「今年の漢字」は何だった? たしか「愛」だが「戦」かも知れぬ?  鳥羽省三 

 
(野州)
    一言も喋らぬ妻を唯一の災いとしてハネムーン終へる

 これには笑っちゃった。
 可笑しくって、おかしくって、笑っちゃった。
 <きのこの山>食って笑っちゃったよ。
 それにしても、このカップル、いざ鎌倉って時、どうしたのかしら。
 奥さんの方は、一言も喋らずにがばっと抱きついていったのかしら、ご主人に。
 ご主人の方は、それこそ<人災>だと諦めて、無言のまま抱きついて来る奥さんを、「いや、気にしない。気にしない。僕はあなたを、気にしてはいませんよ」などと言って、抱きとめてやったのかしら。
 笑っちゃうわ、わたし。
 でも、これが事実だとしたならば、それは、笑うに笑えない悲喜劇だね。
     〔答〕 「やしゅう」とは夜襲うこと。もの言わぬ妻に野州は夜襲かけたか?  鳥羽省三


(理阿弥)
    引き籠る平時の吾に贈らるる罹災時向けの手回しラジオ

 「引き籠る」ことを「平時」とする、覚り切ったような作者の言い分にも一理が無いわけではない。
 今の世の中、馬鹿と阿呆が幅を利かしていて、「いや、うそー。それって下げー」なんちゃってるから、こちとらのような教養人は、ひたすら、陋屋に引き籠ることを<平時の習い>としなければならないからだ。
 察するに、<理阿弥>などと言う、しかつめらしいハンドルネームに御身を窶されて居られるが、この作品の作者とて、私と同じ思いを抱かれて居られるのでありましょう。
 その「「引き籠る」ことを「平時の吾」とされて居られる<理阿弥>氏に、「罹災時向けの手回しラジオ」が贈られて来た。
 その贈り主は、理阿弥氏が、日夜、跪いて拝まれる阿弥陀如来様。
 察するに、贈り主の阿弥陀如来様の意図は、「我が信徒たる理阿弥陀仏よ、よく聴け。平時は戦時、万事が万死と心得、来るべき来世に備えよ。この手回しラジオ、死んでも手放すな」と言うことでありましょう。
 拠って理阿弥氏よ、その「罹災時向けの手回しラジオ」を、有効に活用されたし。
     〔答〕 引き籠る狂気の吾に贈られし茎割れ林檎はなかなか美味し  鳥羽省三


(磯野カヅオ)
    望まざるセックス臨む災難を避くる御守り持たされてをり

 磯野カヅオ氏は、インド滞在中のある夜、同行の某氏から無理矢理誘われて、ガンジス河畔の歓楽街に足を入れた?
 拠って、「望まざるセックス臨む災難を避くる御守り」とは、彼の護謨製品のこと。
 それを鞘にして、磯野カヅオ氏の曰く、「こうなったら、矢でも鉄砲でも持って来いってんだ。俺様は、彼の有名な、奈良時代の妖僧・道鏡の末裔なるぞ」とかなんとか。
 とは言え、その実弾の威力の程は、三丁目の駄菓子屋で買った水鉄砲ほどのこともなかった。
 「望まざるセックス臨む」の「臨」は、臨戦の「臨」。
 つまり、磯野氏にとっての「セックス」の場面とは、それが「望まざる」ものだっただけに、「臨戦状態」に等しい場面であったのだ。
 したがって、それは「災難」でもあった。
 「望まざる」のに「臨む」のも、日本男児なればこそか?
     〔答〕 望まざるものにも臨む我なればまっこと欲しきは彼の護謨製品  鳥羽省三


(冥亭)
    「何故のマスク姿ぞ」災いは口より出でて口に入るなり

 そのマスクは、出づるを制するマスクなりや? 
 入るを制するマスクなりや?
     〔答〕 入るも入る出づるも出づるいと怖し我のマスクは諸刃のやいば  鳥羽省三


(のびのび)
    黙ってりゃ隠せる難もあろうものを女の口は災いのもと

 やや韻律がよくないから、これを、「黙ってりゃ隠せる難もあろうもの女の口は災いのもと」、或いは「黙ってりゃ隠せることも有ろうのに女の口は災いのもと」と改められたら、如何でしょうか?
 仰られることに対しては、一言もございません。
     〔答〕 黙ってりゃ憎まれることも無かろうに私の口も災いの元  鳥羽省三


(暮夜 宴)
    災いを転じて福田くんとした紫陽花よりも淡い想い出

 作者の<暮夜宴>氏は、<中三角大福>時代の自民党の陣笠代議士であったのか?
 「災いを転じて福田くん」とは、<暮夜、暮夜>に亙る宴会攻めに苦しんだ後、自民党本部での総裁選挙に於いて、暮夜宴氏ご自身が、投票用紙に、中曽根とも三木とも田中角栄とも大平とも書かずに、「福田」と書いたということか?
 陣笠生活から足を洗った今となっては、そうしたことが、「薫(くん)として香る紫陽花よりも芳しく、かつ淡い想い出」として、氏の記憶の中に残っているのであろう。
 大胆に省略しての、スピード感あふれる表現が素晴らしい。
     〔答〕 災いを覚悟の上で角栄と書いた私が貰った賄賂  鳥羽省三


(ほたる)
    災いと認識していた錆色の過去が磨かれ真鍮になる

 作者のお宅には、先祖伝来と称せられる、錆色をした茶釜が在ったのでしょう。
 そして、作者以外の家族の人たちは、「ありがたや、ありがたや、この錆色茶釜。この茶釜で沸かした湯で立てた抹茶を喫めば、幸せが一度ならず二度訪れる。娘二人が二度ずつ、合計四度の婚礼。」とか何とか仰って、崇拝一筋であられたのでございましょう。
 でも、そこはほたるさん。
 ご幼少の砌から短歌など詠まれ、この「題詠2009」にご投稿された御作が、再三再四に亙って、あのうるさ型の鳥羽省三の観賞眼に叶うほどの教養の所有者。
 「禍々しき、この錆色の茶釜。この茶釜で沸かした湯で立てた渋茶を飲んだが故に、姉二人はそれぞれバツイチ。」とかなんとか仰って、お勤め詠歌の合い間合い間に、一所懸命に磨かれた効果覿面、錆色の茶釜が、たちまち煌々として照る、真鍮の茶釜として復活されたのでありましょう。
 こうした、持って回った解釈とは別に、この一首の、「災いと認識していた錆色の」までを、<有心の序>として捉え、それ以降に、作者の本意を託した、という見方もある。
 しかし、いくら磨いたとて、所詮、真鍮は合金。
 もっと磨いて本物の金になりなさいほたるさん。
     〔答〕 白玉も磨かざりせば只の石みがいて磨いて輝けほたる  鳥羽省三  


(佐藤羽美)
    朝曇りざわめきながら蔓草が這い出してくる火災報知機

 これは俳句だ。
 十七音を三十一音に延ばした俳句だ。
 私・鳥羽の見立てに依ると、彗星集に集う若手歌人の方々の中には、俳句作者としての才能に秀でられた方が数人居られる。
     〔答〕 報知機につる草伸びる朝曇り  鳥羽省三
         つる草のざわめきつつも朝曇り  同
         ざわめきや火災報知機乗っ取られ 同
 

(志井一)
    「震災」は今も変わらず略語です 阪神・淡路大震災の

 「関東大震災」のことは、関東の人も「関東大震災」と言って、「震災」と言う略語では言わない。
 関西の人は、「阪神・淡路大震災」のことを、今でも、「震災」という略語で言うのでしょうか。
     〔答〕 辛酸を舐めにし関東大震災 生きて知ってる人は稀なり  鳥羽省三


(bubbles-goto)
    次々とパンフレットは広げられカラフルに咲く災害保険

 「カラフルに咲く災害保険」とは、よく詠んだものです。
 カラー印刷技術を駆使した、昨今の災害保険のパンフレットの有様を表わすと同時に、地震・雷・火事・親父・自動車事故・航空機事故・入院保険・手術保険・スポーツ保険と、現代社会の災害保険の多種多様さをも表わしている。
     〔答〕 次々と欠陥事項を並べ立て保険会社は金を払わぬ  鳥羽省三


(近藤かすみ)
    災ひに備へて購ひしカンパンの缶の男はバグパイプ吹く

 その乾パンはスイス製でしょうか?
 マッチだとか、石鹸だとか、ミネラルウォーターだとか、乾パンだとか、自然災害に備えて、買い溜めして置く品物は、輸入商品が多く、しかも、そのどれもが、簡易でデザインに優れた包装が成されております。
 生活にゆとりのある方々は、実際には使わないもの、と言うよりも、使いたくないものにも、そうした美的センスに優れた商品を買うのでしょうか?
     〔答〕 災害に備えて買った乾パンは賞味期限切れ前に食べてしまおう  鳥羽省三


(鯨井五香)
    冷える手でくるみの殻を割りながら祈りぬ(きみの災いよ去れ)

 「薫ちゃんの、痛いとこ、痛いとこ、痛いとこ、憎たらしい鳥羽省三に飛んで行け」ってうおまじないですか?
 「冷える手でくるみの殻を割りながら」が、よく効いています。
 まるで、聖家族みたい。
     〔答〕 震え声で「鳩山退陣」と叫びながらジュニアー握る小泉ジュニアー  鳥羽省三


(久野はすみ)
    災難というほどじゃない真夏日にあざみ野行きのバスに揺られる

 この一首の前に、「舌先は口内炎にふれながらあざみ野行きのバスに揺られる」という一首をご投稿され、掲出のは、その訂正版である。
 初版の方が、具体性があって優れているようにも思われますが、作者の久野さんは、そこの辺りのことを如何様にお考えになられたのでしょうか。
 その点はともかくとして、そう、今年の夏は冷夏というほどでも無いが、寒からず、熱からず、「災難というほどじゃない」夏でありました。
     〔答〕 昨日は私も乗った「あざみ野行き」バスはカリタス前を通って  鳥羽省三

一首を切り裂く(049:ソムリエ)

(松木秀)
    ソムリエの仕事なんです無理矢理にワインをすすめぬということも

 数年前のことですが、「今日のスイカは買ってはいけません。今日のスイカは甘みが乗っていないのにも関わらず、市場への入荷が極端に少なかったから、こんなに高値になってしまったんです。あなたがどうしても、スイカを食べなければならない人でしたら、私は、罪の意識を覚えながらも、このスイカをあなたに売りますが、そうでなかったら、今日はスイカを買わないで下さい」という八百屋さんに出会って感動したが、どの業界にも、そんな奇特な方がいるものですね。
     〔答〕 私は松木さんのを選ぶほど偉い選者じゃありませんのに  鳥羽省三


(新井蜜)
    選ばれた者たちの朝 兄さんはソムリエだった蜂起の前は

 何処か、東欧辺りの辺境に住む少数民族が、醸造税の撤廃を要求して蜂起したのでしょうか。
 その朝、その部族独特の刀剣を白ワインを吹きかけて清め、選ばれた者たちは出て行った。
 敗北必死の戦場へと。
     〔答〕 弟の僕もソムリエ志望です。未だお酒は飲めませんけど。  鳥羽省三


(ひいらぎ)
    溜め息の色とか意味をさりげなく当てるソムリエみたいにそっと

 「ソムリエみたいにそっと」が宜しい。
 彼等は、本当に、いやらしいほどに<そっと>、「お嬢さん、あなたにはロゼがお似合い。今日は、あなたのお誕生日を祝うに相応しいロゼが入っていますよ。おフランスから」などと、ひいらぎさんの頬に息を吹きかけるようにして言う。
 今さら、お誕生日を祝福されるお年でもないのに、純情なひいらぎさんは、その言葉にころりと騙され、お財布の中身も○○も捧げてしまう。
 お元気ですか、ひいらぎさん。
 「題詠2009」企画も終幕近くになってから、私もまた復活し、詠歌仕分けに再参入させて頂きました。
 「必殺仕分け人復活」ですよ。
     〔答〕 溜め息に意味はあっても色はない色があったら歯周病です  鳥羽省三


(理阿弥)
    五年目の町道場で新参のソムリエ志望に叩きのめされ

  極真ですか? 少林寺ですか?
 「叩きのめされ」という言い方から推すと、もしかしたら、ボクシングかも知れません。
 いずれにしても、負けも負けたり、「ソムリエ志望」如きに。
 五年のブランクは、ちょっとやそっとで、なかなか埋められませんからね。
 精進潔斎、今夜からビールもワインも断って、練習に励んで下さい。 
     〔答〕 酒を断ち煙草を断っての修業を実らせ晴れの勝利者となれ  鳥羽省三
         ソムリエになると言ってた若者はあれきり顔を見せないようだ   同


(髭彦)
    赤玉とワイン同義のこの国で誰ぞ知りけむソムリエなるを

 私は「赤玉」の、「ポートワイン」と称していた頃からのファンでした。
 味はどうでも、あのヌード女性のポスターが魅力的だったからね。
 でも、輸入ワインが手に入るようになってからは、すっかりご無沙汰でした。
 その頃には、あの悩ましいポスターを貼っている店も無くなっていたということもありまして。
 ところが、この間、お酒の廉売店で、久しぶりに彼と出会いました。
 てせも、彼の名称は「赤玉スイートワイン」に変わっておりました。
 どんな事情があったんでしょうか?
     〔答〕 スイートとポートは同義じゃありません。味に合わせて名を変えたのか?  鳥羽省三 


(かりやす)
    赤も白もよく分らずにソムリエの美(は)しき指先ばかり見てをり

 そのソムリエは女性ソムリエ、つまりソムリエールだったんですね。
 この頃は、ソムリエールが大活躍するようになりました。
 あんな高いものを飲むのに、むくつけき男(おのこ)のサービスでは、誰も行かなくなりますからね。
 ワインバーには。
 頭のいい経営者たちは、そこのところを見越したんでしょう。
 ソムリエールを重用しているのは。
 だから、今度出掛けたら、「美しき指先」と言わず、そのソムリエールの赤い処も白い処も、全部見ていらっしゃい。
 それも値段のうちですから。
     〔答〕 赤・白はボトルを見れば直ぐ判る。判らないのは値段と味だ。  鳥羽省三


(一夜)
    鮮やかな開栓パフォーマンス終え ソムリエの頬ロゼに染まりぬ

 原価五百円のワインを一万円で飲ませるためにやるのが、大袈裟な開栓パフォーマンス。
 そのやり口は何から何まで芝居けたっぷり。
 俗臭ぷんぷん。
     〔答〕 ソムリエは芸が八分で酒が二分 開栓したのは白じゃなかった?  鳥羽省三


(新田瑛)
    隠された記憶をたどる ソムリエがワインを口に含むがごとく

 ここは、ワイン輸入業者主催のワインの試飲会場。
 輸入業者側のソムリエに依る開栓が済むや否や、日頃はお客に高く飲ませる役の酒場側のソムリエは、今日は売り物にするワインをできるだけ安く仕入れようとして、渋い顔して、ワインを口に含む。
 そして、「うーん、いけませんね。味が未だ若い」とか何とか。
 推理小説の登場人物が、探偵に問われ「記憶をたどる」時の様子は、彼らそっくり。
     〔答〕 <いけない>はあんたの口で味は好し ボルドー産の10年ものだ  鳥羽省三


(原田 町)
    ソムリエの講釈をうけ飲むワイン下戸のわれにはただ酸っぱくて

 そう、無理して飲んではいけません。
 ワイン下戸にとってのフランスワインは、ただ酸っぱいだけの代物。
 なのに、ソムリエ殿は講釈を長々とやらかす。
     〔答〕 年代は2001年ボルドー産百年一度の当たり年です  鳥羽省三
 


(nnote)
    溺れないように階段昇りゆくソムリエールに銀の蹼

 ワインを売るのが商売のソムリエールも、あれでなかなか飲んでしまうんですね。
 銀底のサンダルを履いたソムリエールが、ワインに溺れたような、溺れないような仕草で、自室の在る階段を昇って行く。
 その昔、「女が階段上る時」という映画があったことを思い出しました。
 山本富士子と京町子の競演でした。
 女が階段上る時は、ここ一番の勝負の時。
 銀の足裏を見せて、自室への階段をよろよろ上って行くソムリエールの前には、どんな勝負の時が待ち構えているのか。
     〔答〕 よろよろと階段上るソムリエールの銀のあしうら謎の足裏  鳥羽省三
と、ここまで書いて〔公開〕したところ、<原田町>さんから、早速、メールを頂いた。
 そのメールに曰く、「鳥羽様/選歌いただきありがとうございます。赤玉でじゅうぶんな私には『ソムリエ』のお題は難しいものでした。それから(nnote)さんのご批評のなかで『女が階段を上がる時』は高峰秀子で山本富士子と京マチ子(町子でなく)の競演はたしか『夜の蝶』でなかったでしょうか。/古き映画ファンとして一言。」と。
 
 原田町さん、ありがとう御座います。映画「女が階段を上がる時」及びその出演者の件は、全くご指摘の通りでありまして、おぼろげな記憶を頼りに、碌々調べもしないで、上記のようなことを書いてしまったのは、耄碌と怠慢に因する、私の失敗でした。これからも、どうぞ宜しくお願い致します。
 原田町子さんからのご教授を感謝申し上げる意味で、「京マチ子」を「京町子」としたミスも含め、そのまま訂正しないで、永久に恥を曝して置きます。



(ゆき)
    唇はソムリエナイフボルドーの罪のコルクをゆらゆらと抜く

 「昨年の、欧州旅行の最終日、あなたは、南仏ボルドーで、あのソムリエと、何しましたか?」。
 明智探偵は、その唇を、ソムリエナイフを回すように、くねくねと曲げながら、彼女の罪状を、ゆらゆらと抜く。
     〔答〕 唇はジャックナイフだ日米の密約疑惑を次々明かす  鳥羽省三


(龍庵)
    味覚へとたどり着けないソムリエの言葉と僕の短歌は同じ
 
 産地や生産年の説明ばかりのソムリエの言葉は、ワインの味とはなかなか結びつかない。
 その点は、「僕の短歌と同じ」だと作者は仰るが、それは謙遜。
 龍庵氏の作品は、含蓄に富み、短歌観賞の醍醐味を味あわせてくれる。
     〔答〕 解決に辿り着けない宰相の国会答弁結局難局  鳥羽省三 


(ほたる)
    封印をされた秘密の銀紙をソムリエナイフで丁寧に剥ぐ

 「ソムリエナイフで丁寧に」剥がれているのは、ワインボトルの封印ではない。
 「ソムリエナイフで丁寧に」剥がれているのは、「秘密の銀紙」。
 「ソムリエナイフで丁寧に」剥がれているのは、ほーほーほたるの「秘密の銀紙」。
 ほーほーほたるは、あの夏の日の校内映画会の銀幕の裏側で、何をしてたのか?
     〔答〕 こっち側の水はワインの味に似て甘いぞほーほーほたる来い来い  鳥羽省三


(花夢)
    大袈裟なままごとみたいソムリエに似た葬儀屋が凜と佇む

 <おくりびと>は、ソムリエに似たお仕着せを「凛と」着こなして、亡骸の前に佇む。
 その大袈裟な様子を、「ままごとみたい」と花夢さんは言う。
 「凜と佇む」が宜しい。
 花夢さんは、いつも夢見るような顔をしているが、さすが歌人、見るべきところはよく見ている。
     〔答〕 大袈裟なままごとみたい蓮ほうさん大口叩き事業仕分けだ  鳥羽省三
  

(田中彼方)
    「干からびた胎児」の匂いなどと言い、エリック・サティが好きなソムリエ。

 作中の「エリック・サティ」とは、二十世紀初頭に活躍した、フランスの作曲家、<エリック・アルフレッド・レスリ・サティ(1866・5・17~1925・7・1)>のこと。
 彼は奇矯な言行で知られていて、「音楽界の異端児」「音楽界の変わり者」などとも称されるが、西洋音楽の伝統に大きな扉を開いた革新者とみなされている。ドビュッシーやラヴェルの音楽活動にも、大きな影響を与えた。
 それにしても、「干からびた胎児の匂い」とは、どんな匂いなんでしょうかね。
 そんな匂いのワインを飲んでみたい。
 お客様に向かってそんなことを言う、そのソムリエも亦、変わり者。
 変わり者は変わり者を好く。類は友を呼ぶ。
     〔答〕 「干からびた胎児の匂い」嗅ぎたけりゃ青木が原に行って嗅ぎなよ  鳥羽省三
 

(お気楽堂)
    舌を噛みそうな名前もよどみなくグラスを満たしソムリエが去る

 口も八丁、手も八丁の、そのソムリエの客捌きを思わせるような、上出来の作品です。
 句割れ、句跨りの用法を用いながら、「よどみなく」すらすらと読ませる、一首の流麗さは、この作品の何よりの魅力です。
     〔答〕 舌を焼きそうな辛味のワインなど如何ですかとソムリエは言う  鳥羽省三


(桑原憂太郎)
    志望校と内申点を提示して保護者の前でソムリエとなり

 私のかつての職業は、本作の作者と同じ。
 私もやりましたよ。かつては。
 なつかしいなー、この場面。
     〔答〕 「志望校と内申点を提示して保護者の前で」だんまり決める  鳥羽省三
 但し、「だんまり」を「決める」のは、担任の私では無くて、受験者本人。
 私ですか。
 私は、決めようとしても決まらない、受験校の選定に四苦八苦でした。

一首を切り裂く(048:逢)

(久哲)
    虹になるつもりの虹に逢う場所の交差点から閉じる冬枯れ

 「虹になるつもりの虹」とは、何かの都合で脚の部分が消滅している虹のことか?
 おそらくは、空中と地上との気温差が、そうした現象を引き起こすのでしょう。
 その「なるつもり虹」に、昨日、私は出会った。
 <つもり>が<つもり>でなく成就していれば、その虹の脚は、右のは桐蔭学園の女子校舎の屋上あたり、左のは琴平神社の社務所のあたりに根を生やしていたはず。
 その根元を掘れば、大判小判が、ザック、ザックと出て来るはずなのだが、何の因果か、両脚をもがれた状態で、寓居から見て南西の空に薄っすらと架かっていたのだ。
 運の悪い虹。残念な虹。
 久哲さんの御宅のあたりでは、そうした虹に出逢える場所が、どうやら決まっているらしい。
 もし、そうならば、その脚と目されるあたりをブルトーザーで掘ってみたら?
     〔答〕 夕空に脚無き虹の出でにけり足無きままに逃げ去りにけり 鳥羽省三
 

(蓮野 唯)
    逢っている時にはやめて警官の顔をしないで目つきが恐い

 不倫相手はどうやら警官。
 いや警官のような服装をした路上の旗振りだったらしい。
 その旗振りは、偽警官だけに、作中の<わたし>と逢っている時は、警官面して、「奥さん、姦通罪という罪名の犯罪はもうなくなりましたが、私と奥さんのやっていることは立派な犯罪。貫通罪という名の」などと抜かして面白がっている。
 「こんな場面で、そんなたちの悪い冗談は止めて。それに、犯罪者めいたあなたの目つきが恐い」と私。
     〔答〕 本物の警察官がそれらしい顔をしてたら犯罪頻発  鳥羽省三


(理阿弥)
    夕影に行き逢った子の差し伸べた手にブランコの錆の冷たさ

 ひと頃は、危険だの、不潔だのと言って、児童公園からブランコがどんどん撤去されて行ったが、最近は、どうやら、そうした風潮にストップがかかったらしい。
 寓居の前のブランコも、つい先日、最新型のに更新されたばかり。
 本作中の「子」は、どうやら、午後五時過ぎまでブランコを漕いでいたらしい。
 その証拠に、「差し伸べた手にブランコの錆の冷たさ」が移っていた。
 「ブランコの錆の冷たさ」が、作者の気持ちの温かさを表わしている。
     〔答〕 <夕暮れ>とお迎えに来たパパの手がとても温(ぬく)くて嬉しかったよ  鳥羽省三


(五十嵐きよみ)
    旧仮名のほうがなじむと思うからそこだけ「めぐり逢ひ」と書きたい

 句跨り、句割れを巧みに利用した佳作。
 それに、最近流行の、<口語と文語のごちゃ混ぜ短歌>を皮肉ってもいる。
     〔答〕 新仮名のはうが馴染むと思ふからそこだけ「こむらがえり」と書きぬ  鳥羽省三


(ほたる)
    「逢いたい」と文字にしてみるそれだけで後ろめたさが募るたそがれ

 「デイト」も「逢合」と言えば、こそこそ隠れての不倫めいてくるから不思議。
 家計簿の余白に、つい「逢いたい」と書いてしまう<ほたる>さん。
 書くだけで「後ろめたさ」を募らせているのだから、彼女は永久に不倫と無縁。
 故に、ほーほー家族は永遠に安泰です。
     〔答〕 相対で逢いたい気持ちが嵩じての火着けお七はたちまちお縄  鳥羽省三
         「たそがれ」をつけてなんとか歌にするお逃げなさんなほーほーほたる  同
 「日本文学の特質の一つとして、末尾に<時刻とか天候とかを表わす言葉をつけて抒情化して逃げる>という、ずるい手があります」と述べたのは、ノーベル文学賞候補に挙げられた某氏。
 期待の星のほたるさん、そこのところをよく考えて下さい。
     〔答〕 逢いたいと思えば募る逢いたさに「逢いたい」と打つケイタイめーる  鳥羽省三


(都)
    逢うことの「意味」や「頻度」や「必要」がふわりとびゆく塩からい風に

 作中の<わたし>は海が好き。
 房総の駅に降り立ち、ほんわりと匂い来る潮辛い風に当たった瞬間、愛も恋も逢うも忘れてしまった。
     〔答〕 逢うことに意味が無いなら必要も無くなり頻度も減ってしまうぞ  鳥羽省三


(龍庵)
    逢うという漢字はいつも艶めいて君を抱きたい時だけ使う

 同じ「あう」でも、「逢う・遇う・合う・会う・遭う」と、その意味や用法は様々。
 その中でも、とりわけ「艶めいて」いるのが「逢う」。
 だから、本作の作者・龍庵氏は、「逢う」を「君を抱きたい時だけ使う」のだそうな。
 因みに説明すると、本作での「君」とは、 龍庵氏の長女の龍子ちゃん。御年、満三歳。
     〔答〕 遭ふと言へば取り分け通夜めき斎段の写真の君と今宵出遭ひぬ  鳥羽省三
 

(tafots)
    メールだから「逢おう」なんでしょ本当は書き順だって分からないでしょ

 パソコンや携帯電話が国民に遍く普及した現在、その画面での漢字の使用が頗る容易になった。
 したがって、書面でならば使えないような漢字を、現代の若者は平気で使う。
 但し、それは携帯電話の狭い画面でだけのこと。
     〔答〕 本当は書き順だって知らないが躁鬱などと平気で打てる  鳥羽省三


(花夢)
    逢うたびに痩せこけてゆく老人は過去をいよいよ浄化してゆく

 死への旅路とは、苦難に満ちた過去を浄化して行く路程でもある。
 故に、死を前にした者にとっての死出の旅路は、日々清らかさが増して行く、天国・極楽への旅程に他ならない。
 詠まれている内容は、必ずしも明るいものでは無いが、そこをそうあらしめなかったのは、作者の腕と心。
     〔答〕 詠むたびに上手くなってく花夢さん そのうち<夢>が<嫁>になっちゃう  鳥羽省三


(sora)
    竹林の日照雨(さばえ)の中に立ちてみるふと逢えさうな気がする午後は

 「日照雨」は、通常は<そばえ>と読み、「日が照っているのに降る雨」のこと。
 「狐の嫁入り」などと言って、俳句の季語にもなっている。
 本作の作者<sora>氏のお住まいの辺りでは、これを<さばえ>と読むのでしょうか?
 「日照雨」降る「竹林」の「午後」の、明るさ、温かさ、柔らかさ、優しさが、「ふと逢えそうな気がする」と、作者に思わせるのであろう。
  〔答〕 
     空からは狐の嫁入り
     地上には筍の萌える
     春の日の午後

     私は傘も差さずに
     村の街道を行く
     君に逢うために
     傘も差さずに歩いて行く

     一張羅の結城紬の
     尻を絡げながら
     私は
     君に逢いに行く


(佐藤羽美)
    逢いたい逢いたい逢いたい春の陽が美波絹子のほくろを撫でる

 「美波絹子」は、京極夏彦氏の小説・『魍魎の匣』の登場人物の名前、職業は確か女優とか?
 彼女の顔面に「ほくろ」が在ったか、どうかまでは、さすがの物知りの私の連れ合い殿もご存じ上げなかった。
 冒頭の「逢いたい逢いたい逢いたい」は、指折り数えて、ピタリ十二音、これで、短歌の一、二句を成している。
 こういう離れ技は、鳥羽とてなかなか出来ません。
さすが、「未来」の未来を担う佐藤羽美さん。
 彗星集の一番星。
     〔答〕 トキという羽美しき鳥の居り学名はニッポ・ニア・ニッポンだとか  鳥羽省三


(bubbles-goto)
    からまってばかりでうまくいかないなまつり縫いとかめぐり逢いとか

 「纏り縫い」とは、「布の端などがほつれないように、二つか三つに折って手前の布と向こうの布を交互にすくって縫う縫い方」のことだ、とは、わが連れ合いの弁。
 とりあえず「ありがとう」と言っておいて、手元の辞書『新明解・国語辞典』を開いてみたら、そっくりそのままの説明がなされていた。
 たったこれだけのことで、「ありがとう」などと言ってしまったのは、男としての面子が廃ると嘆いてはみたが、そ
れも今となっては「後の祭り」。
 かくして、「まつり縫い」は「めぐり逢い」同様に、「からまってばかりでうまくいかないな」。
 「逢う」から「縫う」を導き出して一首を成した機転はなかなかのもの。
     〔答〕 間違ってばかりでなかなか書けないな<bubbles-goto>とう名前の綴り  鳥羽省三



(遥遥)
    名にし負う逢坂山のさねカツラ人に知られてずれにけるかも

 小倉百人一首所収の名歌、「名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られで来るよしもがな」(三条右大臣・藤原定方)の本歌取りとして解釈した。
 「人に知られ」たと分かった瞬間、作者の<遥遥>氏は少しよろめいた。
 その途端に、カツラが「ずれにけるかも」。
 「安物買いの銭失い」。
 カツラは一生もんだから、ケチケチしないで高価なものを買いなさい。
 メーカーは、「アデランス」とも「ハゲダンス」とも指定しないが。
     〔答〕 名にし負う大坂城の真田丸攻防戦の指揮者幸村  鳥羽省三 


(お気楽堂)
    逢ひみての後の心も時経ればもの思はざるむかしの如し

 本作も亦、本歌取りの歌。
 元歌は、同じく「小倉百人一首」の、「逢ひみての後の心にくらぶれば昔はものを思はざりけり」(権中納言敦忠)。
 <お気楽堂>さん、お気楽なことに、「逢ひみて」一目ぼれした彼女だったのに、心変わりをしてしまったんですね。
 それにしても、「時経ればもの思はざるむかしの如し」とは、言いも言ったり、捨ても捨てたり。
 彼女を捨てた序でに、<お気楽堂>などというお気楽なお名前も捨てて、<元の木阿弥>とでも改名したらどうですか?
     〔答〕 逢ひみての後の心よ何処へ行く今では一緒に居ても起たない  鳥羽省三
   

(ノサカレイ)
    つかの間の逢瀬のためにズッキーニ育てし2009年の夏

 恥かし乍ら告白します。
 私が本作を選定した理由は、「ズッキーニには精力増強の効果が在り、作者の<ノサカレイ>さんは、それを期待して、『つかの間の逢瀬のためにズッキーニ』を育てた」のだと誤解していたからでした。
 でも、物識りの家内の説明に依ると、「ズッキーニはカロリーが低くダイエットに最適な野菜で、その他、美肌効果も期待出来る」とのこと。
 因って、私の目論見は完全に消滅してしまいました。悪しからず。
     〔答〕 2009年のこの夏、わたくしはズッキーニの効果を誤解していた  鳥羽省三  


(今泉洋子)
    出会ひしは青春最中きみに逢ふ前は両手をひろげてゐたり

 今泉洋子さんのお住まいの辺りには、「青春最中」という名称の名物スイーツが在ったのでしょうか?
 今泉さんは、そのスイーツを「きみ」と呼び、その「きみ」に出遭う前から「両手をひろげてゐた」のでしょうか?
 あまりにもあからさまな恋歌なので、つい、悪戯をしてしまいました。(失礼) 
     〔答〕 好きなのは虎屋の最中 長崎の福砂屋カステラ甘くて食えぬ  鳥羽省三

さだまさし解剖学『檸檬』篇

    檸檬
                        作詞・作曲 : さだまさし
或の日湯島聖堂の白い石の階段に腰かけて
君は陽溜りの中へ盗んだ
檸檬細い手でかざす
それを暫くみつめた後で
きれいねと云った後で齧る
指のすきまから蒼い空に
金糸雀色の風が舞う
 喰べかけの檸檬聖橋から放る
 快速電車の赤い色がそれとすれ違う
 川面に波紋の拡がり数えたあと
 小さな溜息混じりに振り返り
 捨て去る時には こうして出来るだけ
 遠くへ投げ上げるものよ

君はスクランブル交差点斜めに
渡り乍ら不意に涙ぐんで
まるでこの町は
青春たちの姥捨山みたいだという
ねェほらそこにもここにもかつて
使い棄てられた愛が落ちてる
時の流れという名の鳩が
舞い下りてそれをついばんでいる
 喰べかけの夢を聖橋から放る
 各駅停車の檸檬色がそれをかみくだく
 二人の波紋の拡がり数えたあと
 小さな溜息混じりに振り返り
 消え去る時には こうして出来るだけ  
 静かに堕ちてゆくものよ


 『檸檬』は、シンガーソングライター<さだまさし>がソロ歌手として出した三枚目のアルバム、『私花集(アンソロジィ)』(1978年3月25日発表)に盛られた作品である。

 因みに、『私花集(アンソロジィ)』の構成を示すと、A面の①『最后の頁』、②『SUNDAY PARK』、③『檸檬』、④『魔法使いの弟子』、⑤『フェリー埠頭』、B面の①『天文学者になればよかった』、②『案山子』、③『秋桜』、④『加速度 』、⑤『主人公』となっていて、そのほとんどが、<さだまさし>の代表曲として、二十一世紀も序盤を過ぎた今になっても高く評価されている名曲なのである。
 
 今さら説明する必要も無いことではあるが、この曲は、梶井基次郎の小説『檸檬』にヒントを得て、その舞台を京都から東京・御茶ノ水駅界隈に移し変えて描いた青春絵巻であり、そのサビの部分の詩句、「喰べかけの檸檬聖橋から放る」を想いついた時、彼・さだまさしは、「この歌が白線流しのように、社会現象にならないか?」という、密かな<希望>と<不安>とを抱き、日夜真剣に悩んだそうだ。
 
 歌い出しに見られる「湯島聖堂」は、徳川五代将軍綱吉が、儒学振興のために上野忍丘の林羅山邸内にあった先聖殿(後に大成殿と称す)を移築して、元禄3(1690)年に湯島の地に創建したものである。
 創建後およそ百年を経た寛政9(1797)年、その敷地内には、徳川幕府のエリート官僚養成機関として世に名高い、「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」が開設された。
 昌平校には、幕臣や各藩の藩士や郷士など多くの俊才が集い、或いは自分自身の理想実現のために、或いは国家・幕府や出身藩のためにと、青春の情熱を燃やして、日夜、儒学の勉強に勤しんだと言う。
 
 また、詞中の「聖橋」とは、湯島聖堂の在る湯島地区や本郷地区と、ニコライ堂の在る駿河台地区や御茶ノ水地区とを結ぶために神田川の上に架けられた、橋長92.47m、幅員22mのアーチ橋であり、その名称は、この橋によって結ばれる二つの聖堂、即ち、湯島聖堂及びニコライ堂に因んで付けられたという。
 
 その橋下は、国鉄・御茶ノ水駅の東端に位置し、私・鳥羽省三のような、少し頭のいかれた者が、橋上から檸檬を放り投げれば、御茶ノ水駅に出入りする電車に直接当たる、というのは、実際に有り得ることなのである。
 
 この橋を挟んだ両側の街、即ち、湯島・本郷地区、及び駿河台・御茶ノ水地区は、東京大学、東京医科歯科大学、明治大学、中央大学など、幾多の有名大学の校舎が建ち並ぶ文教地区であり、この橋上を、縦縞のブックバンドで縛った難解な書籍を抱えてを闊歩する、エリート然とした男女学生の姿は、都会風景の一典型として内外に喧伝され、東京土産の絵葉書の図柄にもなっていた。
 
 この一曲は、「昭和四十年代から五十年代初めにかけての、国鉄<御茶ノ水駅>界隈の風景とその風景の中に繰り広げられる若人たちの生態を歌っている」と言うのは、この曲についての一般的な解説である。
 が、それは、あくまでも一応の解説に過ぎなくて、この歌詞に込めた、シンガーソングライター・さだまさしの思いは、もう少し深くてかなり複雑なものであろう。
 
 私はつい昨日まで、この名曲の歌詞の意味を誤解していた。
 私が誤解していたのは、端的に言えば、この曲のサビの部分、即ち、「喰べかけの夢を聖橋から放る」の意味であるが、この詞句の解釈が変われば、曲全体の解釈が動くから、結局、私は、この名曲全体を誤解していたことになる。
 人間商売を七十年近くもやっていて、この名曲を何百回も聴いていてこの体たらく、私はやっぱり馬鹿だった。
 
 シンガーソングライター・さだまさしは、彼一流の感情の込もった声を張り上げて、「喰べかけの檸檬聖橋から放る」と歌い、それを二番では、「喰べかけの夢を聖橋から放る」と歌い変える。
 さだまさしが、<希望>と<不安>を抱きながら歌う、この詩句の解釈や、それを中心とした曲全体の解釈を巡って、昨日までの私や多くのさだまさしファンは、その奥深い意味も考えずにあれこれと語る。
 そこで今はしばらく、彼らのフリートーキングに耳を傾けよう。
 
 「聖橋の上から御茶ノ水駅構内に放られる檸檬とは、放りっぱなしにして置くと万引きぐらいはやりかねない少女が、ほどほどに可愛くて、すこし危ないところもある、このドラマのヒロインの<君>が、つい出来事を起こして、何処かの店から失敬して来たものだろう。彼女は湯島聖堂の石の階段に腰掛けて、それを細い手でかざし、暫くみつめた後で、きれいねと呟き、好奇心に駆られて一齧りする。」 
 
「ひと齧りしてはみたものの、あまりの酸っぱさ吃驚して、彼女はそれを口から離す。その瞬間、齧りかけの檸檬の傷口から数滴の滴がしたたり、その滴は彼女の細い指と指との隙間を伝わって流れ、やがて、金糸雀色の風となって蒼い空に舞い上がる。」

 「『指のすきまから蒼い空に金糸雀色の風が舞う』というイメージが素晴らしいね。齧りかけの檸檬から滴った滴が金糸雀色の風となって蒼い空に舞う、と言うのだから、それは、液体が気体に変化するわけだ。これは手品でなければ化学反応だ。この化学反応が行われる時間は、わずか一秒足らずのことだが、さだまさしはそれを、スローモーションカメラで写して、私たちに見せてくれる。」

 「さすがさださん。さださんは優れた歌い手でもあるが、それ以前に優れた文学者であり、優れた画家でもある。」
 
 「彼女は、一齧りした檸檬を手にしたまま急に駆け出し、聖橋の所まで来て、齧りかけのその檸檬を橋上から放り投げる。」

 「折から、橋下の御茶ノ水駅構内には、総武線や中央本線の電車が出入りしていた。そこで、彼女の放った檸檬一顆は、赤い色の快速電車とすれ違い、檸檬色をした各停電車に噛み砕かれる。」

 「いや、あんたのその説明は良くない。あまりに短絡的な説明に過ぎるよ。何故なら、彼女の放り投げた檸檬は、赤い色の快速電車とすれ違い、檸檬色をした各停電車に噛み砕かれたのではなくて、快速電車の赤い色が彼女の放り投げた檸檬とすれ違ったのであり、各停電車の檸檬色が彼女の放り投げたを噛み砕いたのであるから。そこのところを間違えないで。」
 
 「そうだね。その違いは大きいね。彼女の放り投げた齧りかけの檸檬が、ただの交通機関に過ぎない、快速電車とすれ違ったり、各停電車に噛み砕かれたりしたのでは、夢も希望も爆発も無くなるからね。そうではなくて、快速電車の赤い色と彼女が放り投げた檸檬がすれ違い、各停電車の檸檬色がその檸檬を噛み砕いたのだ。だから、この詞章は、文学になり、音楽になるんだ。それともう一つ、檸檬とすれ違ったり檸檬を噛み砕いたりした電車は、いずれも上り電車だね。東京や秋葉原方面に向かう電車だ。」

 「その点はそうだけど、私の考えはみんなとかなり違う。みんなは、一番と二番をごっちゃにして考えているよ。
一番には、『喰べかけの檸檬聖橋から放る/快速電車の赤い色がそれとすれ違う/川面に波紋の拡がり数えたあと/小さな溜息混じりに振り返り』とあり、二番には、『喰べかけの夢を聖橋から放る/各駅停車の檸檬色がそれをかみくだく/二人の波紋の拡がり数えたあと/小さな溜息混じりに振り返り』とある。だから、彼女は檸檬を複数盗んで来たんだわ。少なくとも二個は。そして、最初の檸檬は電車まで届かずに、川面に落ちて波紋を立てるが、二番目のは見事に電車に的中した。」

 「それは違うと思うな。檸檬が二個も在ったなんて、それは絶対に違うぞ。檸檬は一個しかないから、それは爆弾であり、夢であるんだ。それをそう書かなかったのは、文学的修辞というものだ。一個の檸檬が、電車とすれ違ったり、電車に噛み砕かれたりしたように書いたのは、言わば、言葉の綾なんだ。」

 「そうかしら、私はイマイチ納得出来ないわ。でも、ここで仲間割れしていてもつまらないから、そういうことにして、お話を進めましょうよ。」

 「でも、でも、話を進めるのは少し待って。みんな待ってよ。せっかくのさださんの詩なんだから、一つ一つの言葉を、もっと大事にして見て行きましょうよ。一番に、『川面に波紋の拡がり数えたあと/小さな溜息混じりに振り返り/捨て去る時には/こうして出来るだけ/遠くへ投げ上げるものよ』とあり、二番に、『二人の波紋の拡がり数えたあと/小さな溜息混じりに振り返り/消え去る時には/こうして出来るだけ/静かに堕ちてゆくものよ』とあるんだけど、これはどうしてなの。これは明らかに、檸檬複数説の重大な証拠よ。一個目の檸檬は川面に落ち、二個目の檸檬は電車に当たったんだ、やっぱ。だから、彼女は、一個目の時は、『捨て去る時には/こうして出来るだけ/遠くへ投げ上げるものよ』と言い、二個目の時は、『消え去る時には/こうして出来るだけ/静かに堕ちてゆくものよ』と言ったんだ。一個目の時には、開き直りの姿勢、二個目の時には、諦めの姿勢が認められるわ、彼女の。だから、檸檬は二個投げたんだ、やっぱ。」
 
 「理屈ばった言い方をすれば、そういうことにもなるけど、こうも言える。一番にも、二番にも、『喰べかけの』という語句が在るよ。これは絶対に見逃せない。放り投げた檸檬が二個だったとすると、その二つともが喰べかけだったことになる。一つ食べて、酸っぱかったから口から離した檸檬を、もう一つ口に入れたりする。そんなことはしないよ、普通。だから、檸檬が二個在ったように書かれているのは、やはり、さださん一流の修辞。つまり、言葉の綾に過ぎないんだよ。」
 
 「その論は、いつまでやっても収拾が着かないから止そう。仮に、檸檬一個説が正しいとすると、一番の、『捨て去る時には/こうして出来るだけ/遠くへ投げ上げるものよ』と、二番の、『消え去る時には/こうして出来るだけ/静かに堕ちてゆくものよ』という、彼女の二つの言葉は、これは、彼女の性格の二面性を表わしているんだね。激し易く、諦め易い彼女の性格を。」
 
 「この曲とは違うけど、別の曲に、『遠い明日しか見えない僕と、足元の泥濘を気にする君と』という言葉がある。足元の泥濘ばかりを気にする女性は、目の前で起こった現象に、即、反応して、怒ったり、諦めたりする。裏腹な気持ちが同居しているんだ、女性の心の中には。こんな単純な性格の女性は、現実にはあまり居ないけど、でも、この曲は、そうした女性一般の性格の特質をよく捉えていると思うよ。さださんは心理学者でもあるんだ。」

 「そう、その通りだ。そのついでに、この話が、ここまで進んだから言うけど、この段階で、私たちは、もう一ランク高い理解力を備えた大人にならなければならないんじゃないの。その一段と高い理解力を備えた大人である私たちの目からすると、『快速電車の赤い色が』その檸檬とすれ違ったのでもあるし、『各駅停車の檸檬色が』その檸檬を噛み砕いたのでもある。だから、『川面の波紋』は、現実の波紋でもあるし、彼女と彼との二人の心の中の波紋でもあるのだ。どうだい、こうした考え方。」

 「そう、そう、全くその通りだ。現実のものでもあり、心の中のものでもある、『波紋の広がり』を数えた後、彼女は、『小さな溜息混じりに振り返り』、『捨て去る時には/こうして出来るだけ/遠くへ投げ上げるものよ』と、開き直ったように叫びもするし、『消え去る時には/こうして出来るだけ/静かに堕ちてゆくものよ』と、諦めたように呟きもするんだ。ヒロインの<君>は、双頭の不良少女なんだ。」

 「いいぞ、いいぞ、その調子だ。檸檬が一個だの二個だのと、馬鹿なことを言ってるのは、子供か馬鹿ばかりだ。子供や馬鹿には、さだまさしの文学は解らないのだ。」

 「盗んで来た檸檬を放り投げる前か後かは、よく解らないが、彼女は、<スクランブル交差点斜めに/渡り乍ら不意に涙ぐんで>、『まるでこの町は?青春たちの姥捨山みたいだ』と言い、そして、『ねェほらそこにもここにもかつて/
使い棄てられた愛が落ちてる/時の流れという名の鳩が/舞い下りてそれをついばんでいる』とも言う。彼女のこの言葉は、ずいぶん文学的だね。私は、彼女のことを、盗癖があって、かなり危ないところのある少女だとばかり思っていたけど、彼女って、意外に文学少女なんだね。私、見直しちゃった、彼女を。」

 「おい、おい、今頃になって、やっと分かったのか、君は。そうだよ、かなり危ないところのある女性は、文学を解する女性なんだよ。勿論、例外もあるけど。それはそれとして、彼女のその言葉は、このドラマの舞台となった、御茶ノ水駅界隈の街に対する、少女らしからぬ、深い洞察に満ちた評価なんだ。この街は『青春たちの姥捨山』で、彼女や彼に限らず、この街をほっつき歩く若人たちの愛は、みんな『使い棄てられた愛』に違いないんだ。彼女や彼は、自分たちの愛は永遠不滅と思っていて、自分たちこそ、第一義の愛の道をまっしぐらに歩いていると思っているかも知れないけど、それは、彼・彼女らの勝手な思い込みに過ぎない。」

 「『時の流れという名の鳩が/舞い下りてそれをついばんでいる』という詩句の『それ』とは、『使い棄てられた愛』であろう。御茶ノ水駅界隈の道には、何処にでも落ちてるんだ、『それ』が。」

 「それともう一つ、『時の流れという名の鳩』という比喩が素晴らしいね。僕は学生時代、その『時の流れという名の鳩』に、うんちを引っ掛けられて困ったことがあったよ。鳩が啄ばんだのは、『使い棄てられた愛』だから、その鳩のお尻から出て来る<うんち>は、一体、何なんだろう。『使い棄てられた愛』を啄ばんだ鳩のお尻から排出された汚らしいものを、一張羅の背広の背中にこびり付かせたまま、僕は駿河台下の三省堂で、太宰治の小説を立ち読みしていたんだ。」

 フリートーキングの最後の語り手はこの鳥羽省三だ。但し、それは昨日までの鳥羽省三であって、今日の鳥羽省三では無いよ。いや、いや、鳩のお尻から排出された<うんち>をつけたまま、『青春たちの姥捨山』を徘徊していたのは、昨日よりも、ずっとずっと昔の私だ。そう、あれから、かれこれ半世紀近く経つかな。
 昨日までの私と、その他大勢のさだまさしファンたちとのフリートーキングは、この後も延々と続くが、今日からの私には、それに付き合っている余裕はもはや無い。
 何故なら、私はそろそろ、この「さだまさし解剖学『檸檬』篇」に決着を着けなければならないからだ。 

 でも、もう少し我慢して、彼等の言い分に耳を傾けよう。今度は、昨日までの私も、口を挟まないことにして。

 「一番で<喰べかけの檸檬聖橋から放る>と歌ったのを、二番で、<喰べかけの夢を聖橋から放る>と歌い替えたのは、彼女の手から放擲された檸檬が、快速電車の赤い色とすれ違い、各駅停車の檸檬色に噛み砕かれた瞬間、彼女は、青春の夢を砕かれ、彼との恋にも終止符を打って、これから地獄の底まで堕ちて行こうと決心したからなのだ。彼女が青春を断念したからなのだ。」

 「彼女はこの檸檬の一擲に青春の全てを賭けた。ところが、彼女の夢そのものである一顆の檸檬は、梶井基次郎の小説の場合とは異なって爆発しなかった。爆発しなかったどころか、御茶ノ水駅を無視して快速で走り続けて来た、電車の赤い色とすれ違い、御茶ノ水駅から出て行こうとした各停電車の檸檬色に噛み砕かれた。『捨て去る時にはこうして出来るだけ遠くへ投げ上げるものよ』は、青春を断念した時の、彼女の悲痛な叫びであり、『消え去る時にはこうして出来るだけ静かに堕ちてゆくものよ』は、青春を断念した時の、彼女のため息なのだ。」

 「彼女が放り投げた檸檬は、脆くも、各停電車の檸檬色に噛み砕かれて不発のままに終わったが、それとは逆に、檸檬を電車に向かって放り投げた、危なっかしい文学少女は、自爆してしまったのだよ。」

 「そうだ。この名曲『檸檬』は、シンガーソングライター・さだまさしからの、自爆した少女への追悼歌なんだよ。」
 
 どうやら、長い長い、彼らのフリートーキングにも、結論らしいものが出たようだ。
 だが、今日からの私が思うに、彼らの熱心な『檸檬』論には、もう一つ、重大な点で、見落としたことが在る。

 それは、この『檸檬』の舞台が、何故、国鉄<御茶ノ水駅>界隈、なかんづく、湯島聖堂でなければならなかった
か、ということだ。
 もう少し分かり易く言うと、あの自爆少女が檸檬を放り投げたのは、水道橋や日本橋や面影橋ではなくて、何故、聖橋でなければならなかったのか、ということだ。

 昨日までの私やさだまさしファンたちのフリートーキングを聴いていると、聖橋から檸檬を放り投げるのは、このドラマのヒロインの文学少女だけでは無く、その時代の若者一般が、そうした願いを持っていた、ということを、フリートーキングの参加者たちは理解していた、ということだけは判る。
 が、そうした彼らの認識はまだまだ浅い。

 聖橋の橋上から、眼下に向かって、檸檬を放擲したいという願望を抱いていたのは、何も、このドラマのヒロインや、ヒロインと同時代を生きた若者たちだけでは無い。

 勿論、その頃には聖橋はまだ架設されていなし、檸檬という果物も未だ無かったかも知れないが、今の聖橋の辺りから、名勝・御茶ノ水渓谷に向かって、檸檬を放り投げたり、放り投げたいと思っていたのは、幕府の学問所<昌平校>で朱子学を学んでいた秀才たちも同じことなのである。

 いや、昌平校での朱子学教育が酣だった頃、それとは反対の立場にあった学者たちが、朱子学教育の推進者たちの手に拠って弾圧され、殺戮されたが、その被害者たちは勿論、加害者たちまでもが、一度や二度、名だたる御茶ノ水渓谷に向かって、檸檬爆弾を放擲したり、放擲したいと思ったりした、<青春の残骸たち>では無かったかと、今の私は思っている。

 つまり、昨日までの鳥羽省三や世のさだまさしファンたちは、名曲『檸檬』の歌詞を、そうした歴史眼を持って読むことを忘れていた。
 そうした観賞眼に基づいて読む時、初めて、この曲中の『まるでこの町は/青春たちの姥捨山みたいだという/ねェほらそこにもここにもかつて/使い棄てられた愛が落ちてる/時の流れという名の鳩が/舞い下りてそれをついばんでいる』という、ふくよかさと比喩と含蓄とに満ちた詩句が正しく理解され、この曲の舞台となった、時間と空間とをも正しく理解したことになるのである。

 名作『檸檬』の舞台となった御茶ノ水界隈は、昔も今も変わらず、「青春の姥捨山」なのである。
 また、人生の折り目、折り目を間違いなく選択して生きなければならない、私たち人間にとって、青春という時間も亦、累々として尽きない、「姥捨山」なのである。

 ところで、私・鳥羽省三であるが、あの聖橋から檸檬爆弾を投じた人々、あの文学少女や渡部崋山や鳥居甲斐守ほどの勇気も狂気も持っていない、あの頃の私は、このドラマの舞台となった聖橋の、もう一つ上流の水道橋の上から、真っ黒に濁った河水に向かって、食べ残しのパンの耳を放り投げて、それに群がる鯉たちの狂態を見て、手を叩き、喜んでいたのだ。
 たいへん恥かし乍ら。

今週の朝日歌壇から

○ 軒並みに電飾せよとのお触れあり今や街とは呼べぬ通りに  (長野県) 沓掛喜久男

 いわゆる<シャッター通り><シャッター街>は、今や日本全国何処に行っても珍しくない。
 その「街とは呼べぬ通りに」、「軒並みに電飾せよとのお触れあり」。
 「お触れ」とあれば、それは役場などの行政機関からの命令に違いなく、民草たる者は、泣く泣く従わざるを得ぬ。
 「お触れ」の一語に、作者・沓掛喜久男氏の生きる姿勢が示されていて妙。
   〔答〕 軒並みに電飾しても客は来ぬそもそも人は猿より少ない


○ 子を抱く生き物同士の目が合ひぬ動物園のサルと私と  (和泉市) 星田 美紀

 「動物園のサルと私と」は、「子を抱く生き物同士」と言うよりも、檻の内外の違いはあれど、<我が子安かれ>と祈る<同志>である。 
 だから、ばっちりと「目が合」い、心が合うのだ。
 上の句と下の句とが一体となった佳作である。
   〔答〕 檻隔て生き物同士の睨み合ひサルが私か私がサルか 


○ 電柱の決まって根元に貼られ居りペット火葬の業者のビラは  (所沢市) 栗山 雅臣

 この頃多くなりましたね。そんなビラが。
 でも、ペット業者のはまだいい。
 「決まって電柱の根元に貼られ」ているから、そのうち道行くワン公たちのおしっこの洗礼を浴びて溶けてしまうから。
 困るのは、落選した自民党公認候補のビラ。
 あれから貼られっぱなしの事前運動演説会のビラ。
 次回選挙まで持たせる気なのか?
   〔答〕 総理来る麻生来るとの選挙ビラ図太く今も風にヒラヒラ 


○ 秋晴れの朝の清しさくっきりと富士のかたちに凹む空見ゆ  (平塚市) 河野伊佐央

 空が主役で、富士が脇役。
 しかも上下逆様。
 主客転倒・上下逆様の発想転換が見事。
   〔答〕 小春日の昼すがすがし葉を脱ぎし楡の形に空は抜かれて
       葉を脱ぎしケヤキ象り空抜けて師走ついたち陽は暮れなづむ


○ 疚しさのなき生うすし許されぬ愛など抱きて生きたかりけり  (高松市) 沖津 秀美

 何処かの国では、ママからの巨額のプレゼントを貰った宰相が居て、政権を投げ出そうかどうかと思案中という。
    〔答〕 貧しさを知らぬ総理がばら撒きのマニフェストゆえ苦境に立ってる


○ 番号を呼べばうっかり返事するコインロッカーのあわずや夜更け  (和泉市) 長尾 幹也

 夜更けのコインロッカールームは暗くて、自分の荷物を入れたロッカーを探すのに一苦労。
 「いろはの<ろ>の<397番>、お前は何処に隠れた」と酔客が叫んでいる。
 ところで、金を積まれれば顧客の個人情報を漏らす銀行員や証券会社員がいると聞くから、「番号を呼べば」うっかり「返事」をしたり、口を開けたりする「コインロッカー」だって、本当に居るかも知れませんよ。香港辺りには。
   〔答〕 番号を呼ばねどづかづか出でて来て「俺のをやれ」と無理を言う客


○ この道の上にも集落この道の下にも集落ありてバス停  (館林市) 阿部 芳夫

 最近は、どこの山村に行っても、自民党政治のお蔭でバイバスが作られている。
 そうなれば、それまでは旧道を走っていたバスがバイバス沿いに走るようになり、そこにバス停も出来る。
 バイパスの一廓に作られた、バス停の上には旧道に沿って家が数軒の集落があり、バス停の下にも別の道があって、そこにも家が数軒だけの集落がある。
 過疎の集落に住む高齢者たちの共通の悩みは、一日数本しか走らないバスに乗るためには、長い山坂を登り降りして、新設のバス停まで行かなければならないこと。
    〔答〕 俺んちの前には以前バス停が在った筈だが今は何処に 
と、中古車を運転して、久しぶりに帰郷した若者が言ったとか?

 
○ われの名に辿り着くまで姪や孫猫の名も出る小春日の母  (町田市) 古賀 公子

 転居前に<今生の別れ>をと、私は、郷里の老人介護施設で余生を送っている二人の老女を見舞った。
 その一人は、私の連れ合いの実母で、もう一人は実姉。
 義母は痩せこけて骨がらがらではあったが、意識は意外にはっきりしていて、連れ合いが私を指差して、「この人誰?」と言うと、即座に、「鳥羽省三さん。あんたのダンナ」と答えた。
 実姉は見かけは健康そのものだが、認知症がかなり進んでいて、実の弟の私を指して、「この人だれ?」と、介護職員の方に訊いていた。
    〔答〕 甥の名や猫の呼び名は出さねども実弟の名を言えぬ呆け姉
        我も亦かならず至る道なれど義母の老けざま姉の呆けざま


○ 噴水は色なきがいい秋の陽に形を変えつつ風景を消す  (長野県) 沓掛喜久男

 公園の噴水の水は無色不透明、決して水色でも透明でもない。
 その無色不透明の噴水の水を、作者は「いい」と言う。
 何故なら、噴水は無色不透明の水なるが故に、秋の陽を浴びて形や色を変え、その形なり、その色なりに、余の風景を消してしまうから。
 『徒然草』<235段>に、「鏡には色・像なき故に万の影来りて映る。鏡に色・像あらましかば映らざらまし。虚空よく物を容る。我等が心に念々のほしきままに来り浮ぶも、心といふもののなきにやあらん。心に主あらましかば、胸の中に、若干の事は入り来らざらまし。」とある。
 朝日歌壇の常連・沓掛喜久雄氏のこの一首も亦、兼好法師の言葉同様に示唆に富む。
   〔答〕 噴水は形無きまま風に揺れ森羅万象ものを象る

  
○ 染めるのを辞めただけです有難う肩たたかれて席ゆずられる  (横浜市) 宮本真基子

 白髪や胡麻塩を黒く染めると、少なくとも十歳は若く見られる。
 かく言う私も、女性に持てたい、という下心ゆえに白髪染めを施していた。
 ところがある日、はたと気が付いた。
 「これ以上、私ばかりが持ててどうする。私ばかりが持てていたら、余の高齢者たちが悲観して、日本が暗くなる。」と。
 それ以来、私は、美容院での白髪染めを止めた。
   〔答〕 染めるのを止めただけです見る通り今も矍鑠わたし持て持て  

 
○ 黄昏て汐満ち来ればふいにボラ跳ねて河口の景を動かす  (西海市) 前田 一揆

 「黄昏て汐満ち来れば」という上の句は、自分の気持ちをボラに移入して詠んだのであろう。
 下の句の「ふいにボラ跳ねて河口の景を動かす」は、「ボラ」と「河口の景」との一瞬の動きをよく捉えている。
   〔答〕 たそがれて胡麻塩なれど我も亦ふいに跳ねたき気がせぬでなし         

今週の朝日歌壇から

○ 晩秋の朝の茶房の湯の音を最初の客として聞いている   (京都市) 才野 洋

 斎藤茂吉の『白き山』(昭和24年刊)に、「晩餐ののち鉄瓶の湯のたぎり十時ごろまで音してゐたり」という作品がある。
 おそらくは大石田隠棲中の作品であろう。
 評者は、才野氏のこの作品に接した時、真っ先にこの茂吉作品を思い出した。
 「晩秋の朝の茶房」が、先ず落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 その「茶房」の厨房に滾る「湯の音」を、作者は、その茶房の一番客として聞いているのである。
 身も心も休まる静寂。
   〔答〕 初雪の厨に入るる珈琲の香りけざやか今朝のキリマン


○ 秋の花植えてうれしい幼稚園何してんのと児等は寄り来る   (東京都府中市) 大久保春子

 作者は幼稚園の先生かしら。
 春子というお名前から推して、園長先生とお見受けする。
   〔答〕 先生とも園長さんとも呼ばせずに春ちゃんなどと児等に呼ばせる


○ テレビには「キモイ」と言わるる人映り笑われながら笑いておりぬ   (東京都) 白石 瑞紀

 「言わるる」を「言はるる」と、「笑われながら」を「笑はれながら」と、「笑いておりぬ」を「笑ひてをりぬ」と改め、文語短歌としたらどうでしょうか。
 文語と口語をごちゃ混ぜにした、仮名遣いも覚束無い短歌が横行しているが、これは何かの間違いだろう。
 受身の助動詞「る」の連体形を「るる」としたら、即、文語表現。
 完了の助動詞「ぬ」を用いていたら、これも即、文語表現。
 したがって、それ以外の箇所も、文語表現、「古典仮名遣ひ」にしなければならない。
 但し、俗語「キモイ」はそのままで佳し。
 口語と文語が混在する短歌も、そのことを弁えた上での創作なら、それはそれとして悪くないからである。
 要は、文語と口語との区別を知り、標準的表現と俗語的の区別を知らなければならない、と言うこと。
 そうした区別も知らず、さしたる方針も覚悟もないままに、ごちゃ混ぜ短歌を許容し、日本語も碌に弁えない輩を歌人面させている結社は、即、解散すべし。
 何処が其処とは言わないが。
 敢えて、この作品を例にとって、この事を述べたのは、白石氏作は、題材が宜しいだけに、こうしたつまらない失着が惜しまれるからだ。
   〔答〕 テレビには「キモイ」と言われる人映り笑われながら笑っているよ


○ 机上なる本に差し込む日のなかを野鳥がニ、三羽よぎりてゆけり   (栃木市) 飯塚 哲夫

 これぞ完璧なる文語短歌なる。
 天空を飛び翔ける野鳥の姿を直接描かずに、「机上なる本に射し込む日のなかを」としたところが斬新なのである。
 「机の上に置かれた本に日が射し込んでいる、その日に影を落として、野鳥がニ、三羽飛び過ぎて行った」のである。
   〔答〕 湖上なる枯れ木の枝を弧で囲い虹が架かれり真冬の虹が


○ 後向きに店内に立つケンタッキーおじさんを見た開店前の   (東京都) 夏川 直

 千載一遇と言えば少し大袈裟ではあるが、こういうチャンスはめったにない。
 「後向きに店内に立つ」が宜しい。
   〔答〕 前向きにそれでもぺこり舌出してペコちゃんが立つ銀座の不二家 
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