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さだまさし解剖学『檸檬』篇

    檸檬
                        作詞・作曲 : さだまさし
或の日湯島聖堂の白い石の階段に腰かけて
君は陽溜りの中へ盗んだ
檸檬細い手でかざす
それを暫くみつめた後で
きれいねと云った後で齧る
指のすきまから蒼い空に
金糸雀色の風が舞う
 喰べかけの檸檬聖橋から放る
 快速電車の赤い色がそれとすれ違う
 川面に波紋の拡がり数えたあと
 小さな溜息混じりに振り返り
 捨て去る時には こうして出来るだけ
 遠くへ投げ上げるものよ

君はスクランブル交差点斜めに
渡り乍ら不意に涙ぐんで
まるでこの町は
青春たちの姥捨山みたいだという
ねェほらそこにもここにもかつて
使い棄てられた愛が落ちてる
時の流れという名の鳩が
舞い下りてそれをついばんでいる
 喰べかけの夢を聖橋から放る
 各駅停車の檸檬色がそれをかみくだく
 二人の波紋の拡がり数えたあと
 小さな溜息混じりに振り返り
 消え去る時には こうして出来るだけ  
 静かに堕ちてゆくものよ


 『檸檬』は、シンガーソングライター<さだまさし>がソロ歌手として出した三枚目のアルバム、『私花集(アンソロジィ)』(1978年3月25日発表)に盛られた作品である。

 因みに、『私花集(アンソロジィ)』の構成を示すと、A面の①『最后の頁』、②『SUNDAY PARK』、③『檸檬』、④『魔法使いの弟子』、⑤『フェリー埠頭』、B面の①『天文学者になればよかった』、②『案山子』、③『秋桜』、④『加速度 』、⑤『主人公』となっていて、そのほとんどが、<さだまさし>の代表曲として、二十一世紀も序盤を過ぎた今になっても高く評価されている名曲なのである。
 
 今さら説明する必要も無いことではあるが、この曲は、梶井基次郎の小説『檸檬』にヒントを得て、その舞台を京都から東京・御茶ノ水駅界隈に移し変えて描いた青春絵巻であり、そのサビの部分の詩句、「喰べかけの檸檬聖橋から放る」を想いついた時、彼・さだまさしは、「この歌が白線流しのように、社会現象にならないか?」という、密かな<希望>と<不安>とを抱き、日夜真剣に悩んだそうだ。
 
 歌い出しに見られる「湯島聖堂」は、徳川五代将軍綱吉が、儒学振興のために上野忍丘の林羅山邸内にあった先聖殿(後に大成殿と称す)を移築して、元禄3(1690)年に湯島の地に創建したものである。
 創建後およそ百年を経た寛政9(1797)年、その敷地内には、徳川幕府のエリート官僚養成機関として世に名高い、「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」が開設された。
 昌平校には、幕臣や各藩の藩士や郷士など多くの俊才が集い、或いは自分自身の理想実現のために、或いは国家・幕府や出身藩のためにと、青春の情熱を燃やして、日夜、儒学の勉強に勤しんだと言う。
 
 また、詞中の「聖橋」とは、湯島聖堂の在る湯島地区や本郷地区と、ニコライ堂の在る駿河台地区や御茶ノ水地区とを結ぶために神田川の上に架けられた、橋長92.47m、幅員22mのアーチ橋であり、その名称は、この橋によって結ばれる二つの聖堂、即ち、湯島聖堂及びニコライ堂に因んで付けられたという。
 
 その橋下は、国鉄・御茶ノ水駅の東端に位置し、私・鳥羽省三のような、少し頭のいかれた者が、橋上から檸檬を放り投げれば、御茶ノ水駅に出入りする電車に直接当たる、というのは、実際に有り得ることなのである。
 
 この橋を挟んだ両側の街、即ち、湯島・本郷地区、及び駿河台・御茶ノ水地区は、東京大学、東京医科歯科大学、明治大学、中央大学など、幾多の有名大学の校舎が建ち並ぶ文教地区であり、この橋上を、縦縞のブックバンドで縛った難解な書籍を抱えてを闊歩する、エリート然とした男女学生の姿は、都会風景の一典型として内外に喧伝され、東京土産の絵葉書の図柄にもなっていた。
 
 この一曲は、「昭和四十年代から五十年代初めにかけての、国鉄<御茶ノ水駅>界隈の風景とその風景の中に繰り広げられる若人たちの生態を歌っている」と言うのは、この曲についての一般的な解説である。
 が、それは、あくまでも一応の解説に過ぎなくて、この歌詞に込めた、シンガーソングライター・さだまさしの思いは、もう少し深くてかなり複雑なものであろう。
 
 私はつい昨日まで、この名曲の歌詞の意味を誤解していた。
 私が誤解していたのは、端的に言えば、この曲のサビの部分、即ち、「喰べかけの夢を聖橋から放る」の意味であるが、この詞句の解釈が変われば、曲全体の解釈が動くから、結局、私は、この名曲全体を誤解していたことになる。
 人間商売を七十年近くもやっていて、この名曲を何百回も聴いていてこの体たらく、私はやっぱり馬鹿だった。
 
 シンガーソングライター・さだまさしは、彼一流の感情の込もった声を張り上げて、「喰べかけの檸檬聖橋から放る」と歌い、それを二番では、「喰べかけの夢を聖橋から放る」と歌い変える。
 さだまさしが、<希望>と<不安>を抱きながら歌う、この詩句の解釈や、それを中心とした曲全体の解釈を巡って、昨日までの私や多くのさだまさしファンは、その奥深い意味も考えずにあれこれと語る。
 そこで今はしばらく、彼らのフリートーキングに耳を傾けよう。
 
 「聖橋の上から御茶ノ水駅構内に放られる檸檬とは、放りっぱなしにして置くと万引きぐらいはやりかねない少女が、ほどほどに可愛くて、すこし危ないところもある、このドラマのヒロインの<君>が、つい出来事を起こして、何処かの店から失敬して来たものだろう。彼女は湯島聖堂の石の階段に腰掛けて、それを細い手でかざし、暫くみつめた後で、きれいねと呟き、好奇心に駆られて一齧りする。」 
 
「ひと齧りしてはみたものの、あまりの酸っぱさ吃驚して、彼女はそれを口から離す。その瞬間、齧りかけの檸檬の傷口から数滴の滴がしたたり、その滴は彼女の細い指と指との隙間を伝わって流れ、やがて、金糸雀色の風となって蒼い空に舞い上がる。」

 「『指のすきまから蒼い空に金糸雀色の風が舞う』というイメージが素晴らしいね。齧りかけの檸檬から滴った滴が金糸雀色の風となって蒼い空に舞う、と言うのだから、それは、液体が気体に変化するわけだ。これは手品でなければ化学反応だ。この化学反応が行われる時間は、わずか一秒足らずのことだが、さだまさしはそれを、スローモーションカメラで写して、私たちに見せてくれる。」

 「さすがさださん。さださんは優れた歌い手でもあるが、それ以前に優れた文学者であり、優れた画家でもある。」
 
 「彼女は、一齧りした檸檬を手にしたまま急に駆け出し、聖橋の所まで来て、齧りかけのその檸檬を橋上から放り投げる。」

 「折から、橋下の御茶ノ水駅構内には、総武線や中央本線の電車が出入りしていた。そこで、彼女の放った檸檬一顆は、赤い色の快速電車とすれ違い、檸檬色をした各停電車に噛み砕かれる。」

 「いや、あんたのその説明は良くない。あまりに短絡的な説明に過ぎるよ。何故なら、彼女の放り投げた檸檬は、赤い色の快速電車とすれ違い、檸檬色をした各停電車に噛み砕かれたのではなくて、快速電車の赤い色が彼女の放り投げた檸檬とすれ違ったのであり、各停電車の檸檬色が彼女の放り投げたを噛み砕いたのであるから。そこのところを間違えないで。」
 
 「そうだね。その違いは大きいね。彼女の放り投げた齧りかけの檸檬が、ただの交通機関に過ぎない、快速電車とすれ違ったり、各停電車に噛み砕かれたりしたのでは、夢も希望も爆発も無くなるからね。そうではなくて、快速電車の赤い色と彼女が放り投げた檸檬がすれ違い、各停電車の檸檬色がその檸檬を噛み砕いたのだ。だから、この詞章は、文学になり、音楽になるんだ。それともう一つ、檸檬とすれ違ったり檸檬を噛み砕いたりした電車は、いずれも上り電車だね。東京や秋葉原方面に向かう電車だ。」

 「その点はそうだけど、私の考えはみんなとかなり違う。みんなは、一番と二番をごっちゃにして考えているよ。
一番には、『喰べかけの檸檬聖橋から放る/快速電車の赤い色がそれとすれ違う/川面に波紋の拡がり数えたあと/小さな溜息混じりに振り返り』とあり、二番には、『喰べかけの夢を聖橋から放る/各駅停車の檸檬色がそれをかみくだく/二人の波紋の拡がり数えたあと/小さな溜息混じりに振り返り』とある。だから、彼女は檸檬を複数盗んで来たんだわ。少なくとも二個は。そして、最初の檸檬は電車まで届かずに、川面に落ちて波紋を立てるが、二番目のは見事に電車に的中した。」

 「それは違うと思うな。檸檬が二個も在ったなんて、それは絶対に違うぞ。檸檬は一個しかないから、それは爆弾であり、夢であるんだ。それをそう書かなかったのは、文学的修辞というものだ。一個の檸檬が、電車とすれ違ったり、電車に噛み砕かれたりしたように書いたのは、言わば、言葉の綾なんだ。」

 「そうかしら、私はイマイチ納得出来ないわ。でも、ここで仲間割れしていてもつまらないから、そういうことにして、お話を進めましょうよ。」

 「でも、でも、話を進めるのは少し待って。みんな待ってよ。せっかくのさださんの詩なんだから、一つ一つの言葉を、もっと大事にして見て行きましょうよ。一番に、『川面に波紋の拡がり数えたあと/小さな溜息混じりに振り返り/捨て去る時には/こうして出来るだけ/遠くへ投げ上げるものよ』とあり、二番に、『二人の波紋の拡がり数えたあと/小さな溜息混じりに振り返り/消え去る時には/こうして出来るだけ/静かに堕ちてゆくものよ』とあるんだけど、これはどうしてなの。これは明らかに、檸檬複数説の重大な証拠よ。一個目の檸檬は川面に落ち、二個目の檸檬は電車に当たったんだ、やっぱ。だから、彼女は、一個目の時は、『捨て去る時には/こうして出来るだけ/遠くへ投げ上げるものよ』と言い、二個目の時は、『消え去る時には/こうして出来るだけ/静かに堕ちてゆくものよ』と言ったんだ。一個目の時には、開き直りの姿勢、二個目の時には、諦めの姿勢が認められるわ、彼女の。だから、檸檬は二個投げたんだ、やっぱ。」
 
 「理屈ばった言い方をすれば、そういうことにもなるけど、こうも言える。一番にも、二番にも、『喰べかけの』という語句が在るよ。これは絶対に見逃せない。放り投げた檸檬が二個だったとすると、その二つともが喰べかけだったことになる。一つ食べて、酸っぱかったから口から離した檸檬を、もう一つ口に入れたりする。そんなことはしないよ、普通。だから、檸檬が二個在ったように書かれているのは、やはり、さださん一流の修辞。つまり、言葉の綾に過ぎないんだよ。」
 
 「その論は、いつまでやっても収拾が着かないから止そう。仮に、檸檬一個説が正しいとすると、一番の、『捨て去る時には/こうして出来るだけ/遠くへ投げ上げるものよ』と、二番の、『消え去る時には/こうして出来るだけ/静かに堕ちてゆくものよ』という、彼女の二つの言葉は、これは、彼女の性格の二面性を表わしているんだね。激し易く、諦め易い彼女の性格を。」
 
 「この曲とは違うけど、別の曲に、『遠い明日しか見えない僕と、足元の泥濘を気にする君と』という言葉がある。足元の泥濘ばかりを気にする女性は、目の前で起こった現象に、即、反応して、怒ったり、諦めたりする。裏腹な気持ちが同居しているんだ、女性の心の中には。こんな単純な性格の女性は、現実にはあまり居ないけど、でも、この曲は、そうした女性一般の性格の特質をよく捉えていると思うよ。さださんは心理学者でもあるんだ。」

 「そう、その通りだ。そのついでに、この話が、ここまで進んだから言うけど、この段階で、私たちは、もう一ランク高い理解力を備えた大人にならなければならないんじゃないの。その一段と高い理解力を備えた大人である私たちの目からすると、『快速電車の赤い色が』その檸檬とすれ違ったのでもあるし、『各駅停車の檸檬色が』その檸檬を噛み砕いたのでもある。だから、『川面の波紋』は、現実の波紋でもあるし、彼女と彼との二人の心の中の波紋でもあるのだ。どうだい、こうした考え方。」

 「そう、そう、全くその通りだ。現実のものでもあり、心の中のものでもある、『波紋の広がり』を数えた後、彼女は、『小さな溜息混じりに振り返り』、『捨て去る時には/こうして出来るだけ/遠くへ投げ上げるものよ』と、開き直ったように叫びもするし、『消え去る時には/こうして出来るだけ/静かに堕ちてゆくものよ』と、諦めたように呟きもするんだ。ヒロインの<君>は、双頭の不良少女なんだ。」

 「いいぞ、いいぞ、その調子だ。檸檬が一個だの二個だのと、馬鹿なことを言ってるのは、子供か馬鹿ばかりだ。子供や馬鹿には、さだまさしの文学は解らないのだ。」

 「盗んで来た檸檬を放り投げる前か後かは、よく解らないが、彼女は、<スクランブル交差点斜めに/渡り乍ら不意に涙ぐんで>、『まるでこの町は?青春たちの姥捨山みたいだ』と言い、そして、『ねェほらそこにもここにもかつて/
使い棄てられた愛が落ちてる/時の流れという名の鳩が/舞い下りてそれをついばんでいる』とも言う。彼女のこの言葉は、ずいぶん文学的だね。私は、彼女のことを、盗癖があって、かなり危ないところのある少女だとばかり思っていたけど、彼女って、意外に文学少女なんだね。私、見直しちゃった、彼女を。」

 「おい、おい、今頃になって、やっと分かったのか、君は。そうだよ、かなり危ないところのある女性は、文学を解する女性なんだよ。勿論、例外もあるけど。それはそれとして、彼女のその言葉は、このドラマの舞台となった、御茶ノ水駅界隈の街に対する、少女らしからぬ、深い洞察に満ちた評価なんだ。この街は『青春たちの姥捨山』で、彼女や彼に限らず、この街をほっつき歩く若人たちの愛は、みんな『使い棄てられた愛』に違いないんだ。彼女や彼は、自分たちの愛は永遠不滅と思っていて、自分たちこそ、第一義の愛の道をまっしぐらに歩いていると思っているかも知れないけど、それは、彼・彼女らの勝手な思い込みに過ぎない。」

 「『時の流れという名の鳩が/舞い下りてそれをついばんでいる』という詩句の『それ』とは、『使い棄てられた愛』であろう。御茶ノ水駅界隈の道には、何処にでも落ちてるんだ、『それ』が。」

 「それともう一つ、『時の流れという名の鳩』という比喩が素晴らしいね。僕は学生時代、その『時の流れという名の鳩』に、うんちを引っ掛けられて困ったことがあったよ。鳩が啄ばんだのは、『使い棄てられた愛』だから、その鳩のお尻から出て来る<うんち>は、一体、何なんだろう。『使い棄てられた愛』を啄ばんだ鳩のお尻から排出された汚らしいものを、一張羅の背広の背中にこびり付かせたまま、僕は駿河台下の三省堂で、太宰治の小説を立ち読みしていたんだ。」

 フリートーキングの最後の語り手はこの鳥羽省三だ。但し、それは昨日までの鳥羽省三であって、今日の鳥羽省三では無いよ。いや、いや、鳩のお尻から排出された<うんち>をつけたまま、『青春たちの姥捨山』を徘徊していたのは、昨日よりも、ずっとずっと昔の私だ。そう、あれから、かれこれ半世紀近く経つかな。
 昨日までの私と、その他大勢のさだまさしファンたちとのフリートーキングは、この後も延々と続くが、今日からの私には、それに付き合っている余裕はもはや無い。
 何故なら、私はそろそろ、この「さだまさし解剖学『檸檬』篇」に決着を着けなければならないからだ。 

 でも、もう少し我慢して、彼等の言い分に耳を傾けよう。今度は、昨日までの私も、口を挟まないことにして。

 「一番で<喰べかけの檸檬聖橋から放る>と歌ったのを、二番で、<喰べかけの夢を聖橋から放る>と歌い替えたのは、彼女の手から放擲された檸檬が、快速電車の赤い色とすれ違い、各駅停車の檸檬色に噛み砕かれた瞬間、彼女は、青春の夢を砕かれ、彼との恋にも終止符を打って、これから地獄の底まで堕ちて行こうと決心したからなのだ。彼女が青春を断念したからなのだ。」

 「彼女はこの檸檬の一擲に青春の全てを賭けた。ところが、彼女の夢そのものである一顆の檸檬は、梶井基次郎の小説の場合とは異なって爆発しなかった。爆発しなかったどころか、御茶ノ水駅を無視して快速で走り続けて来た、電車の赤い色とすれ違い、御茶ノ水駅から出て行こうとした各停電車の檸檬色に噛み砕かれた。『捨て去る時にはこうして出来るだけ遠くへ投げ上げるものよ』は、青春を断念した時の、彼女の悲痛な叫びであり、『消え去る時にはこうして出来るだけ静かに堕ちてゆくものよ』は、青春を断念した時の、彼女のため息なのだ。」

 「彼女が放り投げた檸檬は、脆くも、各停電車の檸檬色に噛み砕かれて不発のままに終わったが、それとは逆に、檸檬を電車に向かって放り投げた、危なっかしい文学少女は、自爆してしまったのだよ。」

 「そうだ。この名曲『檸檬』は、シンガーソングライター・さだまさしからの、自爆した少女への追悼歌なんだよ。」
 
 どうやら、長い長い、彼らのフリートーキングにも、結論らしいものが出たようだ。
 だが、今日からの私が思うに、彼らの熱心な『檸檬』論には、もう一つ、重大な点で、見落としたことが在る。

 それは、この『檸檬』の舞台が、何故、国鉄<御茶ノ水駅>界隈、なかんづく、湯島聖堂でなければならなかった
か、ということだ。
 もう少し分かり易く言うと、あの自爆少女が檸檬を放り投げたのは、水道橋や日本橋や面影橋ではなくて、何故、聖橋でなければならなかったのか、ということだ。

 昨日までの私やさだまさしファンたちのフリートーキングを聴いていると、聖橋から檸檬を放り投げるのは、このドラマのヒロインの文学少女だけでは無く、その時代の若者一般が、そうした願いを持っていた、ということを、フリートーキングの参加者たちは理解していた、ということだけは判る。
 が、そうした彼らの認識はまだまだ浅い。

 聖橋の橋上から、眼下に向かって、檸檬を放擲したいという願望を抱いていたのは、何も、このドラマのヒロインや、ヒロインと同時代を生きた若者たちだけでは無い。

 勿論、その頃には聖橋はまだ架設されていなし、檸檬という果物も未だ無かったかも知れないが、今の聖橋の辺りから、名勝・御茶ノ水渓谷に向かって、檸檬を放り投げたり、放り投げたいと思っていたのは、幕府の学問所<昌平校>で朱子学を学んでいた秀才たちも同じことなのである。

 いや、昌平校での朱子学教育が酣だった頃、それとは反対の立場にあった学者たちが、朱子学教育の推進者たちの手に拠って弾圧され、殺戮されたが、その被害者たちは勿論、加害者たちまでもが、一度や二度、名だたる御茶ノ水渓谷に向かって、檸檬爆弾を放擲したり、放擲したいと思ったりした、<青春の残骸たち>では無かったかと、今の私は思っている。

 つまり、昨日までの鳥羽省三や世のさだまさしファンたちは、名曲『檸檬』の歌詞を、そうした歴史眼を持って読むことを忘れていた。
 そうした観賞眼に基づいて読む時、初めて、この曲中の『まるでこの町は/青春たちの姥捨山みたいだという/ねェほらそこにもここにもかつて/使い棄てられた愛が落ちてる/時の流れという名の鳩が/舞い下りてそれをついばんでいる』という、ふくよかさと比喩と含蓄とに満ちた詩句が正しく理解され、この曲の舞台となった、時間と空間とをも正しく理解したことになるのである。

 名作『檸檬』の舞台となった御茶ノ水界隈は、昔も今も変わらず、「青春の姥捨山」なのである。
 また、人生の折り目、折り目を間違いなく選択して生きなければならない、私たち人間にとって、青春という時間も亦、累々として尽きない、「姥捨山」なのである。

 ところで、私・鳥羽省三であるが、あの聖橋から檸檬爆弾を投じた人々、あの文学少女や渡部崋山や鳥居甲斐守ほどの勇気も狂気も持っていない、あの頃の私は、このドラマの舞台となった聖橋の、もう一つ上流の水道橋の上から、真っ黒に濁った河水に向かって、食べ残しのパンの耳を放り投げて、それに群がる鯉たちの狂態を見て、手を叩き、喜んでいたのだ。
 たいへん恥かし乍ら。
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