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一首を切り裂く(100:好)

(みつき)
    好きという理由ひとつで結ばれて今年も同じさくらを見てる

 「さくら」が「好きという理由ひとつで結ばれて今年も同じさくらを見てる」というわけですか。
 本作の作者<みつき>さんと相手の方とは、きっと、「花見同好会」とかいうサークルに加入されているお仲間なんでしょうね。
 と、言うのは、あまりのご夫婦仲のよさに嫉妬している鳥羽省三の悪質な冗談でした。
 「さくら」は、大阪造幣局のくぐり抜けですか。
 それとも、祇園の枝垂れ桜。
 或いは岐阜の山奥の薄墨桜。
 もしくは千鳥が淵の堀に傾れて咲く桜。
     〔答〕 かくありし時の挙句に結ばれて角館(かくのだて)にてさくら見ている  鳥羽省三
 「かくありし時」の意味を、さまざまにお考え下さい。


(ひいらぎ)
    好きなとこ嫌いなとこも思い出になれば全てはただ美しい

 それが、時間というものに必然的に備わっている、<浄化作用>というものでありましょう。
     〔答〕 嫌なこと水に流して隅田川今日も明日も海へ注げる  鳥羽省三


(斗南まこと)
    たまになら夢に見ていいその時はあなたの好きにしちゃってもいい

 斗南藩の藩主様ともなれば、「夢」にまで認可権をお持ちなんですか?
 <まこと>なんですか?
 斗南は、薩長との戦いに敗れた末にやっと辿り着いた最果ての地なのですから、せめて、夢ぐらいは自由に見させてやって下さいませ。
     〔答〕 夢は夢 誰に遠慮が要るものか 好きなお方と共に見なさい  鳥羽省三 


(蓮野 唯)
    戻りあう好意互いに受け止めて今は一児の親をする仲

 「親をする仲」という表現は、少し苦しい。
 でも、「戻りあう好意」を「互いに受け止めて」「今は一児の親」となったのは大変お目出度いことです。
 あの工藤公康投手も、元の古巣の西武ライオンズにカムバックしましたし。
    〔答〕 許し合う心ここらで発揮して鳩山兄弟政界再編  鳥羽省三


(花夢)
    ずっと好きでいるのもなにか省エネのように感じて過ごす休日

 「ずっと好きでいるのもなにか省エネのように感じて」というのは、実に素晴らしい表現です。
 かく持ち上げる私も、本作に接してみて初めてこの表現の素晴らしさに気付き、これ一つをとってみても、花夢さんは立派な表現者なのだと、今さらのように納得しました。
 そうですね。
 冒頭の「ずっと」の意味を<継続的に>と解釈すれば、その「ずっと」を止めて、<継続>を解消した途端に、止めた人間は、ものすごく膨大なエネルギーを消費することになります。
 例えば、それまで延々と続けて来た「好き」と「好き」との関係を解消して、一挙に「嫌い」と「嫌い」の関係になだれ込んだ時には、皿が飛ぶやら、襖が破れるやら、お互いの心身が傷付くやらで、それこそ目も当てられない結果となり、お互いにへとへとに疲れてしまい、その挙句に、それを通じて消費したエネルギーの補給にも、莫大なお金を要します。
 また、その反対に、それまで、人知れずに地下水の流れるが如くに続けて来た、ごく淡白な「好き」と「好き」との関係を解消して、濃厚な「好き」と「好き」との関係に入ったときも、同じように膨大なエネルギーとお金とを消費することになりましょう。
 先ず、途切れ無しに掛け合うケータイの通話料の支払い。
 そして、毎晩支払うモーテル代。
 さらには、あの「くみつほぐれつ」する時のエネルギー消費量もばかにはなりませんよ。
 みんな疲れることばかりで、みんなお金の掛ることばかりなのです。
     〔答〕 休日は遠く離れて好きのままキスもしないで居るのがステキ  鳥羽省三


(ほたる)
    問われれば蕾のひらくようにして“好き”を咲かせてしまう、そのたび

 花夢さんと違って、<ほたるさん>ぐらい純情になれば、「“好き”を咲かせてしま」っても、何も危険なことはありません。
 何しろ、未だ「蕾」のままですからね。
     〔答〕 “好き”咲かせ“機雷”は閉じておきましょう 争いごとは“嫌い”ですから  鳥羽省三


(今泉洋子)
    竈猫の話弾みて猫好きの親子の夜はしんしんと更く

 作中の「竈猫」とは、冬の夜に、飼い猫が、火を消した後もまだ温みの残っている竈の中に潜り込んで一夜を過ごす現象や、そのようにする猫を指していう言葉である。
 だが、日常生活の中でこの言葉を用いることはほとんど無く、主として、俳句の季語として用いられるのであるが、家庭での暖房様式の変化に伴って、今となってはその季語も、季語ならぬ死語となってしまった。
 そこで私は、自分自身の勉強の為にもと思って、「竈猫」を季語とした俳句を探索し、以下にそれを提示した。

       銀猫も竈猫となつて老ゆ      山口青邨
       鳴くことのありてやさしや竈猫    々
       竈猫けふ美しきリボン結う      々
       かまど猫家郷いよいよ去りがたし  鈴木渥志
       何もかも知つてをるなりかまど猫  富安風生

 俳句の季語としての「竈猫」は、読んで字の如く<かまどねこ>と読むのが通常であるが、使われる場面に応じて<かまねこ>と読んだり、<へっついねこ>と読んだりもする。
 本作の場合は、これが「竈猫の」として、一句目に用いられているから、作者としてはおそらく、「かまねこの」と読ませたいのであろう。
 
 東京に遊学している息子が暮れの休みに久しぶりに帰省した。
 この息子は、夫と同じように、すこぶる付きの猫好きである。
 そこで、猫好き同士の二人は、さっそく熱燗徳利を抱えて暖炉の側に寄って、竈猫の話に熱中し、眠ることも忘れてしまったようだ。
 冬の夜はしんしんと更けて行く。
 けれど、彼ら二人の竈猫を巡る話題は尽きようにもない。
 格別嫌いというわけでも無いが、特別な猫好きでもない作者は、久しぶりに帰って来た息子と夫を放ったまま、自分一人だけで眠りに就くわけには行かない。
 特に、今年の秋口から晩秋にかけて、作者は詠歌の取材と称して、関東・関西を股にかけて遊び回って居ただけに、余計に気が咎めるのである。
 そこで作者は、そっと書斎に入って行き、自分専用のパソコンを開いてみた。
 そして、かねてよりやたらにコメントを寄せて来る、あの歌好きの爺さんのブログを立ち上げてみた。
 すると間も無く、パソコンの画面に現れ出たのは、あの「見沼田圃の畔から」の記事。
 その記事の中程に、「今泉洋子)竈猫の話弾みて猫好きの親子の夜はしんしんと更く」とある。
 いけない、いけない。
 この悪口だらけの記事を、今見てはいけない。
 これを、今読んでしまったら、私はきっと卒倒してしまい、可愛い息子と夫に、明日の朝食べさせる、お雑煮も作れなくなってしまうから。
     〔答〕 <かまねこ>と<かまとと>の違いも知らぬから「一首を切り裂く」難渋してます  鳥羽省三 


(千坂麻緒)
    お互いに好きだったことお互いに子どもだったね 東京にいます      

 つまり作者は、「あなたがわたしを好いていた原因や、わたしがあなたを好いていた原因は、わたしたち二人が、まだ子供で、幼稚だった点に存在する」と言いたいのでしょう。
 したがって、本作は、短歌スタイルを騙っての一種の去り状、即ち、離縁状、絶縁状に他ならない。
 創作の動機が極めて不純であるが、第五句の「東京にいます」がなかなか宜しい。
     〔答〕 「東京にいます。けれども好きでない。わたしをあきらめ結婚しなさい」  鳥羽省三
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一首を切り裂く(099:戻)

(西中眞二郎)
    久々に帰り来し娘(こ)が若き日に戻りて一人オルガンを弾く

 「オルガンを弾く」が宜しい。
 「弾く」のが「オルガン」であるから、「若き日に」を「稚き日に」としても面白いかとも思われますが、「稚き」を「わかき」と読ませるような小細工はしたくないのでしょう。
 それが節度というものでありましょうから。
     〔答〕 連休で帰省した子が大阪の土産だと言い<たこ焼き>呉れた  鳥羽省三


(梅田啓子)
    棕櫚の木を凌霄花の登りゆく戻れぬことを知るよしもなく

 いがいがの「棕櫚の木を凌霄花の登りゆく」風景は、何かの諭しかとも思われます。
 「蟷螂の斧」ともう一つ、<無謀な試み・はかない抵抗>を意味する格言が在りましたが、そちらの方は、差別語を含んでいるので死語扱いとなっています。
     〔答〕 冬富士に挑める右京とその徒党帰れぬことは知るよしもなく  鳥羽省三
 あれもまた、チーム全体の能力を考えれば、<無謀な試み>であった、としか言えませんね。
 

(じゅじゅ。)
    沈丁花香る一条戻り橋 夕陽とともにあなたを待って

 わたしは「あなたを待って」いるのだが、「夕陽」は何を待っているのでしょうか?
   ① わたしと「ともにあなたを待って」いる?
   ② 自らが落ちて行くのを待っている?
 
 「②」の場合は、文脈の上では、落ちて行くのは「夕陽」だけであるが、現実には、<わたし>もまた、「夕陽とともに」堕ちて行くことになるかも知れません。
 「沈丁花」という花の名も、「一条戻り橋」という橋の名も、何か不吉で暗示的です。
     〔答〕 行くもならぬもどるもならぬ戻り橋去るもさらぬも地獄直行  鳥羽省三
 

(minto)
    連休に戻れることを楽しみに励みゐるらむひとり居の子は

 それが<親心>というものでありましょうが、「親のこころ子知らず」という諺もありますから。
     〔答〕 連休に戻ると言ひし一人児に逢って<みんと>ぞ出迎へにけり  鳥羽省三


(佐藤羽美)
    細長いため息をつき拝み屋は本の綴じ目に戻っていった

 本作については、作者の佐藤羽美さんが、自らのブログに、次のようなコメントを寄せて居られました。
 よって、それを引用して、観賞文に替えさせていただきます。
 
 「099:戻」の歌は、京極夏彦著の小説『百鬼夜行(京極堂)シリーズ』の主役と言っていい、京極堂こと中禅寺秋彦をイメージして詠みました。
 この人と一緒に暮らすってどういう感じですか、千鶴子さん。
 と私は尋ねたいです。
 すんごい神経質で皮肉を言われそうだけど、しかったら優しかったで、ちょっといやかもしれない。

 羽美さんの解説文中の「すんごい神経質で」が、とても印象的でした。
     〔答〕 京極堂・中禅寺明彦すんごくて本の綴じ目に戻してやった  鳥羽省三 


(流水)
    終バスの灯が暗闇に溶けてゆく戻らぬものは優しく残る

 この一首を読んで、「溶暗」という舞台用語を思い出しました。
 「溶暗」とは、照明などが次第に「暗闇に溶けてゆく」ことを指す言葉でありましょう。 
 そう、「暗闇に溶けて」行って、永久に「戻らぬ」灯の記憶は「優しく残る」ものです。
     〔答〕 「戻らぬ」の一言だけを書き置きて消えにし兄の記憶が優し  鳥羽省三

一首を切り裂く(098:電気)

(近藤かすみ)
    なよたけのフィラメントもてエジソンは点しそめたり電気のひかり

 「なよたけ」は、<弱弱しい竹>の意。
 「トーマス・エジソンの発明した電灯のフィラメントには、その<なよたけ>が使われているから、我が日本国は、トーマス・エジソンの電灯の発明にも大きく貢献したのだ」と言うのが、私の小学時の担任の芳賀先生の口癖でありました。
 芳賀先生のお話は、それだけで終わらず、「だから君たちも頑張って、エジソンみたいになれ」という落ちがついておりました。
     〔答〕 エジソンになれぬ男がノラになれぬ女くどいて築いた家庭  鳥羽省三

 
(本田鈴雨)
    家出してナースとなりし電気屋のむすめよ帯電しやすき母よ

 たった一人の跡取り娘なら、「帯電しやすき母」の気持ちも理解できます。
     〔答〕 帯電をし易き母の楽しみは夫のアース目指す放電  鳥羽省三


(花夢)
    いつか孵化するだろうにくしみを電気毛布であたためている

 二句目の字足らずは、「するのだろうか」とすれば簡単に解消するのだ。
 些細な努力を惜しんではいけませんよ。
 才能は十分過ぎるくらいあるのですから。
     〔答〕 些細なる努力惜しみて流したる水子短歌の悲しみを知れ  鳥羽省三

一首を切り裂く(097:断)

(西中眞二郎)
    晴れ渡る空真っ二つに断ち割って飛行機雲は西へと走る

 先日、初詣の帰りに、久しぶりに「飛行機雲」を見ました。
 その飛行機雲は、晴天の底のずっとずっと手前に浮き下がっているような感じで、なんだか元気無く、 大空を「真っ二つに断ち割っ」た感じではありませんでした。
 その日のお天気具合とか、空気の澄み具合とかによって、一筋の飛行機雲から感じられるイメージもいろいろと異なるものですね。
 その日、私の見た飛行機雲は、短歌に詠めそうな感じではありませんでした。
     〔答〕 ふらふらと空に下がれる飛行機雲もっとしゃきっとしてはくれぬか  鳥羽省三


(梅田啓子)
    そこだけが騒めき断たれゐるごとし落合監督坐るベンチは

 そこの辺りが中日の不人気の理由なんでしょうか?
 かと言って、監督を立浪和義に替えても、中日は勝てないし、不人気な点も同じことでしょう。
 要するに、中日は名古屋限定の永遠なる不人気球団なんですよ。
 いっそのこと、三重や岐阜などの近隣の地方都市と協力して、自由契約必至のおんぼろ選手やプロ球団入りを狙っている若手選手ばかりを集めた地方リーグを作って、中日はその盟主になればいいと思うのですが。
     〔答〕 其処だけで崇めて居てもつまらない立浪和義賞味期限切れ  鳥羽省三
 
 とは書きましたが、実を申すと、私は落合監督の大ファンで、中日というチームそのものも、口で言うほどには嫌っていないのです。
 巨人は勿論のこと、中日以外のセリーグ各球団は、あの広島も含めて全国区的人気を得ようとしているのです。
 そうした中にあって、唯一、中日だけが地域限定の人気上昇を目指しているのは、今後のプロ野球発展のためには、極めて意義のあることです。
 米大リーグの各球団は、あのヤンキースも含めて、地域チームに徹しております。
 名古屋という土地は、人口からしても経済力からしても、中日ひとチームを支えるのに、十分過ぎるものを備えています。
 東京や大阪は複数チームを抱えている。
 札幌、仙台、千葉、広島、福岡は、人口の面でも経済力の面でも、プロ野球球団を抱えるには不足な面がかなりある。
 横浜は、東京とほとんど変わり無い。
 故に、残るのは名古屋だけ。
 あとは中日経営陣の斬新な企画力と、落合監督の一念発起が待たれるのみです。
     〔答〕 監督の落合博満孤高にて選手・コーチが敬遠してる  鳥羽省三


(羽うさぎ)
    ためらいも憂いも愛も伏せたままメールは縁を一撃で断つ

 ケータイという、先端機器が本質的に備えている、非情さに着目している。
 冒頭を「ためらいも」としたのが大変良かった。
     〔答〕 プッシュ一閃、愛憎を断つケータイのメールに敵う通信は無し  鳥羽省三


(野州)
    堅茹での男はいつも濡れてゆく差しかけられた傘を断る

 もう半世紀近くも前の話です。
 その頃、学生であった私は、ダブルスクールとして、東中野の日本文学学校にも通っていた。
 梅雨酣の頃、授業を終えて帰宅を急いでいた午後九時過ぎに、突然雨が降って来た。
 あまりに急なことなので、傘も差さずに歩いていた私に、後ろから走って来た何方かが傘を差し掛けてくれたのである。
 見ると、その人は同じ日本文学学校の学生で、頭もなかなか切れそうで、メガネを掛けてはいるが容貌も申し分が無くて、私が普段から、「こんな女性とお付き合いが出来たなら、私の貧しい青春にも薔薇の花が咲いたようになるのに」と思っていた女性なのだ。
 思いもしなかった幸運に、私はすっかり舞い上がってしまい、有り難うの一言も言えずに、無言のままの相合傘で駅までの道をうきうきしながら歩いた。
 そして、あろうことか、東中野の駅に着くや否や、その女性にひとことの言葉も掛けずに、改札口への階段をつかつかと駆け上がって行ったのだ。
 改札をくぐった瞬間、私は「しまった」と思ったが、それからでは取り返しのつくことでは無かった
 さだまさしの歌『主人公』の一節に、「<或いは><もしも>だなんてあなたは嫌ったけど/ 時を遡る切符があれば/欲しくなる時がある/あそこの別れ道で選びなおせるならって」と言うのが在る。
 私にとっての「あそこの別れ道」とは、あの東中野駅の、改札口への上り階段のことなのかも知れない。
 その後、良き伴侶を得て、二児の父、二児の祖父となった私ではあるが、時折り、「あそこの別れ道で選びなおせるならって」思わないわけでも無い。
 さだまさしの『主人公』の歌詞は、その後、「勿論/今の私を悲しむつもりはない/確かに自分で/選んだ以上精一杯生きる/そうでなきゃ/ あなたにとても/とても/はずかしいから」と続く。
 誤解の無いように、この際、申し述べて置くが、「そうでなきゃ/あなたにとても/とても/はずかしいから」と、私が思う時の「あなた」とは、東中野駅の階段下に放置して来てしまった、あの女性のことでは無く、私の愛妻のことである。
 と、ここまで書いてきたが、私は突然、腹が立って来た。
 その理由は、本作中の「堅茹での男」とは、私のことでは無いか、と思ったからだ。
 本作の作者の野州氏よ、あなたはCIAか何かに依頼して、私の事績を克明に調査したのではありませんか?
 だとすれば、あなたは卑怯者だ。
 一体全体、私は貴方に何をしたと言うのだ。
 ただ、貴方のあまり上手くもない歌を、一所懸命にに誉めただけではないか。
 それなのに、貴方はこんなに卑怯なことをする。
 こうなったら、出る所に出て、一挙に始末をつけましょう。
     〔答〕 とかなんとかおっしゃってとどのつまりの時間稼ぎをしちゃった私  鳥羽省三


(emi)
    週末はひたすらスープを煮込みます沈めた言葉の断片溶いて

 「週末はひたすらスープを煮込みます」という上の句には、それほどの疑問点もない。
 もし、あるとすれば、それは,副詞「ひたすら」に関することであり、本作の話者は何故、スープを煮込むことなどに、「ひたすら」打ち込んでいるのか、ということぐらいである。
 だが、その答は、上の句を「ひたすら」凝視しているぐらいでは得られない。
 その答を得るためには、下の句を見なければならないし、下の句の中でも、特に「沈めた言葉」を凝視し、その意味を真剣に考えなけれならないのである。
 しからば、「沈めた言葉」とは何か?
 言葉を沈めるとは、どうすることか?
 私見ではあるが、言葉を沈めるとは、言いたい言葉を言わないままで済ませることである。
 私の連れ合いの言い分では無いが、言いたい言葉を言わないままで済ませると、ストレスがたまる。
 その、たまったストレスを解消するために、本作の話者はスープを煮込むことに「ひたすら」熱中するのである。
 スープを煮込むことに限らず、何かに熱中することは、ストレス解消の為に役立つ。
 かくして、当初はいとも容易く解答が得られると思っていた、上の句の叙述から感じられた疑問点は、実は、下の句の叙述と密接な関わりがあるのであって、下の句の叙述に関わる疑問点が解けると、上の句の叙述に関わる疑問点も、自然と氷解してしまうのであった。
 本作を一定のレベルに到達した作品として評価するためには、そうした、下の句と上の句との密接な関わりに気付かなければならない。
     〔答〕 平日は言いたいことも言わないでストレスばかり溜めて居ります  鳥羽省三 



(岡本雅哉)
    断れない理由がふいに浮かんでは断る理由をかき消していく

 事は単純明解。
 この作品の話者にとっては、「断る理由」よりも「断れない理由」の方か重要なのだ。
 つまりは、断ることが出来ないのだ。
     〔答〕 最初から断る気などないのなら断るそぶりを見せちゃいけない  鳥羽省三


(村本希理子)
    ぱつつんと断つタイミング計りをり タテイタにミズのセールストーク

 本作の話者は暇人。
 持て余している暇の解消策として、サプリメントを売りつけに来たセールスマンのトークを、買うはずも無いのに、さも買いたそうにして聴いていたに違いない。
 だが、その目的は十分に達成された。
 今こそ、「ぱつつん」と音立てて、「タテイタにミズのセールストーク」を遮断しなければならないのだ。
 だが、「断つタイミング」を「計りをり」などと言うのは、「断つ」ことが出来な時にいう口実なのだ。
 かくして、歌人・村本希理子さんは、あのサブリメント<香潤>を一年分も買わせられる結果となった。 
     〔答〕 立て板に流れる水は断たれない断とうとすれば溢れ出るだけ  鳥羽省三  

一首を切り裂く(096:マイナス)

 大変残念なことであり、大変寂しいことでもありますが、観賞の対象となる作品は一首もありませんでした。
     〔答〕 読むに足る短歌無き夜は楽天家われも陥るマイナス思考  鳥羽省三
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